第三十七話 侵入者は嗤う
ガチャ
まるで何の抵抗もなく扉は開く。
「…テメェ」
キフェルが吐き捨てる。
「聖女ルシ…魔力持ちヴェーゼン…ミッションコンプリート」
それは、長身の人間だった。
白い法衣を身にまとった白ずくめ。
眩しいほどの明るさが、逆に不気味だった。
「ふむ」
人影はおもむろに室内を見回すと、
「お前」
ルシに指を指す。
「俺か?俺は聖女ル――」
「…浄化魔法、錬金術師」
静かにそう呟く。
キフェルも、ヴェーゼンもルシも何も言えない。
「作戦決行に邪魔だ」
そう言うと、ルシの身体をつかみ上げて――
首を絞め始めた。
「は?ちょ…え?」
困惑して暴れるルシ。
「…」
顔色一つ変えない侵入者。
「…く…やめ…」
見る見るうちに顔色が悪くなって、
ついには手足から力が消えていく。
「ルシ!」
ヴェーゼンが、強く呼びかける。
ルシはピクリとも反応しない。
生きてはいるようだが…。
「…ほう。やはり、教祖様の言う通り」
侵入者は面白そうにこぼす。
「お前は…誰だ」
ピリッと肌を刺すような魔力が、
室内に充満する。
「君に教える筋合いはないだろう?」
侵入者はゆっくりとルシを地面に下ろすと、
そう不敵な笑みで言ってのけた。
「…まぁ、しいて言うなら我は邪教団七神官が一人と」
――邪教団⁉
キフェルの顔が分かりやすく動揺した。
「…邪教…団?」
「では、対象の無力化に成功」
そう言うと、侵入者は去っていった。
今だ、明確な目的もわからない。
「何で邪教団が」
むしろ、関わってきた理由がヴェーゼンには、
なおさらわからなくなった。
「逃げるぞ」
「は?」
おもむろに、キフェルは立ち上がった。
そして、荷物とルシを手に持つ。
「奴らは、魔力を持ってただけで誘拐するんだぞ」
キフェルは、そう力説する。
「…わかった」
ヴェーゼンは静かにうなずく。
そして、白い両開きの窓を開く。
「じゃぁ、行くぞ」
「は?え、ちょ?」
ヴェーゼンは窓枠に足をかけると飛び降りる。
何の躊躇もなく。
「こっちは荷物あるんだぞ」
そう言ってキフェルはルシを見下ろす。
荷物はどうにでもなるとして、けが人は重い。
「…キフェルなら何とかなる」
「なんともならねーよ」
キフェルは、ふっと息を吐くと――ルシを放り投げた。
「俺様は金払ってくる!」
バタン
そう言って、荒々しくドアがしめられる。
「重っ」
ルシの下敷きになったヴェーゼンが呟く。
意識を失った人間は重いのだ。
「あ、聖女ルシ様だ」
子供が指を指す。
やはり白ずくめだ。
「ダメですよ」
そう言って母親が子供の顔を覆う。
世間一般のルシの認識が分からない。
そう思うヴェーゼンだった。
「ん…?はっ!」
ルシが目を覚ます。
「あいつは⁉どこ行ったの?」
身を起こし、あたりをきょろきょろと見渡す。
「落ち着け」
それに冷静に声をかけるヴェーゼン。
そのしぐさだけで人が離れていく。
「…あれ?俺部屋にいたはずじゃ」
白いタイルを軽くなでて言う。
「――部屋から飛び降りた」
ヴェーゼンは少し考えてから事実を述べる。
それを聞いた途端ルシの顔がみるみる青くなって、
「どーしてくれんだよ。俺あそこから落とされたの?」
「正確にはキフェルが投げた」
ヴェーゼンの胸ぐらを掴んで振るルシ。
それを気にすることなく涼しい顔をしているヴェーゼン。
「最悪だろ。俺は荷物じゃないんだぞ」
頭を抱えるルシ。
とりあえず、遅いキフェルを探しに…。
ドーン
ヴェーゼンがそこまで思考を巡らせたとき、
部屋の方から突如、爆発音がなった。
「ち、間に合わなかったか」
窓から当然のようにキフェルが下りてくる。
「間に合わなかったって何が?」
ルシが、首をかしげる。
「げほっげほっ。アイツが、部屋に爆発術式をゲホゲホ」
煤まみれになったキフェルは苦しそうに咳き込む。
「とりあえず離れろ。教会が来るぞ」
派手な騒ぎに教会も黙っていないだろう。
「…OK」
ルシは、少しだけ切なそうにつぶやく。
「…そーだな」
キフェルは少しだけ面倒くさそうにこぼす。
その目は、虚空を見つめていた。
「…門はどこだ?」
それを確認した後、ヴェーゼンはルシに聞く。
「はぁ?知らねーよ」
「門ならここから九時の方向にあるぜ」
キフェルが食い気味に言う。
「九時ってどこだ?」
ヴェーゼンが聞く。
ルシも、うなずく。
「…あっちだ」
キフェルが差した方向は大聖堂と真反対だった。
「あの門は…警備が緩かったはず」
キフェルは自信なさげに呟く。
「なんで、そんな情報知ってるんだ?」
ルシが尋ねる。
キフェルは、少しだけ口籠り、
そっぽを向いた。
「…すこし、噂を聞いてな」
「ふ~ん」
含みのあるうなずきが嫌に冷たかった。
「まぁ、行くぞ」
「はぁ、はぁ」
荒い息だけが響く。
「キフェル。ほんとにあってんのか?」
「…知らねーよ」
疑心暗鬼に帰ってきたのは、
か細い答えだった。
マス状の町というのは分かりやすくもあるが円形にゆがめてしまったからか、
まるで迷路のように感じられた。
次第に人通りは少なくなる。
それだけが、町の外へと近づいている、
唯一の確信だった。
「…屋根の上から足音するよな」
ヴェーゼンが呟いた。
「…そうだね。やっぱり、邪教団じゃないかな」
ルシは、不愉快そうに言う。
「…右に三人、左に四人」
キフェルは人数の分析をした。
圧倒的多対一だ。
「…門のあたりで奇襲を仕掛けてくるだろうな」
キフェルがうんざりしたように吐き捨てる。
流石にこのメンバーでも、
邪教団の相手は厳しいだろう。
「……」
ルシが、唇をかみしめうつむく。
……何も言わない。




