夜国 過去と今と未来
プラーミァの大祭から数日後。
私は北の国アーヴェントルクへやって来ていた。
「やあ、いらっしゃい。よく来たね」
「ヴェートリッヒ皇子、ご無沙汰しております。
フリュッスカイトの進水式以来でしょうか?」
大神殿から転移陣を使って移動すれば、そこはアーヴェントルクの神殿。
神殿長であり、皇子でもあるヴェートリッヒ様が出迎えてくださる。
肩には黒猫がちょこんと乗っていた。
アーヴェントルクの『精霊神』ナハトクルム様の精霊獣だ。
「そうだね。
通信鏡では話をしていたし、不老不死解除の時も近くにはいたけれど、実際に会って話をするのは久しぶりだ。
……帰ってきたことも、婚約の話も、その後のことも、僕はライオットから通信鏡で聞いた。
本当に薄情な奴だよな」
「皇子!」
側に控えていた奥様が眉をひそめる。
私に向けた言葉だと思われたのかもしれない。
でも実際は、傍らに立つリオンへの当てつけだと私達には分かるので、苦笑するしかない。
当のリオンも、ちょっと申し訳なさそうな顔をしている。
ヴェートリッヒ様にとっては、色々と面白くなかったのだろう。
マリクに身体を乗っ取られたリオンについて話し合ったのが、騒動へ直接関われた最後。
その後は、蚊帳の外だった。
『神』による不老不死剥奪の宣告も、その後の決戦も、私達の結婚のことも。
「大祭に入ったら、ゆっくり聞かせてもらうからな。
覚悟しておいてくれ」
「皇子! 皇女殿下に向かって、そのような言い方は!」
「いいんです。
まあ、話せることでしたら、お話ししますね」
「楽しみにしている。
夕食会にはアンヌティーレも呼んでいいかな?
あと、まだ幼いのだけれど、僕の息子と娘も。
一緒に食事はしないが、大神官に祝福を賜れると嬉しい」
「はい。喜んで」
アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子は神殿長を兼ねておられるけれど、皇子でもあるので当然お妃がいらっしゃる。
先ほど傍らにおられたのは第一妃ポルタルヴァ様。
第二妃アザーリア様は、今日はお留守番なのだろうか。
精霊神様が復活して約三年。
七王家のうち、シュトルムスルフト、ヒンメルヴェルエクト、エルディランドを除く各王家では子どもが生まれている。
アルケディウスで三人。
フリュッスカイトで二人。
プラーミァで一人。
そしてアーヴェントルクで二人。
そのうち、フリュッスカイトとアーヴェントルクには女の子も生まれている。
基本的に女性には参政権がない世界なので男児が重んじられているけれど、王家に生まれた女の子は精霊に愛されることが多く、『聖なる乙女』として大切にされる。
だから王家にとっては、男子でも女子でも子どもが生まれることは吉兆なのだ。
不老不死の世が終わってからは、なおさら。
「二歳と一歳になられるのですか? お子様は」
「そう。
ポルタルヴァが兄になる男児を、アザーリアが妹になる女児を産んだ。
兄の方は走り回るより、落ち着いて物を作って遊ぶのが好きなようだ。
妹の方が活発でね。
室内を駆け回って、乳母や母親を困らせているよ」
困らせている、と言いながら、その声音も表情も明るい。
笑顔と言っていいくらいに。
「なんだか、とても楽しそうなお顔をなさっていますね。
やっぱり我が子は可愛いですか?」
「それは勿論」
確認のつもりで尋ねたのだけれど、返事は即答だった。
「可愛いね。
自分の子どもというのが、こんなにも無条件に可愛いものだとは思わなかった」
「皇子は本当に子ども達を可愛がってくださいますわ。
アルケディウスを真似て、王宮に託児部屋まで作られたのですよ」
「へえ。保育室を」
王家や貴族の子ども達が学ぶ保育室は、もともとアルケディウスの第一皇子家と第三皇子家の皇子皇女が交流するために始めたものだった。
今は利用しているのは三人だけだけれど、今後、大貴族家やフェイの家に子どもが生まれたら利用する予定だ。
アルケディウスの未来を担う子ども達へ、しっかりとした躾と教育を。
その理念に興味を持った各国王家が、子どもの誕生を機に見学へ訪れていたことを私は知っている。
保育所機能と幼稚園。
そして将来的には王族教育も行う予定だ。
二十一世紀の「子どもの個性を伸ばして育てる」教育理念を、担当する保育士や教師達へしっかり伝えてある。
「アルケディウスで薫陶を受けたアンヌティーレ様直属の保育士が、大切に子ども達を見守っております。
私達も最初は一緒に部屋へ入り、保育について学びながら、少しずつ子ども達を慣れさせました。
今は私達の子どもと、大貴族家の子ども二人、合わせて四人だけですが、きっと今後もっと増えていくでしょうね」
「子どもの頃の教育は大切ですから、とても良いことだと思います。
アンヌティーレ様は、今は何を?」
「名目上は皇立保育所の長だけれど、実質は国内の児童行政や親子関係の法務全般を統括している、というところかな。
子ども達にも周囲の者達にも慕われていて、以前よりずっと生き生きしているよ。
最近は支えてくれる恋人もできて、君の結婚式の後に式を挙げ、婿を迎える予定なんだ」
「婿ということは、お相手は王族や大貴族ではなく?」
「ずっと支えてくれていた文官らしい。
一応貴族ではあるけれどね。
皇族からは外れて、新しい家を興すことになっている」
「アーヴェントルクも、色々変わっていくのですね」
初めて訪れた頃のアーヴェントルクは、アルケディウス第一皇子妃アドラクィーレ様の実家でもある軍国国家という印象が強く、正直少し怖い国だと思っていた。
ヴェートリッヒ皇子も、馬鹿皇子を装って私へ的外れな求婚をしてきたし。
でも実際に訪れ、人々と触れ合い、牧歌的な風景や美しい自然に出会って、この国も大好きになった。
というより――私はもう、本当の意味で嫌いな国は一つもない。
どの国も、それぞれ違う個性があって、大好きだ。
「アーヴェントルクの技術者達が、君に実力を見てほしいと気合を入れていたよ。
通信鏡に挑戦したいんだってさ」
「はい。
話は聞いておりますので、基盤作りの図面を預かっています。
それが課題として完成すれば正式契約を結び、製法をお教えする、というところまではアルケディウスでも話がまとまっています」
精巧な機械式時計を得意とするアーヴェントルクは、以前から通信鏡の製造に興味を持っていた。
今後、需要がさらに伸びることは間違いない。
アルケディウスだけでは受注を賄いきれなくなっているので、今回の訪問を機に技術供与を行う予定なのだ。
「楽しみにしている。
産出したカレドナイトも、そのために大切に蓄えているしね」
「ゆくゆくは、一枚の鏡で複数人が同時に通信できるようにもしたいところですが」
「その辺も、皆で意見を出し合っていけるといいね」
「はい」
そんな会話の後、私は王宮へ赴き、皇帝陛下へご挨拶をした。
「よくいらっしゃった。
三日間、夜国をゆっくり楽しんでいただきたい。
プラーミァの騒動は聞いているが、この国では決して姫君に危害は加えさせぬと誓おう」
「ありがとうございます。皇帝陛下」
傭兵皇帝の異名を持つ皇帝陛下は、堂々と胸を張られる。
もし、このお膝元で同じことをしでかす者がいれば、プラーミァ以上に厳しい罰が待っているだろう。
その後は翌日の儀式の準備を済ませ、夜は話に聞いていた通り、アーヴェントルク皇家の皆様との夕食会。
久しぶりにお会いしたアンヌティーレ様は、本当に以前とは別人のようだった。
美しさはそのままに、大人びた落ち着きと気品を纏っておられて。
通信鏡では何度もお話ししていたけれど、実際に会うと改めて驚かされてしまう。
「お久しぶりでございます。マリカ様」
「お元気そうで何よりです。アンヌティーレ様」
華やかな金髪を上品にまとめ、碧の瞳には知性と優しさが宿っている。
かつて感じた、我儘な皇女という印象はもう欠片も残っていなかった。
「私がアルケディウスでの勉学を終え、この国へ戻ってから、もう一年になりますでしょうか。
ようやく、この国の児童福祉も軌道に乗ってまいりました」
いち早く皇族を送り込み、技術と知識の習得に励んだアーヴェントルクは、今では七国でも随一の児童福祉国家となっている。
孤児院へ保護された子ども達へ教育を施し、より良い里親へ託すことにも力を入れているそうだ。
アルケディウスでは虐待などの問題が心配で、まだ踏み出せていない分野だけに、詳しく話を聞いてみたい。
「ほらほら。
せっかくのお料理が冷めるよ。
ポルタルヴァの農場が、マリカ姫のためにと最高のチーズや肉を贈ってくれたんだから」
ヴェートリッヒ皇子に言われなければ、いつまでも話し込んでいたかもしれない。
「子どもこそ国の希望であり、未来。
そのお言葉は真実でございますね。
私もマリカ様と子ども達によって、新しい人生を開かれたような気がしております。
その恩を返すため、今度は私が子ども達のために、より良い環境と社会を築いてまいりますわ」
「よろしくお願いいたします。アンヌティーレ様」
今ではアンヌティーレ様は、私にとって三人目の親友と呼べるほど気心の知れた相手になった。
特に福祉については、広い知識と人脈を生かし、アルケディウスとはまた違う、この国に合った制度を考えてくださっている。
アーヴェントルクでは本当に色々と怖い思いもした。
でも、その一つ一つが今へ、そして未来へ繋がっている。
だとしたら、私の旅も、あの日の恐怖も、決して無駄ではなかったのだろう。
私はアーヴェントルク謹製の最上級チーズフォンデュを味わいながら、そんなことを思ったのだった。




