43. 物語の話
ある日の昼休み。
遅めのお昼ごはんをクリスと一緒に食べていたところに、リルカがやってきた。
にこにこ顔で、後ろ手に何か隠しているようだ。
「ねーねー、シホさん、いいものもってきたよ~」
「え? 良いものですか? なんでしょう」
私がたずねると、リルカは隠し持っていたものをテーブルの上にぱたんと置いた。
「これは?」
「えへへー、リルカの大好きな絵本だよ~」
「絵本ですか」
へえーと感心する。茶色い装丁の表紙には、剣を構えて鎧に身をつつんだ人物がドラゴンとおぼしき怪物と対峙している様子が描かれている。
ここのところ休憩時間に文字を教わっているので、その延長としてリルカが本を持ってきてくれたようだった。
「どんなお話なんでしょうか」
「ああ、これね。わたし知ってるわよ」
「だめーっ。言っちゃったら面白くないでしょ。シホさんに読んでもらおうと思ってもってきたんだもん」
「ご、ごめんなさい。それもそうね」
クリスが素直に謝った。リルカはネタバレに厳しいようだ。
「じゃあ早速読んでみてもいいですか?」
「うん。読んで読んで~」
リルカが隣に座り、クリスと私と3人で本のページに目を向けた。
「ええと――
ずっとずっとむかしのおはなし
あるひ、ドラゴンがおしろにやってきていいました
……これなんて読むんですか?」
「ざいほう、ね」
「なるほど、ありがとうございます。
『しろのざいほうと、ひめぎみをよこせ』
もちろん、おうさまはことわります
『とつぜんなにをもうすか きさまにくれてやるたからなどないわ ものども、であえ、であえ!』
――」
王様の号令のもと、お城の兵士たちはドラゴンに立ち向かうのだけど、皆殺しにされてお姫様はさらわれてしまう。
「これは、なかなか急展開ですね」
「あのねあのね、この次がいいんだよ!」
リルカにせっつかれるようにしてページをめくっていく。
お城に居座ったドラゴンを倒すため、幾人もの勇者が戦いを挑んだが皆返り討ちに合ってしまう。
そして、人間の国から一人の女騎士がやってきた。
『わたしがあのドラゴンをたおしてみせる!』
「……女騎士? というか、人間の国って」
人間の国から、と書いてあるけど、この話の舞台はどこなんだろう。
リルカが私の腕をひっぱった。
「ねえねえ、この騎士さま、エミリーさんににてるでしょ?」
「確かに……」
挿し絵に描いてある女騎士の風貌は、中性的な風貌と髪型がエミリーに似ているようにも見える。
クリスが私に言った。
「この絵本はね、獣人のお姫様と人間の騎士の話なのよ」
「ああ、そうなんですね」
言われてみればお城の登場人物は動物っぽかった。
次のページからは女騎士によるドラゴン退治の冒険が始まった。
ところどころわからない文字を教えてもらいながら冒険の物語を読み進めていく。
襲いくる魔物を倒し、毒沼を越え、幾多の困難に打ち勝ってついにドラゴンと相まみえるところまでやってきた。
「これって城下町とお城の間のお話ですよね。どうして毒沼があるんですか?」
「細かいことは気にしなくていいのよ」
「そーだよシホさん、冒険っていったら毒沼なんだから」
「そ、そうなんですか」
私の知ってる冒険とちょっと違うかも。
「――はげしいたたかいのすえ、ついにきしはドラゴンをたおしました
『ひめさま! ごぶじでなによりです』
『ああ、わたくしのために こんなにきずだらけになって』
『これしきのきず ひめさまをおもえばなんともありません』
『なんてすてきな きしさまなんでしょう』
ふたりは こいにおちました
おしろとざいほうをてにいれたふたりは あたらしいくにをつくり、
たくさんのこどもとともに すえながくしあわせにくらしましたとさ
おしまい
……ああ、よかった。ちゃんとハッピーエンドなんですね」
「リルカこのお話大好きなんだー」
リルカがうっとりとした目で最後のページを見つめている。
「まあ、昔本当にあったことだと思うと、憧れる気持ちはわからないでもないわね。わたしもこういう冒険に憧れたもの」
「えっ、これって本当にあったことなんですか?」
「もちろん絵本のために作られた部分もあるけど、大体はね」
「へえー。そう聞いてから見返すと、また違って見えますね」
改めて最初からぱらぱらとページをめくっていると、気になることを見つけた。
「この子供はどこから来たんでしょうか」
最後のページの挿し絵には、仲むつまじく身を寄せる二人とともに獣人や人間の子供が描かれている。
お城にいた人たちは死んでしまったはずだし、姫と騎士以外にそれらしいキャラクターはいなかった。ちょっとしたミステリーだ。
「えー? お姫さまと騎士さまの子供に決まってるでしょ。シホさんってば、変なの」
「……ですよね」
でも、この騎士って女騎士だったよね?
まあ二人じゃ国にはならないし、それらしく描いただけなのかな。と思っておくことにする。
「リルカさん、こういう本って他にもあるんですか? 私もっといろんな本を読んでみたいです」
「それなら貸本屋さんに行くといいよー。いろんな本がたくさんあるの」
「貸本屋さん、ですか」
こういう本はそれなりのお値段がするようで、買い集めるのは現実的ではなかった。
そこで庶民の味方になってくれるのが、低価格で本を貸し出してくれる貸本屋さんというわけだ。
「貸本屋さん、行ってみたいですね」
そうつぶやくと、クリスが勢いよく手を挙げた。
「わたしどこにあるか知ってるわよ! シホが行きたいなら連れていってあげてもいいけど?」
「本当ですか? では、いまから行きましょう!」
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