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魔王城 フェイの結婚式10

 その後も、夢のような、楽しいことだけで満たされたパーティは、あっという間に過ぎていった。


 食事が一段落したところで、アレクが明るい円舞曲を弾いてくれた。

 踊り出したくなるくらい軽やかなテンポ。

 心が弾むような楽しいリズム。


 大祭などでよく踊られる、フォークダンスのような舞踏曲は、本来大人のためのものだけれど。


「マリカ。リオンと一緒に踊るがいい。

 フェイも、ソレルティアをエスコートせよ」

「はーい。

 お祖父様は踊らないんですか?」

「この歳でダンスもなかろう?」

『せっかくなんですもの。踊ってきたら?』

「ステラ様?」

「フェイ。教えたダンスは覚えていますか?」

「当然です。

 僕の記憶力を舐めて貰っては困りますよ」

「ギル君、私と一緒に踊らないかい?」

「いいの? じょおうさま?」

「さっきのお礼。

 教えてあげよう」

「ラールさん……踊ってくれませんか?」

「エリセちゃん?

 僕で良いなら喜んで」

「ティラトリーツェ。久しぶりに一緒に踊るか?」

「光栄ですわね。あなた」

「ぼくもおどる!」

「レヴィーナも!」


 音楽を聴いて、子ども達はうずうずと身体を動かし始めていた。


 女王陛下がギルを誘って下さったのを皮切りに、最初は男女のパートナーダンスが基本だったけれど、最後には輪になってマイムマイムのように。


 花嫁も、花婿も、女王様も。

 最後には皇王陛下や皇王様も。

 皆で手を繋いで、楽しんで踊った。


 笑って、笑って、笑って。

 皆でのダンスが終わった後は、冷たい飲み物を飲んで一休み。


 そこで、ザーフトラク様が小さく合図をしたので、私はこくりと頷きを返した。

 司会役を務めてくれていたクラージュさんに視線を送る。


「さて、楽しい時間もそろそろ終わり。

 最後に、我々皆からの贈り物を花嫁と花婿に贈るとしましょう」

「最後の贈り物?」


 二人には話していなかったからだろう。

 怪訝そうな顔を浮かべる二人の前で、ホールの扉が開いた。


 奥から料理用のカートを押してくるのはジョイだ。

 倒れたりしないよう、ザーフトラク様とラールさんも側で支えてくれている。


「これは?」

「三段に重ねられていますけれど、ケーキ、ですか?」

「そう。ウェディングケーキ。

 結婚式をお祝いする特別なケーキなの。

 アルケディウスが誇る三人の料理人がね、本当に頑張って作ってくれたんだよ」


 この世界にはまず伝わっていないか、もしくは絶滅しているはずだから、きっと初めてのウェディングケーキ。

 アイデアを相談したら、ザーフトラク様を中心に、皆でびっくりするくらい格好良く仕上げてくれた。


 フェイの好物であるチョコレートをたっぷり使った、ザッハトルテ風。

 これくらいしっかりしたケーキでないと、重ねた時に自重で潰れてしまうからね。

 艶々のチョコでコーティングして、側面にはチョコレートとミルクを混ぜたガナッシュで、レースのような模様を描いてある。

 所々には、シュトルムスルフトから取り寄せたデーツのチョコがけと、フルーツで作った花を飾った。


 そして一番上には、可愛い白いハトが二羽寄り添っている。

 これは砂糖と、魔王城のアヴェンドラ――いわゆるアーモンドの粉末を混ぜて作ったマジパン細工だ。

 向こうの世界では、お菓子人形などによく使われていたもの。


 アルケディウスでは最近、これを使った細工物が少しずつ流行り始めている。


「こ、こんな豪華で美しいケーキ。

 とんでもないお金がかかったんじゃないですか?」

「結婚式にそんな野暮なことは言いっこなしですよ。ソレルティア様」


 実際、かかった。

 凄く。


 だいぶ値段は下がってきたとはいえ、カカオの実も砂糖もプラーミァからの輸入品で、お高いからね。

 一般の人が今も簡単に口にできるものではない。

 それをこの日のために兄王様へ無理を言って、まとまった量を譲って貰ったのだ。


 ちょっと足元を見られたけれど。


 材料費だけで金貨一枚。

 百万円クラスかな、とは言わないよ。


「じゃあ、フェイ。ソレルティア様。

 このケーキに二人でナイフを入れて下さい。

 夫婦での最初の共同作業、って意味があるんですって」

「夫婦最初の共同作業……」


 私が渡した、リボンと花で飾ったケーキ用ナイフを二人で握る。

 寄り添った二人は、そっとケーキへナイフを入れた。

 表面艶々の冷たいケーキなのに、表面のチョコは柔らかい。

 グラッサージュといって、チョコにゼラチンとココアと砂糖を混ぜた艶出しの技法なので、すっとナイフが吸い込まれていく。


 皆から拍手の渦が湧き上がった。


 その後のファーストバイト。

 互いにケーキを一口ずつ食べさせ合う二人の姿も、見ているこちらまで幸せになるくらい、良い笑顔だった。


「……こんな美味しいケーキを、食べたことがありません」

「見て下さい。フェイ。

 この鳥は、下に卵を抱いていますよ。

 もしかして、私達と子どもという意味なのでしょうか?」


 流石、ソレルティア様。

 観察眼が凄い。

 こっそり秘めたメッセージも伝わったみたいだ。


 向こうの世界には、比翼連理という言葉がある。

 比翼とは、互いに翼と瞳を共有し、共に飛ぶ鳥のこと。

 転じて、睦まじい夫婦仲を表す。

 そんな思いを込めた。


「皆も食べて」

「うわー、本当に美味しい」

「うむ、良くできた。

 これは宮廷晩餐会でも出せるな」

「子どもも食べるので、ちょっと甘さ強めですけど、今日は特別ってことで」

「いや、そこがいいですよ。

 濃厚な味のチョコレートスポンジに挟まれたオランジュのジャムが、さっぱり感を与えている」

「技術や味もですが、このような思いの籠もった菓子は、他のどこでも食べられませんね」


 子ども達も、大人達も、皆大喜び。

 最後のサプライズイベントも大成功になったと、自負していいと思う。


「このケーキと、宴に集まってくれた人達に誓います。

 僕達はこの日を忘れず、死が二人を分かつ時まで、互いを愛し、家族として共に生きていきます」

「今日の感謝は、これから仕事や色々なことで必ず返していきます。

 本当にありがとうございました」


 最後まで楽しく、輝かしい光だけが溢れる、本当に素敵な結婚式になったと思う。

 幸せそうに寄り添う二人を見て、私は自分のことのように嬉しく思ったのだった。



「マリカ」


 魔王城からお客様を送り、帰る馬車の中で。

 お父様、ライオット皇子は私に静かな声をかけた。


「はい。お父様」

「満足したか?」

「ええ、まあ。

 概ね理想通りの結婚式になったかなあ、と思っています」

「そうか。

 ……悪いな。

 これがお前の理想とする結婚式なら、お前達にはこんなことはしてやれんかもしれん」

「解ってます。

 だから今回、思いっきり頑張ったところもあるので」


 どこか申し訳なさそうな感情が、声に滲んでいた。

 お父様、察し良すぎ。

 そう。


 フェイとソレルティア様のため、というのは勿論ある。

 でも、私は今回の結婚式に、私の憧れや理想を全部詰め込んだのだ。

 お父様のおっしゃる通り、私とリオンの結婚式は、こんなアットホームなパーティには多分できない。

 大神殿で、国王会議の会場に各国の王様を招き、格式に沿ったものを行うことになる。


 もう手配のために、たくさんの人が動いている。

 結婚式の披露宴だって、きっと色々な思惑が絡まってきて。

 最終確認くらいはさせてくれると思うけれど、私の希望が入る余地は多分あまりない。

 だから多分。親しい人達に祝福される幸せな夫婦フェイとソレルティア様に、自分の夢を投影したのだ。


 自分で言っていて、他人事のようだけれど。

 けれど、少し俯いた私の頭を、お父様はぽぽん、と撫でるように優しく叩いた。


「だが、儀式が終わった後には、また魔王城へ来て、今日のような祝いを皆でしよう」

「結婚式、二回やることになっちゃいますよ」


 ぽすん、とお父様の肩に頭を寄せた私に、お父様は笑う。


「それくらい構わんだろう?」

「そうね。

 私も今日の結婚式はとても楽しかったし、気に入りました。

 また魔王城で、家族や親しい者達が集まって、今日のような、いいえ、もっと楽しいお祝いの宴をしましょう。

 今日の宴で、私も神の国の結婚式を学びましたから。

 貴女の時には皇王妃様と相談して、もっと素敵な祝いをしてあげるわ」

「お母様……」

「レヴィーナも手伝う!

 おはなまきたい!」

「ぼくは、ゆびわはこぶ!

 あと、ケーキも食べる!」

「……その時はお願いしますね」


 うん。

 結婚式の後、魔王城でお披露目はしたいと思っていた。


 エルフィリーネにもドレスを見せてあげたい。

 結婚式二回目も、やっていいなら、やれるかな?

 いいよね?


「はい。

 ありがとうございます。お父様、お母様。

 それを楽しみに、本番、頑張ります!」


 よし。

 元気が出てきた。

 それに……。


 窓をちらりと開けて見ると、馬で護衛してくれているリオンが見える。

 たとえ形式優先の儀式であろうとも、リオンと結ばれる大事な結婚式だもの。


 二人のお父様が用意してくれたドレスを纏い、リオンの花嫁になる。

 それだけで、私は幸せになれるはずなのだから。




 そしてこれは、神の領域内。

 精霊達の内緒話。


『おーい。アーレリオス~』

『なんだ? ジャハール』

『これ、マリカからの差し入れ。

 フェイの結婚式のウェディングケーキだとさ』

『何故、私に?

 我らには味覚など無いから、貴重な食材を無駄にするなと』

『俺も言ったぜ。

 食べても意味無いからいいって。でもぜひに、って渡された。

 マリカの結婚式の時には、ウェディングケーキ入刀なんてできないだろうから。

『お父さん』に食べて貰いたかったんじゃねえの?』

『ズルい!

 僕も欲しい!』

『ラス!』

『おまえの分もあるよ。

 つーか、皆の分、マリカは寄越してきたし。


「食べる、っていうか、取り込むことはできるんですよね?

 ただのデータになってしまうかもしれないですけど、気力っていうか、皆の幸せな思いは籠もっていますから」


 だってさ』

『そうか……。

 なら、皆で頂くか。

 ジャハール、皆を呼んで来い。

 堪能させてもらおう。

 この星の、子ども達の、マリカの『幸せ』のケーキをな』



 こちらは、魔王城、某所。

 星の母神と、精霊の会話。


『エルフィリーネ。

 このケーキ、美味しいわね』

「はい。マリカ様の、リオン様の。

 そして皆の喜びの気力が、何よりも……美味しく、うれしゅうございます」

『本当。

 真理香先生にも食べさせてあげたかったなあ』

「はい。

 あの方の忘れ形見。

 同じ魂の色を持つマリカ様。

 後は、マリカ様の花嫁衣装と、御子が見られたら……私は……」


 そうして、夢のような結婚式の一日は終わりを告げた。

 私達みんなの心に、永遠に忘れられない最良。


 唯一無二の輝きの日として。


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