魔王城 フェイの結婚式 9
新しいお客様を招き、披露宴はさらに盛り上がりを見せていた。
「これは……素晴らしい美味ばかりですね。
流石はアルケディウス。王宮晩餐会でさえ、まだシュトルムスルフトではこの味は出せません」
「お気に召して頂けたのなら幸いです。
シュトルムスルフトでは猪や豚の肉はあまり食されないと聞いておりますが、こちらは魚介をベースにしたものですし、このラーメンは鶏ガラを使っています。
お口に合うといいのですが」
「ラーメンは塩がさっぱりしていてお勧めですよ。
出汁の味がスマートで……」
「では、フェイのお勧めを頂いてみましょうか。
ああ、本当に美味しい」
主賓の二人は、一人でお祝いに来て下さった伯母上、アマリィヤ様が手持ち無沙汰で寂しくならないよう、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
シュトルムスルフトでも、きっと馴染みのない立食形式のパーティ。
料理を取ってきてあげたり、食べ方を説明したりしている。
「ねえ、マリカ姉。あの人だあれ? フェイ兄にそっくりだけど」
「フェイ兄の伯母さん。
うーんと、フェイ兄のお母さんのお姉さん」
「おかーさんのおねーさん?」
「ちょっと解り辛いよね。
今度ゆっくり教えてあげる」
「おや、可愛い子達がいっぱい。
君達は? 今、フェイのことを兄って言った?」
一方のアマリィヤ様も、女王陛下の猫を脱ぎ、少し素に戻っているのかもしれない。
女性らしさは失っていないけれど、気さくな親戚のお姉さん――流石に伯母さんと呼ぶのは気の毒だから――のような雰囲気になっている。
輝く笑顔で、子ども達に視線を合わせた。
「こ、こんにちは」
「えっと、同じ孤児院で育った兄弟みたいなものなんです」
「そっか。
じゃあ、君達も私の親戚みたいなものだね」
「しんせき?」
「家族のようなものさ。
仲良くしてくれると嬉しいな」
「いいよ!」
「女王陛下?」
「私のことは、本当にどうぞお気になさらず。
母の監視の目もなく、女王でもなく、一人のアマリィヤとして自由に過ごせるのは、生まれて初めてのような気がします。
おや、君達は双子?
私も双子で生まれたんだ」
「へー」
「フォルとレヴィーナも双子だよ」
アマリィヤ様は本当に楽しそうだった。
ジャックやリュウも、あっという間に彼女へ懐いたようだ。
子ども達と仲良くして下さる彼女を見ていると、もし王家に生まれなかったら。
いや、双子の兄君が亡くならなかったら。
彼女はもっと自由に、好きな人と結婚したり、穏やかに暮らしたりできたのかな、と少し気の毒に感じる。
自分の運命を自分で切り開いた方に対して、失礼な話だとは思うけれど。
「フェイはお母様似、アマリィヤ様似ですが、こうして見るとお父様の面影もありますね」
テーブルの上に飾ったフェイのご両親の肖像画を見ながら、ソレルティア様がフェイと絵を見比べてそう言った。
「そうですか?
自分では解りませんが」
「ええ。
空を切り取ったような蒼い瞳は勿論のこと、鼻立ちや意思を宿した眼差しなどは、よく似ていると思いますよ」
言われてみれば、そんな気がする。
異世界でもDNAというか、血、というのはあるのだろう。
「ん? 何してるの? ギル」
「あ! ごめん! まだないしょ!」
「ないしょ?」
アマリィヤ様と遊んだり、ご飯を食べたりしていた筈の子ども達の輪から、気が付けばギルが外れてこちらを見ていた。
こちら、というか、フェイとソレルティア様のテーブルを。
私に見つかって、タタッと子ネズミのように逃げ出したギルは、手に何かを持っているようだった。
そしてゲシュマック商会のテーブルで、こそこそ。
何をやっているんだろう?
「マーリカ。フェイ兄、やーっとできた。成功したー」
「アル?」
「あ、成功? よかった」
披露宴が始まって間もなく外へ出て行ったアルが、何かを持って戻ってきた。
そして、一枚のガラス板をフェイへ差し出す。
「おお、凄い」
「これはこれは……。
写真、と呼んでいましたか?」
「そう。
これは銀板写真っていうやり方。たった一度きりの機会だからな。
失敗したらどうしようかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
「素晴らしいですね。
皇王陛下、これもアルケディウスの新技術でございますか?」
「アルケディウスの、というよりは神の国の技術、科学と呼ばれるものでございますな。
私も見るのは初めてです」
「カメラという道具を使って、光景を板に写し取る技術なんですよ」
今のアースガイアでは、デジカメはおろか、ネガフィルムによる写真撮影もできない。
フィルムが作れないのだ。
でも、私達の結婚式に向けてカメラを作るように、というステラ様のお達しがあった。
なら、ここは古き良き銀板写真かな? と、昔のマンガで見て興味を持ち、調べたものを再生した。
……ジョイやアル達が。
ガラスの板に銀メッキを施し、それを特殊な溶液に浸して膜を作り、感光させて撮影する。
二十一世紀のカメラのようにはいかないけれど、失敗と研究を重ねた結果、かなり綺麗な画像が映し出されるようになっていた。
「これは、式の時のフェイと奥方?
今とドレスが違いますね」
「今の衣装はお色直しで着替えたものなので。
こちらは式の時の花嫁衣装ですね」
「とてもよく似合っています。
本当に姿を板に写し取ったかのよう」
「まだカラー写真にはできませんし、撮るのにも時間がかかります。
でも、これから開発が進めば、きっともっと綺麗な写真になると思います」
白黒だったり、左右反転していたり。
二十一世紀組からすれば課題は多いけれど、この世界にとってはほぼ最初の『結婚記念写真』だ。
「贅沢を言えば、こちらの姿も見たかった気がします。
……この写真を頂くことは、難しいですよね」
そう言ったのはアマリィヤ様だった。
申し訳なさそうに、アルが首を横に振る。
「悪いけど、同じ写真は作れないし、増やせないんだ。
結婚式の写真は、これの他には集合写真だけだからなあ」
「いえ、いいのです。
聞いてみただけですから……。
いつか話せる日が来たら、祖母である母や、ファイルーズの墓前で見せてあげたいなと思ったのです」
お気持ちは解る。
けれど、写真やカメラの機能が改良に改良を重ねられたとしても、焼き増し複製ができるフィルムの完成は多分かなり後の話だ。
紙の加工などには、銀板写真とは比較にならないほど複雑な工程が必要になる。
今回は、ちょっと間に合わない。
「いずれ世界の情勢が落ち着いて、僕も信用を得てシュトルムスルフトへ行けるようになったら、その時に持っていきますよ」
「うん。
期待している」
アースガイア最初の記念写真は、集合写真と共に魔王城預かりになる。
いずれ歴史に残るのかな?
そんなことを思った時だった。
くいくいっ、とアマリィヤ様の服の裾が後ろから引かれた。
「フェイ兄?
フェイ兄のおねーさん?」
「お姉さんではなく、伯母上で……」
「いいから、フェイ。
何かな? えーっと、ギル君だったかな?」
「うん」
「何ですか? ギル?」
流石は国王様。
魔王城の子ども達の名前を、もう覚えたのだろうか。
膝を落とし、視線を合わせて下さったアマリィヤ様に、ギルはもじもじと、どこか緊張した様子で何かを差し出した。
後ろではラールさんとリードさんが、優しく彼を促している。
「これ、あげる」
「え?」
「これは……」
ギルが差し出したものを見て、フェイとアマリィヤ様が固まる。
さっきアマリィヤ様がフェイにご両親の肖像を渡した時とは、また違う驚き方だった。
「おとーさんと、おかーさんと、フェイ兄と、ソレルティア様。
それからおねーさん。
いっしょにかいたんだ」
「え?
見せて?
うわー、素敵。
皆さんも見て下さい!」
アマリィヤ様が皆にも見えるよう、ギルからのプレゼントをテーブルの上に置いてくれたので、私は周囲の人達を呼び寄せた。
「凄い……ですね。
結婚式の時の衣装の私達と、ご両親、それにアマリィヤ様が一緒に写真を撮ったよう……」
中央には、結婚式の衣装を纏ったフェイとソレルティア様。
その後ろに立つようにご両親の顔があり、さらにフェイの横にはアマリィヤ様が立っている。
写真と比べると七歳児の絵だから荒さはある。
けれど、写実的な絵を得意とするギルが、心を込めて丁寧に描いたことが伝わってくる。
正しく、家族の肖像だった。
「写真には写真の良さがあるけれど、絵にも絵にしかできないことと、良さがあるんだよね」
「ラールさん!」
見れば、ラールさんがドヤ顔で笑っている。
「ギル君、元々、フェイ君の結婚式の絵を、ご馳走そっちのけで描いてたんだよ。
二人の結婚式のイラストをね。
で、ご両親の肖像画が出てきたから、一緒にしてみたら? って誘ってみた。
構図はちょっと手伝ったけど」
なるほど。
見たものを忠実に描くのが好きなギルにしては珍しい発想の絵なのは、地球生まれのマンガオタク、ラールさんの発案だからか。
イメージとしては合成写真だ。
いい。
これは本当に、凄くいい。
「これなら、思い出をお持ち帰り頂くことができるでしょうし、まったく同じにはなりませんが、複数枚用意することもできると思います。
今回は色を入れる時間がありませんでしたが、もしお時間を頂ければ、ゲシュマック商会が絵の具を調達します。
彩色してお渡しすることもできる、とギル君は言っています。
今までは不老不死で思い出を残すという概念があまりありませんでしたが、今後は需要が増えるかもしれませんね」
「素敵。
これは本当に、写真とはまた違う良い思い出になるね」
「これは負けたかな?」
アルがちょっと寂しそうに言うけれど、これは勝負じゃない。
「負けたとかじゃなくて、ラールさんも言った通り別の良さだよ。
ね、フェイ?」
「ええ。
ありがとうございます。アル、シュウ、ギル。
ラールさんやリードさんも」
「本当に。
こんな形で人生最良の日の思い出を残しておけるなんて……夢のようですわ」
「そうですね。
ギル、僕達の分は後で同じものを描いて下さい、とお願いしてもいいですか?」
「うん!」
「なら、これは……」
うっとりと微笑むソレルティア様に頷くと、フェイは絵をくるくると丸め、タイ代わりのリボンで結んで、アマリィヤ様へ手渡した。
「父さんや母さん、お祖母様に、いつか伝えてもいいと思える日が来たら伝えて下さい。
伯母上。
僕は今、とても幸せです。
生まれて来て良かったと、心から思っています、と」
「ああ。
伝えるよ。必ず」
さっきとちょうど逆になったけれど、アマリィヤ様はイラストを大事に胸へ抱き締め、頷いた。
花のような顔の眦に、宝石のような雫を宿らせて。




