皇国&魔王城 謎の会話
地国から戻り、その足でアルケディウスへ向かう。
「ただいま戻りました。お母様」
事前に帰ることは伝えてあったので、玄関ではお母様が出迎えてくださった。
「お帰りなさい。マリカ。
今度はゆっくりできるの?」
「来週明けからヒンメルヴェルエクトなので、残念ながら今回の帰国も成人式の準備や何やかやで埋まりそうです。
魔王城にも、ちょっと戻る余裕が無くって……。
リオンが報告に戻るというので、お土産だけ頼んだくらいなんです」
空の月の大祭ラッシュ。
三国終わっても、まだ四国残っている。
全部終わるまでは出かけて、トンボ返りの日々が続きそうだ。
肩を落とす私を、お母様はぎゅっと抱きしめてくださる。
ああ、和む。
「そう。なら、せめて家では少し身体と心を休めなさい。
皇王陛下も、報告は明日でいい、とおっしゃっているのでしょう?」
「はい。魔王城の開拓地計画の話があるので、必ず来いとは言われていますけれど」
「今日の夕飯は貴女の好物を作らせるわ。
フォルとレヴィーナも待っているし、旅の話を聞かせて頂戴」
「はい。ありがとうございます」
成人式と結婚式のドレスの仮縫いも家に来てくださることになったので、少しはゆっくりできるだろうか。
部屋へ戻り、着替えなどを済ませて一息ついた私は、側近達へ声をかける。
「カマラ。プリエラ。
明日の昼までは家にいますので、今日はゆっくりしてください。短いですが休暇を与えます」
「よろしいのですか?」
「ええ。また来週にはヒンメルヴェルエクト行きで忙しくなるでしょうから。一日だけでごめんなさいね」
なるべく交代で休みをあげるようにはしている。
けれど、主人である私自身がお休みなしなので、側近の皆には迷惑をかけてしまう。
特に文官のミリアソリスのように代役が利く仕事はいいのだけれど。
女官長であるミュールズさんや侍女のセリーナ。
何より女性護衛であるカマラには。
最近では従卒のプリエラにも。
十分なお休みをあげられず申し訳ない。
「あ。では、私は家に戻ってもいいでしょうか?」
「勿論ですよ。プリエラ。カマラもいいよね?」
「かまいません。お父様や弟さんと、ゆっくりしていらっしゃい」
「ありがとうございます」
今、プリエラはカマラの元で住み込みの騎士見習い。
でも、まだ十歳の女の子だからね。
家族が恋しいのは当然だ。
「あ、帰る時に厨房へ寄って、エルディランドから貰ってきたお土産の食材を少し持って行って。
クレイス君、最近料理の腕を上げているのでしょう?」
「はい。近々ゲシュマック商会へ奉公に出て、厨房に入れてもらえるかも、と言っていました」
リオンの部下ウルクスの子どもであり、アルケディウス保育所利用者第一号の姉弟。
プリエラは騎士の道を。
弟は料理人の道を、それぞれ選んだ。
本当なら、もっと気軽に子どもらしく過ごさせてあげたいけれど、この世界では仕方ない。
そんな話をすると、お母様が哀しい顔をするし、何よりブーメランだと解っているから、私は割り切ってサポートに徹する。
「カマラはどうします?」
「一日ですから、私はのんびりアルケディウスで過ごします」
「セリーナは?」
「私は向こうへ行ってきます。ソレルティア様のところへ、もうすぐファミーが弟子入りすることになっていますので、その準備や話をしてきたいと思っているのですが」
「解りました。では、明日の二の水の刻までには戻ってきて下さいね。セリーナ。魔王城のみんなとリオンによろしく」
側近達に休みをあげ、一人になった部屋で。
私はお行儀悪く、ベッドへ寝転んだ。
ミュールズさんは、お母様の御用。
クラージュさんは、もう一日エルディランドに残ってダーダン様達と打ち合わせ。
今はまだ二の刻に入ったばかりで、日差しも明るい。
明日の皇王陛下への報告に向けて報告書を纏めたり、本を読んだりしなければならないのだけれど。
なんだか今は、そんな気分になれない。
ちょっと疲れたのかも。
私は目を閉じた。
そしてそのまま、全身を包み込む倦怠感へ身を委ねたのだった。
◇◇◇
(「あれ?」)
不思議な夢を見た。
周囲はメタリックなSF風の機械空間。
でも覚えがある。
魔王城のバックヤードだ。
ファンタジーとはかけ離れた世界。
そこに『私』は立っている。
足元には丸い台があり、機械的な光がチカチカと明滅していた。
眠っている間に、精霊神様達の夢の空間へ引き込まれることはよくある。
倒れたり、意識を失ったりした時、助けてもらうことも多かった。
でも、この夢はそれとは違う。
そんな気がする。
「準備はできました。始めてもいいですか? アルフィリーガ」
「ああ。頼む。エルフィリーネ」
「了解。データの同期を開始。同時に精密検査を開始します」
『私』が頷いて目を閉じると、周囲からガチャン、とかウィーンというような音が聞こえてくる。
何かがせり上がっているようだけれど、目は固く閉じられたまま開かない。
そうこうしている間に、手足へ何かが音を立てて絡みついた。
口と鼻は皮のようなもので、すっぽりと覆われる。
呼吸はできるので、人工呼吸器のマスクのようなものだろうか。
同時に、足元から生ぬるい液体が流れ込んできた。
瞬く間に足首が沈み、腰、胸、首と、全身が液体へ浮かんでいく。
動いてはいけない気がするし、物理的にも動けない。
なんだろう、これ。
鼻と口は守られているけれど、耳や皮膚の穴から液体が身体中へ染み込み、私の全身を探るような感覚がした。
気持ち悪い。
「……走査完了。お疲れさまでした。アルフィリーガ」
その声と共に、素足が床を踏む。
頭上から身体へ纏わりつく液体を洗い流すようにシャワーと温風が降り注いで。
透明なガラス筒がゆっくりと下がって消え、『私』は一段高い場所から降りる。
そしてディスプレイを見つめるエルフィリーネの手元を覗き込んだ。
「どうだったんだ?」
パチン、と指が鳴る。
バングルが光を放ち、『私』の身体へぴったりとした服が貼り付いた。
レザースーツのようだ。
そこでようやく気付いた。
密度の高い鍛え上げられた筋肉。
無駄な贅肉の無い獣のような身体。
この身体は私のものじゃない。
リオンだ。
今、リオンと意識が同調している?
「これは……レルギディオス様が心配していた通りですね。
感染しています」
「やっぱり、か」
モニターへ映る結果は私には読めない。
でも、芳しくないことだけは解った。
「心当たりはあるのでしょう?」
「……ある。でも、キスしただけだぞ。あれだけのことで?」
「感染力が高まった代わりにダウングレードした原種の、さらに上位。
オリジナルです。
強力な代わり、体液に直接触れる、体内へ入れる。
粘膜を介した体液の交換でも行わない限り感染することはありません。
それに万が一感染しても、相手にそれを受け入れるだけの器が無ければ、自壊するだけだと思いますよ」
「ああ、だから奴は……」
小さく苦笑すると、リオンはふっと真顔になった。
「それで? 感染の影響は?」
「貴方はあくまでサポート用、バックアップとして設定されているようです。
本体が本気で動き出すまでは、力が強くなり、この星のあらゆる精霊が言うことを聞く程度の、いいことしかないと思いますよ。
『神』が精神浸食へのガードもかけてくれていますし」
「向こうが本気を出したら?」
「……正直な所、解りません。
ですが、心身共に正常な状態であれば、簡単に支配権を奪われることは無いと思います。
何重にもかけたシールドは今も残っていますし、『神』の力も注ぎ込んでもらったのでしょう?」
「ならいい。
あいつが、自分を簡単に手放すことは無いからな。
俺も気を付ける」
「ええ。それまでになんとか対処法を……!」
よく解らない会話を続ける二人を、ぼんやりと見つめていた『私』は、はっとする。
腕のバングルが、まるで警報のように真っ赤な光を放って点滅している。
「何です? レルギディオス? え? ハッキング?」
「しまった! まだ繋がっていたか! エルフィリーネ!」
「解りました!
強制切断。
排除します。レルギディオス! シールドの強化を!」
何が起きたのかは解らない。
ただ、確かなのは夢が途切れたこと。
プツッ、と。
まるで電源を落としたテレビのように。




