皇国 『神』の精霊の変化
アルケディウスの皇立孤児院は、一人一人が自立して生活できるようになることを目標に、子ども達の健全育成に取り組んでいる。
保育園機能と、日本でいうところの母子院の機能を併せ持ち、医療と出産がほぼ絶滅したこの世界において、安心して出産が行える場所として設立された場所だ。
それから三年。
周囲にも、少しずつ認知され始めている。
第一号は、伯爵家の奴隷にされていた子ども達だった。
孤児院での生活を通じて自分自身の目標を見つけ出した彼らは、現在、アルケディウスでも名の知れた旅芸人一座に就職している。
期待の星として、最近は役を貰い、舞台に立つ夢を叶えたと聞いている。
就職の受け皿は、ほぼゲシュマック商会だ。
けれど、アルケディウスきっての大店は常に人手不足で、有能な人材を求めている。
孤児院で育った子ども達は基本的な躾と対人関係を身につけているので、受け入れる側としてもリスクが少ないと、ガルフは言ってくれた。
今までは不老不死だったので、技術の継承にあまり意味はなかった。
けれど、不老不死が失われたことで、技術職の親方などが子どもを養子にして後継者にしたい、と言ってくる例もあるらしい。
こちらはまだ試験段階だ。
それでも、子どもにも将来への希望や適性がそれぞれある。
きっと今後は増えていくだろう。
ここでは、読み書き計算の基本と共に、掃除、洗濯、人間関係などを日々の生活の中で学ぶ。
最低限の読み書き計算ができれば、知識がないことで悪い人物から搾取される危険はかなり防止できる。
そして、人間として尊重され、愛されることで自己肯定感が育ち、集団の中で他者と上手く折り合いをつけて生活することができるようになる。
人間関係の構築は大事だ。
特に、ここに来たある程度以上の年齢の子は、主人に虐げられていた奴隷や使用人が多い。
自分が一人の人間として尊重される経験がなかったのだ。
孤児院に保護されて初めて、人間らしく生活し、食事をし、学ぶことを知ったという子も多い。
孤児院で学び、巣立っていった者は、たった三年でも両手の数を超えた。
ここで生まれた子は、その数倍にも及ぶ。
長く閉塞していた不老不死の世の中で、夫婦関係は最も閉じられ、他者が口を出せない部分だった。
そのため、地球の言葉でいうDV。
夫側による妻への支配や暴力も相当に多いようで、望まぬ子や予想外の妊娠によって、孤児院に駆け込んできた女性はかなりの数に及ぶ。
女性や子どもの権利などが確立されていない中世異世界だから、仕方ないところはあるのかもしれない。
けれど、彼女達の立場を守るために、最初は私が、その後は管理を引き継いだお母様が尽力している。
と、難しい話になってしまったけれど、孤児院開設からまだ三年。
本格的な結果が出てくるのは、これからだと思う。
不老不死の世が終わったことで、世界の在り方も大きく変わった。
子ども達への扱いも、徐々に変化していくだろう。
自分達の居場所を奪う者から、未来を支える者へ。
いや。
そう変えていきたいと、心から思う。
「レオの親……ですか?」
私の話に、孤児院長のリタさんは微かに眉を顰めた。
レオ君は、この孤児院に捨てられていた廃棄児、ということになっている。
けれど実際は、『神』の側の『人型精霊』。
リオンの兄弟、弟にあたる存在なのだそうだ。
リオン――ではなく、マリクもそうだけれど、『神』レルギディオスは彼らに、
『お前達は『神』に仕える為に作られた特別な精霊。人工生命体だ』
というように説明していたらしい。
でも本当は、『神』と『星』が人間だった頃に愛し合い、受精した受精卵から生まれた実の子ども。
だから、傷つき命が失われた時には、万難を排して転生させていた。
レオ君は神殿を把握するために送り込まれた子だったので、転生したのはリオンに殺された三年前が初めてだったらしい。身体の乗り移りとかあったようだけど。
『神』はレオ君の身体を再生した後、アルケディウスへ送り込んだ。
私達の情報を把握するためか。
油断させるためか。
それとも、他の意図があったのか。
それは解らない。
「レオ君は、捨てられたわけではなかったようなのです。
とある外国の貴族家の生まれで、トラブルに巻き込まれて誘拐されてしまったのだと。
母親と思しき方は、ずっと探していたそうです。
もしかしたら我が子かもしれない。
会いたいと望んでおられます」
この説明は半分本当で、半分嘘だ。
母親である『星』ステラ様が、レオ君に会いたがっているのは本当。
『神』はマリクを『星』に奪われたことがショックだったのか、弟であるレオ君を神殿の奥に入れ、滅多に外へ出さなかったらしい。
だからステラ様は、レオ君の存在そのものを、不老不死世になるきっかけとなった会談まで知らなかった。
不老不死の世のどさくさに、傀儡の神官長を立て、魔術師や精霊術師とは違う神殿の神官派遣システムを作り、『神』と『神殿』の地位を確立させた。
レオ君は、そのために用意された『神』の直接の手足だったのだ。
『会って、話がしたいわ。
『神』の力が失われ、不老不死の世が消えたことで、きっとショックを受けているでしょう。
慰めて、愛してあげたい。
そして、あの子にも自由をあげたいの』
そうステラ様がおっしゃっていたので、私は仲介にやってきた。
ちなみにリオンは、不老不死解除の後、レオ君には会っていないという。
「説明がやっかいだからな。いろいろ忙しかったし」
とのこと。
ちょっと可哀相だ。
元は多少、精霊――ナノマシンウイルスを扱う能力者としての力があったらしい。
けれど、今はその力は失われているとリオンは言っていた。
私を取り込もうとして失敗したことや、他の理由で、色々な部分が傷ついているらしい。
外から見れば普通の子どもに見える。
けれど、いつもお気に入りの人形を抱えているその様子は、向こうの世界で発達障害と呼ばれていた子を思い出させた。
「でも、廃棄児の親子の証明は難しいでしょう?」
「ええ。上質のおくるみ以外には、身分の証を立てるものはありませんから。
それでも彼女は、会って確かめたいそうです。
我が子と思えたなら、引き取って育てたいとおっしゃっています」
「もし違っていたら、どうするんです?」
「その場合も、本人が望むのなら養子として受け入れるそうです。
違っていたとしても縁だから、できる限りのことはしてやりたいとおっしゃっています」
「それは……良い話であるとは思いますが……」
「ええ。とても誠実で良い方ですよ。
子どもを邪険にするようなことは、決してなさらないと私は保証します」
私がそう説明しても、リタさんの歯切れは悪いままだった。
本当に赤ん坊の頃から面倒を見てきたのだ。
手のかかる子だった分、思い入れもひとしおなのだろう。
その気持ちはよく解る。
「とりあえず、面会を許して貰えませんか?
外国の方なので、簡単にアルケディウスへ来ることができません。
私が付き添って送り届け、どんな結果になろうとも責任を持って連れ帰ります。
転移陣を使うので、移動に負担もかけません」
だから私は、そう提案し頼んだ。
皇女として、大神官として命令すれば早い。
けれど、そうはしたくなかった。
「それは、今すぐのお話ですか?」
「新年までに一区切りつけたいとのお考えのようではありますが、急ぎではありません。
孤児院の皆さんで話し合って貰ってもいいですよ」
「そうですね。
親のない廃棄児は今、孤児院に六人いますが、親が出てきたというのは初めてのことなので……」
戸惑うリタさん。
確かに、今回のような話は、今後の孤児院にとって検討に値する事例だろう。
院長として即決はできないという彼女の態度にも、好感が持てた。
「レオ君に、私から話をしてもいいですか?」
「あの子には解らないと思いますよ。
自分が孤児であるとか、そういうことも理解していないと思いますから」
「子どもは、大人が思う以上に周囲のことを理解しているものです。
それに、たとえ今は理解していなくても、自分の境遇や今後について、保護者は伝える義務があると考えます」
そうしてレオ君を院長室に連れて来て貰い、私は話をした。
「レオ君。貴方に会いたいという方がいるのです」
口に出す言葉で、表向きの設定を。
そして、念話。
俗にいうテレパシーで。
『『星』、ステラ様が貴方に、我が子に会いたいとおっしゃっています』
本当のことを。
精霊として目覚めてから、私は色々なことができるようになった。
このテレパシーもその一つだ。
クオレ君が使うのと似た感じで、電波のようなものをナノマシンウイルスを介して相手に伝えるのだという。
誰とでもできるわけではない。
けれど今、リオンとは言葉を使わずに話ができる。
遠く離れると無理だけれどね。
そしてリオンは、レオ君とテレパシー通信できるというので、その波長を教えて貰った。
ぶっつけ本番だったけれど、レオ君には通じたようで、彼はハッと顔を上げる。
私は口では当たり障りのない、けれど子ども向けの話をした。
同時に、念話で『神』が現在ステラ様の元にいること。
そして、この先のレオ君の進路について、ステラ様が心配していることを伝える。
『父である『神』のことも心配でしょう?
悪いことはしません。
話の後、責任を持って一度は必ず孤児院に連れ戻します』
「『どうしますか?
貴方が選んだ道を、私は行けるように助けます』」
念話と本当の言葉。
両方でかけた問いに、しばらく立ち尽くしていたレオ君が選んだ道は――。
「まあ!」
私の首への抱擁だった。
「驚きました。
レオは、今の話を理解して、行くと意思表示したのでしょうか?」
「多分そうですね。
言葉にはできなかったけれど、精一杯思いを示してくれたのだと思います」
念話での返事はない。
彼の中でも、きっと情報の整理が必要なのだろう。
でも私は、彼が前に進もうとしたその思いを大切にしたいと思った。
その後、職員間で話し合い、一週間の期限付きでレオ君を送り出すことが決定した。
フェイの結婚式の後、大祭の前あたりになるだろうか。
私が責任を持って連れ出し、どんな結果が出ても一度必ず連れ戻すと約束する。
「レオがいなくなったら、デイジーが騒ぎそうですね」
ローラさんは寂しげに微笑む。
レオ君が拾われたのとほぼ同じ時期に、娘を連れて孤児院に駆け込んできた彼女は、我が子デイジーちゃんとレオ君を分け隔てなく乳を与え、養い、兄妹のように育ててくれた優しい人だ。
話が終わったレオ君を、デイジーちゃんが外遊びへと促している。
レオ君も彼女には気を許しているのか、嫌がったり抵抗したりする様子もなくついていった。
おしゃまで、活発で、元気な女の子。
デイジーちゃんは、ぼんやりとしているレオ君の面倒を見てくれることも多いという。
「そうですね。
でも、まだ少し先の話ですよ」
『神』の精霊が、人と出会うことで何かを知って、変わってほしい。
ここに彼を預けることを望んだリオンは、以前そう言っていた。
彼にどんな変化が訪れたのか。
そして、これから訪れるのか。
私達はまだ、知らない。




