魔王城 星と神の親と子 後編
アイスブレイク、という言葉がある。
心理学用語だけれど、初対面の人間の緊張や、心に張った氷を溶かし、場を和ませ、目的達成をスムーズにする手法のことだ。
基本的には、研修などの前に会話をしたり、レクリエーションをしたりすることを意味するのだけれど。
『偽物の癖に偉そうに』
モニターの中から、私へそう言い放った『神』レルギディオス。
その言葉に怯えた私を庇うように、リオン――マリクかな? が、私の背を後ろから支えてくれた。
温かい手を感じてほっとした、ほぼ同時。
「! 自分こそ何様のつもりよ! 神矢!」
ステラ様の子猫が、タブレットの画面へ真っ直ぐ落下&着地した。
『星子……』
「まだ解ってないの?
マリカは先生の偽物なんかじゃない!
大事な先生の忘れ形見で、私の娘で、立派なアースガイアの保育士よ!
正しいことを言って、私達を励まそうとしてくれた。
文句や言いがかりをつけるつもりなら、私が承知しないんだから!」
『解ってる。別にそういうつもりで言ったんじゃない。
出来の良すぎる嫁に対する、舅のいじけだと思えばいい』
「え?」
『偽物って言葉が悪かったな。
先生には、娘であろうとやっぱり敵わない。
そう言いたかっただけだ。
何百年と生きようと、『神』だと偉ぶろうと、俺はやっぱり先生の前では子どもになっちまうんだろうな……マリカ』
「は、はい……」
苦笑としか言えない笑みを浮かべた『神』は、目を伏せ、首を微かに下げた。
『すまなかったな。
お前には色々と迷惑をかけた。
私の無知の尻拭いも含めて』
「え? あ、はい。いえ……そんな」
謝って、くれたの?
真理香先生に対して、自分の行動を悔い、謝罪した決戦の時とは違う。
私に。
アースガイアに生まれた、真理香先生の娘で、保育士の私に。
『神』として、自分の過ちを認め、謝罪してくれた。
まさかそんなことがあるとは思わなかったから、少し驚いてしまう。
目を瞬かせる私を、後ろからリオンの大きくて優しい手と身体が支えてくれていた。
『マリク。フェデリクス。
今まで、聞いてやることができなかった。
お前達は、どうしたい?
これから、どう生きたいと願う?』
タブレットの内から呼びかけられる父親の問いに、マリクは私の後ろに立ったまま胸へ手を当て、静かに会釈する。
「私は、リオンとして『アルフィリーガ』の役目を果たします。
有りとあらゆる脅威から、この星と子ども達を守る『星の守護獣』として。
マリカと共に……」
それから、ぎゅっと私を抱きしめる。
この熱と力の籠った抱擁は、マリクのものだろうか。
リオンのもののようにも思えるけれど。
『そうか。
だが、この娘は嫁として大人しく腕の中に納まっている器じゃない。
苦労するぞ』
「覚悟の上です」
くすっ、と。
私達の様子を見て小さく微笑み、頷いた『神』は、今度はレオ君へ優しい眼差しを向ける。
『フェデリクス。お前はどうだ?』
「僕は……もうしばらく、母上の御許と孤児院で、人としての感情や在り方を学びたいと思います。
その後は、できれば神殿へ戻り、人と『神』を繋ぐ者として働きたいでしょうか。
大神殿には今度、新しい王家ができるようなので、難しいかもしれませんが……」
「そんなことはないですよ。
フェイは神官長になったことで、リオンの側にいられなくなったことを嘆いていましたし、私は大神官といっても、お飾りの巫女ですから。
神殿業務や人心把握に長けて、信頼できる人が補佐に立ってくれるなら助かると思います」
ちらりと私を見たレオ君の希望進路を、私は肯定する。
少しリオンの眉が上がった気がするけれど、子どもの前向きな進路は応援したい。
『不老不死の復活!』
『神を崇めよ!』
なんてことは、この状況下ではもう無理だろう。
何より『神』が、それを望んでいない。
『解った。ならば自由に生きるがいい』
「「父上!?」」
『私は当面、ステラのもとで懲役活動に従事する。
城の子ども達を解放するためにも、星の力を強化するためにも、『精霊の力』が今まで以上に必要になる。
私が増幅すれば、『精霊神』達に渡る『精霊の力』も増大するだろう。
そうすれば、色々なことができるようになるはずだ』
「帰還を……放棄なさるのですか?」
これは、レオ君――フェデリクスの問い。
彼は、地球への帰還を望んでいた『神』の、一番の理解者だったから。
『放棄するわけではない。
だが、ここまで来たのだ。
人間の力、気力が未来を作るために使われれば、そう遠くない将来、我々の役目が終わる時が来る。
それから目指しても遅くはない。
そして、ラールの言葉ではないが、この星に地球文明を本格的に再生させれば、かつてと同じか、それ以上の新しく、実り多い文化を作り上げることができるかもしれない。
夜を駆逐する電気の光。
歌や言葉を保存し、再生する箱。
言葉や思いを繋ぐ本や芸術。
お前に約束した地球の輝きを、この地で見せてやれると思う』
「は、はい……」
『私は、帰りたかった。
豊かで、平和で、自分が責任を負う必要のなかった子ども時代。
幸せだった頃の地球へ。
でも、それはもうどこにもないのだ。
解ってはいたが、認めたくはなかった』
「父上」
『ならば、新しく作ればいいと教えられた。
皆と、家族と共に、この星で……』
「レルギディオス……」
『フェデリクス。
お前には、この星に生きる子ども達と、これから目覚める子ども達を託す。
迷う彼らを、その智謀と思いで導いてやってくれ』
「はい」
『マリカ。
レオはお前の義弟となる。
今後も面倒を見てやってくれるか?』
「解りました」
『神』の決意。
新たなる星の守護神の誕生に、ステラ様やアーレリオス様が薄く微笑んだのが解った。
きっと、お二人はこうなることを望んでいたのだろう。
ずっと。
できることなら、彼がこの地に降り立った時から。
「手伝う気になったのはいいけど、懲役刑って何よ!
私の手伝いは罰則、懲役ってこと?」
『事実だろう?
ああ、心配するな。この期に及んで往生際の悪いことはしない。
罪を認め、素直に刑に服すさ』
「うー、事実でも言い方!
もうちょっとなんとかならないの?」
『人というのは、そう簡単に変われはしないものだ。
お前への思いも変わってはいない。
あの頃のまま、俺はお前を愛している』
「!」
『マリカが言う通り、やり直しを許して貰えるなら、俺はお前に従おう。
それが罪滅ぼしになるとは思えんが』
「ズルい!
自分ばっかりカッコつけて!
私だって……貴方と肩を並べられる日をずっと……待っていたのに」
あっけに取られる私達を前に、始まる夫婦漫才。
でも、二人の間にある空気は、氷が解け、春の花が咲いたように温かで優しい。
愛し合う夫婦そのものだ。
『大丈夫だ。
お前がいて、俺がいて、精霊神達がいて、息子達がいる。
もうじき娘もできて、孫も生まれるだろう。
この星、アースガイアはもっと素晴らしくしていけるはずだ。
皆のため、家族のために働くことは刑ではない。
俺の償いであり、本当にやりたかったことだからな』
「ええ。ずっと、貴方を待っていたわ」
絵面だけで言えば、タブレットの画面に猫が鼻を寄せているだけのこと。
でも、なんだか夫婦が抱き合ってキスしているように見えて、なんとなくその光景を直視できない。
後ろと横を見れば、どうやら息子二人も同じようで、顔を真っ赤にして背けている。
楽しそうに笑っているのは、アーレリオス様とエルフィリーネくらいだ。
『そういう訳だから、私達のことは心配いらない。
マリク、リオン。フェデリクス。
貴方達は、貴方達の望む未来を生きるがいい。
『神の子』としての使命から、完全に解き放ってあげることはできないが、それでもお前達にも、マリカが言った通り幸福になる権利があるのだから』
「はい」
「ありがとうございます」
「どんなに離れようと、私達は家族なのですからね」
抱き合うことも、触れ合うことさえ許されない親子。
でも、私は確信する。
彼らの間には、ちゃんと絆があることを。
一度は切れてしまったそれは今、繋ぎ直され、きっとこれからもっと強固になっていくことを。
そういえば、私とリオンが結婚するということは、私は『神』やステラ様の娘になるということで、凄い家族が増えるということでもある。
アーレリオス様と、レルギディオス様も家族になるわけだ。
なんだか、愉しい予感がする。
どっちも見かけによらず照れ屋さんだから、間に立ってあげたいな、とか。
そんなことを考える、楽しいひと時。
その影で。
心臓がトクン、と小さな音を立てた。




