44. 本屋さんと秘密の部屋
ギルドに向かう途中で大通りを外れて道を曲がり、少し坂を上ったところにそのお店はあった。
頭上の看板には本の図柄が描かれている。
クリスが木の扉を開けて中へ入っていく。
それほど広くない店内の壁はすべて本棚になっていて、床から天井まで大小さまざまな大きさの本でぎっしりと埋め尽くされている。棚から溢れてしまったのか、中央に置かれた机の上にも本が積み上げられていた。
私たち以外にもお客さんが2、3人見える。はしごに乗って棚に本をしまっているおじいさんは店主だろうか。
私はクリスに小声でささやいた。
「すごく本がいっぱいありますね!」
「当たり前でしょ、本屋なんだから」
道すがら聞いた話では、この貸本屋は本の貸し出しだけでなく買取り販売も行っているという。借りてみて気に入ったら買えば良いということらしい。
「こども向けの本はどこでしょうか」
「そういうのは入り口側にあるんじゃないかしら。ほら、こっちよ」
クリスに付いていきながら、店内をぐるりと見回した。
どうやら入り口から進むにつれて専門的な本が置かれているらしく、店の奥の棚に目を向けると大判で重厚なつくりの背表紙が並んでいる。
その突き当たりの棚の向こう側に、客の一人が入っていった。よく見ると棚でしきられた小部屋のようなものがあって、奥の隙間から先へ進めるようになっているのだった。
何があるんだろう。気になって目を凝らしてみると、少しカラフルな背表紙とイラストが描かれた表紙がならんでいるのが見えた。少なくとも堅苦しい本ではなさそうだ。
「私、ちょっとあっちの棚を見てきますね」
「ん、わかったわ」
しゃがんで棚を物色していたクリスに声をかけて、私は店の奥へと向かった。
角を曲がって小部屋に入ると、空気が何か違う。まるで全然別の店に入ったみたいだ。
小部屋に一人だけいた女性客と目が合ったので軽く会釈をして奥に進むと、女性客は入れ替わるように出ていった。
目についた棚から適当に本をとってページを開く。
軽く目を通してみると、難しい言葉が多くて飛び飛びにしか意味がわからない。どうやら剣や魔法が飛び交う冒険小説らしい、ということはなんとなくわかった。面白そうではあるけど私にはまだ読むのが難しそう。
ぱらぱらっとページを送っていくと、微細なタッチで描かれた挿し絵のページがあった。それは鎧をつけた戦士ふうの女性が鬼のようなモンスターに組み敷かれているイラストで――
「…………」
私は本を閉じた。これ、えっちな本だ……。
ふうっ、と息をついて棚に本を戻す。次に目についたのは、表紙にきれいな女性が描かれた少し薄い本だった。開いてみる。中身はイラストと文章が半々くらいの割合で……。
「……………………」
まあ……見方によってはこれも絵本と言えるのかも……。
というか、この小部屋ってもしかしてえっちな本しか置いてない?
イラストの中では、裸の女の人がふたりで体を絡み合わせるようなポーズをとっている。次のページも、また次のページも二人が組み合っていて、それはまるで曲芸のようでもあり芸術のようでもあり、つい見入ってしまう。
「うわあ…………。えっ……こんなところに……?」
「シホ、なに見てるの――?」
「あ、クリス」
いつのまにか後ろに来ていたクリスが私の手元をのぞきこんだ。
「はっ…………?」
みるみるうちに、クリスの肌が朱に染まっていく。
けれどもクリスはイラストから目を離そうとしなかった。
私はクリスの顔をのぞきこんだ。目を見開いて、石になったみたいに固まっている。
目の焦点が合っていない。
私は本を閉じた。
棚に本を戻し、立ち尽くしているクリスの手を引いて小部屋から出た。クリスはおとなしい子供のように私のあとをついてくる。
ちょっと刺激が強かったみたいだ。外の空気に当てて頭を冷やしたほうがいいかもしれない。
しゅーしゅーと頭から湯気が出ていそうなクリスを店の外まで連れていって、ベンチに座らせた。
しばらくぼーっとしていたかと思ったら、クリスが口をひらいた。
「……んなっ……」
「な?」
「なんてものを見せるのよっ! この変態!」
開口一番罵倒された。
まだ顔の火照りは冷めていないらしく、頬は赤く目が少し潤んでいる。
「すみません。でも、誤解です。私だってえっちな本を見るつもりはなかったんです」
「だからって、よりによってあんなっ! あんなものを見せるなんて……。なに考えてるのよ…………し、シホは、ああいう……あの…………」
勢いのよかったのは出だしだけで、見たものを思い出したのか、また顔が赤面して次第に声が小さくなっていった。何か言っているけど、もにょもにょと口のなかで呟くばかりで言葉を聞き取ることはできない。
「クリスはあの小部屋のことは知らなかったんですか」
「し、知らなかったわ。……というか、店に入ったこともなかったし。本なんて普段読まないから」
「じゃあ、どうして今日は一緒に来てくれたんですか?」
私が聞くと、クリスはふいっと顔を背けた。
「べつに……なんとなくよ。シホが行きたがってたから」
私が興味津々だったから、自分も興味あるふりをしてたってこと?
「無理して私に合わせなくてもいいですよ。私は本が好きですけど、クリスの好きなものも知りたいです」
「好きなもの……?」
クリスが私の顔をじっと見て、ぽっと頬を赤らめた。
「と、特に好きなものはないかも」
「そうですか……。じゃあ、また今日みたいに二人でお出かけしませんか? 私、もっとこの町のこともクリスのことも知りたいです」
「ま、まあ、シホがそうしたいなら、行ってあげてもいいけど……?」
そう言ったクリスの表情は、言葉とは裏腹に楽しそうに笑っていた。
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