皇国 保育士の職業病
疲れていたのかな?
私が目を覚ましたのは、ミュールズさんがもうすぐ夕食の時間だと起こしに来てくれた、二の火の刻だった。
「マリカ様。お疲れとは存じますが、ドレスのまま寝るのはお身体によくありませんよ」
「ごめんなさい。本格的に寝るつもりはなかったのだけれど」
「服がしわになっておりますので、お着替えを」
「ありがとうございます」
なんだか、解らない夢を見た気がする。
正直、内容をよく覚えていないのだけれど、リオンが出てきたような。
エルフィリーネと何か話していたような……。
心臓が全力疾走した後のように、バクバクと音を立てている。
なんだろう?
一体。
そう思っていたところに、トトン、と可愛らしいノックの音がした。
「マリカねえさま。おむかえにきたよ」
「いっしょにしょくじにいこう!」
「フォル君、レヴィーナちゃん。待って、今行きます!」
部屋の外に出て、待っていてくれた双子ちゃんと手を繋げば、両手に花。
変な夢のことはすっかり忘れて、私は食堂へ向かった。
「あら、少し顔色が良くなったのではなくって?」
「部屋でうたた寝してしまったので。
でも、そのおかげか、頭がすっきりした感じです」
「そう。なら良かった。今日は皇子も戻っているの。久しぶりに水入らずね」
お母様のおっしゃる通り、食堂にはお父様が既に席についておられた。
「お父様。エルディランドの大祭を終えて戻って参りました」
「話は聞いている。無事、役目以上のことを果たしてきたようだな。ご苦労だった。
食事の後にでも、色々話を聞かせてもらえるか?」
「かしこまりました」
「え~、ぼくたちにもエルディランドのおはなしきかせて!」
「レヴィーナもききたい!」
「それじゃあ、お仕事に関係ないあたりの話をね」
第三皇子家の料理人、カルネさんの力作料理を味わいながら、私はエルディランドでの話を色々と語った。
神の子どもの話などは避けて、大祭で舞を舞ったこととか、怪我人を治したこととか。
「治療の術を使ったのですか? 体調が優れない、などということはありませんか?
難しい治療であったのでしょう?」
「それは大丈夫です。私は特に何もしていないので。頭の中で考えて、そう願っただけです」
「ねえさま、すごーい」
「ねえさまがいれば、しゅぎょーのけがもこわくないな」
「訓練で怪我ばかりするのは、下手の証明だぞ。フォル。
だが、怪我の治療ができるなどと自分から吹聴するな。面倒なことになる」
「解っています。エルディランドの皆様もご理解くださいましたから」
ただでさえ『聖なる乙女』とか、大神官とかで過分に祀られ気味なのだ。
変に騒がれるのは極力避けたい。
必要な時に、力の行使を惜しむつもりは無いけれど。
「ほかには? ほかにはなにか、おもしろいことなかった?」
「そんなに面白いって程のことは無かったよ。ただ……」
「ただ、なあに?」
「なんでもない。あ、もしかしたら、近いうちに魔王城の島に新しい友達がたくさん住むことになるかもね」
「まおうじょうのしまに?」
「あたらしいともだち?」
二人は魔王城の島が大好きだから、ぱっと目を輝かせる。
「そう。その時は一緒に遊んであげてね」
「それは具体的に決まりそうなのか?」
私と双子ちゃんの会話に、お父様が入ってくる。
後でちゃんと報告するつもりではあったけれど、はい、と私は頷いて見せた。
「この七国巡りの間に各国へ打診して、下準備をして。
新年の会議で正式決定、ということになりそうです。
ヒンメルヴェルエクトとフリュッスカイトからは特に技術協力を仰いで。
エルディランドの元大王様も乗り気でしたよ」
魔王城の島に新しい町を作り、冷凍睡眠している『神の子ども達』の受け皿にする。
という案は、最初こそ皇王陛下の願望扱いされていたけれど、今は実現に向けて水面下での調整が始まっている。
十万弱。
かなり大きな市一つ分の人数だから、インフラ整備などは相当に大変だ。
けれど、お金で解決できることは強力なスポンサーもできたし、解決できる。
お金で解決できないことは『精霊の力』を使えばいい。
魔王城の島は豊かだし、実りも保証されている。
子どもだけでも不自由なく暮らせたのだ。
補助する大人がいれば、とりあえずの避難場所としてはなんとかなる筈。
新年の会議で許可を得て、移民を募り、インフラを一年がかりで整える。
そして遅くとも再来年には子ども達を起こしたいと、今のところは各国に説明している。
この星の新年は春スタートなので、丁度いい。
「早く起こした方が色々といいみたいですから、魔王城のエリクスとも連絡を取って、フリュッスカイトの機帆船を借りて、頑張るつもりです」
「また、お前の仕事が増えるのか?」
「子どもの保護育成は『精霊』の最重要課題ですから」
お父様があからさまに顔を顰めたけれど、この辺は仕方ない。
私は、そのために作られ、生まれたのだ。
「私一人でやるわけではないから大丈夫ですよ。
リオンやフェイ、アルもいるし。精霊神様達も助けてくださいますし。
みんなで力を合わせて」
「そういえば、リオンはどうした?」
「魔王城に戻っています。『神』と『星』にエルディランドでのことを報告して来るって」
「そうか……」
『神』はまだ、外に連絡を取ることを許可されていないのだそうだ。
当然、外にも出られない。
でも、それでは『神の子ども達』に対応できないから、人格と能力の一部をコピーしてリオンに持たせている。
精霊神様達が作る精霊獣の、動かないバージョンだ。
本体と見えないコードで繋がっていて、端末で得た情報を常にリンクできる精霊獣と違い、完全に切り離されている。
だから外で得た情報を本体である『神』が共有するためには、バングルを魔王城の本体と接続して同期する必要があるらしい。
なのでリオンは今、定期的に魔王城へ戻らないといけないのだという。
「面倒だけど、精霊獣みたいなのが出てきて勝手に動かれるよりはマシだ。行ってくる」
「私も同行しよう。奴に、お前の伝言を伝えてこないといけないからな」
と言ってくださったアーレリオス様と一緒に、ここへ来る直前で別れたのだ。
「明日の昼か、遅くとも夜には戻ってくると思いますよ。
大神殿に戻るまでには帰ってくると言っていましたので」
明日は朝一で、シュライフェ商会に衣装の仮縫いと確認をしてもらう。
昼からは皇王陛下と謁見して、夜には大神殿に戻る。
次のヒンメルヴェルエクト行きの準備もしなくっちゃ。
「……無理はするんじゃないぞ。たまには少し遊べ」
「遊ぶって、どうすればいいんでしたっけ?」
「おい!」
「いえ、冗談ではなく。思いつかないんですよ。本を読む、とかは違う気がしますし……」
考えてみれば、この世界で、私が純粋に遊んだことって、そんなに無い気がする。
魔王城で暮らしていた頃は、子ども達と鬼ごっこをしたり、工作をしたりした。
けれど、あれも保育の一環だし。
奉納舞で踊るのは好きだけれど、あれはもっと仕事だ。
プラーミァでガルディ君と仕事抜きで戯れたとか、あとは大祭に行って買い物をしたとか。
お母様とお化粧したり、ドレスを選んだりするのも、遊びと言えるかもしれない。
それくらいかな?
あ、グローブ座の劇は純粋に観客になって楽しんでいる。
大神殿に入ってからは、年に一度見られるか見られないかになってしまったけれど。
「仕事抜きで、自分がただやりたいことは無いのですか?」
「なんか、無い気がします。
この世界はそんなに余裕も無いですし、余裕を作るための『精霊』でしょうし。
リオンが隣にいてくれて、皆が笑ってくれればそれで十分」
「お前はそれでいいのか?」
「いいんです。私は。
皆が笑ってくれるのを見るのが一番幸せなので。
リオンもそう言うと思いますよ。
だから、今の生活、けっこう満足で幸せです」
向こうの世界では、北村真理香は自分がやりたいと思うことを、なかなかできなかった。
それは自分の実力不足もあって、仮にそれをできたとして成功できたとは限らないけれど。
この世界に来て、人に恵まれて。
やりたいことをできる能力と環境を与えられている。
ステラ様は、私達の肉体に加工を加えたと言っていたけれど、それが記憶力や能力に繋がっているのなら、今のやりたいことを助けてくれているということだ。
文句なんて無い。
そして、皆が喜ぶ。
幸せでいる。
それで十分だ。
「まったく、お前という奴は……」
「だったら、ねえさま! ごはんのあとは、レヴィーナとあそんで!」
「ぼくもあそぶ! ガルディとばっかりあそんでないで、ぼくらともあそぼう!」
「そうだね。二人と遊ぶのも大好き。
寝るまで一緒に遊ぼうか?」
「「わーい!」」
「さっきの言葉ではありませんが、貴女の場合、それは保育、でしょう?」
「でも楽しいことですから。
あ、そうだ。ゲシュマック商会から試作品のサッカーボールを預かってきたんだった。
部屋ではサッカーはできないけど、遊んでみる?」
「やったー!」
「お前、いや、お前達自身が幸せになることを諦めるな、と何度も言ったはずだが?」
「いや、だから、今、私は十分に幸せなんですって」
料理も、読書も、絵を描くことも、運動することも。
何をするにも保育と結びつき、純粋に何かを楽しむということがなかなかできないのは、保育士のわりと職業病だと思う。
治せると思わないし、治す気もない。
諦めてもらおう。
お父様とお母様のため息には、わざと気付かないふりをした。
小さく鳴った、心臓の音と共に。




