帰城2
湯を浴びて着替えてから、またルーシェを抱っこして執務室に行くと、父上以下、役付きの大人達が集まって、旅装を解いていないウィルバートの説明を聞いていた。
皆が立ち上がって出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ」
「うん。ただいま。留守中に何かあったか?」
「特別なことは何も。いらっしゃらなかった間の書類はこちらになります」
家令が執務机の上に積み上げられている紙類を指し示す。
うわー……。なんで山がいくつもあるんだ!?
父上に思わず視線を向けたが、肩をすくめられた。
そうですよね! 俺の仕事です!
「ご苦労だった。この中で急ぎは?」
恐る恐るちょっとだけ覗いてみながら聞いてみる。……あ、なんだ、分野ごとに分けてあるだけだ。
「ございませんよ。重要なものは上に。それ以外は日付順です」
「わかった。ありがとう。明日から順次目を通す。
ところで、ウィルバートはどこまで話した?」
「ちょうど終わったところです」
報告書らしきものを集めて、父上に渡している。そういや、メモをちまちま取って、せっせとまとめてたもんなあ。
「そうか。なら、話が早い。
皆に相談がある。来年の春頃に、神々の配剤の認定が下るかもしれない。それに備えて、これまでに神々に遣わされた人々の記録を知りたい。
特に、どんな面倒事をどう捌いたか、前後の情勢も合わせて情報があると助かる。
あと、そんなわけで、これまで以上に力を借りることになる。苦労をかけるが、よろしく頼む」
神官が手を挙げた。
「神殿の記録は、私が問い合わせてみます」
続いて、書記は城にある記録を、サマルは伝手を使って集めてみると言ってくれた。
その後は、額を突き合わせて、ランダイオで聞き取ってきた要望を予算に落とし込んだり、その手配先の選定をしたり、ムンドールとの提携で増加する取り引きの影響について話し合って、派遣する設計士の人選の確認をした。
それと、ヴァユの女王への礼状についても。おそらくオーレリア殿から連絡は行くだろうが、うちからもあらためて報告方々礼状を出す。大事な娘を城主代理として借りているわけだからな。竜殺しも一人出してもらっているし。相応の品と共に送らなければならない。
「あ、そうだ。ビーセルから人が尋ねてくるかもしれない。俺の封印を持っている。来たら便宜を図ってやってくれ」
サマルに伝えると、首を傾げられた。
「苦情ではなく?」
「竜殺しの従者達を見逃してやる代わりに、エヴァーリの者を一度助けろと、ガラガッドに誓わせた」
サマルが何かを思い出した顔をして、頷いた。
「ああ。ランダイオ城でのあれですね。承知しました」
どうやら、ウィルバートの報告にあったのだろう。あんな些細なことまで漏らさないなんて。どうりで、あいた時間という時間を書くのにあてていたわけだ。
大人達が声をひそめることなく話しているというのに、ルーシェはぜんぜん目を覚まさなかった。本気でぐっすり眠っている。あまりにグンニャリで液体のようにこぼれていくので、時々抱っこしなおさなければならなかった。
お。夕の閉門の鐘が鳴りだした。これを聞くと、あらためて、帰ってきたなあという気持ちになるなあ。
「夕餉の時間です」
サマルに言われて、会議はお開きとなった。大筋は話せたので、細かいことは明日詰めたほうがいい。だいたい一晩寝て起きると、穴があったのに気付くものだ。
皆で部屋を出て、父上の新しい義手を見せてもらいながら大広間に向かった。
父上の左腕は、上腕の半ばからない。義手は腕を締め付けるバンドでは支えきれないし、鬱血してしまう。肩を起点に義手を吊るベルトを体にまわしていている。
今のところ義手の素材は金属だが、そのうち竜の骨や鱗を使って軽量化と強度を両立させることを考えているそうだ。あれは削り出して形作ってしまったら、形を変えられる素材ではないからな。まずは金属で試作しているところだという。
「肘は角度を調節して固定できるようになった。開くときは一度畳む」
父上が右手で左腕の肘を完全に折ってから開くと、真っ直ぐに伸びて、カチンと音がした。不思議なことに、そこからどの角度に折っても固定される。
「これはすごいですね。何か別のものにも使えそうな気がします」
「そこでだ。この義手がある程度使い物になりしだい、一般にも開かれた工房を本格的に立ち上げたらどうかと考えている。
神々の遣いのお膝元でやる事業にふさわしかろう? どうだ?」
「いいですね。父上に任せても?」
「義足の研究の追加と、金に糸目を付けなくていいと言うのならな」
冗談めかして言われ、即座に頷いた。今だって予算に制限を設けていない。
「いいでしょう。
財務係、父上と相談して予算を付けてくれ」
父上が存分に動けるようになるならば、どれほどの金も惜しくない。息子としてというだけでなく、それによってエヴァーリの防衛力が上がるし、竜殺しの動きに耐えうるものならば、何に転用しても通用する。後々、必ずエヴァーリの益になるはずだ。いつか俺が手足を失っても、戦える術があるなら心強いし。
広間に入ると、人々が立ち上げリ、口々に「お帰りなさいませ」と言った。それに軽く手を上げて応えていく。
「ルーシェ、ご飯の時間だぞ。いっしょに食べよう」
席に着いたところで、ルーシェを縦に抱きかかえて肩口に頭をもたれかけさせ、背中をさすって声を掛けてみた。
「ん……。ギル様? ……ギル様!」
寝ぼけ眼で俺を見たと思ったら、カッと目を見開く。
「俺が! パン取ってあげる!」
急に人の膝の上で立ち上がって方向転換しようとするものだから、転げ落ちないように、あわてて腕で胴を囲う。
体を乗り出して、ワシッとパンをつかみとり、ドスンと俺の膝に座ると、一口大に千切って、んっ、と口につきつけてきた。この間、五秒ほど。素早い。いい身のこなしだ。
感心しつつ、あーんと食べれば、真面目な顔で次の一口も千切って待機している。
「ルーシェも食べな」
俺も手を伸ばしてパンを取った。こういう顔の時は、ルーシェが信じる小姓の仕事に夢中なので、何をどう言っても、俺の口にパンをねじ込んで、自分の口には入れない。だから食べさせてやらないとならない。
そうやっていくらかパンを食べさせあってから、肉の皿を取り寄せた。
肉を刺したフォークをさし出せば、ルーシェは素直にあーと口を開けて、ぱくりと食いつく。そして当然とばかりに自分もフォークを握って、短い腕を伸ばし、俺にも肉を食べさせてくれる。
あどけない真剣なまなざしも、おいしさにゆるむほっぺたも、あまりに可愛くて、心臓がギュウギュウする。
……ふと、ウルム卿の姿が脳裏をよぎった。
いや。どう見たって俺の場合は、幼児の食事の面倒を見ているだけだ。あれとは全然違う。
だが、もう少し大きくなったら、食べさせあいっこはやめないといけないだろうなあ。竜殺しの女という前例が現れてしまった。こんなことしていて求愛行動と勘違いされたら、ルーシェの性別を疑われる。気をつけないと。
――こんなのは今だけ。
そう思ったら、いつものこれが特別に感じて、もうしばらくはこのままでいてほしいと、思わず願ってしまったのだった。




