火国 父と娘の話 中編
神々の空間。
疑似クラウドの無重力空間の中で、アーレリオス様は約束通り、逃げずに待っていて下さった。
「よかった。やっとお話しできますね。お父さん」
「お父さん、……か」
「お父さん呼びは失礼ですか?
お父様、だとライオットお父様と被っちゃうと思って」
「違う。嫌とか、そういうのではなくてな」
身体のサイズを人間に合わせ、私の前に立つアーレリオス様。
それでも大人と子どもだから、頭一つ分の身長差がある。
プラーミァの高身長は、きっとアーレリオス様譲りなのだろう。
人と同じ容を作って感情を表しているのなら、耳まで真っ赤。
これは、どこからどう見ても照れている。
「……覚悟はしていたつもりだが、面と向かって、愛する妻にそっくりな姿をした娘から『お父さん』と呼ばれるのは、破壊力がありすぎる。
少し待ってくれ」
「今更、そんなに緊張することですか?
初めにプラーミァに来た時から、精霊獣を作って私を守って下さって、一緒のお布団で寝たり、着替えだって見たでしょう?」
「人聞きの悪いことを言うな!
これでも気を使っていたつもりだぞ。
邪な思いで娘のプライベートを侵害したことはない。
また泣かれては困るしな」
真っ赤な顔のまま、顔を背けるアーレリオス様。
また……って?
あ、そうか。
最初に出会った時、記憶を読む、と言って頭の中に触手を入れられた。
今思うと、あれはナノマシンウイルスの中にあるデータを読まれたのかもしれない。
「最初の時のこと、まだ気にしていらっしゃったんですか?
っていうか、お父さんはあの時から、私が娘だって知っていて?」
「まあ……そうだ。
最初は、ステラが持っていた受精前卵子のクローンだと思っていた。
だが、私と真理香の娘だと解ったからな。
……できる限りのことはしてやろうと思ったのだ」
本当にラス様が言う通り、アーレリオス様は私のことをずっと思って下さっていたんだ。
私は、すっと身体を引き、お辞儀をする。
貴婦人のカーテシー。
心からの感謝を込めて。
「ありがとうございます。お父さん。
もし、お父さんがいて下さらなかったら、私は旅のどこかで詰んで、『神』の元へ連れ去られていたかもしれません。
今、私が生きていて、もうすぐ結婚できるのは、お父さんのおかげです」
「お前は、私を父、と呼んでくれるのだな」
いつも泰然とした超越者を装っていたアーレリオス様が、惑うような眼差しで私を見る。
それは、神とか精霊神とかではなく。
一人の男性。
父親の眼差しだった。
どこか不安げで、それでいて優しい。
「勿論です。
お父さんだと解る前から、大事で優しい保護者だと思っていましたけれど、事情を知ってからは納得して、それから、とっても嬉しく思ったんです」
お父さん。
アーレリオス様には、本当に旅の最初から助けられてきた。
もし、アーレリオス様が助けて下さらなかったら、そもそも最初のエルディランドでスーダイ王子を救うこともできなかったし。
アルケディウスでも、ほぼ間違いなく『神』に身体を乗っ取られて終わっていただろう。
「本当に、嬉しかったですよ。
私も自分のこと、クローンとか、そういうものかなって思っていたので。
ちゃんと両親がいて、愛し合って、望まれて生まれてきたんだな、って」
親に似ている。
ラス様は、よく私にそう言っていた。
人格をコピーされているから北村真理香に似ている、というのもあるのかもしれない。
けれど、親である真理香先生と、シュリアさん。
最期まで地球を守る保育士だったお母さんと、優しい精霊神、アーレリオス様。
お二人の何かを受け継いでいるというのなら、これ以上嬉しいことはない。
「そうか……。
なら、私は胸を張れるだろうか。
彼女に、私達の娘は幸せに生きていると」
「はい。
あ、でもまだ、天国で会った時、とか思わないで下さいね。
まだまだアーレリオス様のお力は必要とされているんですから」
遠い何かを見るように微笑むアーレリオス様に、私はしっかりと釘を刺す。
地球で眠っている真理香先生の魂は、きっとシュロノスの野にはいない。
ステラ様や、精霊神様達がもし亡くなった時にどうなるのかは解らないけれど、まだ終わってしまわれては困る。
人という存在は、自分もそうだけれど、見守って下さる方や、締め切り、監視の目がないと、つい易きに流れてしまう生き物だ。
そうならないよう努力すべきだとは思う。
けれど今回のように、確かに存在する『超越者』『神』として睨みを利かせて頂ければ、人々も王家の方達も安心するし、気合も入るだろう。
私が発破をかけると、アーレリオス様はくすっと笑い、大きな手を私の頭に乗せた。
お父様や国王陛下もよくやるこれ。
もしかしたら、プラーミァの精霊神様から伝わったものなのだろうか。
頭を、ぽんぽん、と。
「そうか。
ならば、もう少し目を光らせておくか」
「はい。ぜひ。
私も、できることでお手伝いしますから」
「頼むぞ。我が娘」
「はい。お父さん」
親子の名乗りの後は、疑似クラウドで『お父さん』と『娘』の他愛もない会話をした。
「真理香先生って、お父さんにとってどんな人だったか、聞いてもいいです?」
「周囲をいつも気遣い、我々能力者の潤滑油になってくれていた。
最初は、我々も集められ、自分の運命を理解させられても、なかなか納得できなかった。
彼女がいて、苦しい時の支えになってくれて、個性の強い我らを家族として繋いでくれて。
そうしてやっと、我々も自分達の運命を受け入れられるようになったのだ」
比較的ラス様などは聞き分けが良かったけれど、ジャハール様は結構乱暴で、周囲を困らせていたという。
風の能力者で空間転移ができたから、なおのこと誰も彼を止められなかった。
けれど、先生は彼を決して怒るのではなく諭し、孤独を認めてくれた。
そのおかげで、彼も徐々に心を開いていったのだという。
引きこもりで心を病んでいたナハト様も同じく。
自分より辛い境遇にありながらも、気遣い、励ましてくれた彼女のおかげで、初めて仲間を得て、前向きに歩けるようになったのだという。
「お前は、彼女によく似ている。
それは人格データがコピーされているから、ではなく。
命と心を受け継いだ娘だからだと、私は認識している。
彼女が何の重責もなく、素直に生まれ、生きることができたなら、お前のように周囲の人々を励まし、力づける存在になっていただろうと、私は感じていた」
「励まし、力づけること、できていましたか?
騒動を引き起こし、暴れていただけのような気がしますが?」
「できていた。
そこは自信を持つがいい。
母親と同じく、自分に対する自己評価と自己肯定感の低さは問題だな」
「そうなら、嬉しいです」
私の中の彼女の記憶は多分、真理香先生がコスモプランダー襲撃に遭遇しなかった世界線をもとに設定されたものだ。
だから、コスモプランダーや能力者達の記憶はない。
今、同じピンチが襲い、同じ状況に立たされた時、彼女のような行動が取れるかどうかは解らない。
でも、自分がそうありたいと思ったことを、最後まで投げ出さず、やり遂げた真理香先生は、我がことながら凄いと思う。
今の私とは違う、尊敬できるお母さん。
そう、自分の中で位置づけることができそうだ。
俯く私の顎に手を触れ、くいっと顔を上げさせるアーレリオス様。
その朱色の瞳に、鏡のように私が映っていた。
「お前の全てが、真理香の形見だ。
私と彼女の血からは生まれるはずのない紫水晶の瞳は、きっと彼女の願いの表れ。
お前には幸せになってほしいという、な」
「真理香先生にとって、お父さんに選んでもらった紫の色は、きっと特別だったんですね」
「ああ。
だから、お前は幸せにならないといけない。
使命や役割を背負わせてしまうのは申し訳ないが、それでもお前が幸せになれるように、我々は全力を尽くそう。
お前を皆、愛している」
「はい。ありがとうございます」
お父さんの思い。
そして、私を見守ってきてくれた精霊神様達の思いを、確かに感じる。
お父様やお母様は、私が役割を持つから大切にされているのではないかと言っていたけれど、それとは別に、私自身としてもちゃんと愛して下さっていることが解るのだ。
だから、私は迷わずにいられる。
多くの人の願いと思いを託された人型精霊として。
「……ちょっと待て、マリカ。
お前は何故、私と真理香の会話を知っている?
私が真理香に紫を手向けたことなど、誰にも話していないはずなのに?」
格好よく決めた、その直後。
アーレリオス様は怪訝な眼差しを私に向けた。
あれ?
知らなかったのかな?
「あ、ステラ様が見せてくれた地球の終わりの映像で、お二人の会話を聞きました。
……そう言えば、あの時、私が宿ったんですよね?
わー、自分が生まれる時の行為を見られたなんて、貴重な経験……」
「! おい、こら!
待て! 今、何と言った?
私と彼女の行為をステラが見せた?
何故、ステラが……って、監視カメラか!
ということは、他の連中もまさか、知って……?」
いつも泰然としているアーレリオス様からは考えられないほどの狼狽っぷりだった。
「さあ、そこまでは聞いてないですけど、お父さんがお母さんに服を贈りたかったって話は、皆様知っているみたいですよ。
ラス様が話してましたから……」
「……不覚」
「そんなに悩むことです?
監視カメラがあろうとなかろうと、気にしてなかったんでしょ?」
「確かに、永遠の別れを前に、もう誰に見られようとかまわんと思っていた。
だが、それを娘に知られ、見られるのはまた別だ……。
恥辱で死ねる」
「だから、まだ死んじゃだめですよ」
顔を真っ赤にして頭を抱える姿には、凛々しい精霊神の面影はどこにもない。
ごく普通のお父さんに見えて、父娘の会話が嬉しい反面、少し切なくも感じた。
もし、コスモプランダーの襲撃がなければ、この優しい人は、この人達は。
当たり前に、幸せに生きていられたんだろうな、って。
心臓にチクリと奔った小さな痛みと罪悪感と共に。




