大聖都 『精霊』の結婚 後編
知っているからこそ、悩み、弱くなる。
知らないからこそ、強くなれる時もある。
私がクラージュさんの問いに、どう答えを返そうかと考えていた時。
「また、かよ? どうして『精霊』って頭固いんだろうな」
「同感です。『星』や『神』が与えたそれが設計理念というものなのだとしたら、本当に罪深い」
「アル? フェイ?」
話をずっと聞いていたフェイとアルは、心底呆れたという表情で、わざとらしく肩を竦めて見せた。
二人のあからさまな批判に、クラージュさんはどこかムッとしたように眉を寄せる。
「また、とは? 私はこの悩みを人に話したことはありませんよ」
「俺です。先生」
「アルフィリーガ?」
「俺が、かつて同じように悩んでいたから、二人はきっとそれを思い出しているのでしょう」
クラージュさんを宥めるように告げると、リオンは静かに微笑み、私に視線を向けた。
ああ、そうだね。
これは、私達『精霊』の共通の命題。
私と同じように、リオンもきっと悩んだのだろう。
「結論は出ていますよ。クラージュ殿。
決断をするのは貴方ではない。女性の方です。
この場合の選択権は、カマラにあります」
「カマラに?」
「はい。人ではないという貴方を受け入れるか、受け入れないか。
決めるのはカマラです。
結婚という場において、男性側は主導権を握っているように見えて、実はそうではありません。
女性が受け入れてくれなければ、男は何もすることができないのです」
フェイの指摘に、クラージュさんは意表を突かれたように目を開いている。
この中で唯一の妻帯者。
フェイの言葉は深い重みを持っていた。
男女の関係については、彼が一番詳しいのかもしれない。
「無論、暴力で強いられたり、親によって決められたり、ということもあるでしょう。
ですが、もし女性が自ら身体を開いたのだとしたら、それは彼女が貴方という存在を受け入れているということにほかなりません。
自分が人外であると知りつつ、彼女に甘え、孤独から逃げていたと自覚しているのでしたら、その罪を素直に告白し、彼女に採択を委ねるのが筋です。
マリカやリオンに決断を預けるのは、ズルいですし、お門違いですよ」
「……そう、ですね。正論です」
自分の、そしてフェイの言葉を噛みしめるように俯くクラージュさん。
正論とはいえ、ちょっと気の毒になる。
「フェイ。言っていることは正しいと思う。
それでも怖いことなんだよ。自分が人と違うって。
周りが大切であればあるほど、溶け込もうとすればするほど、周囲とは違う自分を感じてしまうの」
私は異世界転生者ではなくて、母の記憶の欠片を受け継いだだけの者に過ぎない。
けれど、知っている。
人々の『人と違う』者に対する残酷さも。
自分だけが人と違うと知った時の孤独も。
お母様やお父様に幾度も叱られて、支えられて、吹っ切ったと思っていても、ふとした時によみがえる。
思い出すと、呼吸の仕方を忘れたかのように苦しくなる。
クラージュさんも地球の知識と記憶を持つから、きっと同じように疎外感を感じてしまうのだ。
だから、ちょっと助け船を出そうと思いを紡いだ。
「だから、クラージュさんの迷いや気持ちも分かってあげられない?」
「分かっています。十二分に。
でも同意はしません。
リオンもずっとそうでしたから」
けれど、フェイの回転する頭と口に、私程度が敵うはずもなく。
「リオンが?」
「いつも思いますが、精霊達は我慢強すぎる。
自分を枠の外に置き、他人の幸せを願う姿は美徳ですが、悪徳でもある。
もっと、自分の意思を示し、我が儘を言うべきです」
フェイは言葉を止めず、さらに鋭い、責めるような眼差しで私達を射抜いた。
口撃というには、あまりにも優しいけれど。
「我が儘を言ったら、皆が困るでしょう?
相手に迷惑をかけることにも……」
「困ったことになったら、皆で解決すればいいのです。
自分一人だけ我慢すればいい、という自己犠牲は、逆に周囲の人を傷つけることもあると、いい加減理解していただけませんか?
現にクラージュ殿は、自分が人間ではないからという心配を一人で抱え込むことによって、カマラを傷つけているのでしょう?」
「!」
「リオンもそうでした。
同じ年頃の子が子どもを拾い、育ててくれて。
困りごとや汚いこと、その全てを一人で抱え込んでいた。
自分も彼を助けたいと思い、努力して。
相棒だと。
隣に立つ者だと許してもらえるまで、八年かかりました。
そして十四年近い時を経て、やっと一人で抱え込まないと、分け合い、頼ると言ってもらったのです。
その言葉を聞いて、僕はやっと、精霊に守られる子どもを卒業できた。
真の意味で大人になれたと、そう感じました」
「そういう意味では、オレはまだ子どもだ。
でも、必ずもっと力をつけて、兄貴達に並べるようになってみせるからな」
横を見れば、どこか照れたような顔のリオン。
今回、リオンは何も言わない。
二人に全てを任せている。
同じ『精霊』同士で何を言っても、傷の舐め合いになると分かっているからだ。
きっと。
リオン達三人の間で、私達には見えない、知らせない。
色々な葛藤があったのだと思う。
その辿り着いた先が、結婚式での約束。
そして、私へのプロポーズだったのだろう。
「精霊だから、勇者だから、聖なる乙女だから。
そう言って誰かが、誰かの幸せのために犠牲になることが、僕は堪えられません。
精霊だろうと何だろうと、リオンはリオンで、マリカはマリカ。
そして、貴方は貴方です。クラージュ殿」
「正直さ、オレはジンコウジュセイとか、イデンシとか言われても分かんねえよ。
ここに生きて、同じ人として生きている。
それなら同じ人間、だろう?
どこが違うんだ?」
「それは……」
「アルの言う通り、僕らは貴方達『精霊』が人間とどう違うのか分かりません。
知る必要もないと思っています。
愚かだと笑ってもらって結構。
子どもができない、作れないというだけなら、子どもがいない夫婦は大勢いますよね。
逆に、力を持った子どもが生まれるかもしれないというのであれば、それは僥倖ではないですか?
そもそも各国の王族にしてからが、『精霊神』が作った人の身体に宿って、人間と交わって生まれた者です。
精霊であることを理由に、貴方方を忌避する理由は何もありません」
私達の悩みを一刀両断に切り捨てるフェイ。
そっか。
逆に知識があるから、私達は遺伝子操作だ、デザイナーベイビーだと悩んでしまう。
けれど知らなければ、逆に忌避感はないのか。
お母様も、似たようなことを言って下さった時があった。
この世界は『星』と『精霊神』によって作られた。
であるなら、精霊も人も同じだと。
『精霊神』様達がナノマシンウイルスのことを自分の子ども達に知らせず、精霊として親しませたのも、そういう意図があったのかもしれない。
「でも、それはフェイや皆だからで。
もし、そのことが知られたら、私達は怯えられたり、迫害されたり、逆に崇められたりするんじゃないかな?」
「大丈夫です。そんな連中がもし出たら、僕が、いえ。
僕達が潰します」
「フェイ?」
「大丈夫です。
自分で言うのもなんですが、七国王家と神殿と精霊神を敵に回すような勇気を持つ者がいたら、逆にお目にかかりたいですね」
にっこりと作った笑顔。
けれどその笑みは確かに氷点下で、彼の本気を表していた。
「作られ、操作されたものであろうと、この世に生まれた以上、同じ命です。
自らを忌避することなく、幸せになることを諦めないで下さい。
クラージュ殿」
「作られた生命も、自分の望みを持っていい、と?」
「むしろ持っていただかないと困ります。
貴方が幸せになって下さらないと、リオンやマリカがまた、悩んで躊躇ってしまう」
くすっと。
零れるように、クラージュさんの口元から笑みが落ちた。
「なるほど、それは責任重大ですね。
我々が幸せにならないと、二人は幸せになれないと?」
「ええ。だから、僕は世界を平和にするのです。
二人を幸せにするために」
「分かりました。であるなら、私も石にかじりついても幸せにならなくてはならない」
顔を真っ直ぐに上げたクラージュさん。
その表情は秋の空のように晴れやかで、何かが吹っ切れたように見えた。
「マリカ様。本日、これから暇をいただいてもいいでしょうか?
私とカマラ、二人で」
「勿論構いません。カマラもクラージュさんも、有給休暇は手付かずですし」
「明日までゆっくりしていてもいいですよ。
マリカ様には、次のフリュッスカイトとシュトルムスルフト訪問、それから魔王城の島の入植計画について、お話しし、裁可を仰がなければならないことがたくさんありますから。
明日は大神殿から出しませんので」
「いっ!」
にっこりと仕事を押しつけてくれたフェイの、花のような笑顔。
少し背筋が寒くなったけれど、まあ、仕方ないか。
「ありがとうございます。
では、細かい手続きと報告は後ほど。
もしフラれたら、笑ってやってください」
軽い口調で笑って、クラージュさんは一礼する。
そして部屋の外へと去っていった。
確かで、強い足取りで。
翌日、私はフェイに宣言された通り、大神殿に缶詰で一日仕事に追われた。
護衛はリオンだけで十分だからと、カマラとプリエラには休暇をあげた、とセリーナやミュールズさんには説明する。
「クラージュさん、上手くやってるかな?」
「大丈夫ですよ。
上手くいかなければ、上手くいくようにまた手助けすればいいんです」
仕事の傍ら、誰に向けたわけでもない囁きを、側にいたフェイはしっかり聞き取って、そう言ってくれた。
「うん。そうだね」
「精霊が、勇者が。
人を幸せにする者が幸せになれない。
そんな世界は、絶対に間違っています。
だから、彼にもリオンにも、幸せになってもらわないと困るのです。
勿論、マリカも、ですよ」
「ありがと」
そして夕方。
「ただいま戻りました」
カマラは戻ってきた。
「マリカ様! 私、大聖都に行きます。
これからも、マリカ様にお仕えさせて下さい。
クラージュ様と一緒に」
晴れやかな表情。
弾む声。
そして、薬指には。
笑顔と同じくらいに煌めく、銀の光を宿らせて。




