水国 水の国の思惑
騒めく食事会の会場に、凛とした声が響く。
「兄上、僕が同行し、責任を持って姫君をお守りします」
「ソレイル様」
立ち上がり、強い眼差しで告げたのは、フリュッスカイトのソレイル様。
この国の第四子で、現在は公子、つまり王太子の立場にある方だ。
蛇足だけれど、フリュッスカイトでは王家に生まれても、試験のようなものを通らなければ公子として認められない。成人すると王家を出され、公爵として臣下に下ることになる。
現在、大公として国を治めるメルクーリオ様は長子だけれど、その試験を通った方であり、御子がいる現在でも、その御子が試験を通らない限りは跡を継ぐことはできないという。
ソレイル様は二年前、特例の王族魔術師として公子になった。
その後、試験を無事に突破して、正式に公子の資格を手に入れたと聞いている。
現在はリオン達と同じ十六歳。
大公であるメルクーリオ様を助ける王族魔術師として活躍中だ。
あれ? 今年成人式じゃないかな?
「姫君が大丈夫とおっしゃるのであれば、危険はないでしょうし、万が一のことがあったとしても、水の『精霊神様』の御加護を頂くフリュッスカイトの王族が、海で死ぬことはありませんよ。
僕が必ずお助けします」
「お前の手腕を信じぬわけではない。だが……な」
自信に満ちた眼差しで自分を見る弟に、メルクーリオ様は反論の言葉を探しているようだった。
けれど、なかなか見つからない様子。
ここは、畳みかけるところかな。
「では、魔王城の島の呪いと呼ばれるものがなくなっていると分かれば、ご協力いただけますでしょうか?」
「どうやって証明する? 魔王城の島に船を出すとでもいうつもりか?」
「はい。機帆船は最先端科学の結晶なのでフリュッスカイトとの合同事業となりましたが、ビエイリークは元々造船の街。この三年ほどの間に、二隻の中型船を完成させているのです」
万が一の漂流に備えて数日分の生活物資を常備する二隻の帆船は、現在、近海での漁業に使用されている。
そして豊富な海産物、海の恵みをビエイリークにもたらしていた。
「ビエイリークから船を借り、私の手の者が海洋調査と上陸を行います。
その結果、彼らが島の呪いの消失を確認する証拠を持ち帰ることができましたら、機帆船をお貸しいただきたく存じます」
ビエイリークから魔王城の島までの距離はごくわずかだ。
中型船でも、半日あれば往復できる。
「証拠、とは?」
「写真を撮ってまいります。写真という技術については、既にお聞き及びですよね?」
私の問いかけに、メルクーリオ様はうむ、と頷きを見せる。
「うむ。ゲシュマック商会の科学部から公開されているので、フリュッスカイトでも研究が始まった。
進水式には間に合わなかったが、今後、行事の記録写真や農業、漁業の生育状況などにも使用できるはずだ。
今回の大祭で、姫君のお姿を撮影したいという声も上がっている」
「舞は動きがありますので、記録として撮るのは難しいでしょうが、舞衣装くらいなら構いませんよ。
ではなく。写真で、魔王の島に上陸した証拠を撮影してまいります。
それに納得いただけましたら、どうか……」
深々と頭を下げて願えば、計算の早いメルクーリオ様は、私の意図や利と理を理解してくださる。
「分かった。かの島については、まだ謎が多い。
それを解明し、真に開拓地として開ける見込みがあるのであれば、協力は惜しまない」
「ありがとうございます。
ソレイル様も、ぜひお力をお貸しください」
「勿論です。アルケディウスの大祭終了後、良き日を選びお知らせください。日程を調整いたします」
食事の席での雑談で済ませるには重い話になったけれど、これで移民計画がまた一歩前進する。
私はホッと胸を撫で下ろした。
……っと。
「試験調査にも、ソレイル様が同行してくださるのですか?」
「はい。謎多き魔王城の島の調査には、とても興味があります。フリュッスカイトの代表として参加させてください。お邪魔にはなりません」
やる気満々のソレイル様を見て、私は背後に護衛として立つリオンとちらりと視線を交わす。
試験航海を任せるなら、私の身内から出す代表は、まず間違いなくリオンになる。
リオンが頷いてくれたので、私はソレイル様に、
「分かりました。よろしくお願いいたします」
了承の頷きを返した。
これで話は決まりだ。
「姫君の配下から出される調査員は、リオン殿になりますか?」
「おそらくそうなると思います。ゲシュマック商会の代表や武官、文官も入るでしょうが」
「それは……楽しみにしています」
「?」
意味深な笑みを浮かべるソレイル様。
それを少し苦く、でも柔らかい笑みで見つめる公家の皆様。
その理由は分からなかったけれど、とりあえず協力は取り付けたので一安心。
私はデザートのジェラートに舌鼓を打ちながら、食事と会話を楽しんだのだった。
ちなみに、オリーブ、こちらで言うところのオリーヴァのあく抜きを覚えたフリュッスカイトは、真剣にオリーヴァの栽培と加工に力を入れ始めたという。
オリーブオイルは引く手あまただけれど、それ以上に実の加工も行われている。
今日の晩餐にも、オリーヴァはふんだんに使用されていた。
カナッペ、アヒージョ、サラダに天ぷら風などなど。
まーさか、ジェラートにまで使うとは思わなかったけれど。
近年、王族の間で人気の商品となっているプラーミァ原産のヴァニラのアイスに、オリーブオイルを使用。
さらにカットしたあく抜きオリーヴァとレモンピールを混ぜ込んだアイスは、向こうの世界でも人気が出るんじゃないかと思うくらい、上質で美味しかった。
そして翌日。
大祭初日、私はしっかりと舞を奉納した後、いつものように精霊神様へご挨拶にあがった。
奉納舞は大成功だったよ。勿論。
海の上に作られた特設ステージは少し怖くはあったけれど、慣れてしまえば気持ち良かったし、光の精霊だけでなく、海の水面、水の精霊も煌めいていたんだって。
後で教えてもらった。
そして、大神殿の奥。
精霊神の間から、神の世界へ。
「オーシェアーン様。その節は大変お世話になりました」
「よく来たな。端末は役に立っているか?」
「はい。幾度も助けてもらいました。
リカチャン、と名付け、力になってもらっています」
異空間の中で微笑む水の精霊神。
オーシェアーン様に、私はご挨拶する。
指輪の中心石がチカチカっと瞬いたのは、きっとリカチャンも挨拶したのだろう。
うむ、と満足そうに頷いて、オーシェ様は白銀の美しい髪と紺碧の瞳を煌めかせ、微笑んだ。
「それは良かった。其方には返しきれぬ恩がある故にな」
「恩とか、気になさらなくて大丈夫ですよ。
精霊神様が常に私達を見守り、精霊の力を導いてくださる。
それ自体が私達、アースガイアの民にとって、何にも勝る恩なのですから」
本当に。
精霊神様達が重い使命を決して投げ出すことなく、私達を導いてくださっているからこそ、私達はこの星で幸せに生きることができるのだ。
「近年の子ども達の成長発達は目覚ましい。
船もだが、さまざまな薬品精製や科学技術で、フリュッスカイトは今後栄えていくことだろう」
「将来的には医学も復活させていきたいですよね」
「ああ。子ども達には期待している」
そこまで言った後、オーシェ様は私達をじーっと眇め見る。
私達。
私とピュールと、リオン。
困ったような、悩んでいるような。
何かを言おうとして、けれど言うべきかどうか迷っているような。
そんな仕草の後。
「マリカ」
「はい、なんでしょう?」
意を決したように、オーシェ様は言葉を紡いだ。
「其方。我が国に嫁に来るつもりはない、よな?」
確かめるように。
伺うように……。




