皇国 地球移民の思い
セリーナと、騎士貴族となったヴァルさんの婚約が正式に決まったことを知ると、彼女を知る者達の多くが祝福してくれた。
特に、彼女の最初の働き口であるゲシュマック商会では、ある種の玉の輿に乗ったセリーナのことを、我が事のように喜んでくれる者が多かった。
「一介の子ども上がりが貴族の夫人ですか。普通では、とても考えられない大出世ですな」
「ゲシュマック商会からも何か祝いを、と言ったら受け入れて貰えるでしょうか?」
「喜んでくれると思いますよ。でも、とりあえず神殿で籍だけ入れて、当面は仕事に専念するそうです。
正式な式と披露宴は、私の結婚式の後、ということになるでしょうか?」
ガルフもリードさんも嬉しそうだった。
セリーナは最初、ゲシュマック商会が雇った子どもの一人だ。
路地裏で困っていたところをガルフに拾われた。
けれど実は、新しい事業に興味を持った裏家業の者達から送り込まれた、間諜のような存在だったことが後に判明する。
生まれ育った娼館のゴロツキに、当時はまだ珍しく高値で取引されていたレシピや情報を手に入れるよう命じられていたのだ。
妹であるファミーちゃんを人質に取られ、従うしかなかったから仕方ない事。
ファミーちゃんを救出してからは、セリーナは私に忠誠を誓い、ずっと仕えてくれている。
魔王城の秘密も知る、大事な、大事な友達の一人だ。
店主であるガルフにとっても、娘のようなもの。
なんならゲシュマック商会から嫁に出してもいい、と言ってくれたくらいだ。
けれど。
『貴族の夫人となるのなら、王宮に仕える職業婦人としてであっても社交は必須です。
彼女の後ろ盾になることを、貴女が示しておいた方がいいでしょう』
と、お母様がおっしゃるので、第三皇子家、正式には私とリオンが結婚して作る新しい家から、彼女を嫁に出すことになった。
セリーナはアルケディウス皇家に仕える侍女として、この三年間しっかりとしたキャリアを積んできている。
今では、女官の長であったミュールズさんも太鼓判を押すほど、立ち居振る舞いも気遣いも素晴らしい貴婦人であり、準貴族だ。
魔術師の資格も持っている。
誰にも文句は言わせない。
「彼女のような良い前例が出ると、その後に続こうという者もきっと増えますな」
「ええ。しっかりと自分の腕と実力で掴んだ未来ですからね。
最下層からのスタートでも幸せになれるのだと、これから台頭してくる女の子達にとって、憧れの存在になると思います」
まあ、彼女の玉の輿を喜ぶのとは別の方向で、がっかりしている人もいるようだけれど。
「セリーナが……。
あー。喜ばしい事ではあるけれど、なんとなく遠い世界に行っちゃったような気がして寂しい、かな?」
「王宮勤めするようになって、どんどん綺麗になってましたからね。
俺らには高嶺の花だったってことですか」
彼女の同期であるゲシュマック商会の子ども達。
今はゲシュマック商会の中堅職員であるジェイド達がそんなことを言っていたと、ラールさんは後で教えてくれた。
彼らもそろそろ十八歳から二十歳くらい。
今までは子ども扱いだったけれど、不老不死が無くなったことと私の成人式を機に、今年、ガルフが後見して一人前の大人として独立させる予定だそうだ。
お年頃でもある。
結婚相手を意識して探し始める頃合いなのかもしれない。
フェイなんかは年下なのに、もう相手を見つけて結婚するのだしね。
でも、ゲシュマック商会には孤児院などから派遣されてきた若い女の子達もいるし、給料もいい。
アルケディウス一の大店と縁を繋ぎたい者も大勢いるだろうから、彼らが誠実であれば、結婚相手には事欠かないはずだ。
アルなどはむしろ、縁談が多くて困っていたくらいなのだから。
「実際、ジェイドとグランには恋人っぽい子がいるらしいしね。
彼らのことは旦那様が面倒を見てくれるって言っていたから、心配する必要はないと思う」
「そうですね。ガルフに任せておけば、万事心配ないでしょう」
ゲシュマック商会、貴族街実習店舗にて。
フェイの結婚式用立食パーティの献立を考えながら、私はラールさんとそんな会話をしていた。
現在、ゲシュマック商会の一番の収入源の一つが、各国や各領地から派遣される料理人の指導だ。
その総指揮を任されているラールさんは、私にとって欠かすことのできない大事な人物である。
今は、それ以外の意味も持っているけれど。
「それで? 魔王城で式からパーティまで行うと聞いていたけれど、どんな感じにする予定?
「給仕の手間などを最小限にできるように、立食形式にする予定です。
好きなものを好きなだけ取るようにして貰えれば、子どもも大人も一緒に楽しめますからね」
「魔王城の子達なら、そんなに暴れたり騒いだりはしないかな?
皇王陛下も結構彼らと触れ合ってきたし、多少の無礼で目くじらを立てたりはなさらないだろう」
「はい。魔王城の子ども達には、その辺りの躾はしっかりしてあるつもりです。
自由に生きることと、他人を気にせず自分勝手に振る舞うことは違いますからね」
身内だけのささやかな式の予定ではある。
けれど、皇王陛下やお父様、お母様、文官長など国のトップを魔王城へ招き、精霊神様はおろか、『星』の母神ステラ様が直々に祝福を与えるパーティだ。
手は抜けない。
彼を祝福する気持ちは、しっかりと込めたいから。
「この日の為に、プラーミァに頼んでがっつりカカオを仕入れましたから。
デザートはフェイの好物であるチョコレートをメインにしてあげたいですね」
「ウエディングケーキ入刀や、ファーストバイトもやってみる?」
「それ、いいですね。
照れるフェイの顔、絶対に見たいです」
「立食形式だと、ラーメンは無理かな。
せっかくの新しい味だから、皇王陛下にも召し上がっていただきたいんだけど」
「小さな小鉢に麺と具だけ入れておいて、直前にスープをかける形にすればいけるんじゃないですか?」
「そのアイデア頂き!
君の結婚式には、さすがに無理かもだけど」
魔王城のみんなとも連絡を取り合いながら、結婚式の準備を進めている。
大聖都で行い、王族が参加する私とリオンの結婚式には、正直、私の意見を入れる余裕はあまりない。
でも、フェイの結婚式は身内だけでするものだから、アットホームに、けれど思い出に残るものにしてあげたいのだ。
「あ、そうだ。ラールさん」
「なんだい?」
向こうの結婚式を思い出す発言がラールさんから出てきたのを機に、少し気になることを聞いてみようと思い立った。
「ラールさんって、『神』の船に乗っていたんですよね?」
「そうだよ。目覚めたのは、不老不死の世になる少し前くらいかな」
彼は『神の子ども』
いわゆる地球から移民してきた、初代の一人であるという。
聞いた時には驚いたけれど、神の手先だと疑ったりすることはなかった。
だって、ラールさんの人柄は、その頃にはもうよく解っていたから。
「冷凍睡眠から醒めた『神の子ども達』って、好きな所に行けるんですか?」
「いいや? 何年かは城で勉強、かな。
それから神殿とかに預けられて、才能を認められれば、ヒンメルヴェルエクトのマルガレーテ達みたいに、王族や貴族の元で自由にできるようになる。
ただ、不老不死になる前は、目覚めても長生きできない子が多かったみたいだよ。
まあ、千年も凍っていて記憶を失っている者もいたし、向こうよりも不便な中世異世界だし。
慣れるまでのギャップも大きかっただろうしね」
「ラールさんは大丈夫だったんですか?」
「オレは、自分で言うのもなんだけど、身体と心だけは丈夫だったから。
城での基礎教育が終わった後、大神殿にミオルと一緒に派遣される前に逃げ出したんだ。
後は、旦那様に拾われるまでは、あちこち転々として。
不老不死時代になって、店が潰れてからはちょっと大変だったけど。
まあ、なんとかやってこれたよ」
さらっと。
こともなげにラールさんは告げた。
けれど、「ちょっと大変」と、こともなげに言えるようになるまでには、きっとかなりの時間が必要だったはずだ。
たくさんの苦労もしてきたのだと思う。
それでも彼は、そんなことを口にも顔にも出さない。
「せっかくの異世界、いや、新世界なんだからさ。楽しみたいじゃないか?
地球とは違うけれど、この世界にも良い所は沢山ある。
悪い所ばかり見ていたら、どんな素敵な世界だって好きになれないだろう?」
「そうですね」
「せっかくの異世界転生。あ、オレの場合は転移かな?
楽しまないと
「ラノベか漫画みたいだと思いましたよね」
「そうそう。本当にそう思った。
おかげでまあ、船から目覚めた者の中では一番長生きして、楽しませてもらっているけどね」
ラールさんが地球の記憶を持つ日本オタクだと聞いたのは、最近のことだ。
前向きなその思いと、オタクならではの幅広い知識が、異世界転移に役立ったのかもしれない。
少しだけ向こうのゲームやアニメ、漫画の話で盛り上がった後。
「ねえ、マリカちゃん?」
「なんでしょう?」
「父上は、ずっと、あのままかい?」
ふと、真剣な眼差しでそう問われた。
父上、というのは、封印された『神』のことだよね。
『神』レルギディオス君は、自分の船の子達に自分のことをそう呼ばせていたらしい。
なんだかんだで、彼らを大切にしていたことはよく解る。
「解りません。最終的な判断を下すのは、ステラ様でいらっしゃいますから」
「そうか……。そりゃあ、そうだよね」
「やっぱり心配ですか?」
私が顔を覗き込みながら聞き返すと、ラールさんは笑いながら肩を竦めて見せた。
「オレらが心配しても、どうなることでもないでしょ?
まあ、なんだかんだ言っても親のようなものだから、全然気にならないって言ったら嘘だけど。
あと、あの人が日本の国会図書館を持ってきたのなら、そのデータは復元してほしいな、とはちょっと思ってたりする
この星に漫画を取り戻せるかもしれないから」
ハハハ、と零れた軽い笑いは、本気半分、冗談半分というところだろうか。
「……あの人は、さ。
色々間違いをしでかした、どうしようもない親だけど。
でも、彼がいなかったら、オレらはこうして生きていなかったし。
嫌いだけど、まあ、感謝はしているんだ」
けれど、続けて呟かれた言葉には、確かな真実が宿っている気がした。
親を慕う子の、どうしようもなく複雑な思い。
「そう、ですね。
敵ではありましたけど、今はなんだか、嫌いになれないです」
ラールさんの言う通り、『神』は色々と私達を困らせることをしでかしてくれた。
けれど、それでも。
託された地球の子ども達を守る。
その一点に関しては、最後まで貫き通したのだ。
「ありがとう」
父親を認めて貰ったように感じたからか、ラールさんが浮かべた笑みは優しかった。
「まあ、会う機会があったら、しっかりお勤めを果たしてきて、とでも言っておいて」
「はい。そういえば、ラールさんは恋人とかいないんですか?」
「この星の子相手に子どもを作るな、って命令されてたからね。
絶対に守らなきゃと思ったわけではないけど、生まれてくる子どもに危険性があるのかも、と考えると、なかなか踏み出せなかったかな」
「でも、マルガレーテ様は?」
「多分、女の子にはバースコントロールの何かがしてあったはずだよ。
男のオレ達よりも危険だからね」
なるほど。
避妊リングのような処置でもされているのだろうか。
だから、妊娠していたアルのことが解ったのかもしれない。
「今後、他の子達も目覚めてきますし、ステラ様も精霊神様も、種族として何も変わることはないから子どもを作っても大丈夫だって言ってました。
望めば結婚してもいいと思いますよ」
「いや、まあ、この年になるまでアレだと相手も嫌でしょ。
魔法使いどころじゃないよ」
「そんなこともないと思いますけど……。良いご縁があるといいですね」
「そうだね。まあ、本当に縁があったら」
どうやら今はフリーらしい。
凄腕料理人である彼を引き抜きたくて、色を使って仕掛けてくる相手もいる。
それとは別に、高給取りで技術職であるラールさんは、一般女性からもかなりもてているはずだ。
それなのに踏み込まなかったのは、そういう理由だったのかと少し納得した。
凄い精神力だと感心する。
まあ、向こうの世界から持ってきたオタク気質とか、他にも理由はあるのかもしれないけれど。
……実は、エリセに頼まれていたのだ。
ラールさんに恋人や結婚相手はいないか調べて、と。
エリセはずっと昔から、ラールさんが好きだったらしい。
魔王城から出て、アルケディウスで仕事をするようになった初日。
優しくして貰ったその日から、ずっと。
まだエリセは十一歳だから、結婚を考えるには少し早いと思うけれど。
個人的には応援したい。
エリセは、きっと美人になる。
女性として花開くその日まで、ラールさんがフリーでいてくれるといいな、と私はこっそり願っているのだ。




