大聖都 神の子ども 3
『愛しき我が娘、マイアよ。忠心、大義である』
鷹揚に声をかける『彼』を前に、呼びかけられたマイアさんは感極まった顔をしている。
今にも涙を流さんばかりだ。
「ああ、父上。
何年、何百年ぶりでございましょうか。
こうして直接お会いし、お言葉を賜れますのは」
『お前が大神殿にて留守を守っていてくれたからこそ、私も安心して星を導くことができた。
礼を言う』
「勿体ないお言葉、ありがとうございます!」
忠心、と言った通り、『彼』とマイアさんの関係は、親子というより臣下と王のように思える。
でも、今、一体どうなっているのだろうとも思う。
リオンの口から紡がれる『神』の言葉は、微かなノイズというか、私達とは違う世界から聞こえてくるような重みを宿している。
そういえば、昔から『精霊神』様達の声はこんな感じだったのだ。
最近の私は、気にならなくなっていただけで。
『また、器用なことを……』
「ピュール、じゃなくてアーレリオス様? あれは何をしているんですか?」
ぴょぴょんと、私の肩の上に精霊獣ピュールが飛び乗った。
聞こえてくる声はアーレリオス様。
うっすらと、私の身体からアーレリオス様へ力が流れていくのが解る。
『神』の結界内である大神殿の中では、精霊神様達はうまく力を発揮できないそうだけれど、私に直接くっついていれば大丈夫なのだろうか。
『リオンの身体に、一時的にレルギディオスの外装を纏わせていると思えばいい。
我々がお前の身体を借りる時と、基本は同じだ。
ただ、ナノマシンウイルスで作った着ぐるみを着て、外見まで真似ているだけだな』
「リオンが『神』に乗っ取られることはないですよね?」
『完全に切り離されているから、そう長くは持たない。
あの腕輪の中に入っているのは、奴の意思と権能、そのコピーに過ぎない。
リオンがしっかり自意識を持っていれば、大丈夫のはずだ』
「はずって……」
そんな私とお父さんの会話の間に、リオンの身体を借りた『神』のコピーは、跪くマイアさんの前に自分も膝を落とした。
『私は今、『星』の御許にある。
大母神たる『星』と和解し、共にこの星と民をより良い形へ導くため、力を尽くすと約束した』
「! では『神の国』への帰還は?
もう戻ることはできないのですか?」
マイアさんは眉根を寄せ、目尻には涙さえ浮かべている。
「私は……ずっと、ずっと憧れていたのです。
朧げな記憶の向こうにしかない『神の国』。
夜も尽きることのない光。
この世界にはない華やかな音楽。
起きて見る夢の数々。
マリカ様が生み出したものと同じか、それ以上の味。
尽きぬ輝きの溢れる星に、いつか戻り立ち、自分もそれに触れるのだと」
少し、もやっとした。
……ラールさんに、確か言っていたよね。彼。
一度冷凍睡眠から目覚めてしまったら、もう二度と宙には出られないって。
彼女がここまで『神の国』、地球に憧れているのに、もし望みのまま力を取り戻していたとしても、マイアさんは地球に戻れなかったはず。
その時、どう説明するつもりだったんだろう。
『いや。『神の国』は取り戻す。
我々はそう遠くない将来、かつての栄光を取り戻すだろう』
でも彼は、迷いのない顔で告げる。
「ですが、不老不死を失った今、それが叶うのでしょうか?」
『叶う。
いや、不老不死を失ったからこそ叶うのだ。
この星に『神の国』、地球の『科学文明』を取り戻すということが』
「この星に……『神の国』を……」
『マリカが齎した食によって、人々の生きる力は戻りつつある。
加えて各国が科学に興味を示し、学んだことで、科学力も一気に上昇した』
一瞬、まだ地球への帰還を諦めていないのかな、と思った。
けれど、どうやらそうではないようで、少しだけ安堵する。
でも……。
『そう遠くない将来、神殿にフェデリクスも戻り来る。
勇者の転生にして、我が代行の力を授けた息子、リオンもいる。
星の娘、マリカと婚姻すれば、その子もまた『神の子』となろう。
彼らはこの星に『神の国』を再生させる。
お前には、その力になってほしい』
「それは! 私の望んでいたことでもあります!」
ちょーっと、待って。
リオンを『神の息子』と言っちゃうとか、私と結婚して生まれた子が『神の子』とか、勝手に決めないでほしい。
でも、淀みない『神』の言葉と、目を輝かせるマイアさんの熱気に、ちょっと口を挟む隙がない。
『其方には、選ぶ権利を与えよう。
地に降り、星の一員として自由に生きるか。
それとも今後も私とその族に仕え、星を支える者となるか』
「であるのなら、私は今後も神殿に残り、『神』の一族にお仕えします」
一瞬の逡巡もなく、彼女は頷き、首を垂れた。
彼女のように、自分一人ではなかなか動けないけれど、指示をもらったり、やることが与えられたりすると、凄くはまった活躍をする人は少なくない。
それが良いことか、悪いことかはともかく。
ちゃんと使いこなせば便利――もとい、必要な人でもある。
彼女の有能さと真面目さは、十二分に証明されているし。
「我が忠誠、我が命は、今もお父様の御為に」
『礼を言う。
今後の忠義に期待する。
いつか、必ずその労苦に報いよう』
「ありがとうございます。お父様!」
話の区切りがついたところで、光はすうっと、波が引くように腕輪へ戻っていった。
リオンは本当に着ぐるみか服を脱いだかのように、元のリオンへと戻っている。
「……ったく。だから嫌だったんだ」
目を開くと同時、軽く毒づくリオン。
黒い、露に濡れた黒曜石の瞳。
良かった。
私達のリオンだ。
「リオン! 戻ってきたの? 意識はあった?」
「意識はあったし、見ていた。
マリカが精霊神達に力を貸していた時と、ほぼ同じだと思う。
ただ、一度身体を貸すと、用事が済むまでは好き勝手されるからな。
外堀を埋められると思うと、気が進まなかった。
思った通り、俺の逃げ場を塞ぎやがったし」
リオンが小さく舌打ちする。
確かに、あそこまで派手にやられると、『神の息子』であることを否定できない。
「まあ……覚悟はしていたけどな。
……マイア!」
「は、はい!!」
大きく息を吐き出すと同時、リオンは、まだ手を祈りに組み、涙ぐむような顔をしているマイアさんを見下ろした。
マイアさんは慌てて、リオンに拝する。
『神』にしていたのと、ほぼ同じ態度で。
リオンの方も、今までは神殿の先輩、上司として見て立てていただけだったけれど、今は違う。
腕を組み、容赦の見えない表情は、完全に上位者としてのもの。
完全に開き直った、というか腹を据えたみたいだ。
「お前は本当に、自由を望まず『神』に生涯を捧げるのだな?」
「それが私の望みであり、願いにございますれば」
「なら命令だ。
今後も『神』と『星』の愛し子であるマリカに、忠実に仕えろ」
「かしこまりました。
この命の全てを『神』とマリカ様とリオン様に」
「俺にはいい。その分の忠を、マリカに尽くしてくれ」
なんか、凄いな。リオン。
今まで、滅多に他人へ完全に上から命令するところなんて見たことがなかったのに、不思議なくらい板についている。
兄王様や皇王陛下にも勝るとも劣らない、王の威厳だ。
ただ本人は、それを望ましいものとは思っていないようだけれど。
少しだけ表情が苦い。
私も、少し嫌だなと思う。
リオンが、私の知るリオンではなくなってしまうようで。
でも、そんな葛藤はおくびにも出さず。
マイアさん、『神の子ども』に対して、上位者としてリオンは再び指示を下す。
「それから、マイア」
「何でございましょうか? リオン様?」
「お前は、他国にいるという他の『神の子ども』が、どこの誰か知っているか?」
「基本的には存じません。
ほぼ全員、私よりも百年単位で年下でございますので。
私より上の者達は、既に一名を除きシュロノスの野に還ったと、フェデリクス様は申しておられました」
その一名は、多分、アルケディウスのラールさん。
大神殿から滅多なことで外へ出ないマイアさんから情報を得るのは難しいか。
『子ども』同士の交流も、あまりないのかな。
そう思った次の瞬間、新情報が飛び出した。
「ですが、新年の参賀に来た二人に関しては、話をしないまでも、ああ、そこにいるのだな、と感じたことはございます。
『神の子』として形は違えど、務めを果たしているのだと、軽い親近感のようなものを」
「新年の参賀に来た二人?」
この時、私はヒンメルヴェルエクトのマルガレーテ様とオルクスさんかと思った。
でも、続く言葉は、私の想像を超えるものだった。
「はい。
ヒンメルヴェルエクトとエルディランドの両妃。
彼女達はどちらも、私と同じ『神の娘』にございます」
「え? ええええっ!!!」
私が思わず上げてしまった声は、応接室に高らかなラッパのように響いたのだった。




