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魔王城 神と星の兄弟 後編

 タブレットの電源を入れると、ゆっくりと人間の像が結ばれた。


 私達のよく知る青年の姿。


 金髪、碧眼。

 不機嫌な顔つきの『神』レルギディオスだ。


「久しぶりね。レルギディオス。少しは頭が冷えた?」

『こんな悪夢の中に私を投げ込んでおいて、よくもそんなことが言えたものだ。ステラ。

 だが……まあ、先生と昔の自分に色々と諫められ、考えるところがあったのも事実。

 それで? 私を出してくれる気になったのか?』

「あら、随分と上から目線ね。簡単に出して貰えると思っているの?」

『出すために、私と話し合いに来たのではないのか?』


 どこか強気。

 負けてたまるか、という感じのレルギディオスに、ステラ様は呆れたように息を吐く。


「出す、出さないを検討する前に、色々と事情聴取と確認ね。

 喧嘩の場合、一方的にどちらが悪と決めつけてしまうのは良くないって、先生はいつも言ってたから。

 貴方がしでかしてきたことについて言い分を聞いて、第三者の意見も聞いて、貴方を出すか出さないかはその後に考えます」

『良いだろう。私もお前に言いたいことは山ほどある。

 私は何も、信念に反することはしていないのだしな』

「その言葉、この子達の前でも言えるの?」


 タブレットの中から外の様子がどの程度見えているのかは解らない。

 通信鏡みたいに、鏡に映る範囲。

 あるいは中のカメラ? が捉えている範囲だろうか。


 ステラ様は解っているようで、ぴょぴょん、とジャンプする。

 そして床に置かれたタブレットの前へ、少し離れた場所で様子を窺っていたフェデリクス――レオ君を招き寄せた。


「父上……」

『フェデリクス! 良かった! 無事でいたのだな!!』


 怒りや不満を隠そうともしていなかったレルギディオスの顔が、ぱっと喜色に輝く。


『心配していたのだ。

 お前をアルケディウスに送り込んで以来、連絡の取りようが無くなっていたからな』

「僕のことを……案じていて、下さったのですか?」

『当たり前だ。

 アルフィリーガにお前を殺され、最短で再生させたはいいものの、どこに託したらいいのか悩んだのだ。

 肉体の成長培養には、現実で生きるのと同じか、それ以上の時間がかかる。

 加えて、外で育つことがアルフィリーガのように成長を促すのであれば、と熟考の末、お前をアルケディウスで一番子どもが良く育つであろう環境に落とした。

 だが間もなく『星』の結界に隠され、手出しも会話もできなくなってしまった。

 ステラがお前を害すようなことはしないと信じてはいたが……ああ、それでも心配していた』

「……ありがとうございます」


 俯いたフェデリクスの眦には、雫が見える。

 『神』レルギディオスが我が子を完全に道具扱いし、さらには使い捨てるような存在ではなかったことに、私も少しだけほっとした。


「ふーん。神殿や己が城が、子どもの育成には悪条件だってことは理解していたのね」

『ステラ……』


 でも、それはそれでステラ様の逆鱗に触れたようだ。

 可愛い子猫の姿をしているのに、彼女からは燃え上がるような怒りのオーラが見える。


「だったら! なんで我が子を、道具として使うような真似をしたのよ!」

『道具って……』

「ここにはリオンもいるわよ。あの時の再開ね。

 子ども達と立会人の前で、貴方の言い分を聞かせて貰いましょうか!」


 まるでDV夫と妻の離婚交渉のようだと、少し思った。

 妻はこの機に、夫への溜まりに溜まった不満を吐き出す気満々の様子。

 私達は口を挟む余裕もないまま、二人の話を見守るしかなかった。


「『精霊神』様の封印や、星の力の乗っ取り、子ども達の不老不死。

 私が怒っていることは沢山あるけれど、一番はこの子達の待遇よ。

 なんで、我が子にあんな酷いことができるの!

 しかも、自分のクローン。人造人間だなんて嘘までついて!

 絶対に逆らえないよう、意識まで書き換えていたでしょう!」

『べ、別に嘘なんてついていない!

 自分の分身、複製だって言っただけだ。

 子どもは、親にとって、ある意味そういう存在なんだか……ら』

「へえ。子は親の複製、分身。

 それを貴方が、私に言う訳……」


 パチン。


 小さな音が聞こえたのは幻聴だろうか。

 レルギディオスの言い訳を聞いた途端、ステラ様の頭の中で何かが弾けたらしい

 怒りの箍が。


「ふざけんな! バカ神矢!

 そんなことを本気で思っているようなら、このタブレットを叩き割って、永遠に外へ出られないようにしてやるわ!」

『あ! お、落ち着け。星子。

 そういう意味で言ったんじゃない!』


 怒声を叩きつけるステラ様。

 それを必死で受け止めるレルギディオス。


 いや、違う。

 星子ちゃんと神矢君。

 互いに、地球での名前を呼び合った通り、どちらも神様や超越存在を脱ぎ捨て、一人の人間として譲れないものがあるのだと思う。


「子どもは、親の道具じゃない!

 親の人生二周目でもない!

 子どもには、生まれた時から自分の人生を生きる自由と権利があるのよ!」

「ステラ様……」


 画面に向かって言い放つステラ様の顔を、フェデリクスは窺うような眼差しで仰ぎ見る。

 彼は『星の夢』を見ていないから、ぴんと来ないのかもしれない。


 けれど、夢の中で確かに聞いた。

 ステラ様――星子ちゃんは地球にいた頃、毒親とも言える母親のもとで悩み、苦しんでいた、と。

 だからきっと、人一倍、そういう意味での人権侵害に敏感なのだ。


『解ってる。解ってるけど、それでも!

 俺にはあの子達が必要だったんだ!

 託された使命と子ども達を守るために、どうしても、どうしても……信頼できる助け手が必要だった!』

「だったら! ちゃんとそう言いなさいよ!

 我が子として愛して、誠実に向き合って。

 その上で、子ども達の選択に委ねるのが筋っていうものでしょう!」

『俺には! この子達に選択を委ねる余裕さえなかったんだ!

 マリクに、フェデリクスに。

 拒否されたら、その時点で詰む!

 子ども達を守れなくなる!

 我が子として愛して、教育を与えてやる余裕さえなかった。

 今すぐに、自分の全てを託すに値する分身が必要だった……。

 だから』

「我が子に、お前は自分の言うことを聞かなければならない。そのための存在(道具)だって植え付けたわけ?

 サイテー」

『……星子』


 必死なレルギディオスの反論と、思いは解らなくもない。

 けれど、夫の言い分を聞く妻の視線は冷ややかだ。


「自分は悪くない。従わない妻が悪いんだってフェデリクスに吹き込んでいたこともそう。

 子どもに選択する余地さえ与えず、絶対的な力で押し付けて、自分の思い通りに動かす……。

 神矢。あんた、それ。

 自分が嫌っていたDV夫の言い分そのものだって解ってる?」

『…………』

「たった一人で、逸れた場所に弾き飛ばされて、苦労してきたことは解ってるわ。

 その過程で、そういう選択をしなければならなかったことも、否定はしない。

 でも、だったらなおのこと、全てを打ち明けて協力を仰いで、共に苦難を乗り切るべきでしょう?」

『だから! さっきも言っただろう?

 マリクとフェデリクス。

 二人に裏切られたら、その時点で俺は詰んでいた。

 選択を許して、待つ余裕さえなかった。

 だったら……最初から裏切られないようにするしかないだろう?

 俺は……あの子達を親として、愛してやることさえ、できないのだから……』

「どうしてできないって言い切るのよ。

 過酷な運命を与える分、せめて親としての愛を与えてやることくらい、してあげたっていいじゃない?」

『じゃあ……聞くけど。

 親としての愛って……何をしてやればいいんだよ』

「え?」


 DV夫へ圧倒的優位で詰め寄っていた妻は、吐き出すように呟かれた問いに目を見開く。

 画面の中で、一方的に責められていたレルギディオス。

 いや、神矢君はどこか涙目だった。


『身体もない。

 助け手もいない。

 助言してくれる人も、諫めてくれる先生も誰一人いない閉鎖された宇宙空間。

 孤独の中でのワンオペ育児。

 そんな中で、何をしてやれば、我が子に親としての愛情を与えてやれたってことになるんだよ!』


 『神』と呼ばれた人物の。

 一人の人間。いや親としての叫び。


 横を見れば、レオ君とリオン。

 二人の兄弟は、それを無言で、驚くほど静かな眼差しで見つめていた。


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