大聖都 『精霊』の結婚 中編
息が詰まった。
精霊だから。
クラージュさんが寂しげに笑って言ったその言葉が、私の胸にぐさりと、刃のように突き刺さった。
呼吸の仕方を忘れてしまったように開いた口。
高鳴る心臓が、自分のものではないような音を立てる。
「落ち着け。マリカ」
「リオン」
私の様子を察したリオンに背中を叩かれて、少しだけ身体に体温が戻った。
改めて、私は彼を見る。
「クラージュさんが、『精霊』?」
「そうです。『星の夢』の時に教えられました。
星の転生者は『精霊』であると」
私が異世界転生者ではないのだから、同じ記憶を持つクラージュさんもまた、転生者ではないことは分かっていた。
クラージュさんと一緒に『真理香先生』の記憶データを刷り込んだから、転生者と思ったのだろうけれど、とステラ様も言っていた気がする。
そうか。
その時、気付くべきだった。
クラージュさんの生まれ変わりに、ステラ様は関与している。
クラージュさんも、私達と同じ。
人の胎から生まれたのではない『精霊』なのだ、と。
「精霊だから結婚できない、というのですか?
それは詭弁、というか、言い訳に過ぎないのではありませんか?」
フェイは、クラージュさんが精霊であることそのものよりも、精霊だから結婚できない、という言葉の方に引っかかっているようだった。
自分が人間ではないことに悩み続けていたリオンの側に、ずっといたからだろうか。
口調もかなり厳しい。
「詭弁であることは、私自身が一番よく分かっています。
逃げであり、言い訳であることも。
カマラとの関係は、私から誘いました。
彼女の無垢な眼差しが愛しかったのもありますが、別の理由や目的もあったのです」
「別の、目的?」
「そうですね。良い機会です。
私の懺悔を聞いていただけますか?」
「懺悔? 罪を犯したと?」
「はい。そして、カマラと私の剣の主として。
アースガイアの精霊を率いる者として、裁定をいただけますと幸いです。
『精霊の貴人』エルトリンデ。
『精霊の獣』アルフィリーガ」
クラージュさんは膝をつき、私達の方を見た。
正確には、私とリオンを。
「ああ、心配しないで下さい。
私が結婚を躊躇う理由は、マリカ様、アルフィリーガ。
貴方達には当てはまりませんから」
「え?」
「どういう意味だ?」
「『星』と『神』が認めた『精霊同士』の結婚に障害はない、ということです。
良い機会です。
私達『精霊』と呼ばれる存在について、改めて共通理解をしておきましょうか。
フェイ。貴方も本当の意味で、正しく理解していると言い切れないでしょう?
私とマリカ様、そしてアルフィリーガは人型精霊である。
でも、人型精霊というものがどういう存在なのか、はっきりと説明できますか?」
「ええ、まあ……できませんね。
分かりました。話を聞きます」
「ありがとうございます。
講義タイトルは、今だから分かる『精霊』について、ですかね」
小さく苦笑すると、クラージュさんは向こうでの教師、海斗先生の顔になって、私達に話し始めた。
「まず『精霊』というものは、アースガイアの定義で言えば、この世界に在りながら異なる座標と力で成立しているために見えない『助け手』と言っていいと思います。
万物に宿り、あらゆる生命や自然の営みを歪めず守るもの。
その正体は、宇宙からやってきたナノマシンウイルスの変形亜種。
大母神『星』が生み出す力です」
ここまでの説明に、異を挟む者はいない。
アルやフェイも、夢で見て理解している。
「ウイルスというものは、目に見えない極小の生命体と言われています。
自己増殖や代謝を行わず、他者に寄生し、その構造を借りて増殖や活動を行うウイルスを生命と呼ぶかどうかは、議論が分かれるところでしょう。
ですが、少なくともこの星においては、『星』が生み出すナノマシンウイルスは『生命活動を助ける』という明確な意思をもって生み出され、活動しています」
通常は目に見えないナノマシンウイルス達は、万物に宿り、自然の法則に従ってそれぞれの在り方を助けている。
これは『星』が生み出している新型だからであって、オリジナルのナノマシンウイルスは全ての生命体を歪め、支配者であるコスモプランダーの都合のいいように作り替えるものだった。
「『精霊神』は、文字通りナノマシンウイルス達の神。
単体では何にも宿れず、何にもなれない存在を導き、方向性を与える存在と言えるでしょう。
オリジナルのナノマシンウイルスは、コスモプランダーの思い通りに生命体を作り替えるものでした。
それが地球に降り、精霊神のオリジナルである人間達に宿った時、何らかの要因で変異し、彼らはナノマシンウイルスへの命令権を与えられた。
本来であれば、上位権限を持つコスモプランダーには逆らえず、いわば牧羊犬として地上を均すはずでした。
けれど強い精神力によって、彼らは命令を拒絶し、逆にナノマシンウイルスを人間のために作り替えたということですね。
『神』は『精霊神』と同じ分類と見ていいと思います。
どういう差異があるかは、はっきりとは分かりませんが、ナノマシンウイルスを操り、人々を助ける存在です」
海斗先生の説明は分かりやすい。
しかも地球の知識がある分、考察としてもかなり深く、真実に近い印象がある。
「ナノマシンウイルスは単体では微弱な力しか持たず、物体の力を借りて、初めて増殖が可能になります。
そして、宿った物質そのものや周囲の生命力、意志力。
この星で『気力』と呼ばれる力によって、能力を発揮します。
基本的に精霊というのは、ナノマシンウイルスそのものを表すのでしょう。
ですが、その中で特例となるのが人型精霊と呼ばれるもの。
私達です」
私が、理解したつもりでいて、それでも認めたくなくて考えないふりをしていた部分に、彼は真っ直ぐ切り込んでくる。
「ナノマシンウイルスは単体では意味をなさない。
だから、上位者達は生命体に操る方法を教え、有効活用させた。
それが魔術師、精霊術師、神官などですね。
魔術師は、人間が精霊をより良く使えるように、体内へナノマシンウイルス操作のための力を挿入された存在。
そして人型精霊である我々は、さらにそこから一歩進んで、生まれる前からナノマシンウイルスを使うために調整され、最適化された存在だと私は考えています。
マリカ先生にしか通じない例えで恐縮ですが、一種のデザイナーベイビーということですね」
「それは、その通りだと思います。
ステラ様も『神』レルギディオスも、私やリオンの出生前卵子に調整を行ったと認めておられましたから」
そう。
はっきりと言っていた。
自分達は使命と目的のために、子どもに犠牲となることを強いた毒親だと。
「今、人型精霊と呼べる存在は四人です。
私、マリカ様、アルフィリーガ。
そして神の子であり、アルフィリーガの弟であるフェデリクス・アルディクス。
そのうち、私だけが仲間外れなのは分かりますか?」
「仲間外れ、ですか?」
目を瞬かせた私に、海斗先生は肩を竦めて見せる。
「そうです。
私以外の三人は、人間の体内で受精し、生命を成立させた者。
ですが、私は違う。
そもそも、親がいないのです。
『精霊の貴人』エルトリンデの卵子と、自身の精子によって生まれた体外受精児だったと聞いています」
「体外受精児?」
「はい。
神との会見へ向かう前、『精霊の貴人』エルトリンデのバックアップとして保存されていた卵子がありました。
ですが、次代の『精霊の貴人』エルトリンデは、保存していた真理香先生の卵子を使うと『星』が決意した時、その命の種子が余った。
だから、まだ肉体を残していた私の精子と受精させ、新しい人型精霊を作った。
遺伝子操作を行い。
体外受精児には何故か魂が宿らないので、私の魂を入れた上で、片桐海斗の人格データを組み込んで生まれたのが私です」
……言葉にされると、かなりきつい。
人類の尊厳とか、そういうものを無視した人体実験レベルの生い立ちだ。
私達もそうだけれど、海斗先生、クラージュさんはもっとハードだ。
中世異世界に向こうの世界の生命倫理を持ち込むのは無茶な話だとは分かっているし。
『神』や『星』も本当にどうしようもなく、自分達に忠実な助け手が必要で行ってしまったことなのだろうけれど。
「精霊は人間の卵子を種子とする点では同じですが、違う生命体なのです。
地球生まれの『神の子』と同じ種であるアースガイア人、というレベルではなく、ナノマシンウイルスとの適合性を高められ、ヒトの遺伝子を持ちながらも加工を施されて作られた『生命活動を助ける』生き物。
人の容をしていますが、中身は違う生き物。
そう生み出されたことに不満はありません。
選択権は与えられていましたし、『星』に命を捧げると決めたのは外ならぬ自分自身ですからね」
そう言うけれど、内心は穏やかではないはずだ。
『精霊』の真実を知った今では、なおさら。
「マリカ様とアルフィリーガは、同じ遺伝子操作を受けた『精霊』同士ですから、結婚するにしても、子どもを作るにしても支障はないでしょう。
精霊同士で子どもが作れるのかどうかは、ともかく。
ですが……」
クラージュさんが閉じた言葉の先は理解できる。
人間ではない自分には、人を愛し、生命の輪に加わる資格はない、と。
「人間を抱くことはいいのですか?」
そう問うたのはフェイだ。
事情を知っても、まだクラージュさんに向ける眼差しは厳しい。
「特に禁止の制限がかかっていたわけではないので、私はカイト時代、妻帯しました。
妻を含む複数名と肉体関係を持ちましたが、前にも告げた通り、子はできませんでした。
後で魔王城へ戻り、ステラ様に伺ったところ、私の力はアルフィリーガやマリカ様ほど強くない。
抱かれた人の子は、後付けで精霊の祝福を受けたような形になり、おそらく精霊に愛されて生きただろう、と。
少し安堵したのを覚えています」
クラージュさんは、静かに息を吐く。
「その後、マリカ様が大神殿に入られて、私はアルケディウスと魔王城、大神殿を往復する日々の中、カマラと関係を持ちました。
彼女が私に好意を持ってくれているのが分かっておりましたので、それを受け入れる形で。
寂しかったのです。
自分で選んだ道だと分かっていても、見知った者のほとんどいない魔王城で、一人、転生者――いえ、人外として在り続けるのは。
ただ、結婚や恋愛を匂わせたことはありません」
少し前、女の子達の恋愛事情を聞いたことがある。
その時、カマラはクラージュさんは大人だと。
自分は手の中で転がされるばかりだと言っていた。
あれは、そういう意味なのか。
「彼女を抱くことで、私は孤独を紛らわせていました。
先ほどは否定しましたが、彼女の身体と心を弄んでいると言われても仕方のないことをしていますね。
言い訳をするなら、いずれカイト時代と同じように、彼女を妻に迎える意志はありました。
そして、騎士としてマリカ様に仕えるカマラに精霊の祝福を与え、力を高めてやりたいという思いもありました。
ただ……」
彼は私達を、正確には私を見る。
告白の時と同じ、愁いを帯びた眼差しで。
「知らなかった前世とは違って、今は知ってしまっているのです。
自分が『精霊』。
いわば疑似ホムンクルスであり、人とは違う生き物であることを。
そして『精霊の力』の正体も。
私は不老不死の世が終わってから。
正確には『星の夢』で真実を知った後から、フェイの結婚式を除き、カマラと個人的な会話をしておらず、抱いてもいません。
アルケディウスのユンとしての仕事の傍ら、『星』や『神』の意を受けて行う調査や仕事に逃げておりました。
カマラが不安定な様子を見せていたのだとしたら、それがきっと理由でしょう」
彼は懺悔であると言った。
そして裁いて欲しい、と。
「本題です。
人間でない私が、人間の少女を愛することは許されるのでしょうか?
彼女を拒否して傷つけることと、人の命の理に偽りの生命が介入すること。
どちらが重い罪なのでしょうか?」




