夜国 精霊の家族
各国に招待された大祭における私の仕事は、基本的に祭りの開会を告げる舞を舞うことだけだ。
今までは神殿の奥の間で、精霊神様達だけに捧げていた舞。
けれどプラーミァの大祭で、外の仮設舞台に立って舞を舞ったところ、大好評をいただいた。
暗殺者も出たけれど
その結果、他の国でも私は外で舞うことになった。
「大祭の日って、雨にならないんですね。
それに空の月なのに、半袖の舞衣装でも全然寒くない、暖かい日でした」
話題に困ったら天気の話。
それは古今東西、人間関係の基本だけれども。
「降らないようにしているのだ。
祭りに、文字通り水を差してしまうからな」
神様にも、一応通じるらしい。
少し照れた様子で、私の前に浮かぶアーヴェントルクの精霊神ナハトクルム様は、鼻を擦りながらそう教えてくださった。
「ありがとうございます。
おかげで、この国でも気持ちよく舞えました」
「こちらこそ。
やはり、マリカが送ってくれる『気力』の力は格別だ。
舞も年々上達してきているようだな。
間もなく、アドラクィーレを超すだろう」
「それは、まだ難しい気がしますけれど」
「技術的にはな。
だが、お前の舞には心が籠っている。
それが一番重要なのだ。
新しい乙女達も、お前の舞の心を継いでくれるといいのだが……」
大祭の後、私は神殿の精霊石の間へやって来ていた。
精霊神様のお呼び出しだ。
ステラ様からもご挨拶するようにと言われているから、大祭の舞が終わった後、お願いして精霊石の間へ入れていただいた。
リオンも最初は一緒に来るはずだったのだけれど。
「お前には、たっぷり話があると言っただろう?」
「リオン!」
「心配しなくていい。
ちょっと叱られてくる。
神殿の中で、お前を害する奴はもういないはずだから」
そう言って、ヴェートリッヒ皇子が連れて行ってしまった。
きっと今頃、神殿長の部屋で積もる話をしているのだろう。
まあ、私としては、一人になると人生でも指折りの命の危機がこの精霊石の間で起きたことを、どうしても思い出してしまうのだけれど。
さすがに今はもう無いはず。
無いよね。
そんな気持ちを察してか、ピュールも一緒に来てくれたし、精霊神様も早々に私をこの仮想空間へ招き入れてくださった。
「基本的に、気候はステラが管理しているからな。
雨や雪は、作物を育てるためと、各国の精霊神の好みに合わせている」
「地形も、大陸ができた後、皆で力を合わせて故郷に近い形へ整えた。
最初から存在していた海底火山の噴火口がプラーミァ南方の海にあるから、もともと南の方が気温は高く、北の方が低い。
だから、それぞれ相談して国の場所を決めたんだ。
なるべく差が出ないようにしつつ、故郷の特色も出せるように」
「お前は、その中でも随分こだわっていたな。
アルプスの山嶺を再現したい、と」
「我儘だったのは分かっている。
そのせいで耕地が少なくなり、子ども達には苦労をかけた」
「でも、美しい風景はアーヴェントルクの誇りだって、ヴェートリッヒ皇子が言っていましたよ」
「ああ。
奴は、美しい自然を愛した私や、乙女の気持ちを一番受け継ぎ、理解している。
良い王になるだろう」
精霊達の内緒話。
精霊獣の姿を取っていたアーレリオス様も、ここでは人間の姿に戻り、ナハト様と気楽な会話を楽しんでいる。
兄弟同士、という感じでいいなあ。
「それで?
あの後、レルギディオスはどうした?
今後の方針は?」
「はい。その件につきましては……」
私はナハト様に、魔王城でのレルギディオス様とステラ様の夫婦喧嘩の顛末を報告した。
今後のことについても。
その気になれば、ネットワークで即時通信できるはずなのに、本当にラス様がおっしゃっていた通り、私達の顔を立ててくださっているのがありがたい。
「そうか。
ならば『神』の子ども達は、ステラの島で様子を見てもらえるとありがたいな。
この国は、急激な人口増加に対応するのが難しい」
アーヴェントルクはもともと、国土の多くを山岳地帯が占めている。
さっきも精霊神様達がおっしゃっていた通り、耕地が少ない。
だから、穀物の生産量は国民全てにぎりぎり行き渡るかどうか。
その分、鉱山資源や乳製品、皮革などを、隣国であるヒンメルヴェルエクトやアルケディウスへ輸出し、穀物を輸入している。
主な穀物の仕入れ先は、ヒンメルヴェルエクトだ。
ヒンメルヴェルエクトはアーヴェントルクから輸入した鉱物資源で、農作業に必要な道具を作っている。
アルケディウスも北の地なので、穀物の生産に適しているというわけではない。
けれど国を守るのが緑の精霊神様だから、地球のロシアなどに比べると、まだ作物が育ちやすいらしい。
「その代わり、技術的な供与に関しては力になろう。
具体的には、通信鏡の携帯電話化などだな」
「できるんですか?」
「小型通信鏡を開発した時、フェイに外付けによる送受信の指向機能について話してある。
奴がそのための機構を空けてあれば、大丈夫のはずだ」
「そのための機構……?」
「向こうの言葉で言うなら、小さなスロットル……いや、差込口だな。
空いているか?」
「あった……と思います。
充電の必要もないのに不思議だな、って思っていたんですけど」
私はポケットを探りかけて、自分が舞衣装であることに気付いた。
普通のドレスにはポケットを付けてあるので持ち歩いているけれど、さすがに舞の時には通信鏡を持ってきていない。
「地球の電話のように固定番号を振って、知らない相手とも送受信できるようにするには、まだ十数年はかかるだろう。
だが、同じ番号を組み込んだカードを二人で分け合い、それを差し込むことで、新しい通信鏡同士を繋ぐことは可能ではないかと思う」
「それはいいですね」
受信先、送信先が決まっている糸なし糸電話であることは変わらない。
けれど、小さなカードを差し込むことで、新しい相手と同じ機種で双方向通信ができるのなら、かなり便利になる。
「最終的には、そのカードを改良して番号を振り、番号に向けて発信できるようにしたいと考えている」
「今まで作った通信鏡に番号を振って、電話番号でかけられるようになるなんて、大革命ですよ!」
「そのためには、マイクロチップ並みの細かい作業と技術が必要になる。
まだ先の話だろう。
とりあえず、アーヴェントルクの技術者にも通信鏡を作らせると聞いた。
案を紙に書いておいてやるから、アルケディウスからの提案として各国に提出しろ。
新年までに試作品を形にできるよう、促してみる」
「よろしくお願いします。
あ、でも精霊神様、外で話したり教えたりして大丈夫なんです?」
「無論、ヴェートリッヒ経由だがな。
まったく、こればかりは人間だった頃が恋しい。
職人達の作業を見るたび、自分の指と目が欲しくなる」
少し寂しげに微笑んだナハト様。
そういえば、時計職人だったと聞いたことがある。
「ナハト様は、そういう精密作業がお好きだったんですか?」
「私の父は、腕のいい時計職人だった。
メーカーに属さない独立技師だったが、そのオリジナルの時計には少なからずファンがいて、一つの機械式時計を数百万で買ってくれる者もいた」
「独立時計職人……。
本当にいたんですね。
漫画の話とかじゃなくて」
「遠い日本の一般人には、あまり縁のない話だろう」
なんだか、初めてな気がする。
精霊神様が、向こうの世界での自分の話を本格的にしてくださるのは。
アーレリオス様がちらりと話してくださったことはあったけれど。
もしかしたら精霊神様も、ずっとずっと、胸の奥に抱きしめていたものを吐き出したかったのかもしれない。
「学校や外に馴染めなかった私を、父は黙って受け入れてくれた。
そして、自分の持つ技術や技を仕込んでくれた。
私自身、父の作る時計の世界に憧れて職人の道を目指したから、外の世界になど興味はなかった。
自分の好きな世界で、ずっと生きていられれば幸せだと思っていた。
そんな私がたった一人生き残って、子ども達を導く『神』になるなど、皮肉な話だが……」
「やめろ、ナハト。
そんな愚痴をマリカに聞かせるな」
ナハト様の思い出話を、アーレリオス様は少しむっとした表情で遮った。
「こいつは、すぐに人の想いや苦しみまで抱えてしまう」
「いいんです。お父さん。
私、そういう話も聞きたいと思います」
「マリカ……」
私は首を振った。
ナハト様が謝る前に。
「他の人には、子孫である王族の方にだって言えませんよね。
そういう愚痴。
だから、私でよければ吐き出してください」
こんな話が聞けるのは、私が精霊側の存在になったからだろう。
普段は『神』として、決して弱みを見せられない方達。
その仲間として、本当の姿を見られるようになったことは、少し嬉しくもある。
「何ができるわけではありません。
でも、辛いことや寂しいことって、言葉にして吐き出すと少し軽くなりますよね。
だから、気軽に愚痴ってください。
お父さんにとって皆さんが兄弟だとしたら、私にとっても家族と同じですから」
お兄さんとか、叔父さんとか。
うん。そんな感じ。
守らなければならない魔王城の弟妹達や、甘えてしまうお父様やお母様とは違う。
助けられ、助ける、対等な家族だ。
今は、私の方が圧倒的に守っていただいているけれど。
いつかは対等になる。
その日が来る。
「あ、お父さんのお話も大歓迎ですよ。
お母さんとの恋バナとか、お父さんが藩主の息子としてブイブイ言わせていた頃の話とかも聞きたいなあ」
「ブイブイって……。
お前は時々、分からないことを言うな」
「知識や語彙が二十一世紀の日本基準なもので……」
私の言葉に、ぷっとお二人が吹き出したのが分かった。
優しい笑顔が咲く。
「……本当に、お前には敵わないな。
先生にそっくりだ」
「私と真理香の娘だからな」
顔を見合わせ、笑い合うお二人を見ていると、本当にこの人達は『神様』なんて向いていないと思う。
だから、せめて私の前では笑い合えたらいい。
堅苦しい神様の仮面を脱いで。
家族として。
人間として。




