48. 戸惑いプレゼント
食堂の雰囲気がいつもと少し違った。
騒がしさが鳴りを潜めているというか、妙に大人しい。よく見ると客層も違う?
ああわかった。二人連れが多いんだ。
違和感の答えがわかって納得しながら席につくと、ライラがやってきた。
「あら、クリスちゃん。素敵な格好ね」
「あ、ありがとう」
ライラに褒められて、はにかんだ笑顔を見せながら素直にお礼を言うクリス。
かわいい。
「お飲み物はどうする? 良いお酒があるけれど」
「やめとくわ。わたし、飲むと寝ちゃうみたいだから」
本当はすぐに寝ちゃうわけじゃないんだけど。と、酔って甘え上戸になったクリスのことを思い出した。
まあ、その間の記憶は飛んでしまうみたいだから、本人にとっては寝ているのと大差ないかもしれない。
「じゃあ、美味しいジュースを持ってくるわね」
ライラが高級そうな瓶に入ったジュースを注いでくれた。
グラスを手にとって、クリスとふたり、乾杯する。
「なんだか、ちょっとおしゃれですね」
「そうね。たまにはこういうのもいいわね」
クリスが柔らかく笑った。
「クリスも、いつもよりずっと大人っぽく見えます」
「……変じゃないかしら」
「素敵ですよ。すごく似合ってます。あ、でも、私はいつものクリスも好きですよ」
言いながらふと思った。生誕祭って、おしゃれをするイベントだったりする?
私も、もう少し良い格好をするべきだったのかなあ。普段着のままだし……。
「し、シホもすてきだけど」
「私はいつもと変わらない格好ですよ?」
「い、いつもすてきってこと!」
クリスが手元のグラスを一気に飲み干した。
お酒も飲んでいないのに、酔っぱらったみたいにクリスの顔が真っ赤になっている。
え? お酒じゃないよね?
確認のためにジュースをもう一口飲んでみたけど、やっぱりアルコールの味はしない。ただのジュースなのだった。
特別な晩餐は、盛り付けがいつもよりおしゃれで、上品な味がした。
どっちかって言うと……私はいつものガツンとした味付けの爆盛り料理のほうが好きかな。
食事を終えて部屋に戻る。
いつもどおり寝る支度をしていると、クリスは着替えもせず窓のそばに立っていた。そして私のことを、不思議なものを見るような目で見てくるのだった。
なんだろう……。あ、そうか、ドレスだから一人だと着替えが大変なのかな。
「クリス、着替え手伝いますね」
「え? い、いいわよ! 一人でできるからっ」
と言われたものの、せっかくのドレスがしわになってはいけない。脱ぐのを手伝って、きちんとクローゼットへしまう。
着替えや諸々を済ませてあとは寝るだけ、というところになって、いつもは真っ先にベッドに潜り込むクリスがなかなかベッドに入ろうとしない。
ベッドの端にちょこんと腰掛けて背中を向けているクリスが、上ずった声を出した。
「あ、あのっ」
「どうしたんですか?」
ゆっくりと振り向いたクリスは、手のひらサイズのきれいな箱を私の前に差し出した。
「これ。シホに、あげるわ」
「え?」
「べ、べつに今日があれだからとか全然関係ないから! なんとなく気が向いたから買ってみただけよ」
「これを私に? 開けてもいいですか?」
「い、いいわよ」
箱にかかったリボンをしゅるっとほどいて、蓋を開ける。
中には髪止めが入っていた。金色の地金に細やかな細工が施されていて、真ん中に小さな青色の石が埋め込まれている。
この石の色、クリスの瞳の色に少し似てるかも。
「きれいな髪止めですね」
「その……仕事するときに髪をまとめてるでしょ。そういうのがあると便利なんじゃないかと思って……」
「ありがとうございます! すごくうれしいです。明日から使わせていただきますね」
「そ、そう。よかった」
クリスの顔に浮かんでいた緊張がとけて、ほっとしたような笑顔が生まれた。
急にプレゼントをもらうなんて思わなかったからびっくりしたけど、素直にうれしい。こんなに良いものをもらっちゃったら、おかえしも奮発しなくちゃ。
「今度、私からもなにかお返ししますね」
「……………………今度?」
クリスの顔から表情が消えた。
「え? ええ。おやすみの日にでも。よかったら一緒に買いに行きましょう」
「は……? あの、シホ?」
「なんですか?」
「あ……あー。あのね、勘違いしてるかもしれないから、一応言っておくけど……生誕祭は今日なのよ?」
クリスが苦笑いを浮かべながら言った。
勘違い……?
あれだけ店をあげてイベントっぽい雰囲気を出されれば、さすがに私だって今日が生誕祭であることくらいわかるけど。
「知ってますよ?」
「いや、じゃあ……あの……」
クリスは両手を前に出して、自分の手のひらを見つめて黙り込んだ。
……?
なんのジェスチャーだろう。
「どうしたんですか?」
「……べつに」
「そうですか……? 特になにもなければ、そろそろ寝ましょう。もう遅いですし」
きっ、とクリスが私を睨みつけた。
「……シホのばかっ!!」
突然、クリスがそう叫んでベッドに潜り込んだ。
「え? な、なんでですか?」
聞き返しても返事は返ってこない。クリスはベッドの端っこにうずくまって私に背中を向けている。
「あの、私なにかまずいことしちゃいました?」
「しらないわよっ!」
クリスが返事をしたのはそれきりで、あとは何を聞いても黙ったままだった。
近づこうとしたら「来ないで」と拒絶され、取り付く島もない。
結局その夜、クリスが私に口を聞いてくれることはなかった。
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