大聖都 『精霊』の結婚 前編
ヒンメルヴェルエクトの大祭が終わり、私達が大神殿に戻って間もなく。
「ただいま戻りました」
「お疲れさまでした。エルディランドでの調整は纏まりましたか?」
ユンくんこと、クラージュさんが戻ってきた。
エルディランドで、私の名代としてマオシェン商会や王家との細かな調整をお願いしていたのだ。
「はい。概ね、こちらの希望通りに」
神官長の執務室で、リオンやフェイ、アルと一緒に報告を聞く。
「マオシェン商会のダーダン様が『神』の関係者であったことは意外でしたが、その本質は信頼できる賢者だと分かっております。
彼の約束は信頼できると、私が保証しますよ」
「勿論、疑う意図はありませんよ」
異世界転生者であったカイト先生を助け、引き立てた人物。
いわば私達の恩人であり、印刷と醤油と酒の育ての親なのだ。
感謝も信頼もしている。
心から。
「ダーダン様は、後継者に店の舵取りを任せ、新開拓地開発に向けた調整に携わって下さるそうです。
カイトの一族からも優秀な農業指導者を派遣する予定ですし、エルディランド王家も全面的に後援して下さるとのことです」
「ヒンメルヴェルエクトの協力も得られましたし、農業国二国の力があれば、精霊国復活に向けた道にも光が差しますね」
「元々、魔王城の島は肥沃だし、精霊達も協力的だから。
人手と技術があれば、人数が増えても自給自足くらいはできると思うよ」
私達が魔王城の島で小麦の栽培を始めたのは、もうなんだかんだで六年近く前になる。
自生していた小麦を、ほぼ子どもだけで開墾した畑で育て、自分達が食べるパンを作った。
それが、食の復活の始まりだった。
雑草を取り除き、畑を作るのは大変だったし、『能力』や精霊術の力も借りた。
けれど一度軌道に乗ってしまえば、そこは『星』のお膝元。
実り豊かな魔王城の島は、努力に見合う収穫を私達に与えてくれた。
今は、精霊の力をもっと上手く使える。
魔術師の数も増えている。
冷凍睡眠で眠っている子ども達は、ほとんどが魔王城の子ども達と同じ世代だ。
ちゃんと事情を伝え、手助けすれば、きっと頑張ってくれると思う。
「時間制限があるのでのんびりとはできませんが、まずは城下町を整備し、年長者を優先して目覚めさせて、環境を作っていくのがいいかもしれませんね」
「目標としては、五年以内に約九万五千人以上とされる子ども達を冷凍睡眠から解放すること。
十五年を目安に、彼らを自立へと導くこと、でしょうか。
まだ眠っている子の最年少は二歳だと聞いています。
その子も十二、三歳を過ぎれば、自分の道を選ぶ力は身に付くでしょう」
クラージュさんとフェイが示す概算に、私は唇を噛みしめた。
最年少が二歳ということは、それ以下の子ども達は地球と運命を共にしたか、宇宙での放浪中に限界を迎えて亡くなったのだろう。
切ない。
きっと、生まれたばかりの我が子を、親はすがるような思いで預けたのだろうから。
その代わりと言ってはなんだけれど。
助けられる命は、なんとしても守りたい。
「具体的に計画が動き出したら、マリカ様。
私はエルトゥリアに戻り、護衛と守護の任に付きたいと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
「構いません。むしろ、こちらからお願いしなければならないことでしょう」
元々クラージュさんはアルケディウスの騎士で、いわば出向のような形で大神殿に来ている。
私の随員達も基本的には同じだ。
実は完全に神殿へ所属を移したのはフェイだけなのだ。
アルケディウスとしては、大神殿が落ち着いたら私達に国へ戻って欲しい意図があったんだよね。
だから、私の公式な籍は今もアルケディウス皇女だ。
リオンも同じく、アルケディウスの騎士。
成人式を終え、アルケディウスの成人として登録し。
その後、結婚と同時に私とリオンは大神殿へ籍を移し、王族のような形として立つことになる。
セリーナは、神殿の王家に仕える筆頭貴族の一人として迎える予定だ。
「エルトゥリアの島には城の子ども達もいますし、今後、移民の受け入れで人が増えれば、トラブルも起きるでしょう。
それを収めてくれる方がいると安心できます」
「騎士団長として『精霊の貴人』のお側を離れるのは申し訳ないことなのですが、『星』の護衛や『神』の監視も兼ねて、精一杯務める所存ですので」
「私には大神殿の護衛騎士団もありますし、カマラやリオンもいてくれます。
心配しなくても大丈夫ですよ」
「カマラ……。そうですね。彼女がいてくれれば、私も安心できます」
「でも、いいのですか? クラージュ殿。貴方とカマラは恋仲であったのでは?」
「え?」
どこか噛みしめるような表情で頷いたクラージュさんに、フェイがそんな声をかける。
びっくりした。
思わず、目を大きく見開いてしまった。
「そういう関係になっていたのですか? クラージュさん?
カマラがクラージュさんを慕っていることは知っていましたけれど……」
「そういう関係、と言われると困るのですが、そうですね。
弟子から始まり……今は休みのタイミングが合った時や、魔王城で同じ屋根の下にいる時には誘い合い、褥を共にするくらいの仲にはなっています」
「褥! って、それは……」
「はい。ぶっちゃけると、肉体関係を持ちました。
フェイとソレルティア嬢と似た関係でしょうか?」
「よく知っていたな。クラージュ先生、そんなこと表に出さなかっただろう? フェイ」
「神殿を束ねる者として、組織内の人間関係の把握は当然の嗜みですよ。
ソレルティアとの関係を暗喩されるのは心外ですが……」
フェイはこともなげに言うけれど、私は知らなかった。
カマラがクラージュさんを慕っている。
私の認識は、そこで止まっていたから。
まさか肉体関係までいっていたとは……。
そこで思い出す。
数日前のカマラの態度。
私とリオンの結婚式後のことを聞いてきた、あれは……。
「でも、肉体関係ありって、立派な恋仲、結婚を前提とした関係ではないんですか?
まさか、カマラの身体だけ弄んで……」
「違います。その疑惑に関しては、全身全霊で否定します」
本気で思ったわけではないけれど、私の疑惑にクラージュさんはすぐさま首を振った。
「私はカマラを大切に思っていますし、信頼もしています。
叶うなら共に歩んでもらいたいと思っています。
この感情は激しい情愛と呼べるものではありません。
ですが、それ故に家族として、仲間として、騎士として、長き年月を共に歩いていくパートナーに持つに相応しいものだと思っています」
「だったら、どうしてそれを伝えて結婚を申し込まないんですか?
カマラは多分、そのことで悩んでいるのに!」
ようやく、カマラの不安定な様子。
その理由が理解できた。
カマラはおそらく、私の結婚後、クラージュさんとの関係をどう続けていくべきか悩んでいたのだ。
多分、自惚れていいのなら、仕事を辞めたいとは思っていない。
でも、主が結婚し、同僚も身を固めることになって。
単身のキャリアウーマンなど滅多にいない中世異世界で、彼女はきっと、自分がどうするべきか悩んでいる。
もっとはっきり言うなら、クラージュさんにプロポーズされるのを待っているのだ。
「私は反対などしませんよ。むしろ全力で祝福するのに」
「カマラには申し訳ないと思っています。
優柔不断と言われても仕方ないのですが、告白と求婚については悩んでいます。
私の『結婚』は、簡単に決意できるものではありませんので」
「え? それはどういう……」
「私は『精霊』ですから」
意味が分からず、目を見開く私達の前で、クラージュさんは寂しげに微笑んだ。
どこか、遠い場所を見ているような。
寂しげな『精霊』の笑みをして。




