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火国 プラーミァの大祭 後編

 目の前に立ち上がった火柱は、まるで吹き上げ花火のように一瞬高く燃え上がり、瞬く間に消えた。


 カラン、と。

 鉄の音を、舞台の上に残して。


「マリカ! 大丈夫か?」

「何があったのだ!」


 駆け寄ってきてくれたリオンと兄王様が、私を心配そうに覗き込む。


「私はだいじょう……リオン!」


 大丈夫、と言おうとしたのだけれど。

 私の口が、勝手に動き出した。


「はい!」

「遠距離からの狙撃。射手による攻撃だ」

「狙撃?」

「角度からして、射手の場所は右奥。あの白い建物の最上階だ。

 行け! 逃がすな!」

「! 分かりました!」


 舞台を駆け下りたリオンは、そのまま裏手に姿を消した。

 多分、転移術で犯人を捕まえに行ったのだろう。

 そして、狙撃と聞いた瞬間、私の前に立って庇ってくれていた兄王様の背に、私の手が触れた。


「ベフェルティルング。力と身体を貸せ!」

「は、はい!」


 強い力が移動する。

 いつの間に来て、いつの間に私の中へ入ってきていたのだろう。


 分かる。

 これは、火の精霊神。

 アーレリオス様だ。

 事態を完全に理解していないにしても、その圧倒的な威圧感に、兄王様も逆らえない。


 一度だけ瞬き。


 外見は変わっていない。

 けれど、明らかに赤みを増した緋色の瞳が強く煌めき、兄王様の手が民衆へ向けて翻された。


「――跪け!」


 ざざっ、と。

 会場を埋め尽くしていたプラーミァの人々全てが、一斉に膝をついた。

 警備の人達も。

 舞を貴賓席で見ていた貴族や神官達も、全て。

 立っているのは、私の随員達。

 そして、人混みの中でぼんやりと立ち尽くす、何人かの者だけだった。


『警備兵!

 今、立っている者を捕らえよ!

 それらは我が国、『精霊神』の加護を捨て、マリカに危害を加えんとした不届き者である!』

「はっ!」

「チッ!」

「なんでバレた!?」


 逃げ出そうとした男達は、たちまち圧倒的多数の衛兵に囲まれ、捕らえられた。

 武器は持っていたようだけれど、暗器の類だ。

 正規の兵士相手には役に立たない。


 何より、プラーミァの戦士は強いし。

 ほぼ全員が捕まったかと思った、その瞬間。

 また、黒い風音が空を斬った。


 今度は、はっきりと分かる。

 矢だ。

 白い矢羽根。


 鋼の矢じり。

 高所から、私を狙って放たれた矢。

 一応、舞台上を狙ったようだけれど、さっきより狙いは甘く、勢いもない。

 恐怖は感じなかった。


 何より、兄王様の大きな背中が私を守ってくれている。

 そして、さっきと同じ火柱が射線に立ちはだかり、その矢を止めてくれた。


「捕まえました! こいつが狙撃手です!」


 程なくして、舞台上にリオンと一人の男が、すっと瞬間移動してきた。

 人々はざわめく。

 けれど、静まれ、とでもいうように兄王様の腕が軽く横へ動いただけで、全ての音が消えた。


 ううん。

 多分、兄王様ではない。


『祭りの始まり。

 その聖なる儀式を壊し、我が愛しき娘。

 プラーミァの『聖なる乙女』の命を狙わんとした愚か者よ』

「な、なんだ? 一体?」

『黙れ!』

「ぐあっ!」


 リオンに捕らえられ、後ろ手に縛られていた男は、まるで踏み潰されたヒキガエルのような声を上げ、地面に顔を擦りつけた。

 実際に、踏み潰されていたのかもしれない。

 兄王様に宿る『精霊神』アーレリオス様の神気に。


『発言も、釈明も許した覚えはない。

 どんな理由があろうと、一切考慮するに値しない。

 我が前で、娘の命を狙う。

 その大罪の前には』

「ぎゃあああっ!」


 今度は、さっきとは逆。

 悲鳴と共に、男の身体が中空へ浮かび上がった。


 ジタバタと手足をばたつかせているけれど、その手も足も何かを掴むことはない。

 まるで、首根っこを掴まれた猫のようだ。


『不老不死の世が失われようと、人が守るべき理に変わりはない。

 それが分からぬ者には、仕置きが必要だな』


 パチン、と。

 兄王様が指を弾いた。

 同時に、男の手足へ火が灯る。

 服の袖や裾が燃え上がり、男の悲鳴が舞台上に響き渡った。


「ぎゃあああ!

 熱い、熱い!

 俺の手が、腕があああ!」


「精霊神様!」


 ちょっと、やりすぎ!

 私は兄王様の腕に縋り、ぐいっと引っ張った。

 見ている人達も、完全に引いている。

 怯えまで混じっているよ。


『『聖なる乙女』は寛大だな。

 まあ、大祭の始まりが人死にでは縁起も悪いか』


 私が止めたから、というだけではなさそうだったけれど。

 アーレリオス様は、ふっと小さく笑い、火を収めてくださった。

 重力に従って落ちた犯人は、息も絶え絶えだ。

 けれどアーレリオス様は、もう興味もないというように男から目を離す。


 そして、舞台上から人々を見やった。


『聞くがいい。我が子ら。

 プラーミァの民達よ』


 朗々とした声が、広場に響いた。

 兄王様の若さと力のあるテノール。

 その同じ声帯を使っているはずなのに、どこか違う。

 重みと深みを帯びた声は、ずっと聞いていたいような心地よさと、今すぐ逃げ出したくなるような恐ろしさを兼ね備えていた。


 この時、プラーミァの民は全員、一人残らず理解した。

 今、自分達の前に立つ者は、王であって王ではない。

 国の守護神たる『精霊神』が王に降り、その声と姿を借りて語っているのだと。


 燃え上がる炎のように強い熱を帯びた『精霊神』は、王の姿で宣言する。


『不老不死の世は終わりを告げた。

 勇者はすでになく、たとえあったとしても、二度と不老不死の世界を望まない。

 どれほど人が望もうと、祈ろうと。

 永遠が、其方らの上へ戻ることは二度とない』


 人々の間から、嘆息にも似た吐息が零れる。

 あり得ないと分かっていても、心のどこかに微かに残していた希望。

 それが完全に打ち砕かれた瞬間だった。


『だが、その代わりに、其方らの上には変化と希望が戻ってきた。

 努力し、前へ進もうとすれば掴むことのできる、今日よりも輝かしき明日。

 未来が、其方らの目の前にある。

 お前達は今、見たはずだ。

 人の身体が紡ぎ出す可能性というものを』


 えーっと。

 もしかして、私の舞のことかな?

 何だか過分に褒めていただいた感じがすごいけれど、人々の視線が私へ集まっている。

 痛いくらいに。


『過去に囚われ、未来を見ることをやめるな。

 明日は、自分達の手で作り上げていくものなのだから』


 拡声器も、カメラもない中世異世界。

 遠くから見ている人にとっては、舞台上とはいえ、私達の姿なんて豆粒ほどにしか見えないだろう。

 けれど広場の隅から隅まで、全ての人が、兄王様――の姿を借りた『精霊神』の言葉へ耳を傾けていた。


 一言のざわめきも、余談もない。

 実在し、影響力を与える『神』の力とは凄いのだと、改めて実感する。


『マリカ!』

「は、はい!」


 ぼんやりと立っていた私は、名を呼ばれて慌てて膝を折った。


『仕切り直しだ。

 悪いがもう一度、舞を頼む。

 もう邪魔をするような愚か者はおるまい。

 祭りに、改めて祝福を送ってやってほしい』

「分かりました。

 ……今度は、ちゃんと見ていただけますか?」


 我ながら子どもっぽい、ジト目の上目遣いだったとは思う。

 けれど兄王様は、大きな手で私の頭をくしゃくしゃっと撫でるようにして、微笑んだ。

 そして、はっきりと頷いてくれる。


『……拗ねなくても、最初からずっと見ている。

 終わったら、改めて話をしよう』

「はい!」


 よし。

 やる気が出た。

 我ながら安上がりだと思うけれど、それだけで気力は十分に補充できた。


 私は後ろの席の楽師さんへ目で合図する。

 彼は慌てて楽器を持ち直し、調弦を始めた。

 私は再び膝をつく。


 そして、もう一度始まる奉納の舞。


 生きることと、精霊への感謝を捧げる祈りの舞は、自分で言うのも何だけれど、一回目よりも良く舞えたのではないかと思う。

 最初に失敗したところを、自分なりに直すこともできたし。

 やっぱり、見直しや練習、リハーサルは大切だね。


 リオンは襲撃者を連れて行った。

 けれど兄王様は、舞台の端で腕を組みながら、私の舞をしっかりと見ていてくださった。


 そして、舞が終わる。

 私が膝をついた、その瞬間。


 パーン!


 高く、高く。

 頭上から音が響いた。

 また襲撃かと身構えた者もいる。


 けれど、違う。


 多分、花火だ。

 精霊神様の祝福。

 昼間だというのに、太陽の光にも負けないほど強い炎と力が、空に虹のような大輪の花を描いた。


 一瞬の煌めき。


 けれど、その残滓の火花が、人々の頭上へ、周囲へ、降り注ぐ。


 確かな奇跡。確かな祝福。

 暖かな精霊神様の想いと共に。


「マリカ。見事であったぞ」


 差し出された兄王様の手を取り、私は立ち上がる。

 その私の上にも、祝福の火花が柔らかく降り注いでいた。


「『『聖なる乙女』に祝福を。

 我が愛しき炎の子らの未来に輝きを。

 ここに、大祭の開始を宣言する!』」


 王と『精霊神』による開幕宣言。

 人々の歓声が、一気に湧き上がった。

 舞の開始前とは比べものにならないほどの熱量。


 込められた熱と想いが、まるで蜃気楼のようにはっきりと目に見える。

 同時に、大祭の開始を告げる鐘の音が響き渡る。


 プラーミァの大祭は、こうして幕を開けた。

 長い歴史の中でも類を見ない、奇跡と共に。


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