魔王城 フェイの結婚式 7
一通り皆からのお祝いが終わると、会場は和やかな会食の場へと変わっていった。
もっとも、主役である二人は次から次へと声を掛けられ、祝福を受け、挨拶を返し続けている。
どう見ても、ゆっくり食事をする暇などなさそうだった。
「せっかくジョイやラールさん、ザーフトラク様が頑張って作ったんだから、ちゃんと食べてみて!」
私は適当なところで二人を半ば強引に席へ座らせた。
皆に荒らされる前に確保しておいた料理を次々とテーブルへ並べ、隣同士に座らせる。
「ありがとう。マリカ」
「実は食べたくて食べたくて仕方がなかったんです。頂きますね」
ソレルティア様はすでに妊娠五か月を過ぎている。
つわりも落ち着いたらしく、最初に小ぶりな手毬寿司を一つ口に運んだ。
「ああ……。さっぱりとしていて、それでいてお米の甘さと具材の味が絡み合って……。体の中にすっと入っていく感じですわ」
「これが噂のラーメンですか?」
隣ではフェイが興味津々でミニラーメンを覗き込んでいる。
「これはショーユですね。塩などもあるんですか?」
「あるよ。お代わりする?」
「はい。以前向こうで食べた塩ラーメンがとても美味しかったので」
二人とも本当に美味しそうに食べていた。
やっぱり緊張していたんだと思う。
お腹だって空いていたはずだ。
結婚式では花嫁も花婿もゆっくり食事をする暇はない、と聞いていた。
実際に準備する側になってみて、それが本当だとよく分かった。
でも、本当は一番しっかり食べて元気をつけなければならないのは新郎新婦なんじゃないかな、とも思う。
幸せそうに料理を口へ運ぶ二人を見て、調理担当だった皆も嬉しそうに顔を見合わせていた。
パーティも終盤。
実は最後にもう一つ、サプライズを用意してあるのだけれど喜んで貰えるかな?
そんなことを考えながら皆と談笑していた時だった。
『マリカ』
「ジャハール様?」
頭の中へ直接声が響く。
私は会場の端、人目につかない場所へ移動し、そっと手を差し出した。
すると。
ばさばさっ、と羽音を立てながら鳥の姿をした精霊獣が空中から舞い降りてくる。
「どうかなさいましたか?」
自らの子孫であるフェイの結婚を祝いたい、と式の中でも最大級の祝福を与えてくださった風の精霊神ハジャルヤハール様。
式の後は姿を消していた。
ステラ様も皇王陛下との相談を終えた後は姿を見せていない。
皆が緊張しないよう、気を遣ってくださっているのだろうと思っていたのだけれど――。
今はどこか様子が違う。
ふくろうの表情なんて本当は分からない。
それでも、なんとなく真剣そうだと感じた。
『なあ、マリカ。アマリィヤを連れて来ては駄目か?』
「え? アマリィヤ様を?」
思わず聞き返す。
アマリィヤ様はシュトルムスルフトの女王陛下。
フェイにとっては伯母上にあたる人だ。
「面倒なことになるから呼ばない、っておっしゃっていませんでしたか?」
『いや、そうなんだけどな』
ジャハール様は少し困ったように羽を揺らした。
『フェイと花嫁の幸せそうな姿を見ていたら、アマリィヤにも見せてやりたくなったんだ』
静かな声で願い。
『あいつはフェイのことを本当に可愛がっている。愛しているんだ』
――ああ。
それは、そうだろう。
ジャハール様にとってはフェイもアマリィヤ様も大切な子孫なのだから。
でも――。
「それは解りますが、一国の女王陛下が簡単に国を離れることなんてできるんですか?
しかも、魔王城へ連れて来てもいいんでしょうか?」
そこは大きな問題だった。
ここにいるのは何年もかけて信頼を築いてきたアルケディウスの王族や重臣達ばかりだ。
他国の、それも現役の国王を気軽に招いていい場所ではない。
『俺は許可さえあればどこにでも跳べる。連れて来ようと思えばすぐだ。
フェイの結婚式の場だ、とだけ伝えれば魔王城だと知らせる必要もないだろう?』
「それは……そうですけど」
『実を言うとな。アマリィヤはフェイの結婚のことを知っている』
「え?」
思わず声が裏返った。
『間諜を大神殿やアルケディウスに放ってるんだよ。
大神殿では神殿則改正まで秘密にされていたが、アルケディウスでは公然の秘密みたいなものだったろう?
花嫁衣装の準備もあったし、ソレルティアの引継ぎもあったしな』
「うわっ。本当に知ってたんですか?」
流石は女王陛下だ。
他国の情報収集能力を甘く見てはいけない。
『祝いに行きたい。でも呼ばれていないのに行くわけにもいかない。
女王だから国も空けられない。
そんな感じで悶々としていてな』
どこか苦笑混じりの声が落ちる。
『少し哀れになった』
「それは……確かにお気の毒ではありますけど」
『勿論、非公式でいい。
ほんの少し姿を見せて、祝いを言わせてやりたいだけだ。
終わったらすぐ連れて帰る。
できないか?』
私は少し考え込む。
気持ちは解る。
フェイを想うアマリィヤ様の気持ちも。
アマリィヤ様を想うジャハール様の気持ちも。
でも、決める権利は私にはない。
「……フェイとソレルティア様。それから皇王陛下に相談してみます」
食事が一段落した頃。
私は三人に、ジャハール様の申し出を伝えた。
真っ先に難色を示したのは皇王陛下だった。
「式も終わり、宴も終盤。
今から呼ぶというのもどうかと思うがな」
眉間に深い皺が寄る。
「呼ぶなら最初から。
呼ばぬのであれば最後まで呼ばぬ。
後から知られて嫌味を言われることは覚悟していたからな」
極めてもっともな国王としての意見だ。
真っすぐな正論パンチ。
一方で。
フェイは少し俯きながら考え込んでいた。
「気にはなっていたんです」
ぽつりと本心が漏れる。
「アマリィヤ様は、僕にとって数少ない肉親ですから。
本当に報告しなくて良かったのかな、と」
その言葉には迷いが滲んでいた。
王家を離れ、神殿へ入り。
家族と呼べる存在と決別してきたフェイだからこそ色々な思いもあるだろう。
「私もフェイの伯母上にはご挨拶したいと思っていました」
ソレルティアも静かに頷く。
義理とはいえ親戚になるわけだし。
「ですが、私が転移術使いであることも知れましたから。
今後は簡単に他国へ入国することもできません」
確かにそうだ。
結婚した後ならなおさら難しくなる。
今この場を逃せば、次に会える機会がいつになるか解らない。
私は少し考えてから提案した。
「うーん……じゃあ、夢ってことにしませんか?」
「夢?」
三人が揃って首を傾げる。
「誰にも言わない。
お付きも連れない。
女王陛下ではなく、フェイの伯母上として一人だけ来ていただくんです」
私は続けた。
「お祝いだけ言って帰る。
後から聞かれたら、フェイの結婚式の夢を見たってことにする。
そういう形ならどうでしょう?」
フェイとソレルティアが顔を見合わせる。
最初に頷いたのはソレルティアだった。
「そうですね。
全く知らないまま後日話を聞くよりは、ずっと良いと思います」
「どちらにしても嫌味は言われるだろうがな」
皇王陛下は苦笑した。
「でも公式には招けませんから仕方ないです」
私は肩を竦めて応えた。
「フェイは神官長ですし。
建前上は神殿則改正後に私達の結婚式が終わってから籍を入れたことになるでしょう?」
今回の式は特別だ。
フェイの願いと。
ソレルティア様への贈り物と。
そして二人の思い出のための式。
神々への誓いはもう終わっている。
一番大切な部分はすでに果たされているのだ。
私は改めてフェイを見る。
「フェイ個人としてはどう?
伯母上に来て欲しい?」
「はい」
返事は驚くほど早かった。
一瞬の迷いもなし。
「母上や父上にも、本当なら報告したかったんです。
でも、それは叶いません」
少しだけ寂しそうに微笑む。
「だからせめて。
親代わりのように僕を受け入れてくれたアマリィヤ様には結婚の報告をしたいと思います」
そして真顔になった。
「子どもを王家に欲しい、と言われたら困りますけど」
「フェイの子はアルケディウスの宝だ。渡すわけにはいかん」
即答したのは皇王陛下だった。
「お祖父様」
「私もお会いしたいです。許されるのであれば、ですが」
ソレルティアが小さく微笑んだ。
『問題は起こさせない。俺が責任を取る』
ジャハール様の声が響いた。
そこまで言われてしまえば、誰も反対はできない。
他国との問題以前に『精霊神』直々の願いなのだから。
「解りました」
皇王陛下が頷いて下さる。
「アマリィヤ女王陛下お一人が、精霊神のお力で夢を見た。
そういう形にできるのであれば」
『感謝する。マリカ』
ジャハール様が嬉しそうに羽を震わせる。そして次の瞬間
「はい?」
『ちょっと来い。身体を貸せ』
「え?」
『その方が手っ取り早い。
説明役も必要だからな』
「あ、はい――って、わあっ!」
次の瞬間。
ジャハール様は私の胸元へ飛び込み、そのまま身体に同化した。
ふわり、と身体が浮く。
「ちょっ、ジャハール様!?」
『すぐ終わる!』
「きゃあああ!!」
私の悲鳴を置き去りにして、風の精霊神はそのまま飛び去っていった。
即断即決。
本当に風の神様らしい。
そして――。
それから一刻も経たないうちに。
魔王城とフェイの結婚式は新たな賓客を迎え、祝福を受けることになる。
「フェイ。結婚おめでとう」
「ありがとうございます。アマリィヤ様。いえ――伯母上」
銀の髪の女王陛下から。




