水国 転生者の意味
フリュッスカイトは、水と知恵と化学の国。
私達が三年前に訪問して種を蒔く、ずっと以前から、科学や化学に、中世異世界としては深い造詣を持っていた。
特に石鹸やクリーム、化粧品などについてはピカ一だ。
「ますます品質改良が進んでいらっしゃいますね。素晴らしいです!」
「マリカ様にお褒めいただけたとなれば、皆も鼻が高いでしょう」
大祭二日目。
科学、化学研究会議の席で、私は並ぶ化粧品に感嘆の声を上げた。
それに誇らしげな微笑みを返してくださったのは、フリュッスカイト大公妃にして、国一番の服飾商スメーチカ商会を率いる女性。
フェルトレイシア様。通称フェリーチェ様だ。
街の大祭は、今頃大盛り上がりだろうけれど、貴族階級は基本的に祭りには参加しない。
男性陣は会議、女性陣は社交に勤しむのが常だ。
大公様は勿論、会議に出ている。
けれど、本来ならその補佐をするはずの大公妃様と、公子にして王族魔術師であるソレイル様は、現在この場にいてくださっている。
ありがたい話だ。
「姫君からお譲りいただいた蒸留機による花の油製造は、今や大公家のお家芸。
花の栽培も、貴族達に推奨されるようになりました。
初夏の頃には、ロッサの園から早摘みした花と、そこから抽出される油で、宮殿全てが芳醇な香りに包まれます」
「花の油作りには大量の花びらがいるので、大変ですよね」
「ええ。でも、その価値は間違いなくございます。
香油を使った髪油、口紅、白粉などは、従来品と比べると明らかに格が上。
国内は勿論、諸国の王族貴族からも引く手あまたでございますから」
化粧品に関しては、アルケディウスも多少頑張っている。
けれど、やっぱり専門的に取り組んでいるフリュッスカイトには敵わない。
特に薬品の調合によって生まれる石鹸、クリーム、白粉に関しては、まだ届くレベルに達していないのが現状だ。
「フリュッスカイトは王の杖によって、姫君が化学薬品と呼ばれる特殊な性質を持つ薬品を、ある程度自由に作れるのが強みですので。
正直、硫酸や塩酸、グリセリンなど、姫君が呼ばれる薬品がどのような性質を持ち、どのような条件で生まれるのか、我々も完全には理解しておりません。
いつまでも精霊の力に頼らず、いつかは構造を理解し、人の力で再現できるようにしたいものです」
この世界は、精霊の力。
もっとはっきり言えば、ナノマシンウイルスの力で、あらゆるものを作り替え、生み出すことができる。
でも、昔の地球人はそんな助けもなしに、試行錯誤を繰り返して様々な薬品や素材を発見した。
元素、原子なんてものまで見つけ出した力には、本当に敬服する。
凄いよね。
「姫君からいろいろとご助言いただいた中で、近年特に世界的に大きな革命となったのは、温度計でしょうか。
正確な気温や素材の温度を確認できるようになって、料理や工業など、様々な分野で失敗が少なくなりました」
「アルケディウスと共同研究している蒸気自動車、蒸気機関車なども、もう少しで実用化が可能だと思います。
機帆船に組み込んだエンジンを、どこまで小型化できるかが鍵ですね」
「他に何か、良い企画案などがございましたらぜひ」
「では、メッキ技術などはいかがでしょうか? 金属に薄い皮膜を施すことで傷がつきにくくなりますし、外見的にもとても美しいので」
「まあ、それはどう行いますの?」
「あとは、見えない音の波、電波について……」
その後は、皆で本格的な意見交換会になった。
異世界転生の立場になって思うけれど、学校の勉強って重要だったんだなあと、改めて思う。
実際の生活では役に立たないと思っていた元素記号や化学、数学が、思った以上に異世界で力を発揮していることを、私は実感していた。
歴史や、今は使っていない国語だって、同じ歴史を繰り返さないようにしたり、文脈を読んで相手の気持ちを考えたりするのに役立っている。
「今後、不老不死が解除されたことによって、怪我や病気になる者も出てくるかと思います。
大陸の民は皆、精霊の力によって守られておりますので、深刻な傷病に悩むことは少ないかと思いますが、それでも不慮の事故、不測の事態は起こり得るもの。
フリュッスカイトにはぜひ、医薬品の研究開発なども行っていただければと願っております」
手指の消毒を行うアルコール。
口に雑菌が入らないようにするマスク。
傷の血止めをする絆創膏や、ワセリンの作り方なども知らせる。
あとは接着剤。
石油が徐々に一般化してきたので、今まで主流だった膠やでんぷんノリ系の他に、アスファルトや化学系についてもアイデアを出す。
皆様は興味深そうに話を聞き、真剣にメモを取っていた。
以前は、私の中にあるマンガや学校で学んだ知識だけしか参照できなかった。
けれど、今は精霊としての力が使えるので、『星』が持っている様々な地球の知識なども参照できる。
将来的には医学技術なども復活させたいところだけれど、今はそれよりも先にやることがある。
「勿論ですわ。姫君の初訪問以来、我が国は子どもの教育にも力を入れておりますが、今後はさらにそれを進め、希望者には高度な知識を学ぶ機会を与え、人材育成に努めたいと思っております」
「それは、とても良いことですね。
才能のある存在はどこに埋もれているか分かりません。
広く、多くの人に学業の門戸を開くため、各国の協力が得られれば、高度な研究を行う学舎のようなものを大聖都に作りたいと考えています」
それは、子ども達を含む人々への教育の充実。
ここ数年で人々にやる気が戻り、識字率などは格段に上がった。
けれど、まだまだそういう機会がない人も多い。
全ての人に教育を。
さらに望む人には、誰にでもより高度な知識に触れる機会を。
そのために、学校や研究施設、図書館の設立に力を入れたい。
当面は中立の立場を取り、どこからの留学生も受け入れられるよう、大聖都に作る予定だ。
けれど最終的には、各国にそれぞれの国の個性を生かした学校ができればいいと思う。
「そのような場所ができて、自国だけではない、様々な知識を学ぶことができれば素晴らしいですわね」
「ええ。広い知識を学び、それを国に戻って反映させることができれば、きっと大陸は大きく発展していくことと思います」
「楽しそうですわね。私も混ぜていただけるかしら?」
「公主様!」
「今は公主ではありませんので、ナターティアとお呼びになって。
私も今後のために、新しい知識、技術を学びたいと思っていたのです。混ぜていただけないかしら」
「はい。大歓迎です!」
会議の後半には、前公主ナターティア様も加わって、活発な意見交換が行われた。
特に薬品関連や工業関連では、大きな成果が得られたと思う。
「特に電波についてのお話が興味深かったです。研究を進めていけば、カレドナイトに頼らない新しい通信手段ができそうですね」
「カレドナイトは加工なしで電波に似た波を発する鉱物なのです。それを利用して、様々な工業に活用しているのですわ。
人為的に波を作り出すのは大変ですが、一度できてしまえば、大きな成果が得られると思います」
神秘的な魔法鉱物と思われていたカレドナイトも、科学、化学的な視点から見てみれば、ナノマシンウイルスの高密度結晶体ということになる。
万物に宿っているナノマシンウイルスに向けて、指向性のある電波のようなものを発しており、またそれらに有意な力を持っているので、武器や通信機器などに活用できるわけだ。
様々な神秘が解明されていくのは良いことだと思う。
けれど、ちょっと夢がないな、と思う気持ちもなくはない。
ただ、どんな力も無限ではないし。
今、この大陸を、星を守る精霊の力も、いつかはなくなる日が来るかもしれない。
その時のために、少しずつでも、人間と自然の力による科学技術の研究を進めていく。
そうすれば、いつか人の力で、地球にあった様々な文化や技術を取り戻せる日が来るかもしれない。
未来への道しるべになること。
それが、私が地球の知識を持ってこの世界に生み出された意味なのだと、今は理解している。




