魔王城 三人称 精霊達の内緒話
精霊の一員となった少女が、母なる超常存在と楽しげな会話を交わしていた頃。
疑似クラウド空間の一角では、二柱の神が向かい合っていた。
「レルギディオス。お前は何を我々に隠している?」
そう問いかけたのは、火の神。
兄弟とも呼べる夜の神から、その問いを託されていた。
「どういう意味だ?」
「ナハトが言っていた。
お前は何か、我々の知らぬことに気付いているのではないか。
そして、何かをしようとしているのではないか――とな」
「ナハトが……」
「奴は人の心に聡い。
それ以上に、お前が死んだ星の子らの魂を輪廻の輪へ返していないことを案じていた。
夜の杖を元『聖なる乙女』を通して奪ったことよりも。
子らの力を借りて、何かをしようとしているのではないか、と」
引きこもりを自称する男。
だが、その実、誰よりも繊細で、誰よりも周囲を慮る男だった。
その観察眼と洞察力に、火の神は深い信頼を寄せている。
「お前は何を知っている?
我々の気付かぬ何に気付き、我々を封印してまで何をしようとした?」
「逆に聞きたい。
お前達は、本当に気付いていなかったのか?」
「だから、何がだ?」
「気付いていないのなら言えない。
それは、我々に課せられた原初の枷だからだ」
神の名を持つ男は、小さく息を吐き、静かに首を振る。
誰も知らず、誰にも聞かれることのない空間で交わされる。
精霊達だけの内緒話。
「言えないとはどういう意味だ?
お前は自らの過ちを認め、『星』の協力者となったのではなかったのか?」
「ああ。それは事実だ。
お前達にも、この星にも、もう害を加えるつもりはない。
俺は、な」
精霊神を束ねる神と、火神。
無重力の空間でありながら、二人は微動だにしない。
真っ直ぐに互いを見据え、視線だけで火花を散らしていた。
「俺は?
お前以外に、この星へ害をなす者がいるというのか?」
焦りを浮かべているのは、火神の方だった。
一方で神の表情は静かだった。
先ほど妻に責め立てられていた姿とは、まるで別人のように。
遠い何かを見据える眼差し。
彼らは重い宿命を背負うことを余儀なくされた元人間。
だが、数百年、いや千年という歳月は、人であった頃を超える精神と思考を彼らへ与えていた。
「普通に考えれば、いない。
だが……油断するな。アーレリオス。
おそらく遠くない将来、この星は試練の時を迎える」
「何だと?」
「不老不死の解除など、まだ生ぬるい。
その時には、本当の地獄がこの星を襲うかもしれん。
逆に何も起こらない可能性もある。
俺だってそれをこそ願っている。
だが、多分――起きる。
そう仕組まれている」
「どういうことだ!
誰が仕組むというのだ?」
「だから言えない、と何度も言っている。
分かっているだろう?
俺達は基本、『親』には逆らえない。
それは、この身に深く刻み込まれた絶対命令だ」
「無論、分かっている。
だからこそ、我々はコスモプランダーへ逆らうことができなかった」
今なお、悔しさで身体が震える。
自分達能力者にとっての『親』。
コスモプランダー。
故郷を蹂躙した怨敵。
殺しても殺し足りない存在。
それでも、自分達は戦いを挑むことすら困難だった。
脳を締め付けるような苦痛。
精神そのものを踏み潰されるような重圧。
肉体を捨て去るまで、彼らは完全には抗えなかったのだから。
「俺達にとっても、コスモプランダーは広義の『親』だ。
真理香先生という本当の『親』がいたこと。
そして進化したナノマシンウイルスのおかげで多少は抵抗できたのだろう。
だが結局、尻尾を巻いて逃げるのが精一杯だった」
原因も解除方法も分からない。
おそらくナノマシンウイルス内部へ組み込まれた機構。
上位者への従属と沈黙。
対等の存在以外へ秘密を語ることが許されない絶対命令。
地球人類がわずかでもナノマシンウイルスの機構を知ることができたのは、エルフィリーネという存在がいたからだ。
おそらく彼女にも、相当な無理をさせたのだろうが。
「だが、ここにはコスモプランダーはいない。
我らへ枷を掛ける者も。
なのに何故、そのようなことを言う。
そもそも、誰がお前へ命令できる?
真理香も、連中もいないこの星で」
「いる、と言ったらどうする?」
「今、何と言った?」
彼は静かに笑った。
光の髪と新緑の瞳を、闇に染めながら。
元は、日本人だった『神』神矢。
黒髪、黒い瞳。
ナノマシンウイルスに侵食されるにつれ、金髪碧眼へ変わっていった。
だが違う。
今は違う。
火神は直感した。
この変化には意味がある。
「俺に命令できる者がいる、と言ったら?」
「お前へ命令する者……だと?」
「失敗だった。
まだ子どもの頃に取り込んでいれば、何とかなったかもしれない。
お前が邪魔したせいだぞ。アーレリオス」
「……!
マリカか?
マリカがお前へ枷を与えている、と?」
「本当に気付かなかったのか?
ステラも、お前達も。
近くにいて、愛しすぎると盲目になるものなのかもしれんな」
火神の問いへ、神は答えない。
だが返された問いこそが、何より雄弁な答えだった。
「お前達にも心当たりがあるだろう?」
「何?」
「『マリカには叶わない』。
精霊神は皆、マリカへ何故か逆らえない。
あの娘の側では必ず騒動が起き、気付けば全てが、あの娘の願う方向へ転がっていく」
「あれは間違いなく、私と真理香の娘だ。
精霊であっても人の子。
奴らが介入する余地は無かった!」
「奴らは介入できなかったかもしれない。
だが、介入できた『何か』はいたかもしれない」
「どういうことだ!」
「だから、俺は言えない。
それに、この推察が正しいかどうかも分からない。
ただ、一つだけ考えてしまう。
『神』だ、『精霊神』だと名乗っていても、結局のところ我々は牧羊犬に過ぎないのではないか、と。
昔も。
そして、今も……」
「それは……」
本人が言う通り、彼自身もまだ確信しているわけではない。
言葉にできない感覚。
そして、この星を空から見たことで得た俯瞰の視点。
それだけが、あり得ない脅威を告げているのかもしれない。
「アーレリオス」
「何だ」
「ナハトへ伝えてくれ。
悪いが杖は返せない。
既に精霊は城の機構へ組み込んでしまった。
石そのものも利用している。
お前達の夜の力が、まだ必要だからな、と。
だが、サークレットは返してやる。
それを使って宙をよく見ろ、と」
「宙?」
思わず天を仰ぐ。ここは疑似クラウド。
星も空も、見えはしないけれど。
「そして答えが出たら教えてくれ。
準備だけはしておく」
「その時のために、か?」
「ああ。
だが、その時に戦い、問題を解決するのは俺には無理だろう。
まったく……マリカはああ言ってくれたが、俺はつくづく毒親にしかなれないらしい」
「レルギディオス……」
沈黙が流れた。
呼びかけたアーレリオスが彼の言葉を噛みしめるように問うたのは少し後。
「ステラも知っているのか?」
「いや。
知らない。
教えてもいない。
ただ、感じ取ってはいるかもしれない。
だから、俺達だけで話せる時間を作った。
愛する娘のことだ。
俺のヒントを、気付かず流すような女ではない」
火神は顔を上げた。
考え込んでいる暇はない。
他でもない。
娘と、この星の問題なのだから。
「鍵はマリカなのだな」
「マリカとリオンだ。
あの二人は離してはならない。
離したら最後、おそらく手が付けられなくなる。
二人が一緒の方が、まだましだ」
「……分かった。
皆と相談してみる。
大神殿の結界は解くつもりはないのか?」
「無い。
最初の用途とは違うが、今となっては、あれは消さない方がいいと思っている。
少し緩めたからお前達なら、抜け道を見つけられるだろう?」
そう言うと、彼は静かに目を閉じた。
闇は消え、金髪と碧眼――精霊の色へ戻っていく。
「俺も、あの娘は気に入っている。
先生の忘れ形見だし、息子の嫁でもある。
……できるなら、失いたくはない」
「失わせたりするものか!」
「なら、せいぜい頑張ってくれ。
俺は少し距離を置く。
しばらくは外へも出ない。
俺まであいつに誑かされるわけにはいかない。
好きになってはいけないからな」
軽く言い残すと、レルギディオスは空間へ溶けるように姿を消した。
ここは、外部との継続経路を持たない疑似クラウド。
探そうと思えば追うことはできる。
だが火神は、それをしなかった。
外へ出れば、タブレット越しに話せる。
そしてマリカの前で奴が今の秘密を漏らすことはないだろう。
今、やるべきことは別にある。
「まずはナハトへ連絡。
それからラスに監視を頼み、皆と情報共有だな。
エルフィリーネは何か知っているのか。
マリカを守るなら、リオンやフェイ達とも話しておきたいが……」
まだ何も分からない。
何が起きるのかも。
レルギディオスのように察することすらできない。
情報という名のカードが、圧倒的に足りない。
それでも。
「誰にもマリカとその幸せを奪わせはしない」
彼は己の中へ満ちる力を感じていた。
もともと守りの戦いは得意ではあっても、自分の『性分』には合わない。
「マリカは、この星の宝。
俺の娘なのだから」
欲しいものは奪い取る。
自分のものは、絶対に守る。
誰にも奪わせはしない。
決して。
そんな父の決意も、自らの運命も知ることなく。
「それで、ですね。
姫君がとっても可愛くて。
舞の後、私にぺこりとお辞儀をしてくださって――」
少女は今日も、幸せな『今』を楽しんでいた。




