45. クリスとキリオン
ある日の昼下がり。
クリスは一人、武器屋へ向かって歩いていた。
飛竜退治のときに折れてしまった剣を買うためだ。
クリスが小柄な体のわりに大きな剣を使っているのは、自分の成長を信じて剣を大きくしていった結果だった。
つまり親が子供の成長を見越して大きめの服をあつらえるようなものである。
武器に愛着を持つタイプではないが、戦いの中で壊れてしまうのでは困る。
今度は頑丈そうな剣を選ぼう、と心に決めて武器屋の入り口に立ったクリスであった。
ちょうどそのとき正面からやってきた黒い人影もまた、武器屋へと足を踏み入れようとしていた。
「ん」
「あ……」
武器屋の入り口で、クリスとキリオンの二人がぴたりと足を止める。
特に交流もない二人である。偶然にも互いの武器が飛竜との戦いで壊れてしまったことなど知る由もなく、またこの場で出会ったのもただの偶然だった。
友だちの友だちという絶妙な距離感、しかも二人とも若干の苦手意識がある。
気まずい沈黙が流れた。先に口を開いたのはクリスのほうだった。
「……こんにちは」
すすんで交流を図ろうと思ったわけではなかった。ここで無視すれば悪い印象がシホに伝わるかもしれない。そのリスクを考えた末の挨拶である。
「こっ、こん、にちは……」
キリオンの挨拶を聞いて、クリスはふっと息を吐いて先に店内へと入った。
義理は果たした。これ以上の会話は無用だと、クリスは油のにおいが漂う店内で武器を物色しはじめた。
剣を手にとって重さや握りを確かめていると、キリオンがおどおどと震えながら店主に話しかけていた。
会話の内容まで聞くつもりはなかったが、店はそれほど広くもないので嫌でも声が聞こえてくる。どうやら注文していた品を取りに来たらしい。
――何を注文したのかしら。というか、あの子って魔法使いよね。どうして武器屋にいるの?
自分には関係ない、どうでもいい、と思いながらも好奇心は抑えられず、クリスの目はちらちらとキリオンに向いてしまうのだった。
やがて店主が黒い杖のようなものを手にして戻ってきた。
端に埋め込まれた魔晶石の意匠が、魔法剣士の使う剣に少し似ているようだった。
キリオンは杖を受け取ると、いろんな角度から眺めだした。そしてたぶん納得の行く出来だったのだろう、へこへこと店主に向けて頭を下げてお礼を言った。
キリオンがくるりと振り返ったのでクリスは慌てて目をそらした。見ていたのを悟られるのはどうも気まずい。
知らん顔で剣の物色を再開しながら、ちらっと後ろを見るとキリオンと目が合った。
キリオンは頭だけでかるく会釈をして店を出ていった。
一人になると、クリスは肩の荷がおりたようで少しほっとした。
そして適当な剣を選んで買ってしまうと、今日やろうと思っていたことが終わってしまったのだった。
――いま帰ってもシホは働いてて退屈だし、試し切りも兼ねてギルドで仕事でも受けようかしら
シホの働く姿を見ていたい欲求はあるものの、見ると口を出さずにはいられない。そうすると店を追い出されてしまうので、シホの働いている間はなるべく食堂に行かないというのが暗黙のルールとなっていた。
クリスは仕方なくギルドへと足を向けた。
……が、歩いていると、見覚えのある後ろ姿を見つけてしまった。
ついさっき別れたばかりのキリオンだ。
おそらくキリオンもギルドへ向かっているのだろう。先に武器屋を出たのはキリオンだったが、クリスのほうが足が速いせいで追いついてしまったのだ。
――どうすればいいの……
そのとき、クリスの頭に選択が浮かんだ。
1.話しかける
「また会ったわね」って? そこからどうしろっていうのよ。
2.別の道を通る
逃げてるみたいで嫌だわ。
3.無視して追い抜く
――っていうか、なんでわたしがいちいち悩まなきゃいけないわけ? 誰が居ようと関係ないじゃない。無視して追い抜いてやればいいのよ
すたすたと、歩調を速めて追い抜こうとしたそのときだった。
「あれ? 二人が一緒なんてめずらしいね」
聞き覚えのある声に目を向けると、メイド服に身を包んだ赤髪の女がいた。『メイド喫茶きゅあかると』その店のちょうど前だったのだ。
前にいたキリオンが小首をかしげてつぶやいた。
「ふたり……?」
くるりと後ろを振り返ってクリスと目が合った。
気まずい沈黙。クリスは苛立った。
――これじゃ、まるでわたしが後を着けてたみたいじゃない!
「べつに一緒に歩いてたわけじゃないから。たまたま向かう方向が同じだっただけよ」
口に出してみると、本当のことなのに妙に言い訳っぽくなってしまい、クリスは胸の奥がかゆくなった。
ロゼッタがにやりと笑い、それもまたクリスの癇に障った。
「まあ、なんでもいいけど。ちょうどいいや。二人ともどうせ暇なんでしょ? 試作したケーキがあるからちょっと食べてみてくれない? 人の意見が聞きたいんだよねー」
「暇じゃないわよ。新しく買った剣の試し切りをしたいんだから」
「そんなのいつでもいいじゃん。ほら、入って入ってー」
「あ、あの、えっと……」
半ば強引に店の中へと押し込まれる。
暇をしていたのは事実だし、苛立っているとは言え、抵抗してまで断るような理由もクリスにはないのだった。
喫茶店の中は静かで誰も客がいなかった。
テーブル席に通されて、向かい側にキリオンが座る。
「相変わらず暇そうな店ね」
水の入ったコップを持ってきたロゼッタが勝ち誇ったように笑う。
「ふふん。残念でした。今日は定休日なの。最近『きゅあかると』と言えば今を時めく人気店なんだから」
「へえ、本当?」
「ぎょ、行列ができてるの、見たことある、あります……」
キリオンが肯定の言葉を発した。
「おかげで新しく店員も雇えたし、ようやくあたしも店長として落ち着いてきたかなー」
「ふーん。意外とちゃんとやってるのね。……っていうか、あんた休みの日でもその服着てるわけ?」
「み、店にいるんだから別にいいでしょ。仕事着なんだから!」
「なんだかんだ言って気に入ってるんじゃない……」
少し待っているとロゼッタがケーキを二皿持ってきた。
「せっかくだから季節ものを使ってみようと思って、クリを使ってみたんだ。実はシホさんに聞いた話を参考にして作ってみたんだけど、どうかな?」
「うん。美味しいわ。さすがシホね」
「シホちゃんのケーキ……美味しい……」
「作ったのはあたしなんだけど!?」
食べながら、一応きちんと感想を伝えると、ロゼッタは納得したようでお茶を淹れに戻っていった。
空になったお皿を前にして視線を先へ送ると、キリオンのケーキはまだ半分くらい残っていた。
一口がやけに小さいせいだ。時間をかけて味わって食べているのだろう。
――こうして正面から見ると、意外と顔は悪くないのよね
前髪で目が隠れているのが少しもったいなく思える。
初対面の印象のせいで苦手意識を持っていたけれど、おどおどとした様子も小動物のようで愛らしく見えなくもない。
じっと見ていると、キリオンが視線に気付いたようで恥ずかしそうに顔を伏せた。
「あー、ちょっと。クリームが顔に付いたわよ」
クリスはハンカチを出してキリオンの頬をぬぐった。
キリオンがびっくりしたように目を丸くして、クリスを見つめた。
そして、かすかに頬を赤らめてお礼を言ったのだった。
「あ、ありがと……」
一瞬、胸の中にわいた庇護欲のような感情を、クリスは慌てて否定しながら口を開いた。
「べ、べつに、わたしが気になっただけで、あんたのためにやったわけじゃないから。勘違いしないでよね!」
クリスはそう言ってから、なぜだか負けたような気持ちになったのだった。
――この子、やっぱり苦手だわ……
「えっ、二人でケーキを食べに行ったんですか!? ずるいです!」
「違うわよ。たまたま通りがかったところをロゼッタに無理やり押し込まれたの」
今日あったことをシホに話したら、珍しく悔しがっていた。
――ちょっと疲れたけど、こういう日もたまには悪くないかも?
と思うクリスであった。
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