水国 機帆船協力要請
「まあ、マリカ様だけでなく、カマラさんやセリーナさんもご結婚がお決まりになられたのですね」
七国訪問五か国目、フリュッスカイト。
訪れたクレツオーネ宮殿での夕食会で、元公主ナターティア様が微笑む。その祝福は弾ける水しぶきのように爽やかで、私達の婚約を心から喜んでくださっていることがよく伝わってきた。
「とても良いことですわ。
正直に申し上げますと、我が国でもマリカ様のお心を頂こうとしたり、セリーナさんやカマラさんへ求婚しようという身の程知らずが少なからずおりましたの。でも、婚約者がいらっしゃるのでしたら、私もきっぱりと諦めさせることができますから」
「ありがとうございます。ナターティア様」
国としてはカマラに自国の部下を迎え入れたい思いもあっただろうに、そう言ってくださるのは女性ならではの優しさなのだろうか。
残る訪問先はフリュッスカイトとシュトルムスルフト。
その訪問を前に、カマラとセリーナは王家と主の承認を受け、正式に婚約が認められた。
どちらも有能なアルケディウスの騎士貴族だ。文句などあるはずがない。あったとしても潰すけど。
「まあ、カマラ殿の婚約は惜しいところではあるがな」
「メルクーリオ様」
「彼女はこの国の騎士達にとって憧れの存在であった。あの堅物で有名なルイヴィルでさえ、カマラ殿とミーティラ殿には一目置いていた。好意も抱いていたようだ。
もっとも、他国の女騎士に求愛する甲斐性をルイヴィルに求めるのは酷というものだろうが」
今日の夕食のメインは牡蠣のアヒージョ。
それから、オリーヴァの塩漬けの天ぷら。
料理を口に運びながら後ろを振り返る大公メルクーリオ様に当てこすられ、背後に控える騎士団長は明らかに困った表情を浮かべていた。
「……大公閣下……。それは……」
「言われて悔しければ、其方も身を固めることを考えよ。ルイヴィル。
永遠に終わらぬ日常はもうない。人の命はいつ尽きるかも分からぬ。
其方の剣にも命にも、これまで以上の重みが加わったのだと理解し、公女、公子のためにも其方の子を残してほしいものだ」
「はい……」
少し厳しいメルクーリオ様の言葉に、しゅんと肩を落とすルイヴィル様は少し気の毒だけれど、おっしゃりたいことはよく分かる。これはフリュッスカイトの事情だ。だから私は口を挟まない。
フリュッスカイト王家はアーヴェントルクと並び、出産の恵みに恵まれた国。
三年間で二人のお子様が誕生している。アーヴェントルクと同じく公女と公子で、こちらは姉が公女、弟が公子だ。
知恵の国フリュッスカイトの子ども達だから、父君と母君、どちらに似ても、きちんと教育を受ければ英明な秀才へと育つはず。
だからこそ、ルイヴィル様にも期待している。
末永く公家を支えて欲しい、と。
とはいえ、歳も離れているし、ルイヴィル殿が本気でカマラを想っていたとは思っていなかったのだけれど。
「エルディランドのユン殿であれば、カマラ殿をきっとお守りくださることでしょう。
心よりお祝い申し上げます」
祝福を告げてくださるルイヴィル殿の瞳には、確かに寂しさが宿っていた。
カマラのことを気に入っていたというのは、案外メルクーリオ様の冗談ばかりではなかったのかもしれない。
でも、こればかりはどうしようもない。
「はい。ですが、ただ守られるだけではなく、ユン様と肩を並べ、ともに戦えることを目指して、今後も努力してまいります」
鮮やかに微笑むカマラ。
彼女にとってユン君――クラージュさんとの婚姻は、長年願い続け、ようやく叶った希望だったのだから。
「既に、お聞き及びかと思いますが、私はクラージュ様から求婚を頂きました。
お許しいただけますでしょうか?」
彼女がそう私に告げてきたのは、フリュッスカイト訪問を翌々日に控えたある日のこと。
私達がクラージュさんと話をしてから二日後のことだった。
「魔王城へ二人で参り、『星』に事情をお聞きしました。その上で、寄り添っていただけるかと問われ、私はお受けすることにしたのです」
どうやらクラージュさんは、ステラ様と改めて腹を割って話をし、カマラを妻に迎えることについて相談したらしかった。
ステラ様も私やリオンとは違うけれど、大切な『星』の転生者。
クラージュさんの幸せを願い、いろいろ考えて助力してくださったようだ。
「私とクラージュ様の間では、現状子どもは生まれないそうです。ただ、魔術師が変生を行い、体内へ精霊の力を取り込んで能力を高めるのと似たことを行えば、私も精霊の子を宿せる可能性はあると」
「『精霊神』様が『聖なる乙女』に王族の祖を産んでいただいた時みたいな感じかな?」
「恐れ多い例えではありますが、おおむねそのようなものだと。
今のところはマリカ様の護衛を優先したいので妊娠の予定はありませんが、プリエラが一人前になるなどして余裕ができましたら考えるつもりでおります」
現状、カマラとクラージュさんも、セリーナとヴァルさんと同じように別居婚になるだろう。
「ごめんね、カマラ。カマラにいなくなられると困るから、そうしてもらえると助かる。
その代わり、こまめに里帰りできるようにするし、結婚後の後見も責任を持つから!」
「勿体ないお言葉です。
私は挙式にはこだわりませんが、落ち着きましたらエクトール様へ結婚のご報告には伺いたいと思っております」
「駄目だよ。ちゃんと晴れ姿をエクトール様達に見せてあげないと。
フェイに頼んで向こうで式を挙げることだってできるから、それは考えておくね」
「ありがとうございます」
約束した通り、私達の挙式の後に式を挙げ、大聖都の家族みんなで送り出す。
騎士貴族として恥ずかしくない準備を整えようと、私は心に決めていた。
まあ、そんな身内の話はさておき、大祭七国巡り五か国目、フリュッスカイト訪問。
「フリュッスカイトには、ぜひ大祭が終わりましたらご協力いただきたいことがあるのです」
「何でしょうか? 我が国でできることであれば、何なりと」
「機帆船をお借りしたいのです。最終的には長期的な使用になる可能性もありますので、増産も視野に入れて」
私は歓迎して迎えてくださった大公メルクーリオ様へそうお願いした。
歓迎の夕食会での雑談ではあるけれど、後ほど正式に申し入れを行う予定だ。
「機帆船を?」
「はい。試運転で大陸一周の航海は成功したそうですね」
「造船の街ビエイリークとフリュッスカイトが総力を挙げて造り上げた船ですから」
「アルケディウスの北に無人島がございます。その島を開拓地として整備するには、どうしても船が必要なのです」
話を聞いた大公閣下が、あからさまに眉をひそめた。
不信というより、不満。
納得しかねる思いが、その表情にははっきりと浮かんでいた。
「『神の子ども』を受け入れるため開拓地を造るという話は聞いている。彼らの安全のため、孤島を開拓するというのも理解できる。
だが、アルケディウス北方の孤島といえば魔王の島であろう。
船を沈め、人を呑み込む魔の海域。そこへ大切な船と乗組員を向かわせることはできぬ」
「……ここだけのお話ですが、あの島は実は魔王の島ではありません」
「何!」
私は声を潜めたけれど、その場にいた王族や側近の皆様には十分聞こえていた。
声を上げたのは大公閣下だけではない。
元公主様も、侯爵様も、大公妃様も、皆一様に目を見開いている。
「大母神たる『星』の恵み深き聖地なのです。
選ばれた者以外立ち入りを禁じられているのは事実ですが、許可を得れば入島することは可能です」
ステラ様からは既に入島の許可をいただいている。
私自身が確認したわけではないけれど、島の周囲を囲んでいた暗礁は下げられ、今までのように近づいた船が沈むことはないそうだ。
「私は『星』より入島の許可と知識を頂いております。
最初の航海には同行し、ご案内いたしますわ」
「それではなおさら許可できん!
姫君はそうおっしゃるが、万が一、魔の海域がなお生き続けていたら。
そして姫君が海に呑まれでもしたら、大変なことになる!」
「ですが……それが『星』の願いであり、御意思なので……」
「ならば、僕が同行いたします」
「え?」
長年の恐怖がある以上、そう簡単に受け入れられないのも当然だ。
どう説得しようかと思っていた、その時だった。
静かな、それでいて力強い声が響く。
「ソレイル様……」
「僕が水を操る魔術師として同行し、姫君をお守りします」
フリュッスカイト第四公子にして、王族魔術師の力と杖を預かるソレイル公子。
彼は強い決意を瞳に宿し、力強くそう宣言したのだった。




