第三十九話 凍死まっしぐら
「…寒い」
聖教都市から徒歩一時間。
消えかけの街道を辿りながらヴェーゼンは呟いた。
「しょうがないだろ?雪が降ってるんだから」
キフェルが、最後尾でつぶやいた。
ヴェーゼンらは街頭があるからいいが…。
「寒いつってんだろ…あ、あれ?
向こうで先々代の聖女様が手を振って――」
唐突に手を振りだすルシ。
出来ればまだあちら側にはいかないでほしい。
「さすがに、避難所を探すか?」
キフェルが気が進まなそうに言う。
避難所とは雪が降る地域の街道。
そこに一定間隔で設置されている洞穴だ。
とても便利なのだが…凍死者が多く、
陰気臭いため嫌われている。
「…そうだな。さすがにルシを温めないと」
ヴェーゼンがルシを引きずる。
すでに意識を失ったようだ。
「この先に町とかあるか?」
尋ねるとキフェルは力なく首を振り、
「…いや、数キロ先に魔法都市があるだけだ」
そこはただの目的地だ。
「…吹雪がやむのを待つしかないな」
降り積もる雪を眺めつつヴェーゼンはため息をつく。
冬は長い。ため息が出るほどに。
パチ…パチ…
小さな洞穴を焚火の灯りが照らす。
洞穴とは言うが昔の防空壕の跡地だという。
どこからか吹雪が入ってきてとても寒い。
「キフェル、お前なんでも持ってるな」
着火剤をはじめ携帯食料に保温布。
調理器具にナイフ、水と薬。
「普通の旅人はこんな持ってないぞ――」
冬以外は移動販売の人がいるため皆軽装だ。
「勘だよ勘。旅では準備で致命率が変わるんだ」
根拠などないのに妙な説得力があった。
「とりあえず俺様は外の様子を見てくる。雪がやんでたら進もうぜ」
二ッと笑顔を向けるキフェル。
「…そうだな」
それだけ言ってそっぽを向くヴェーゼン。
「…」
「…」
沈黙が流れる。
「ん…ぐぅ…ふは!」
ルシが目を覚ました。
「ルシ。お前は今日だけで何度失神してんだ」
キフェルが呆れたように言う。
するとルシも、頬を膨らませて、
「しょうがないじゃん。俺体弱いんだから」
「それで?どうすんだ?」
ヴェーゼンが割って言う。
この吹雪の後どうするのかは気になる。
「…まぁ、確認して移動だな。あと片付けだけは丁寧に」
キフェルが口籠りながら言う。
「なにかあるの?」
ルシが、布を膝にかけつつ言う。
火をおこしてはいるが肌寒い。
「…昔の話だ。ここには、有名な盗賊がいた。それだけだ」
――今も生きているかはわからんがな。
そうキフェルは寂し気に笑った。
「…じゃぁ、今後は魔法都市に行くってコトでいいんだよね」
「そうだ」
キフェルとヴェーゼンはそれぞれうなずく。
「…じゃ、俺様はちょっと外の様子を見てくるぜ」
そういいつつ、キフェルは外に出る。
「おう、なるほど…」
と、数分もせずキフェルが戻ってきた。
早さとは裏腹に顔は暗かった。
「どうかしたのか?」
ヴェーゼンが尋ねると、
「最悪だ…」
キフェルはそれだけ返して座り込む。
答えになっていない。
「とりあえず、俺も様子見てくる」
そのキフェルの様子にただならぬものを感じたのか見に行くルシ。
キュッ
そのルシの服の裾を掴むキフェル。
「…放せ」
「ヤメロ。お前だと見つかる」
何に?
その疑問は、喉の奥にしまっておいた。
その時のキフェルの顔はあまりにも真剣だったから。
「…魔族の盗賊と聖騎士が交戦中だ」
ルシが息をのむ。
ヴェーゼンにとっても会いたくない相手だった。
しかし――
「…聖騎士はともかく魔族って?」
魔族…意味の分からない仲間だ。
「…お前には話しておいた方がいいかもな」
キフェルは改まってヴェーゼンに向き合う。
焚火を挟んで、腕を組む。
「結論から言うと――お前の目指してる黒の塔は、
魔族たちの「管理物」だ」
「っ!は?」
ヴェーゼンが分かりやすく動揺する。
流石に冷静なヴェーゼンでも、
予想できなかったようだ。
「…そうだ。あそこは、お前が言うほど神聖なわけでも、
邪悪なわけでもない。ただの墓場だ」
その言葉はやけに空虚だった。
「ともかく、死にぞこないが聖騎士と目の前で戦ってるんだぜ?」
聖騎士が目の前で――。
「ふ~ん」
ルシが、興味なさげに呟く。
背中には冷汗が伝う。
「つまり危険だから出るなってことだな」
ヴェーゼンが話をまとめると、
キフェルはうなずく。
重要指名手配犯のヴェーゼンとルシ。
謎のキフェル。
確かに表に出てはいけない気がする。
ドーン
わずかに空間が揺れ、パラパラと土が落ちてくる。
「崩れたりはしないよな…?」
ルシが不安そうに見上げる。
「なぁ、非常用の出入り口とかないか?」
「ない」
ヴェーゼンとキフェルも困惑したように天井を見上げる。
「っ!崩れる!荷物をもって逃げ――」
ルシの叫びもむなしく洞穴は派手な音を立てて崩れる。
「…っ?こっちから音がしたぞ!」
その何者かの声を最後に、
ヴェーゼンとキフェルとルシの意識は途切れた。
――――・・・・
――寒い…
「…う…ん…は!」
「起きたか?ヴェーゼン」
キフェルが、あきれたように頬をつねる。
「やめろ!」
そういいつつ、その手を払いのける。
「キフェル!こいつだれ…ちょ、誰…助け」
後ろからルシの声がした。
かなり切羽ず待っているようだが、
ヴェーゼンも忙しい。
「あれ?そこの子目、覚めたの?
キフェ君ほんとヤバイ奴しか連れて来ないよね」
普通に背後から声がした。
少しだけ、なまった感じの声。
正体不明、気配を感じない。
危機感だけがひしひしと伝わってくる。




