大聖都 大人への階段 後編
大聖都で待つことしばし。
フェイは、思ったよりも早く戻ってきた。
リオンとアルも一緒だ。
「フェイ……」
「色々と、ご迷惑をおかけしました……ソレルティア」
「……答えを、頂けると期待してもよろしいのですか?」
フェイの執務室に居座り、妊娠や子育てについて話していた私とソレルティア様の前へ。
リオンに背を押されるように立ったフェイは、はい、と静かに頷き、私達の方――正確にはソレルティア様の前へ進み出た。
私はお邪魔だ。
慌ててカマラと一緒に後ろへ下がり、リオン達の側へ移動する。
「ソレルティア。杖を持ってきていますよね?」
「え? ええ。ここにあります」
突然の問いに戸惑いながらも、ソレルティア様はテーブルに立てかけてあった杖を手に取った。
フェイもまた、自らの杖――風の王の杖を呼び出し、目を閉じて詠唱を始める。
「自由なる風。星を巡るわが友よ」
主の呼びかけに応えるように、水晶が淡い青の光を帯びる。
「偉大なる『精霊神』に仕える『風の王』。
ここに『精霊神』の血を継ぐ魔術師として命じる。
祈りと力をここに。
我が妻、我が伴侶たる者に、母より授けられし力と守りを分け与えたまえ」
「え?」
その瞬間。
フェイの杖から虹の橋が伸び、ソレルティア様の杖へと繋がった。
「こ、これは?」
「僕の力の半分です」
何が起きたのか、私達にはよく分からない。
けれど、一番驚いているのは当の本人だった。
虹の光を受けた杖の根元に、不思議な色合いの星水晶が生まれていたのだ。
フェイの杖を飾るものと、よく似た水晶が。
「貴方の力の半分?
まさか、話に聞くシュトルムスルフトの聖なる乙女の……」
「はい。
シュルーストラムの力は分けられませんが、これは母から授けられた僕自身の力。
全属性に働きかける『星』の力ですから。
僕の大切な……妻に」
術を終えたフェイは大きく息を吐き出し、ソレルティア様と向き合った。
「え?」
「僕は、まだ子どもです。
貴方にドレスや指輪を贈る甲斐性もありません」
ソレルティア様は小柄な女性だ。
一方、フェイは今や一七〇センチ近い。
かなりの身長差がある。
……いつの間に、こんなに大きくなったのだろう。
初めて会った頃、ソレルティア様は圧倒的な大人に見えた。
決闘の頃だって、明らかにフェイの方が小さかったのに。
「大人ぶって、策士のような気になって、人々の上に立とうとも、僕が未熟な子どもであることは一番よく知っています。
貴方のことも、ずっと最初から気になっていて。
でも男女の付き合い方も分からず、二人を口実に肉体関係を望み、貴方の面倒見の良さに甘え、溺れ、逃げた。
そして現実を突きつけられて、そんな僕が父親になっていいはずがないと逃げ出してしまいました」
「そんなこと、気にする必要はないのですよ。
貴方のことが気になっていて、教えることを口実に関係を求めたのは私も同じなのですから」
「そう、ですか。
やはり僕達は、どうしようもない似た者同士なのかもしれません」
くすり、と笑う。
そして一度だけ振り返った。
見守るリオンとアルへ。
男同士の会話が、本当に彼を変えたのだろう。
「でも、教えられたんです。
僕が父親になっていいかどうかを決めるのは僕ではなく、貴女と、僕の子どもなのだと。
親というのは、特に母親と違い、父親は。
子どもができたから自動的に親になるのではなく、親になろうと決め、子どもに親と認められて初めて親になるのだと」
フェイは静かに膝をついた。
ソレルティア様と視線を合わせるために。
「僕にとって、今一番大切なのは、やはりまだリオンとマリカです。
でも、逃げたくないと思っています。
成人式も迎えていない、どうしようもなく未熟な子どもだけれど。
貴方のために、僕は本当の大人に。
親になりたいと心から思っています。
貴方と一緒に。
僕という存在を命がけで守ってくれた父と母のように」
そう言って、彼はそっと彼女の手を取った。
慈しむように。
願うように。
「僕の妻になって頂けませんか? ソレルティア。
まだ未熟で、迷いも弱さもあります。
それでも必ず、本当の大人になります。
リオンとマリカ。
貴女と子ども。
大切なもの全てを守れるように。
ですから、どうか……」
答えを待つフェイの頭上に降りたのは、少し呆れを含んだため息だった。
「貴方は、本当に人の気持ちが分かっていませんね。フェイ」
「え?」
「初めて会った時から、ずっと。
王宮に勤めて色々叩き込みましたし、少しはましになったと思っていたのですが」
「それでは……僕は……」
「そんなに焦って大人にならなくてもいいのですよ」
優しく微笑む。
まるで我が子を見守る母親のように。
「私が愛したのは、無垢で真摯で、自分の信じたものを貫こうとする貴方です。
不器用で、天才で、危うくて放っておけない。
子どもでありながら、大切なもののために大人であろうとする貴方なのですから」
泣き出しそうな顔で俯くフェイを、ソレルティア様はそっと抱きしめた。
「そもそも勘違いしないで下さい。
私は、貴方に自分を曲げて欲しいとは思っていません。
私は貴方を助け、支える存在でありたいと思ったから、愛したのです。
最初に言ったでしょう?
負担をかけるつもりはない。結婚を強要するつもりもない、と」
強く。
しなやかに。
ソレルティア様は笑う。
不老不死が失われても変わらない。
人を惹きつける大人の女性だった。
「でも、貴方が私を妻と呼んでくれるのなら、その地位を譲るつもりはありません。
私はきっと、最初に出会ったあの日から貴方に恋をしていたのですから」
「それでは!」
「時間がある時は、一緒に子育てをして下さいね。
遠距離の単身赴任も、きっと何とかなるでしょう?」
「勿論です!
毎日だって通いますよ。
貴女と、我が子のところへ」
「なら、何も問題ありませんね」
そう言ってソレルティア様はフェイの手を取った。
「後は、私達の問題だけです。
ねえ、フェイ?」
二人は互いを見つめ合う。
言葉はいらなかった。
長い時間をかけて積み重ねてきた想いが、そこにはあったから。
「子どもは私が責任を持って育てます。
貴方は貴方のやるべきことを貫きなさい。
そして我が子に、国と精霊――いいえ、星を守る父親の姿を見せてあげて」
「ソレルティア!」
震える手で、フェイは彼女を抱きしめた。
自分の全てを伝えるように。
「……愛しています。ソレルティア」
「私もです。フェイ」
パチパチパチ。
拍手の音が響いた。
振り向けば、リオンが優しい笑みを浮かべながら祝福していた。
私も拍手を送る。
カマラも。
アルも。
星の精霊の祝福を受けて、この日。
新しい夫婦が生まれたのだった。




