空国 今までとこれからの話
七国大祭巡り、四か国目。
ヒンメルヴェルエクト。
「色々と世話をかけたね、マリカ」
「いえ、私は何も……。全ては『星』と『精霊神』様の御威光の賜物でございます」
「そんな堅い挨拶はもういいよ。君達は僕達の同類。仲間なんだから」
大祭の奉納舞を終えた私の前で、金髪の青年神が柔らかく微笑む。
「気力も精霊の力もたっぷり補充できた。
何より、君の舞は見ているだけで幸せな気持ちになれる」
この国の守護神にして、光の『精霊神』キュリッツォ様は、私が奉納舞の後の挨拶に訪れると、すぐに異空間へ招き入れて労ってくださった。
火の精霊獣とリオンも一緒だ。
ここしばらく別行動が多かったから、久しぶりに揃った気がする。
「そう言っていただけると嬉しいです。頑張った甲斐がありました」
「後は、この国にも早く『聖なる乙女』が生まれてくれるといいんだけどね」
「やっぱり、自国にも『聖なる乙女』は欲しいものですか?」
「質も量も、もちろん君には及ばないだろう。でも、いつまでも君一人に負担をかけ続けるのもどうかと思うんだ」
「私は別に気になさらなくてもいいのに」
最近、精霊神様達は本当に私を気遣ってくださる。
私達が精霊としてほぼ目覚めたことで、どこか引け目を感じていらっしゃるのかもしれない。
でも、精霊神様達を支えることは『精霊の貴人』の大切な役目だ。
私は今の状況に、不満なんてない。
「マルガレーテ様も妊娠できるようになりましたから、そう遠くないうちに、お世継ぎや『聖なる乙女』も生まれてくると思いますよ」
「うん。それを楽しみにしている」
ヒンメルヴェルエクトへ到着してすぐのこと。
「この度は、本当にご迷惑をおかけしました」
入国後、大公陛下への挨拶で、こちらが頭を下げるより先に、ヒンメルヴェルエクト大公閣下はそう言って深々と頭を垂れ、膝を折られた。
周囲の人々も一斉にそれに倣う。
もちろん最前列に並ぶアリアン公子、マルガレーテ様、オルクスさんも。
「大公閣下。国の長たる方が、簡単に膝を折られては……」
「いえ。ヒンメルヴェルエクトが姫君とその関係者に向けた数々の無礼は、簡単な謝罪で済ませてよいことではございません」
「ということは、マルガレーテ様とアリアン公子から全ての事情をお聞きになられたのですね?」
「はい。『神』の試練に対してヒンメルヴェルエクトが犯した過ちに始まり、『星』の夢へと繋がる公子妃の罪。そして『聖なる乙女』への数々の無礼まで」
声を潜めながら返された頷きには、深い悔恨が滲んでいた。
それほど広くない謁見室にいる全員が膝をついているということは、大公閣下は重臣達にも大公妃の罪や『星』の夢について伝え、共通認識を持たせたということなのだろう。
……潔い。
私としては、ヒンメルヴェルエクトにそこまで大きな罪を感じているわけではない。
一番の被害者はアルだけれど、本人は逆に母親の話を聞けてよかったと言っている。
うーん。
ペナルティは必要かな?
でも、その方がお互い禊になって、すっきりするかもしれない。
そう考えた私は、本来ヒンメルヴェルエクトへお願いする予定だったことを提案した。
「では、被害の賠償として、これから始まる新開拓地の設立にお力をお貸しください。
資金、技術供与、人材の確保も、他国より少し多めにお願いいたします」
「え?」
「それで手打ちといたしましょう。
その資金の中から、被害に遭われた方々への補償も行うということで」
「ですが、それではあまりにも……」
「申し訳ないと思われるのでしたら、その思いを国と星の発展のために使ってください。
それが『神の子』を未来の大公妃として迎えるヒンメルヴェルエクトの務めだと思います」
「……よろしいのですか?」
「ヒンメルヴェルエクトには今後、エルディランドに並ぶ大陸の穀物庫としての役割を担っていただかなければなりませんので」
広大な平原と、実り豊かな大地。
自由の精神を受け継ぐこの国は、トウモロコシ、小麦、大麦、綿花などの栽培では他国の追随を許さない。
これから十万人もの移民が目覚めることを考えれば、主食生産の中心として頑張ってもらわなければ困るし。
最近では発電所の建設も進み、電気を利用した様々な設備も実験段階から実用段階へ移りつつある。
ここで下手に国力を削ぐような罰を与えるのは得策ではない。
「承知いたしました。ヒンメルヴェルエクトの総力を挙げて取り組みます」
「よろしくお願いいたします」
そんな話し合いのあと、私はマルガレーテ様の子宮に施されていたコーティングを解除した。
これでエルディランドと同じように、マルガレーテ様にも妊娠の可能性が戻ったはずだ。
実際に授かるかどうかは、本当の意味で神のみぞ知る、だけれど。
その後、私は以前から気になっていたことをキュリッツォ様へ尋ねた。
「『神の子ども』とアースガイア人。結婚しても問題ないですよね?」
私の質問に、キュリッツォ様はこくりと頷く。
「ない、と僕達は見ているよ。遺伝子的に他の要素は何も混ざっていないからね」
「それなら良かったです。王家へ嫁いだお二人だけじゃなく、男性陣や、これから目覚めてくる子ども達のこともありますから」
男性陣も『神』から子どもを作るなと命じられ、それをずっと守ってきたらしい。
オルクスさんやラールさんに至っては、妻帯さえしていない。
言うのは簡単だけれど、男性としての本能を考えれば決して容易なことではなかったはずだ。
だからこそ、これからは自由な恋愛を心から楽しんでほしいと思う。
「君達の結婚式ももうすぐだね。見に行ってもいい?」
「もちろんです。でも、各国の精霊神様が総出でいらっしゃって、国の守りは大丈夫なんですか?」
「それは心配ないよ。本体は国にある。送るのはあくまで端末だからね」
「あ、そうでした」
そこで、ふと思いついた疑問を口にした。
「……変なことを伺いますけど、本体である大水晶が傷ついたり、壊れたりしたら、皆様はどうなるのでしょうか?」
「うーん……」
今さらながらの質問だったけれど、キュリッツォ様は真剣な表情で考え込む。
「試したことがないから分からないなぁ。それなりの強度はあるから、人の手では簡単には壊れないと思うけれど……たぶん、消失するんじゃないかな?
ねえ、アーレリオス?」
「おそらくな。地球に残った真理香は、コスモプランダーの襲撃で破壊され、命を落としたはずだ。
仮に生き残っていたとしても、宇宙船もない状況では我々を追うことはできず、地球と運命を共にしただろう」
噛み締めるように語るアーレリオス様の言葉に、私が見た『星』の記憶が脳裏によみがえる。
地球滅亡の夢、その最後。
バイオコンピューターとなったティエイラ――真理香先生を、地球に残った海斗先生が守りながら戦っていた光景。
きっとあれは、実際に起こった出来事ではなく。
「こうであってほしい」という星子ちゃんの願いを映したシミュレーションだったのだろう。
「人間から精霊石になった方達は、壊れたり、意識を失ったりすることはなかったのですか?」
「変生に耐え切れず、精神を失った者は少なからずいた。
人が魔術師になる時も、魔術師が精霊石になる時もな。
そうした魂はナハトもステラも救えず、本当の意味で消失してしまった」
「精神や魂が失われても、肉体だけが精霊石化した場合は、疑似人格をインストールして対処したんだ。
人格を持たない精霊石は、そんな仕組みだよ」
「人格はあるが、表に出られない石も少なくないしな」
「精霊石というのは、みんな人が変化したものなんですか?」
「基本的にはね。
というより、本来『精霊石』と呼ぶのは、人間が変化したバイオコンピューターのことなんだ。
精霊神が作る疑似精霊石は、本来の意味では精霊石ではない。
普通の、人が扱うコンピューターだと思えばいい」
そこでキュリッツォ様は、少し柔らかな笑みを浮かべた。
「もっとも、星の黎明期みたいに、僕達も子ども達も後がない状況とは違う。
今は人を精霊石化させるつもりはないよ。
十分とは言えなくても、困らない程度には石も揃っているしね。
……あ、そうだ。マリカ」
「何ですか? キュリッツォ様」
精霊石の意外な秘密を聞いたあと、キュリッツォ様はふと真顔になった。
「『神』レルギディオスに聞いて、伝えてくれないかな。
僕の腹心――王の精霊石がどこへ行ったのか。
できれば、返してほしいって」
七柱の精霊神様には、それぞれ地球から連れてきた補佐用AIが存在していた。
彼らは地球で自ら命を捧げ、人から変化した存在。
この星へ辿り着いてからは各国の王家へ託され、王族魔術師を支え続けてきた。
アルケディウスとフリュッスカイトの杖は今も王家に残っている。
エルディランド、プラーミァ、シュトルムスルフトの杖は王家を離れ、それぞれ別の主のもとにある。
アーヴェントルクの杖はエルディランドにあることが判明した。
そして現在、完全に所在不明なのはヒンメルヴェルエクトの杖だけになった。
「ヒンメルヴェルエクトのサークレットはマルガレーテが所有していたから、こっそり返還させている。
あれは、さっき話した人格を持たないコンピューターのようなものだからね」
つまり精霊神様達は子孫へ、王族魔術師を助けるAI付きバイオコンピューターと、それを補佐するサブコンピューターの両方を遺したということだ。
サークレットはともかく、精霊石の杖の所在は確かに気になる。
「はい。分かりました」
「あの杖は僕の属性の影響で、光や電気、電波に強い。
戻ってくれば発電や電波灯台の整備にも大きく役立つと思う」
「もっとも、この星の上だけで暮らす限り、そこまで電波に頼る必要もないがな」
空気の中にも、大地にも、自然界のあらゆる場所にも、この星にはナノマシンウイルスが満ちている。
だから現時点では、その共感性を利用した通信鏡のような仕組みを使う方がずっと効率がいいのだろう。
『十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない』
そんな言葉があったそうだけれど、アースガイアではまさに魔法と科学は表裏一体だった。
「っと、あんまり長くなっても悪いね。
じゃあ、後はよろしく。
大公じゃないけど、僕も必要なことがあればいつでも協力するから」
「よろしくお願いいたします」
そうして私は疑似クラウドを後にした。
「あれ? リオンは? アーレリオス様もいない?」
精霊石の間へ戻り、きょろきょろと辺りを見回す。
一緒に入ったはずの二人の姿がどこにもない。
胸の奥を小さな不安がよぎった、その時。
「すまない。遅くなった」
「リオン!」
背後から聞こえた声と、抱き寄せられた温もりだけで、その不安は霧のように消えていった。
「アーレリオス様は、キュリッツォ様と話があるそうだ。
自分で適当に戻るから、先に帰っていろと言われた」
「うん、分かった。行こう」
二人並んで神殿を後にする。
本当に私は単純だ。
リオンがそばにいてくれるだけで、元気百倍になってしまうのだから。
「「…………」」




