帰城1
ルーシェへの土産は日常的に使うもので、かつ、壊れにくい金属製のものがいいと判断し、昼食後にやってきた商人からいくつか買った。ものが良かったので、エヴァーリに来たら顔を出すようにと、一筆書いて持たせた。
焼き菓子と蜂蜜も買うつもりだったが、城のほうで用意してくれた。毒味などは後ですればよいことなので、ありがたく受け取っておいた。
そして今、船着き場に来ている。
俺はウルム卿の肩に腕をまわし、少々人々から離れて、言い聞かせているところだった。
「卿が女王陛下から任されたのは、オーレリア殿の護衛だぞ。それを絶対におろそかにするなよ」
「わかっています」
「あの子はまだ幼く、これからたくさんのことを学ばなければならない。あの子が望むからと遊ばせてばかりは駄目だぞ。厳しく思えても、あの子の将来を考えて、きちんと教育しなければならない。それができないのは、あの子を愛玩するだけのペットか何かだと思っているのと同じだからな。ペットだなんて思ってないだろ?」
「当然です! いくらエヴァーリ公でも言葉が過ぎます!」
「そう思ってないことを証明してみせたら、謝罪する。次に会ったときに、あの子の様子を見てからだ」
不満げにウルム卿が俺を見る。なんだよ、アーセンタ、とおまえの前で呼んでないだろ。
「ご心配くださっているのはわかりますが、前提が間違っています。アーセンタは俺のためにいるのではなく、いえ、そうなってほしいと思ってはいますが、今のところは、俺が、アーセンタのものなのです」
ぞわっと鳥肌が立った。執着が重すぎて、ちょっと気持ち悪い。
「卿が誰のものでもかまわないが、オーレリア殿の護衛だけはおろそかにするな。そのために選任された竜殺しであることを忘れるな。主を討たれた護衛騎士なんて不名誉を、俺の耳に入れるなよ」
「もちろんです」
ウルム卿が体を起こし、キリッとした顔で俺に向き直った。
「あなたとの友情に恥じない竜殺しであることを誓います」
そのために理性的に動いてくれよと釘を刺しているわけだが。……気持ちが先走ってうっかり致命的なことをやらかさないかと心配なんだよなあ。でも、うっかりを気をつけろというのは、無茶な指摘なわけで、いかにうっかりを起こさないですむように対策を取るかが肝要なんだが。……そのへんはオーレリア殿がなんとかするか。
「ああ。信じている」
信じているから、頼むぞ! という気持ちで答えると、ウルム卿はやる気に満ちた笑顔を見せてくれた。……心配が増したが、これ以上はしかたない!
それからオーレリア殿と握手を交わし、家令や兵隊長の見送りの言葉を受けて、舟に乗った。
乗ってきた馬と荷馬車は、別に戻ってくる。伴ってきた商隊に貸し出したのだ。ムンドールで商いした商品を載せて帰ってくる予定だ。
舟には四つに分かれて乗った。護衛達には重い金属鎧を脱がせ、革鎧を付けさせている。もしも舟がひっくり返ったとき、金属鎧だと溺れて死ぬからな。
俺も同じ装いにして、誰が要人かわからないようにしてある。
舟が流れに乗って奔りだした。下手な船頭だと、水中の岩や浅瀬にぶつかって転覆するのだという。素人ではできない職なのだ。
ムンドールが選んだ熟練の船頭の船旅は、円滑なものだった。ただ、快適なものではない。波が荒く、舟が上下するのだ。護衛の幾人かがゲロゲロ吐いた。
俺は楽しかったけどな。板一枚の向こうで轟く川音。両側を流れていく景色。頭上に広がる青空。水の匂いを含んだ風。自分がちっぽけな木の葉になってしまったみたいだった。
しっかり船旅を堪能し、予定どおり明るいうちにエヴァーリに着いた。
船頭達をねぎらうように指示を出していると、懐かしい声が聞こえた。
「ギル様! ギル様ーーー!!!」
「ルーシェ!」
小さな体が飛ぶように走ってきて、あっと思った時にはつまずき、もんどり打って転がった。
「ルーシェ!?」
あわてて駆けつけるより早く、むくっと起き上がり、たたたっと走ってぴょーんと俺の腕の中に飛び込んでくる。
「大丈夫か!? 怪我は!? 痛いところは!?」
「おかえりなさい!!」
しっかりしがみついてきて上げた顔は、喜びで輝いていた。涙が出そうな気配はない。
笑ってしまった。頭も顔も服も、どこもかしこも土埃だらけだ。どこを通って、何度転んだのやら。愛しさで胸がいっぱいになる。
「ただいま!」
ぎゅうと抱きしめ、ルーシェの頭のてっぺんに頬ずりした。ああ、この甘い匂いと感触が恋しかった。
「ちゃんとご飯は食べてたか? 夜更かししないで寝たか? 今日の昼寝はしたか?」
「ご飯ちゃんと食べたよ! 夜ふかしもしなかった! 今日の昼寝はこれからするところ!」
「そうか。えらかったな」
昼寝の時間はだいぶすぎてしまっているが、褒めながらぱたぱたと埃を払ってやる。
最短なら今日帰ってくる予定だったから、すぐに情報がもらえるように、見張り台下の廊下あたりでうろうろしていたのだろう。
昼寝しないと、ちょうど夕飯頃に眠くなって、ぐずって手を焼くことになるのだが、今日ばかりはしかたない。変な時間に起きて、何か食べたがって、その後、夜中になっても寝ないとしても、いくらでも付き合う所存だ。
馬が曳かれてきて、ルーシェを抱っこしたままそれに跨がった。人数分用意してくれたらしい。主郭は山の上だからな。旅疲れを慮ってくれたのだろう。細やかな気配りは、たぶん母上の指示だ。
船酔いした者には、川の関所で休んでから来るように伝え、ゆったりと馬を進ませた。
城門をくぐると、外の雑多な様相が嘘のように静かになる。見張りの者達の敬礼に応えながら行く。
片腕で抱えているルーシェは、革鎧に頬を押しつけて寝息をたてていた。まだしっかりマントの端を握っているから、熟睡はしていない。
それも、主郭に着く頃にはすっかり力が抜けて、体全体がぐでんぐでんになっていた。
「お帰り。よく無事に戻った」
主郭の広場で皆が出迎えてくれ、馬を降りると、父上に軽く抱擁された。次に母上。
「今日帰ってきてくれてよかったわ。一日に百回は、あなたがいつ帰ってくるのか聞くのだもの。しまいには、見張り台の下の廊下の窓に登ってしまって、落ちやしないかとヒヤヒヤしたわ」
ルーシェの顔を覗き込んで、苦笑しながら母上が教えてくれる。
「面倒を見てくれて、ありがとうございました」
「ルーシェの名誉のために言っておくと、それ以外はとてもいい子でしたよ。ぜんぜんわがままを言わなくて、心配になるくらい。褒めて、あなたが甘やかしてあげてね。
湯の用意をしてありますよ。諸々の連絡は後にして、まずは浴びてしまいなさいな。それから食事にしましょう」
有無を言わせない笑顔に押されて、「そうします」と素直に従い、浴室へと向かった。




