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火国 父と娘の話 前編

 城下町は、いつにもない『特別』な祭りの熱気に包まれていた。


 火国――プラーミァ。

 その王城、謁見の間にて。


「やはり、其方が来ると騒動が起きる。

 まったく、このような大祭の幕開けは前代未聞だ」

「私のせいじゃありません」

「解っている。怒っている訳でもない。

 原因は襲撃を未然に防げなかった我々にあるし、お前の舞と『精霊神様』の降臨は、不老不死の終わりを忘れさせるほど民衆を熱狂させた。

 大祭の成功は間違いないだろう」


 玉座に腰を下ろしたプラーミァ国王ベフェルティルング様は、少し気だるげに息を吐いた。

 ……ちょっと、お疲れ気味?


「大丈夫ですか? 国王陛下。

『精霊神』様が降臨されたことで、お疲れなのでは?」

「疲労感が凄いのと、節々が少し痛むだけだ。大事ない。

『精霊神』様にお身体をお貸しした負荷ではあろうが……」

「国王ともあろうものが、それくらいで音を上げるなど情けない」

「母上……」


 ここにいるのは、さっきの儀式について情報共有と報告を行うために集められた王族と国の中枢だけ。

 だからだろうか。

 国王陛下を諫める王太后様も、容赦がない。


「『精霊神』様にお身体をお貸しするなど、望んでも得られぬ名誉ですよ。

 賜った祝福に、もっと胸を張りなさい。

 おかげで大貴族達も静かになるでしょう?」

「解っておりますし、感謝もしております。

 ですが、それとこれとは別なのですよ。

 お身体をお貸しして、よく解りました。

『精霊神』様のお力は、人の身に余る。

 ことが起きるたびにマリカが気絶していた理由も理解できました」


 この辺りは、私にはなんとも言えないし、実感も湧かない。

 でも『精霊神』様達は、


『精霊の力を本格的に使うためには、それに耐えられる身体が必要だ』


 と、おっしゃっていた。

 能力者と呼ばれた初代の方達は、遺伝子レベルで身体そのものがナノマシンウイルスによって作り替えられていたという。

 人間の身体で『神々』の力を使うには、それ相応の代償が必要なのだろう。

 以前、シュトルムスルフトでジャハール様がアマーリエ様に降りられた時も、数日間は身動き一つできなかった。


「まあ、国王が『精霊神』様から賜った祝福に泣き言など言えぬのは道理。

『精霊神』様の降臨で、煩わしい問題も全て片付いた。

 やはり其方は、国に幸運を運ぶ小精霊だな」

「煩わしい問題?

 どういうことですか?」


 疲れた様子を見せながらも、どこか満足そうな兄王様。

 プラーミァに何か問題でもあったのかな?


「不老不死後の格付けが、完全についたということです。

 幸運を運ぶ小精霊(リュゼ・フィーヤ)

「王妃様」


 小首を傾げた私に、兄王様の奥方――賢夫人と名高いオルファリア様が、柔らかな笑みを浮かべながら説明してくださる。


「不老不死剥奪の時、貴方の死を望まなかった者達と、そうでない者達との間に、微妙な差……いえ、階梯が生まれました。

 貴方達の死を望んだ者達は、そうでない者達に比べ、引け目を感じるようになったのです。

 プラーミァの場合は特にね。

 王族全てが同じ立場でしたから、『間違えた』者達は己の過ちを理解しながらも、不満を抱いていたのでしょう。

『神』に忠実であったことの何が悪いのか、と」


 これは、解らなくもない。

『神々』のマジシャンズセレクト。

 どんな選択をしても、不老不死を剥奪されるという結果は同じだった。

 でも、それを知らない人々が納得できない気持ちになるのも、不思議ではない。


「元々、陛下を若造と侮っていた古参の大貴族には、特にその傾向が強かったかしら。

 貴女の登場と後押しで陛下が実績を積み上げるたび、何かにつけて口を挟みたがっていました。

 世代交代を受け入れず、地位にしがみつく者達です。

 その者達は陛下の落ち度を探し、『若造の国王』と再び見下したかったのでしょう。

 今回の訪問では、『神々』の寵児である貴方の機嫌を取り、あわよくば取り込もうと考えていたようですけれど……

 今回の『精霊神』様の降臨で、国王陛下の立場はもう揺るぎないものとなりました。

 これでは、もう誰も口出しはできませんわ」


『精霊神』の加護を受けた若き王。

 いかに過去の王達が偉大だったとしても、この数年で新技術を取り入れ、国を豊かにしてきた実績がある。

 民からの人気も高い。

 その上で大神殿と『精霊神』という巨大な後ろ盾まで得た王が、不老不死の終わった世界で舵を取る。

 プラーミァの世代交代は、これから一気に進むのだろう。


 今まで上に押さえつけられていた若い世代が、きっと表舞台へと躍り出る。


「なるほど。

 でも、それなら陛下は私に彼らを紹介して、『祝福してやってくれ』とでも言って貸しを作れば良かったのでは?」


 国へ来た時、あの意味深で絡みつくような貴族達の視線。

 あれはきっと、そういう意味だったのだ。


 後ろ盾は欲しい。

 でも、王様には頭を下げたくない。

 そんな半端な人達。

 もう王様は彼らの支えがなくてもやっていけるだろうけれど、敵に回すより味方にしておいた方が、きっと何かと便利なはず。


 でも――


「可愛い姪を、我が国の政治に巻き込みたくなかったのですよ。陛下は。

 貴女には、我が子以上に甘いのですから」

「オルファリア!」


 くしゃくしゃと髪をかき乱しながら顔を背ける国王陛下は、多分、照れている。

 可愛いなあ、と失礼ながら思ってしまった。

 孫までいる立派過ぎる大人なのに、外見年齢が若いから、北村真理香としての感覚では同年代か少し年上くらいに見えてしまうんだよね。


「そっちは、もういい。

 それで?

 マリカを襲った連中の裏は取れたのか?」


 国王陛下の促しに、側に控えていたグランダルフィ王太子が応える。

 もうすっかり、王様の右腕だ。


「はい。

 やはり、戦が中止されたことを不満に思う商人や戦士達が中心であったようです。

 姫君を狙撃した射手は腕自慢の狩人で、今度の戦に参加し、手柄を立てて騎士や王宮勤めを目指していたとのこと。

 不老不死世が終わったことで、射手の評価が上がると期待していたようです。

『今年こそ、戦で正当な評価を得られると思ったのに!』

 と供述しており……」

「ふん、馬鹿らしい」


 犯人の言い分を、国王陛下は一言で切り捨てた。


「矛盾している。

 不老不死世が終わり、確かに戦士や軍の運用は今までとは変わる。

 これまで軽んじられていた弓兵の価値も、今後は高まるだろう。

 だが、マリカを射殺して、そいつが望む『正当な評価』とやらが得られると思うのか?」

「まことに、その通りでございます。

 さらに姫君が亡くなれば、今度は遊びではない、国同士の戦が起こるのは必至。

 国の騒乱の中で新たなる英雄になることを夢見たのかもしれませんが、所詮は大局を見られない外野のゴロツキでしかありません」

「今後の警備では、遠距離からの狙撃も視野に入れて兵を配置せよ。

 同じ轍を二度と踏むことは許さぬ」

「はい。既に騎士団上層部への指導も開始しております」

「よし。

 それから今回の実行犯については、背後関係や裏の調査も怠るな。

 祭りの終了までに全て潰せ。

 大貴族の誰かが噛んでいる可能性もある。

 この王都で、『精霊神』の加護を受けた王族の命を狙った愚かさを、国中に思い知らせてやる」

「はっ!」


 王太子だけでなく、周囲の兵士達も胸に手を当て、一斉に命令を受ける。

 国王陛下……相当怒ってるんだなあ。

 怒りの気配が、目に見えるようだった。


「祭りの最中ですし、私は無事でしたから、ほどほどに……」

「そんな意見は聞かんぞ」

「ですが……」

「さっきも言ったが、王族暗殺未遂は極刑だ。

 不老不死世が終わって最初の死刑囚になるのも、そ奴が名を残したかったのなら本望だろう」

「……はい」


 私が一応かばおうとすると、睨まれてしまった。

 まあ、国王陛下が決める国の裁きに、私が口を挟むべきではない。

 少し後味は悪いけれど、信賞必罰は大切だ。


「話はこれまで。

 マリカ。できればプラーミァの大祭を見せてやりたかったが、今回は諦めてくれ」

「承知しております。

 ただ、休む前に精霊石へご挨拶することを、お許しいただけますか?」

「許可する。

 先の様子からして、お前の来訪を待っておられるのだろうからな。

 今日の借りの返済については、後で考える」

「『精霊神』様にお会いしたら、私達が感謝していたとお伝えしてね。

 リュゼ・フィーヤ」

「はい。必ず」


 王太后様に約束すると、私達は謁見の間を辞し、神殿へ向かった。

 舞衣装のままだけれど……まあ、いいよね。


「俺は外で待ってる」

「リオン」


 精霊石の間へ入ろうとした時、リオンが扉の前で足を止めた。


「水入らずの話もあるだろう?

 俺がいると、できない話もありそうだ」

「……ゴメンね」


 苦笑するリオンの考えは、多分正しい。

 父親の心境は私には解らないけれど、ラス様の言葉を信じるなら、かなり面倒くさそうだから。


 そして私は一人、精霊石の間へ入り、巨大な水晶の前へ立つ。

 薄紅色の水晶が、燃え上がるように輝いた。

 その瞬間――


「わああっ!」


 引っ張られた。

 祈りを捧げる間も、挨拶をする間もなく、私は疑似クラウドの無重力空間へと引き込まれる。

 そして


「やっと、ご挨拶できますね。お父さん」


 耳まで真っ赤になった、お父さんと顔を合わせたのだった。


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