第三十六話 聖女は虚実を知っていた
「これはどういうことだ?」
ヴェーゼンがルシに尋ねる。
ルシの方が何かを知っていそうだったから。
「…」
ルシは何も言わない。
ただもだえる彼女を見つめるだけ。
「おい、ルシ」
キフェルがしびれを切らして肩をゆする。
ほぼそれと同時にルシが何かを、
いや、明確な詠唱を呟く。
「くそったれな神よ ただ神玉に等しき我が命じよう」
――ルシって魔法使えるんだ。
キフェルがヴェーゼンの横でつぶやく。
「それは、妖 それは、人ならざる者 我が名を賭して天より送ろう」
ふっと一息、気がつけば、ルシの身体は薄く光っていた。
「神喰之爆鎖!」
――皮肉にもそれは聖属性の魔法だった。
ガチン ジャラジャラジャラジャラ
その瞬間、ルシの身体から無数の鎖が出る。
「きゃ、なにこ…」
それきり静かになった。
その身体は一瞬で朽ちて砂となった。
「…なんだ?これ」
「亡霊だよ」
キフェルの問いに答えるように。
いや、それすら気に留めずルシは言う。
「ライン家はうちの重要指名手配。人に危害を与える悪霊だよ」
「悪霊?吸血鬼とかじゃなくて?」
キフェルがそう聞く。
「キューケツキ?なんだ、それ」
ヴェーゼンが首をかしげると、
ルシは首をすくめた。
「夜の狩人。生物の生き血を摂取し日の光で灰となる」
ヴェーゼンはチラリとウルティオ―の痕跡に目をやる。
確かに、少し砂のようなものが残っていた。
「悪霊…先任が地下に閉じ込めたとか言ってたなぁ」
ルシが懐かしそうに空を見上げる。
「亡霊なんだから浄化しろっての」
それから苛立たし気にため息をつく。
「ルシって魔法つかえたんだな」
ヴェーゼンが意外そうにつぶやく。
するとルシが、諦めたように。
「…俺は腐っても聖女だからね」
「その割には詠唱とか物騒だったと思う」
ヴェーゼンがお世辞(?)を言うと、
「あれは先代の趣味だよ。マッド聖女だったな」
ルシは肩をすくめていう。
そしてキフェルに、
「それで?どうするの?この国から逃亡するんでしょ」
という。
今は、裏路地だから逃れているが、
ルシには追手がついている。
しかし、キフェルはうろたえた。
「え?俺様…宿に戻って荷物取ってこようと」
「それは同感だ」
宿屋にはお金がある。
路銀がなければ毎日野宿だ。
「…じゃぁ、ついてく」
ルシは、諦めたように言う。
「で、キフェル。宿屋の場所覚えてるか?」
「…?」
首をかしげるキフェル。
ちなみにヴェーゼンはすでに忘れた。
「まぁ、店名は覚えてる。探すぞ」
すごい記憶力だ。
「ちなみに店名ってなんだ?」
「…『白夜の豪傑』」
本当に、本当に呆れたようにキフェルが教えてくれた。
「…『白頭の教主』『白猫の宿』…」
ぶつぶつ呟くキフェルの後ろを追いながら、
二人で話す。
「なぁ、ルシ」
「どうした?」
顔すら向けずにいや、下を向いてルシが答える。
確かに、これが一番合理的かもしれない。
「僕たちって側溝の蓋閉めたか?」
ルシは、顔をあげヴェーゼンの顔を凝視する。
「…いや。あの状況で占められるはずないだろ」
「じゃぁ、どうして閉まってたんだ?」
その言葉に、ルシは顔を青くする。
「誰かに。知られている?」
かすれた声でそう呟く。
何故だか、背後から視線を感じた。
「…キフェル。走るぞ」
その言葉と同時にヴェーゼンは走り出す。
「は?なん――」
「早く!」
イマイチ理解していないキフェルをせかす。
「誰かにつけられてる」
教会か、スパイか、邪教団か。
判断がつかない。
「…まいたか?」
たくさんの角を曲がり何とか、宿屋にたどり着く。
「…応援が来ないから教会ではないと思う」
ルシが忌々し気に呟く。
コツ…コツコツ
と、宿屋の前の道を歩く音がする。
他の足音とは明確に違うリズム。
ヴェーゼン達をつけてきたやつに違いない。
「とりあえず、戻るぞ」
そう言ってキフェルは白い室内を歩き出した。
「あ、ちょっと待て」
ヴェーゼンはその後を追う。
「…なぁ、ルシ」
「なに?」
ヴェーゼンはルシに言う。
「ウルティオ―って結局何だったんだ?」
ルシは、唇をかみしめ首を力なく振った。
「今は…言えない」
どうして言えないのか。
いつになったら言えるのか。
そんなことがヴェーゼンの頭をよぎる。
「…そうか」
だが、深入りしないのもヴェーゼンの流儀だ。
ガチャ
キフェルが、部屋の扉を開ける。
相変わらず殺風景で真っ白な部屋だ。
「そこら辺に座れ」
キフェルはそう言いつつ自分のトランクケースを開く。
「何やってるんだキフェル」
遅れてきたヴェーゼンとルシもそこら辺に座る。
「いや、俺様のつてをたどってかくまってもらおうとな」
キフェルは必死にトランクをあさっている。
相当物を詰めていたのかそこら中に転がる。
「…なんだこれ?」
目の前に転がってきた一冊の本をヴェーゼンは手に取る。
キフェルが本を読むようにはどうしても見えない。
「あー。それは…」
キフェルは、歯切れ悪くこういった。
「古い――魔法書だ」
バサ
そう聞いた瞬間ヴェーゼンは本を開いていた。
「あ、ちょま」
古い本の匂いが部屋中に広がる。
「…そうだ、文字読めないんだった」
「お前なぁ…」
見るからにな、魔法書に少々取り乱してしまった。
「ま、文字ぐらい読めるようにしといたら?」
ルシの助言にヴェーゼンはうなずく。
面倒くさいが案外文字を読む機会というのも多いものだ。
「ハイハイ」
そう言いつつ、ヴェーゼンも自分の荷物をまとめる。
ここからは本格的な冬になる。
速いとこ準備をしないと。
コンコン
と、その時扉が軽くノックされた。
「…」
三人とも黙っていると、
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン
扉が激しくノックされた。




