魔王城 フェイの結婚式 8
「マリカ様、皇王陛下。
お招きいただき、ありがとうございました。
可愛い、たった一人の甥の結婚式に、私は祝福を与えることもできないのかと少し残念に思っていたのです」
風の精霊神ハジャルヤハール様――長いので、ここからはいつも通りジャハール様で。
そのジャハール様たっての願いで連れて来られた風国シュトルムスルフトの女王アマリィヤ様は、優雅に微笑みながら私達へそう礼を述べて下さった。
ちなみに連れて来る際は、ジャハール様の命令で私がこっそり彼女の執務室へ忍び込み、アマリィヤ様は「重要な仕事があるから暫く入るな」と部下へ命じてから移動してきた。
術を使ったのはジャハール様だけれど、身体の操縦権を渡していた私にも解る。
あれは本当にハードな術式だった。
いや、もう。
数百キロを超える国境越え。
風の精霊神様の転移術は、突風の中へ放り出されたような、ヘルメット無しでバイクに跨って疾走するような、そんなエキサイティングなフライトだったのである。
本当に息が止まるかと思った。
アマリィヤ様も口には出さないけれど、少し顔色が白い。
『爽快爽快。久しぶりに風を感じたぜ。
やっぱり人の身体がある方が転移術は安定するな~。疑似クラウドを通しての移動は便利なようでそうでもないし』
当のジャハール様は楽しそうだった。
お気楽に笑っておられるけれど、ちょっと疑問が浮かぶ。
「疑似クラウドを通してなら、結界とか気にしなくていいんじゃないですか?」
『ナノマシンウイルスが空中に浮かぶこの星なら、どこでも俺は移動できる。
結界とか、精霊神にとってはあんまり意味が無いしな。
他国へ入る時は一応マナーで許可を取ってるけど、いざとなれば結界なんてぶっちぎって跳べるぞ。結界破りの術式、あっただろう?』
「そうなんですか?」
『まあ、国に括られてからは好き勝手には使えなくなったけど』
「どこでも、って。
ジャハール様は座標確認とかイメージとかいらないんです?」
『いる。
ただ、必ずしもその場所を見ている必要は無いかな。
写真を見たり、知り合いや血縁がいたり、地図で場所を確認できれば平気だ。
地球にいた頃も、名所旧跡の座標なんかで跳んでたし』
要するに、アレだ。
ど〇でもドア。
「座標による移動ができるのは、多分、風の精霊神様の他だと俺だけだった筈だ」
そう教えてくれたのはリオンだった。
「『神』に精霊神様方が教えて下さった転移術の術式を、俺は引き継いでいるから……」
なるほど。
だからリオンは座標式転移術を使えたのか。
『宇宙空間ではナノマシンウイルスの補助が期待できなかったからくれてやったんだけどな。
ただ、座標式転移術も口で言うほど簡単じゃない。
度胸と瞬時の判断力がいる』
「度胸?」
『行った先がどうなってるか解らないだろ?
座標がずれれば壁の中とか、水の上とかもあり得るし、下手したらその先にいる人間とぶつかることだってある。
上手く発動しなかったり歪められたりすると、レルギディオスみたいに変な場所へ飛ばされるしな』
「それは怖い……」
『向こうの研究者はな。
俺が転移術を使う時、無意識下で転移後の場所について予測演算し、安全を確認して跳んでいるようだって言ってた。
精霊術として与えた転移術は、そのリスクを最小限にし、陣で移動場所を固定することで安定させたダウングレード版だ。
俺に鳥頭とか言う奴もいたけど、俺の転移術は強固な精神力と判断力があって初めて可能になる複合能力なんだ。
崇めろ!』
「はい。本当に凄いと思います」
ジャハール様の精霊獣が、私の頭の上で胸を張った。
ちょっと可愛い。
そう言ったら失礼かもしれないけれど。
ジャハール様の元になったティムール君は、ラス様や神矢君達と同じティーンエイジャーだったらしい。
言葉より身体が先に動くタイプで、格闘家になるための勉強をしていたとか。
その辺の瞬発力や空間認識力、戦闘考察能力が、転移術を始めとする風――つまり空間を司る力に向いていたのかもしれない。
それはさておき。
異国の女王陛下の来訪に最初に応えたのは皇王陛下だった。
「ようこそ。アマリィヤ様。
大切な甥御をお預かりしているにも関わらず、その大事についてご報告もせず申し訳ございません」
「いえ、お気になさらず。
シュヴェールヴァッフェ皇王陛下。
事情その他は理解しているつもりですし、正式な招待を受けていたら、それはそれで困っていたことでしょう」
アマリィヤ様は穏やかに微笑み
「未だ私に子はありません。
ですからフェイが神官長として優秀な能力を発揮しているのを見るにつけ、国の一部には彼をシュトルムスルフトへ連れ戻せないか。
次代の王にできないか。
そう考えている者達もおりますから」
皇王陛下の謝罪を、そう受け流した。
元々、酷い男尊女卑の風潮があったシュトルムスルフト。
アマリィヤ様の即位後かなり改善されたとは聞いているけれど、まだそうした考えは残っているらしい。
「失礼ですが、王配殿下はまだいらっしゃらないのですか?」
「不老不死の時代、大貴族で妻のいない男性などほとんどおりませんでしたからね。
母が選んでおいてくれた騎士団長を迎える計画で、今は準備と周囲の説得を続けています」
苦笑するアマリィヤ様は、今も公式には独身だ。
男性として育てられてきた人物が、女性として立場を変える。
それだけでも大変なことなのだろう。
今の彼女は華やかな民族衣装を身に纏い、堂々と女王としてそこに立っている。
女性であることを卑下せず。
それでいて男性にも負けない強さで国を治める王。
隣に立つ王配には、それ相応の器が求められるはずだった。
「本当は、私も君を養子にしてシュトルムスルフトの王位を継いで貰いたいと思っているけれど……」
ぴくり、と周囲が緊張する。
特にソレルティア様が身を竦めたのを見て、アマリィヤ様は微笑みながら首を振った。
「心配しないで。
かつて約束した通り、フェイの意思を伴わない形で無理強いはしないよ。
勿論、子どものことについてもね。
貴女は私の義理の姪になる。
そんなに身えず、仲良くしてくれると嬉しいな。
風に愛されたお嬢さん」
「きょ、恐縮です。
こちらこそ、よろしくお願いいたします」
こういうところ、アマリィヤ様は誠実だ。
だからフェイも慕っているのだろう。
「さて。
今の私は夢の住人。この場にいない者。
精霊神様からの贈り物だ。
王族としてではなく、一人の血縁者として。
家族として祝いに来ただけだから、要件を果たそう」
そして。
アマリィヤ様は改めてフェイへ向き直った。
「おめでとう。フェイ。
妹の愛の形見が、こうして命と血を繋いでくれたことを心から嬉しく思う」
「ありがとうございます。アマリィヤ様。
いえ……伯母上」
シュトルムスルフトを去った時の約束を思い出したのだろう。
伯母上、と呼び直した瞬間。
アマリィヤ様は破顔した。
「うん。
やっぱり、それはいいなあ。
なんだかとても楽しい気分になる。
これが家族ってやつなんだね」
そう言って、抱えていた包みを差し出す。
「これは私からの結婚祝い。
まあ、結婚していなくても次に会えたら渡そうと思っていたんだけれど、いい機会だから贈らせて貰うよ」
「これは?」
包みの中には、どうやら固い板のようなものが入っているらしい。
「開けてもいいですか?」
「どうぞ」
フェイは両手で大事そうに受け取り、ゆっくりと包みを開いた。
「まあ!」
驚きの声を上げたのはソレルティア様だった。
フェイは板を見つめたまま動かない。
「これは……フェイのお母さん?」
「マリカ!」
お母様には怒られそうだけれど、つい後ろから覗き込んでしまった。
そこに描かれていたのは一組の男女だった。
木板へ布を貼った簡易カンバス。
男の人は解らない。
けれど女性の方はアマリィヤ様やフェイによく似ている。
だからきっと――。
「そう。
その絵は私の妹ファイルーズと、その夫の肖像画だ。
二人を知る者達は、よく似ていると言ってくれたよ」
「母上……と、父上、ですか?」
「ファイルーズの絵は見たことがあっても、父親の顔は見たことがなかっただろう?」
「はい……」
かつて見せてもらったお守りの中にも、ファイルーズ様の肖像画は入っていた。
この世界では人物画は珍しい。
それでも恋人同士が互いの肖像を持ち歩くことはある。
後にアマリィヤ様から聞いた話では、駆け落ちした二人も互いの肖像をお守りへ入れていたのではないかという。
追手に追われたあの日。
父親は自分のお守りをアマリィヤ様へ託し。
母親は夫の肖像画を抱いたまま逃げたのではないか、と。
「母上は彼のことを嫌っていたからね。
だからこっそり描かせた。
君のこれからの支えになれば嬉しい」
「あ、ありがとうございます」
「フェイを愛し、守り抜いて下さったお父様とお母様。
私にとっても義理のお父様とお母様です。
子どもにとっては、お祖父様とお祖母様ですね」
「国へ戻っておいで、とは言わないよ。
ただ、私達は遠く離れていても家族だから。
それだけは忘れないで欲しい」
「はい」
フェイは震える手で両親の肖像をそっとなぞった。
そして何より大切な宝物を抱くように、絵を胸へ抱き締めていた。




