皇国 大事な約束
翌日は、シュライフェ商会のドレスの仮縫い。
成人式と結婚式のドレスの微調整だ。
「こちらの黒いドレスが、成人式用となります」
「うわー、凄い艶やかですね。真っ黒なのに、光を放っているみたい」
「精霊上布の最高級品を、最高の技術で染めた品ですから。
マリカ様の結婚式用に賜った『神の布』には及びませんが、今、人の技術でできる最高の織りと染めであると自負しております」
プリーツェが見せてくれた布は、サテンのように艶やかで、真っ黒なのに華やかさも感じられる。
ウエストは黒い幅広のコルセットでキュッと締めるので、胸がベルトの上に乗る感じで、ちょっと落ち着かない。
たっぷりのプリーツ。
膨らんだパフスリーブにフリル。
豪奢に施された刺繍。
向こうの言葉で表現するなら、ブラックロリータ。
ヴァンパイアレディーという感じだ。
もう少し全体の印象はシンプルだけれど。
見えないところで手が込んでいるのがよく解る。
「なんだか、魔女か魔王って感じですね」
「魔女、でございますか?」
ああ、この世界では魔女とか通じないか。
魔王はもっと誤解を招きそうなので、私は話題を変える。
「黒は大人になる決意を表す色、って言ってましたっけ?」
「はい。その後、男性は式典の礼服などに流用される方もいますが、女性は繰り返し使う方はあまりいないと思います」
「お葬式とかに使ったりしないんですか? 黒ですし」
「確かに葬儀にも黒い服を着用することは多いですが、最近まで葬式そのものがございませんでしたし、祝い着を流石に葬儀には……」
「ってことは、本当にこれも一回限りなんですね。勿体ない」
向こうの世界でも成人式の振袖などは一生に一度のものだから、解らなくもないけれど。
「マリカ! 貴女は本当に……。
ただ一度の成人の祝いなのに、その貧乏性は治らないのですか?
美しいドレスに気持ちが湧き立ったりはしないの?」
「いえ、凄く綺麗だと思うし、これを着ることができるのは嬉しいですよ。
だからこそ、一回限りというのがもったいないなあ、って」
お母様がまた渋い顔で私を睨む。
ドレス代はお母様とお父様から出ているので、私の懐はまったく痛まないのだけれど、日本人保育士の記憶の中に叩き込まれた精神は、なかなか消えないもので……。
「貴女が何着も服を作るのはもったいない、もったいないと言うから、結婚式後の祝賀会のドレスは古着のお直しにしたのですよ」
「はい。ありがとうございます」
「結婚式後のドレスは、式後、最初のお披露目となるのですから、思いっきり華やかにするのが常なのに」
「これも十分華やかですよ。私には分不相応なくらい」
「また言う」
お母様が作りためておいてくださったドレスの中に、ラヴェンダー色の綺麗なパーティドレスがあったので、それを結婚式後の祝賀パーティ。
所謂、お色直し用にいただくことにした。
紫のドレスは、アーレリオス様と真理香先生の思い出の色でもあるし。
お母様は古着のお直しと言うけれど、新品で一度も袖を通していない。
デザインもシンプルながら品があって、大好きだ。
「今の世、これからの世で貴女が着飾らないと、後に続く者達が美しく装うことに忌避感を持つでしょう?
服飾文化が衰退していいのですか?」
「そういうわけでは」
「だいたい、娘としてこれほどまでによくできたドレスを見れば、普通に心躍るものではないのですか?」
「いえ、それはもう心躍っています。人前で着るの、楽しみです」
何より、花嫁衣裳。
ウェディングドレスの完成度が、相変わらず凄くて感動する。
仮縫いドレスでも解っていたし、成人式ドレスの時にも言っていたけれど。
デザインも、染めも、縫いも。
今の技術の粋を集めたと言える、異世界最高級のドレスだと思う。
着るのが楽しみだ。
けれど。
「うっ……」
「マリカ?」
「どうかしましたか? マリカ様? もしや針でも?」
「なんでもありません」
「お疲れなら、少し休憩しましょうか?」
胸を軽く押さえた私を案じて、周囲の皆が私を見る。
私が姿勢を崩してしまうと、仮縫いが遅れてしまう。
慌てて首を横に振り、背筋を伸ばした。
「いいえ。申し訳ないですけれど、午後から約束があるのです。逆に急いで進めて下さい」
「かしこまりました」
「どこか、具合でも悪いのですか?」
「本当になんでもないんです」
心配そうに声をかけてくださるお母様。
でも私は、はっきりと首を横に振る。
別に、身体に不調は何もない。
ただ、時々、妙に心臓の音が大きく聞こえることがあるだけなのだ。
力を使った時や、何かが起きた後。
あとは、大きく心が動いた時。
今まで気にしたことも無かったのに、比喩ではない胸の奥。
心臓の位置で、何かが震えるのを感じる時がある。
不整脈とか、心臓病とかかとも思うけれど、考えてみれば私はそんな病気になる筈がない。
この星の人間は皆、ナノマシンウイルスに守られているし、そうでなくても私は普通の人間ではないのだから。
病気になったり、不具合が起きたりしたとしても、エルフィリーネやステラ様が気付いてくださるだろう。
そう自分で考えて、私は意外に、自分が普通の人間ではないことを気にして、囚われているのだなと改めて思った。
それでもいい、と割り切ったつもりで。
皆と一緒にいることに幸せを感じながらも、心のどこかで、きっと皆と同じではない自分に傷ついているのかもしれない。
そう思った途端、無性にリオンに会いたくなった。
この世界で、たった一人の同じ『精霊』。
思いを分け合える人に。
ぼんやりと、そんなことを考えていた私は、お母様がカマラに目配せして何かを命じたことも。
そっと足音を潜ませて、カマラが部屋の外へ出たことにも気付かなかった。
ただ、人形のように、なるべく動かず立っていただけ。
だから。
「これで、今日の仮縫いは終わりでございます。
お疲れ様でございました。マリカ様」
プリーツェが声をかけてくれるまで、周囲にはまったく気付かなかった。
「こちらこそ、お疲れ様です。プリーツェ。
ウェディングドレス、かなり仕上がってきましたね。完成が楽しみです」
「ああ。まるで雪の上に咲く白薔薇のようだ。流麗で、それでいて爽やかで。
このドレスが一分の隙もなく完成して、マリカを飾るのが楽しみだな」
「え?」
私の真横に立つリオンが、そう賛美するまで。
「リオン!」
「ただいま。マリカ。すまない。驚かせてしまったか?」
「あ、うん。おかえり。リオン。
驚いたのは確かに驚いたんだけど。どうして、ここに?
ウェディングドレスの仮縫いだよ」
男子禁制。
お父様も入れない秘密の花園の筈なのに。
そこを問い詰めると、リオンは少し照れたように笑いながら瞳を上げた。
「昨日の夜、ライ……皇子が連絡を寄越して、帰って来られるなら早めに帰ってこい。
お前の服の仮縫いも一緒にするから、って言われたんだ。
で、戻ってきたらティラトリーツェ様が、少しだけならマリカのドレス姿を見せてあげる、とおっしゃって……入れて下さったから」
「そ、そう? それで、どうかな?」
「美しい。
さっきも言った通り、新鮮で、純白なのに鮮やかで……。
俺も、この花嫁に相応しい姿で立たないといけないと改めて思った」
「あ、ありがとう」
「本当は誰にも見せたくないけれど、見せびらかしたい気持ちもある」
「リオン」
無垢で真っ直ぐな称賛に、頬が熱くなる。
うわっ。
また心臓がバクバク言い出した。
「……ずっと、一緒にいような」
「うん」
「二人とも。満足した?」
「はい。ありがとうございます。ティラトリーツェ様」
深々とお辞儀をするリオンの横で、私はお母様に本気で抗議する。
「お母様、嬉しいけど、ちょっとズルいです」
「貴女があんまりにもぼんやりしているからですよ。私はちゃんと話しました」
「そうですか?」
でも軽く躱され、逆に深いため息をつかれてしまう。
「人の話をちゃんと聞いて覚えている記憶も無いのなら、やはり疲れているのでしょう?
シャンとなさい。
色々な意味で。
自分はもう子どもではない。
大人になり、私達の手元を離れ、責任のある仕事をするのだというのなら」
「はい」
「リオン。貴方もこの子を支えてあげて」
「必ずや」
涼やかな声で頷き、私の手を取るリオンの体温を感じて、私の頬がさらに朱を帯びた。
熱に浮かされていたのかもしれない。
シュライフェ商会のお針子さん達が、目を煌めかせて私達を見ていたことにも気付かなかったくらいには。
そして、これは私の知らない密かな内緒話。
リオンが称賛と約束の裏で呑み込んだ、一つの決意。
「アルフィリーガ」
「なんだ? ライオ」
「俺が許す。マリカを早く抱いてしまえ」
「なんだ。いきなり」
「そうでもしないと、お前らは幸せになろうとしないからだ。
喜びも、安寧も、幸福も。
お前、いや、お前達はいつもその手に握ろうとしない」
「それが、俺達だからな」
「だったらせめて、人として。
この星の生物として。
愛し合う者と一つになる悦びくらい知るべきだ。
『星』も『神』も、それくらいは許しているのだろう?」
「今までは、な。
それも、どうやら簡単ではなくなった」
「何?」
「覚悟と準備がいる。
マリカを諦めるつもりも、手放すつもりもない。
一度交わってしまったら、あいつから二度と離れなくなる自覚もある。
幸せになりたくないわけじゃない。
でも……」
彼は、そこで一度言葉を切った。
そして、今にも砕けそうなほど静かな声で告げる。
「そうならないとは、言い切ることは……到底できない」
「どういう意味だ?」
「ライオ。その時には頼む。
多分、お前にしかできないだろう」
「だから、どういう何を?
どういう意味だと聞いている!」
「滅ぼして欲しい。俺達を。
マリカと俺が、魔王になった時に」




