皇国 大人への階段 前編
驚いた。
ビックリした。
意表を突かれた。
驚愕した。
まさか、フェイの子どもなんて話を聞くことになるとは。
しかも相手は、彼の師匠であるソレルティア様?
「本当ですか? って、疑っているわけではないですけれど。
いつからそんなことになっていたんですか? ソレルティア様」
廊下でする話ではないので、王宮の応接室を借りて話をすることにした。
側にいるのは護衛のカマラだけ。
厳重に人払いをして、三人と一人だけの会話にする。
私達が問いかけると、ソレルティア様は少しバツの悪そうな顔をしながら話してくれた。
「いつから、と言われれば今年の新年頃からでしょうか?
フェイに頼まれたのです。お二人を神殿籍のまま結婚させる計画を立てている。協力して欲しい、と」
「そんな前から、フェイは計画を立てていたんですか……。
でも、それと肉体関係を持つことに何の関係が……。
その協力のために連絡を取り合っている間に恋仲になった、とか?」
ソレルティア様と恋愛関係にある、なんてフェイは私達に一度も漏らしたことがない。
完璧な神官長として、いつも凛々しく大神殿を率いている。
休みだってほとんど取っていないはずだ。
心配して何度か、休みを取ったらと言ったこともあるけれど、
「僕は基本的に、大聖都の外に出られませんから。
適度に息抜きはしていますので、大丈夫ですよ」
と、笑って躱されてしまったっけ。
現実問題としてフェイは、転移術の遣い手として、現在、各国王が許可を与えない限りアルケディウス以外の国には入国できない。
入国しても監視がつく。
これはソレルティア様やニムルなど、他の転移術使いから目を逸らす意味もあるのだけれど。
ただ、実はあくまで表向きで。
フェイには『星』が直々に下さった各国の結界破りの術式と、風の精霊神様が教えて下さった移動式魔王城直通転移陣がある。
大聖都から魔王城へは一瞬で行けるので、そこから各国へ移動する形を取れば、いつでもどこへでも行けることは行ける。
勿論、密入国だけれど。
フェイがそんな悪用をするとは思っていないから、管理その他はすっかり任せていた。
私はいつも、大聖都の転移陣を使っている。
周囲の目があるからだ。
私にも自由時間はそんなにない
お父様達の許可を得て、魔王城に行かない限りは。
「恋仲……と言っていいのか。
表向きは以前と変わらぬ師弟関係であり、今はそれぞれの国の頂点に立つ魔術師としての関係も変わりません。
それに、神殿を司る神官長が女性と関係を持つというのも醜聞になりかねませんので、こんなことになるまでは皇王陛下にも文官長様にもお話しておりませんでした」
お腹に手を当てながら、ソレルティア様は微笑む。
つまり、隠れた関係?
「元々、関係を持つに至ったのも、師弟関係の一環のようなものなのです。
お二人を結婚させたい。でも、結婚に至る『男女の営み』というものが自分には分からない。
教えて貰えないか、と」
「「え゛?」」
正直、絶句した。
私も、リオンも。
ちょっと顔が赤くなってしまう。
そんなストレートに女性へ肉体関係を求めたのか。
フェイは。
「まったく、妙な所で子どもだな。フェイは……」
「私も最初は驚きましたが、フェイはああいう性格ですので、嘘がつけなかったのでしょう。
私も、まあ……フェイであるのなら、関係を持っても、子を作ってもいいと思いましたので了承いたしました。
それからは、折に触れ。
ただフェイにとっての第一優先はお二人ですので、お二人が大神殿におられる時や、大事な用で留守を任される時には決して来ることはありませんでした。
お二人が揃ってアルケディウスや魔王城にお戻りになっている時、ですかね。
後は一度だけ、リオン様が魔王に乗っ取られた夜に、逃げるように……」
「そう、ですか……」
いつも私達を支えてくれるフェイに、逃げる場所、頼れる場所ができたのなら、それは良いことだ。
私は二人の関係を否定するつもりはない。
むしろ、祝福したい。
ただ――
「子どもができた、ということは問題ですね。
先ほども伺いましたが、ソレルティア様は子どもを産むおつもりだと考えてよろしいですか?」
確認するまでもないことだけれど。
はい、と頷くソレルティア様は、自信に満ちた母親の顔をしている。
「フェイの子です。
国の宝であると、皇王陛下、文官長様からも内々にですが出産の許可を得ております」
今は多分、お腹の様子からして妊娠三、四か月。
細かい誤差はあるとしても、新年明けの春。木の月には生まれることになるだろう。
私達の成人式や結婚式の頃には、臨月に近くなっているはずだ。
「フェイは大聖都の神官長ですので、正式な結婚はしなくても良いとは思っております。
ただ、認知、と申しますか、フェイに我が子であることを認めて欲しいのと、私がこの子をアルケディウスで育てることの許可が欲しくて……」
「そんなのダメですよ。
ちゃんとソレルティア様にも祝福された結婚をして頂かないと」
このままだと、ソレルティア様は父親のない子を婚外子という形で産むことになる。
それは良くない。
不倫だとか、特殊な事情があるだとかならまだしも、障害は何もないのだし。
「ですが、フェイが大神殿の神官長から降りるのは事実上不可能でしょう。
私もアルケディウスの宮廷魔術師を簡単に辞める訳には参りません。
大神殿に籍を移して囲われる、ということもできませんので」
「別に、夫婦が離れて暮らすこと自体は、そんなに問題ないと思います。
一種の単身赴任と考えれば」
「タンシンフニン?」
「結婚した夫婦の片方が、仕事のため遠くで暮らすことです。
でも、それが子の成長に悪い影響を及ぼすかと言えば、そうとばかりは言えないのです。
愛情をしっかり受けて育てば、職場で必要とされ、生活を支えてくれる親を、子どもは尊敬するようになります」
頑張る親の背中を見て育った子どもが、親を悪く思うことはそんなに多くない。
それが単身赴任であっても。
いや、むしろ離れている親だからこそ学べること、理解できることもある。
「ソレルティア様は準貴族ですし、家政婦さんや子育てを助けてくれる人を雇ったり、求めたりすることはできますよね。
できないようなら、私が支援しますし」
「金銭的には問題ないと思います。
ただ、私も廃棄児で、愛を受けて育ったとは言えませんので、子育てに困った時にはマリカ様やティラトリーツェ様のお知恵、お力をお借りしたいとは思っております」
「なら、問題なしですよ。
ある程度大きくなったら、王宮の保育室や孤児院に預けることもできますし」
職場で必要とされるお母さんを助けること。
そして、子どもの安全を守ること。
それが保育園の役割だ。
今後、子どもが増えていけば絶対に必要とされるインフラの一つ。
だからこそ、私はその整備に拘ってきた。
「神殿則が改定されて、大神官でさえ結婚できるようになるのです。
神官長が結婚してはいけないなんてことはありません。
むしろ神官長が良い前例を見せてくれれば、神官の中にも良い結婚をする者が増えるようになるかもしれません」
これまで神殿では結婚が禁じられていたが故に、男性神官の性のはけ口になる女性という存在もいた。
私が大神官になってからは根絶させたけれど、不満を持つ者もいると聞く。
別に、神殿に仕える人間が妻帯しないことを『神』も『星』も『精霊神』も望んでいないのだから、結婚したっていいと思う。
ただ、肝心なのは本人達の思いで。
「ソレルティア様は、フェイに好意を持っておられますか?
将来的に結婚してもいいと、お思いですか?」
「マリカ……」
我ながらストレートに過ぎると思うけれど、聞いてみた。
穏やかな相貌から、静かな頷きが返ってくる。
「はい。とても愛しく思っています。
彼を支え、助け、守っていきたいと思っています。
お二人とはまた違う形ではありますが」
「愛の容は人それぞれですから。
あとはフェイの気持ちですね」
「フェイが彼女を嫌っていることはあり得ない。
大切に思っていることは間違いないだろう。
ただ、婚姻やその先を考えていたかというと……微妙だな」
ただでさえ止まらない十代。
私やリオンのことでいつも頭がいっぱいのフェイは、十中八九、先のことなど考えていなかっただろう。
この時代、避妊という概念もないし。
お互いが納得した上で、結婚しない内縁という形を取るのもありだとは思う。
でも、私はちょっと認めたくない。
フェイにも、ソレルティア様にも幸せになって欲しい。
もちろん、生まれてくる子どもにも。
「フェイの子ども欲しさに、シュトルムスルフトが何か言ってくる可能性もあります。
ちゃんとした立場は作っておいた方がいいと思います」
「そうできればいいのでしょうけれど……」
「大丈夫です。私がサポートしますから」
「マリカ様……」
私は立ち上がり、ソレルティア様に手を伸ばす。
「教えて下さってありがとうございます。
母親が幸せにならないと、子どもはなかなか幸せになれないんです。
ご自分が、そしてフェイが幸せになることを諦めないで下さい」
「ありがとうございます」
ソレルティア様は、私の手をしっかりと握り返してくれた。
支援は、ただ手を伸ばすだけではダメだ。
ちゃんと相手に届かないと。
「よーし! 行くぞ!
フェイとソレルティア様、プロポーズ大作戦!」
「マリカ……」
「いつまでも子どもではいられないの。
まして子どもができたのなら、なおのこと。
『神』の件も片付いて、私達の悲願もある程度叶ったんだから、フェイにはちゃんと自分のこれからに向き合って貰わないといけないと思う」
「それは、まあ、そうだけど……」
「多分、フェイは驚くと思う。
もしかしたら、逃げるかな?
できるだけ逃亡コースは潰して、アルにも協力を仰ごう。
逃げたりしたら、捜索に力を貸してね。リオン」
苦笑するリオンとカマラと一緒に、私達は大聖都に戻った。
事前に色々と予測して、手配もしておいたけれど。
でも――
「え? 僕の、子ども……ですか?」
「あ! 待って。フェイ!」
狼狽したフェイに、案の定逃げられたのだった。




