第三十八話 生贄が必要だ
荒れ果てた広場にたどり着いた。
門の目の前、黒ずんだ白いタイル。
「…行くぞ」
門番はいなかった。
ヴェーゼンはただ歩を進める。
「待て」
その一メートルほど前。
白ずくめの一団が立ちふさがる。
「なんだ?悪いが急いでいる」
キフェルが声を低くして言う。
一団は顔色すら変えない。
「……お前」
長い沈黙の末、ルシを右手で指す。
白い手袋だけを法衣から出しているのが不気味だった。
「…ルシ――だな」
ルシの目が大きく見開かれる。
「その…声は!」
「あぁ、これか?」
次の瞬間、軽い女の声が低い男の声になる。
不気味なノイズ雑じりの声だった。
「お前を止めるならこれが一番だ」
そう言って、一団は武器を構える。
「封印保護任務を遂行する」
――封印保護?
ヴェーゼンは首をかしげる。
もちろん、武器は両手に携えて。
「…なんで…お前がそこに居るんだよ」
ルシが小声でつぶやく。
呆然としたように、その人物を凝視する。
「ハハ、ルシ久方ぶりだな」
最初の女の声で奴は言う。
どうやら本当に知り合いのようだ。
ヴェーゼンは二人を交互に見る。
「…とりあえず俺様はここから離れ――」
キフェルが何かを言いかける、
「…」
しかし、ルシはフルフルと首を振り制止する。
「先代。何故ここにいらっしゃる?」
ルシは、気品を感じさせる、
しかし強い口調でそう言った。
逃亡者ではなく聖女として――。
「…いったよね。生贄を用意してって」
声こそ明るいがどこか影を感じる声色だ。
法衣で目元は隠れていて表情は分からない。
「耳が痛いお言葉です。えぇ、犯罪者を身代わりにした先代様から言われればなおのこと」
「君も生きずらそうだね」
憐れむように”先代”は言う。
それに、ルシは顔色一つ変えない。
「…ここの地下にいる”魔族”は危険だ」
「…魔族?まさか――」
間髪入れず、キフェルが呟く。
その声は心なしか焦っているようだった。
「あら、そこの坊やは知ってるの?」
意外そうに”先代”は嗤う。
「なら…話が早いわね」
何の予備動作もなくきりつけてくる。
ルシに向かって一直線に跳ぶ。
「はぁ、俺を誰だと思って」
ルシは、内ポケットから瓶を投げる。
「生きてきたんだよっ」
ボワッ
次の瞬間、”先代”が炎にのまれる。
「…先代聖女様」
後ろの一団はわずかに狼狽える。
しかし、それすらも杞憂。
「アッハッハッハアーハハハハハハ」
狂ったように笑い転げる煤汚れた”先代”。
「ねぇ、ルシ。姉さんにそれは流石にひどくなぁい?」
”先代”はルシに手を伸ばす。
ルシはその手を払いのけた。
「俺をこんな目に合わせたテメェが言うのかよ」
もう、気品も何もない。
ルシの素の言葉に”先代”はうなずく。
「確かに、私が言うのはおかしいか」
「…あのなぁ、お前ら。戦闘中に談笑すんなよ」
その、会話を切り裂くようにキフェルが呟く。
気のせいか呆れているようだった。
「…ナイフ。みんな好きだね」
キフェルの手にしたナイフを紙一重で避けた。
”先代”の頬にはわずかに血がにじんでいる。
「いいね。そこの君もルシも…本当にきれいだ」
うっとりするように”先代”はこぼす。
「いいよ。私はシュトラ。先代聖女。君たちの挑戦を受けてあげる」
刹那の沈黙――—その沈黙をシュトラは破る。
「まずは君…!」
真っ先にキフェルを狙いに来た。
しかし、キフェルは動揺する様子もなく、
「そう来ると思ったぜ。聖女サマ」
そう言って…背を向けて逃げる。
「は?逃げるの?君は逃げるのね」
少しだけ戸惑ったように言った後、
キフェルを追いかける。
「俺様は…盗賊だ!」
ピッ――
シュトラが踏んだ地面が突然隆起する。
「チッ。詐欺師」
「そりゃどーも」
キフェルは快活に笑う。
「で?これどうするの?」
ルシがシュトラをツンツンしながら言う。
「俺様の罠はに十分で解けるようになってる」
それきりキフェルは何も言わない。
「じゃぁ、周りの奴を片付けて逃げればいいか」
ヴェーゼンはそう呟く。
ルシとキフェルはそれにうなずく。
「待って!このままだと封印が…」
シュトラは悲痛に叫ぶ。
しかし、キフェルは気にも留めない。
動けもしない、一団を押しのける。
「私は…許さないから」
「…テメェに許される必要なんかねぇんだよ」
キフェルは吐き捨てるようにつぶやく。
「んなっ…!」
シュトラは不服そうに声をあげる。
呆れを含んだような声。
「ねぇ、キフェル。次はどこに行く?」
ルシが目を輝かせて言う。
「ヴェーゼンは?」
キフェルは、ルシを抑えつつ聞く。
「…魔法都市とかじゃないか?黒の塔はあっちにあるっていうし」
他人事のように言うと、ルシが食いつく。
「黒の塔?もしかして黒の塔を目指しているのか?」
ヴェーゼンは無言でうなずく。
そうじゃなければ、今もスラムにいただろうから。
「…あそこはやめといたほうがいいよ。教会だってさじを投げたんだから」
ルシは首をすくめる。
「…知ってることがあるなら後で問い詰める」
「まぁ、とりあえず。魔法都市ってとこ行ってみよーぜ」
キフェルがそれを仲裁する。
ヴェーゼンの問い詰めるにはそれなりの恐怖を感じる。
「…僕もそろそろ魔法を習得したい」
「え?ヴェーゼン魔法つかえないの?」
かなり意外そうにルシが言う。
確かに、魔力持ちが魔法を使えないのは不自然か。
「…文字が読めなかったんだよ」
ヴェーゼンはそれだけ言ってプイと顔をそらす。
白い狂気の都は、まだ近い。




