40 深閑たる叡智
現地時間昼過ぎに転移したので、地球に降り立ったのは真夜中。Wアラームは鳴っていなければ、カーテンを閉めた状態で旅立っているので、転移の光が漏れ出たこともないだろう。問題は、不法侵入の形跡だが……
「――チェックメイト」
それは既に発生していた。誰もいない、誰も入れないはずの室内に、一人――居た。転移してきた瞬間、不法侵入の形跡がないことは確認している。全ての物の配置が何一つ変わって無く、他人の残り香も全くなかった。今回は居間に降り立ったが、玄関のチェーンもかかったまま、カーテンの波打ち具合も前のままだ。それなのに不法侵入されている。ここまで完璧にできる奴とは、敵対したくないもんだ。
「あはは……それはどうかな?」
「何っ?」
転移中という場面であったからより一層警戒心を高めていたこともあり、通常時だったら敢え無く言葉通り詰むところだったが、しっかり対応している。とはいえ相手はかなりの手練れだ。相手の腹部にナイフを添えることはできているが、耳元で囁かれるぐらいには肉薄されているし、首元にナイフを突き立てられている。元を辿れば俺の間違えだが、土足状態で転移してしまったのが功を奏し、相手の脚を靴で踏みつけ、いつでも靴底から毒針を刺せる状態にもしている。
「足は拘束したはずでは……」
「え? それお前の足じゃないか?」
最初は人物像も隠す為か、中性的な声色で喋っていたが……女性らしい声色に変化させて、足元を確認している。よくそんな悠長に足元を見れるもんだが、お互いに命を握り合っている以上許さざるを得ない。
――といっても、それは一対一の構図の場合。今回は相手にとって運悪く、一対三の構図だ。相手が足元を見たのは余裕からではなく諦めで、俺も勝利を確信しているので阻害しなかった。
「大人しくしなさい」
俺には当たらない位置からM1911を構えるルミーナは、相手視点いつの間にか俺の腰から奪っていると映っていれば、こんな民家で発砲できないだろうとも予想されるはず。答えは意外と単純で、拳銃を取ったのは転移時に密着していて手に取りやすかったのと、地球人相手には有効打になるからだ。発砲に対するリスクは魔法でかき消す前提なので、ここは推理できないとしても、ルミーナが拳銃を構える行為に違和感はない。
視界が開けた瞬間しゃがみ込んでいたマリアは、足元に仕掛けられていたピアノ線を逆利用して相手を拘束し、翼を使って超人的な行動速度で相手の背後に回ったかと思えば、急浮上して天井に張り付いている。羽音は消せなくともリスクの低さと得られる効果が大きい。天井にいるのは拳銃の射線に入らないようにするためだけでなく……お互いにいつでも殺せる状況下では、閃光弾を使って一旦距離を取ったり、反撃を開始するとも考えにくい。あるとすれば、超人的な力を発揮して一気に形勢逆転する場合や、家諸共爆破される場合。前者であれば、同じく地に足を付く俺やルミーナに傷を負わせることはできても、真上にいるマリアにまで傷を与えるのは現実味がない。相手が魔法使いなら安全とは言い難いポジションだが、地球人であることは既に分かりきっている。後者も逃走されないように拘束しようと仕掛けられてはいるが、自爆前提を強いられる奴がこれだけ強者だとは考えにくい。それは取捨選択を誤っている。
「完敗……だ、ね」
諦めたのか、気が抜けた相手はナイフを下したと思えば……瞬時に刺し掛かってきたが、そんなやり口が通じる相手にこの三人態勢を整えられるとでも?
「あーあ、また今日も負けちゃったよ~……」
ナイフをすんなり奪い取れたかと思えば人ん家なのに構わずソファに座り込んだので、ふわっと着地したマリアが明かりをつけると……忍者らしい服装とのハイブリットになっているが、見覚えがある特徴的な巫女服が視界に入ってくる。
ルミーナからM1911を受け取りつつ、
「俺が訛ってるから行くときは交戦しろとでも言われてんのか?」
正直生身の人間でここまで追い込んでくる奴は新谷家にしかいない。そうだとわかっていても、確実に殺しにかかってきていたので、気を抜くわけにもいかなかった。
ナイフの位置的に相手を直視することが許されなかったので、ようやく誰か分かる――藍ちゃんだ。確か今までに俺から37回殺されかけて728回傷を負った悲しき少女だ。かといって華奢な体に傷跡一つ残っていないぐらい自然治癒能力が高い。
戦闘中に邪魔にならない為か、黒髪セミロングを首下あたりで結んで小さなポニテみたいになっている藍は、
「三対一は想定外だったな~次は勝つからね」
あの質問には口封じされているのか、回答することなく自信に漲った視線を向けてくる。
「一対一だったら勝機があったかもな」
このだらけた印象に反して戦闘時には大胆さが生まれるので、昔はそのギャップで予備動作が予想できたが……数年合わないうちに強大な力を蓄えたようだ。最善を尽くしたはずが、いつの間にか俺にもナイフが突きつけられていた。
「あたし強くなったでしょ?」
「ああ、少し見ないうちにかなり」
最後に見たとき大体身長が155センチぐらいだった。でも今見てみると身長に差はない。見た目の変化もあるとしたら胸部が一般的なサイズに成長したぐらいで、シルエット自体にほぼ差はない。昔は成長途中だったが今成長が止まっているということは、藍も遂に代償が来たということだろうか。
「それで今回は何の用事で?」
実年齢的にはもうちゃん付けしづらいラインだろうが、見た目が変わってないせいで幼く思えてしまう。ソファで一息つく姿も乙女そのもの。異世界といい年齢の概念が無い人たち相手とは認識の線引きが難しいもんだ。
「お手紙だよ。それじゃあね」
そう言って腕が動いてもいないのに机上に和柄で縁取られた白い封筒が置かれたかと思えば――
「え?」
「……行っちゃったわね……」
まさか渡すもん渡してから直帰するとは思ってもいなかったので、完全に意識の外だった。ソファに座っていたはずの藍は瞬間移動でもしたのかってぐらい跡形もなく姿を消している。ただの日常動作にまで意識を張り巡らせる必要があるほどこの世は腐っちゃいないし、そんな非効率で生きていける程人間離れした精神力を有していないので、精神を具現化した傀儡だと言われても納得できてしまう。せめて外から閉めることができないはずの窓の鍵ぐらい開いたままであってほしい。
三人の視線が自然と手紙に集まっていき……開封する。
「『未知の勢力が拡大する気配を察知している これより本殿の再建を実行する 萩耶殿は時が満ちるのを待て』」
「……どういうことよ」
「さあな」
明るくなった室内でくっきり見えてくる手紙の文字は零麗が書いたものと見受けられる。流石に俺の判断抜きで本殿の再建を開始するとは思えないので、前回零麗と紗結に言った『再建した方がいいかも』という憶測から現状の思考を読み取ったり推理できる才能がある明里・唯・優佳辺りが絡んでいることも確実だろう。ともなれば、現状の新谷家全員の意見をまとめた結果に近い話になるはず。俺自身が冒頭に記された未知の勢力について全くの情報を握っていないので、素っ気ない言葉が漏れたが、
「少なくとも俺の身を――というか、新谷家を隠し通しつつ存続させるためには、各地に散らばった情報源の集約が必要になったってことだろうよ」
「一人で守っていた分社もあったみたいだし、一つにまとめるのはいいかもしれないわね」
どこかで新谷家の存在が明かされたということであれば、本殿の再建には至らないだろう。また、加護の効力を強めるためという訳でもないはず。一つ増えたところで高が知れている。考えられるとすれば、未知の勢力とは敢えて伏せているのではなく予想段階なのでそう表記しているのであって――転移現象を取り巻く中心地は、東京。日本は少なくとも東京以外で転移現象が発生した前例はない。今後起こりうる一斉転移やそれに伴って発生しうる企業や派閥間の衝突や情報漏洩に備え、少なくとも神社として営んでいる京都は残しつつも本殿に集約しておこうということだろう。そういうことであれば、分社数減少による加護の弱体化や人口減少による秘匿性の欠如にも対応できる。
「将来的に国が千穂を人質として扱い、新谷家を奥の手として悪用する可能性だってある。そうなったらこっちの結論次第では契約を破棄して地図アプリとかに表記され始めたりするだろうからな。転移現象が少し落ち着いている今が絶好のチャンスかもしれない」
物を解体するのは簡単なことだ。でも造形したりかき集めるのにはどうしても時間がかかる。本殿の建設を進めるのと並行して、現行の分社を閉じつつ京都や神奈川に集まるのがよさそうだ。それで手が余った人は建築に回ればいい。本殿であれば秘匿性が最重視されるので、地元の協力を得て建築士にお願いすることは厳しいだろう。
「造るっていっても、数年かかるんじゃないの? 規模にもよるけど……」
ルミーナが言う通り、掘っ立て小屋なら直ぐにできるだろうが、少なくとも100人は私生活を送れる大きなスペースが必要になる。しかもそれらを建築士も無しで隠れながら設計して行かなければならない。いくら今が絶好のチャンスといっても、このチャンス内で完成させるにはそれこそ魔法でも使わないと実現できない訳で……
「バ先に威厳の無い狐が居るだろ?」
「ホントに神なの? いまだに信じられないんだけど。てっきり異世界人じゃないかなって」
「新谷家について口伝いでしかないもんな……実感なくても仕方がない」
やってくれるかは別として、一部メンバーに会ってはいるが実際に新谷家に行ったことが無ければ、一員となって技が使えるようになったわけでもない。実際に俺がやってのけているとはいえ、異世界特有の魔法という概念の影響で実現可能と思われてしまっているのが痛いところかもしれない。
「とりあえず明日は狐と校長に話に行ってくる」
狐とは現状の情報共有と本殿再建の助太刀依頼なので話が早いが、校長とは真相を聞き出したり今後の方針を定める必要があるかもしれない。その過程で神奈川の分社に行く可能性もあるので、明日は帰宅しない可能性すらある。その辺は当日契約の恩恵で察してもらうことにする。いくら俺が新谷家のドンだとしても、正式に加入したわけでもない人間を連れていけないからな。
「萩耶も早く結婚相手考えた方がいいんじゃないの? 新谷家が萩耶の代で終わっちゃうか、近親相姦する羽目になるわよ」
萩耶『も』って部分に石塚や愼平のような恋に邁進する人物が対照にされていることを感じられるが、空回りと変態を比較しないで欲しい。ただ徐々に人が減る新谷家の現状を懸念してか、心配してくれるのは悪い気がしない。でも実際は――
「今はまだそこまで考えられん。俺の認識では結婚の順列はかなり後の方だ」
偽りの兄妹設定で異世界人を三人も連れているという複数の大問題を抱えた状態で結婚相手なんか決定できるはずがない。少なくとも異世界人が地球人と共存できる環境が生まれないと、相手が理解者であっても三人が行き場を失ってしまう。
というより三人と異世界ではカレシカノジョといった前提関係をすっ飛ばし、血の繋がりのない相手と家族関係になるためにいきなり結婚に値する契約を交わすという過程を踏んでしまったせいで、この辺の認識が分けわからなくなり、なんかあまり乗り気にもなれなければ、結婚願望も湧いてこない。ルミーナに至っては結婚相手と決めた人に着させるはずの戦闘着をあげてしまっているからな。かといって三人をやけに家族として意識しているという感情もなく……新谷家が現代で終わるなら終われ、存続が必要なら泣く泣く、というあまり定まっていなければそれで良しとしているところがある。
「そういうルミーナは俺が結婚したらどうするつもりなんだ?」
回答に困った質問に対するカウンター……という訳ではなく、純粋に気になったので聞いてみる。
「どうするってなにも、それが萩耶の選択でしょ? 何も変わらないわよ。兄妹なんだし一緒に居ても可笑しくないはずよ」
「いや多分可笑しいな……」
確かに異世界人だから俺が見守る必要があるという部分が理解されていればまだしも、それは多分戸賀兄妹を見すぎて認識が可笑しくなっている。普通兄妹はあれほど仲良くするものじゃないし、家探し中とか出張中とか、特殊な理由がない限り親元を離れた先で同居をするとは考えにくい。
質問の前提として俺達が正規の兄妹になっている回答内容だったが……
「やっぱり何もかも異世界人と地球人との関係性を改善させないとだな」
「結局はそこに行きつくのよね……」
そもそもそういう面を意識しながら生活しなければいけない実情に違和感がある。異世界人だって世界が違うだけで地球人と同じ人類だ。見た目や知識、技術に差はあれど、どちらも考えて喋ることが可能な生き物だ。なぜ同等に扱うことができない。外国の人を同等に扱えるのならば、異世界人だって同等に扱うことは可能なはずだ。
その中でも俺は異世界人と暮らす選択をとり、和解に向けて行動方針を定めている唯一の存在であることを自覚している。そして実現に向けて拍車をかけることが可能な転移技もある。そんなことよりも真っ先に、この差別状況をどうにかすべきだろう。
翌日、仮眠を取ってから普通の高校生を模して朝から登校し、昼休みに入った瞬間教室から飛び出す。俺が目指す先は食堂でも売店でもない――バ先だ。
教室で駆け出した俺を見て驚いた愼平と、廊下ですれ違った石塚が尻もちついていた記憶が微かにある中、狐と色々話し……
〔大変なことになった。カフェバイトは昨日で終了だ〕
〔そう……残念だけど、必要な犠牲だわ〕
その原因は話を受けて狐とその部下が元々の居場所でもある京都の分社に移ることになったからであり、決して悪い話ではない。金欠リーチを代償に、本殿再建の話が前向きに検討されていることになる。
〔新しいバイト先の情報を収取しておきます〕
何だかんだ一番の稼ぎ頭であるマリアは作業を淡々とこなしてくれる代りに、最低限の会話しかしないのでほぼロボットのような状態になる。その為知人系のバイトでも接客業は向いていないので、どうしても限られてしまう。本職のメイドが活かせる案件が見つかることを期待しておこう。
退治に戻った頃には既に午後の授業が始まっている時間帯だったが、午後から校長室に呼び出されていることが周知されている名目上の状況があるので、急ぎはするが焦りはしない。
校長――いや、千穂に事の経緯を聞き、そう予想されてはいるが一応俺の口から正式にOKサインを出しておき……そんなに話が長引くこともなく、数時間後には授業に合流していた。実際のところある程度予想がついていたので、直ぐに状況整理ができた。強いて言えば、警備体制が整いにくい建設当初は特に俺が本殿の再建について関わることは監視が付けられている以上リスクを伴うので、零麗をプロジェクトリーダーに任命し、全ての判断を委ねることにしたぐらい。一応適宜連絡をくれるそうなので、その時にでも今後はいつ切ってもいいように千穂にはあまり首を突っ込ませないように告げておこう。千穂も、新谷家の元を離れて校長、それも国の手玉になっているので、ある程度の覚悟はできているはずだ。
「……それで? 何でお前が居るんだ?」
帰宅早々、特大ため息が出てしまう。
最近頭を使うことには慣れてきだしたとはいえ、将来の展望に関する内容や今後の金欠対策についてなど、比重が大きいものが何個も重なれば精神面がそれなりに疲弊する。一旦家で休んでから鍛錬なり情報収集なり対異世界人活動なり金策なり何かを始めようとしていたが、それら全てが先送りになってしまう一大事が発生してやがる。
「フンフン~♪」
丁度今ベランダで楓が作曲中か気分転換か分からないが、換気の為か少し開いた窓から美しいハーモニカの音色と知らない歌詞を歌う美声が聞こえてくる。十一月末なので辺りはもう暗くなっているが、それでもそこには温かい光があるように窓の外が明るく見えるし、聞く人の心を豊かにしてくれる力がある。普段ならこんな日常風景に癒されるところだが……今この瞬間は、癒されるような心境にはならない。
俺はルミーナと合流してから帰宅したので、先に帰宅している楓や石塚の状況はよくわからないが、マリアは昼から在宅だ。不法侵入されたわけではないだろう。石塚は聞く耳を持たないので、状況説明を求めるような視線をマリアに向ける。
「警告書があるからといって、それをお渡しする名目で侵入されました」
「警告書……?」
そういうことであれば、侵入されたというより入室させておいて逃げ道を失わせたようにも考えられるが……仮にもし警告されるような事柄があったとして、それをなぜ石塚が持っている? 保護者ならまだしも、赤の他人だ。
「最近、やや君が何もしなくなった……」
ようやく話しだした石塚は、珍妙な雰囲気を醸し出しつつ俺の前に立ちはだかった。
「やや君!」
「んだよ」
うるさい。目の前にいるのに数十メートル離れている人に向かって話しかける声量だ。
「学校ぐらいは来ないとヤバいよ! 留年しちゃうよ!」
「はい?」
ちょっと……何言っているのか分からない。去年留年が懸念されているのならまだしも、今年はまともに朝から登校していることが多い。ちょっと転校や通信に置き換わる期間があったとはいえ、仮に高校生だとしても留年とまではいかないはずだ。少なくとも試験を突破できる能力は有している。
「そうだよね、なら決定だね」
「は? ちょっと待てや。今の『はい?』は疑問形だろうが」
というか何を決定されたんだよ。留年しない為に決定すべき事項の例が何一つ思い当たらない。
書類片手の石塚は何か捺印でもする必要が生じたのか、机の方に向かっていく。勝手に決定されたので詰め寄ったというのに、物怖じされなかったのもどこか突っかかる。
「そもそも人の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ?」
少しでも気を引くためにも魔が差すような発言をするが、それでも石塚の行動が止まらない。またあの机を破壊しないといけないのか? 次は破片が飛びかねない。
「警告書っていうけど、萩耶相手に態々文書で送ってくる人なんて居るの?」
それはスマホを全然見てくれないからという意味ではなく、学校からの送付物であれば校長が直々に言ってくるだろうし、人工島管理公社であれば実際に家庭訪問してくるだろうから、こうやって紙を経由して警告をしてくることに疑問を感じるということ。
「いないと思うが……どうだろうな?」
実際に録音でもしてなければ紙でやり取りした方が確実に証拠は残せる。それが最近では電子データとしてやり取りしているとすれば、電子機器に疎い人相手には従来通り紙で警告を送っているのも理解できる。かといって警告された原因や、それを石塚が所有する謎は残るが。
〔警告書は実在してなくて、自宅に入るための口実なんじゃないの?〕
〔実際に投函された物なのは確かです。わたしが受け取ろうとした直前に引き抜かれました〕
〔普通に純粋に単なる極悪非道な泥棒じゃねえか〕
〔色々脚色されてるけどそうなるわね〕
正直そこまでしてくる奴だとは思ってもいなかった。入室を禁じるだけでなく、今後は郵便物に対しても施錠と警戒と禁止令が必要になるとは。コイツは禁じられなければ何やってもOKとでも思ているんだろうか。異世界と違ってこんな奴が居るからこの世界には法律という概念が必要なんだろう。
最近は利用料関係の紙は全てネットで確認する仕様になり、人工島なので謎のチラシが入ることがほぼなければ、ネット通販をしていない身としては週に一回何か投函されるかされないかレベルの頻度になる。一応マリアが一日一回見てはいるそうだが、中身が空なのはほぼ確実なので行動がパターン化されていて……それを知り得た石塚が、確認される前に中身を抜き取ったんだろう。よりにもよって警告書が盗まれたもんだ。アイツはラッキーガールだな。
書類をペラペラ捲る石塚にルミーナと両サイドから挟み込むようにして逃げ道を塞ぎ、紙に書かれた黒一色の小さな文字を読み取っていくが、盗み見に対応するために、楓が奏でる旋律を利用してルンルンと自然な流れで身を揺らしてくる。しかも今日は本当に運が良いんだろう。俺ん家のわちゃわちゃを感じ取ったのか、楓が疾走感のあるメロディーに変えたので、このルンルン具合も正当化できてしまう。ただ、相手が悪かったな。思考の共有もできる二人で見れば、直ぐに内容が読み解けるもんで……
「んだよ、留年通知かよ……」
確かにそれは一般的な学生であれば大問題かもしれないが、俺にとっては滅茶苦茶どうでもいい。警告書という言葉の圧が凄くて石塚の『留年』という発言を聞き落としていた。
〔すまん、言ってなかったな……ほら、俺って二週目を隠してるだろ? あれって形式上の奴なんだよ〕
〔すみません〕
〔いや、俺が悪いから気にするな〕
二週目を隠す選択をすると、午前を欠席していたら通常の高校生と同じ罰則を食らうことになる。といっても実際には高校生ではないので、連行された先では何の罰則も発生せず解放される。隠し通せた場合にボーナスが発生する都合上、先生たちにも一応情報共有がなされ、人によってはご厚意で高校生と同じ扱いをしてくれる。俺は校長と知り合いなので、担任が気を利かせて効力を発揮しないご立派な封筒を送ってくれたんだろう。去年二通ほど溜まっていたことがあったが、その時は郵便物を盗まれることはなかったので気にも留めずにゴミ箱行きだった。
書いても意味ない書類に代理でサインしている石塚は、
「お菓子食べる?」
「アホか、誰が食うか」
口にくわえた細長い棒状のお菓子の反対側を食えと言わんばかりにピンピン向けてくるので、
「あがづ!」
掌で口の奥にぶち込んでやりつつ……
〔どうしたもんか……〕
どうやって石塚を追いやるか思案する。
その紙が無力であることは言えないし、このまま家に居させると碌なことにならん。それに見たところマリアが晩飯の支度をする素振りはないので、今日は買い物に行けていないか、雑草ハンティングの日なんだろうが、この調子だと飯抜きもあり得てきた。しかし石塚が居る手前雑草なんか食い始めたら余計厄介なことになりかねないので、出前をする羽目になり出費が嵩んでしまう。今後の収入源の話もしておきたいので、早々に追い出したいところだが……言い訳が見つからない。
「サインしたことだし……それじゃあやや君! 勉強しよう!」
部屋に入れたので自ら帰ってくれることはないだろう。自分が一番したくないはずの勉強を持ち出してまで居続ける理由を作ってきた。
「その警告は成績不振ではなく出席日数の問題だと思うが?」
あくまで事実を告げただけだが、見事にカウンターを貰ったらしく……豆鉄砲を食らった鳩みたいになったかと思えば、すぐさま隣の寝室に移動していった。
「何がしたいのよ……」
「わかったら苦労せんな」
勉強したくない気持ちが強すぎるせいか、すぐさま舵を切ってきた。その思い切りの良さは他で活かして欲しい。
「いやぁ~、やや君の部屋は快適だね~枕に顔埋めてたい」
やれやれと少し遅れて後を追うと、いつの間にかスリップ姿になっていた石塚は人の布団に寝転がっていた。
「キモいからやめろ」
本当に気持ちが悪い。それを行うためだけに脱ぎやすい格好して、外にほっぽり出しづらい恰好になるとか、その発想力が勿体なさ過ぎる。どうしてこんなしょうもないことに活用するようになってしまったんだ。
「自分の家で寝ろ」
「えー、今日はお泊り会の日だよー?」
「勝手に開催するな」
少し帰宅が遅れただけで、ここまで悪知恵を働かせることができるとは考えにくい。その時に備えて、前々から何パターンか準備していたんだろう。言い訳を考えている間も感じない。
「十数段降りればすぐ自分家だろ、帰れ帰れ」
「やや君冷たーい」
「有難い誉め言葉どうも」
お返しに窓を全開にしてやろう。今年の冬も暖房を付けられない金銭的状況になりそうなので、寒さ耐性を付けるために寝室にはまだブランケットしか出していない。夏は全裸になったところで涼しくならないが、冬は着込めばいいだけの話。でもそのペース配分をミスると大変な事になってしまうので要注意だ。
幸い今日は夜風があるようで、冷気がどんどん入ってくる。その薄着だと三人分のブランケットを重ねたところで風前の灯火。風邪引くのは時間の問題だろう。
「――くしゅん! 寒っ……」
ブルッと全身を震わせた石塚は四つん這いになって周囲を見渡しているが……因みに脱いだ服のことなら、マリアが回収済みです。お疲れさまでした。
嫌がらせには嫌がらせで対抗し、念話内であくどい笑い声を漏らしていると……
「なんだ?」
このタイミングでいきなりスマホに着信が来た。石塚が細い目を向けてくるが、これは仕組んでいない。単なる偶然だが、有難く活用させてもらう。
「お前今すぐ帰れ、外出予定が入った」
電話してきたのは結乃だ。内容は教えてくれず、とにかく話があるから来て欲しいとのこと。声色的に悪い話という訳ではなさそうだが、いい口実ができた。
「なら帰ってくるまで待ってるね!」
「聞こえなかったか? 今すぐ帰れ。大義名分がある」
幸い前回のような獰猛状態じゃない。会話はドッチボールだが、奇声で威嚇してこない分マシか。
「別に明日になっても大丈夫だよ」
「かーえーれー!」
大抵こういうバカには知らない単語で捲し立てるか、無駄に誇張して強く見せれば何とかなることが多いが、石塚に限ってはそうはならない。『大義名分』と言われて一瞬フリーズしたように見えはしたが、独特な切り返し方で回避しやがる。
〔搬送するぞ〕
〔ピッキングしてきます〕
マリアは先に部屋を出ていき、俺とルミーナは石塚の手足を掴み上げる。この手厚い介護すらしたくないのは山々だが、こうもしないと出てくれないのも事実だ。
「え? 急にどうしたの?」
両手両足を持ち上げられた状態では身動きを取れるはずがなく、極限まで上を向いてこっちに視線を向けて来ようとするが、首の可動域的に不可能。そもそも返答する気はないので、偶には揺れる腹の脂肪とにらめっこでもしておいてくれ。
そろそろルミーナとマリアの合計体重すらも超えていそうな石塚をせーので離して家に投げ込み、べちと衝突音が聞こえてきた直後に玄関も閉める。これにて廃品処理終了。多少の狼藉はご愛嬌だ、廃品だしな。
「誰か縁の切り方……いや、合法的に人の記憶を消す方法か、人を殺害できる方法を教えてくれ……」
こんな物騒なこと人工島でも呟くべきじゃないが、石塚という厄介な人物が口元を緩ませてくる。
「BGM出演してみたけど、行った方がよかった?」
手に付いた邪気を払うように叩いてから、結乃の家にでも向かおうとしたところにようやく楓のお出ましだ。
「今回は何とかなったから大丈夫だ」
「ホントにー?」
全てお見通しの苦笑いに俺とルミーナも苦笑いを返した。
時は遡り本日の昼間の出来事。かえでの事務所から送られてきた内職用のグッズ達を受け取る為に玄関を出たマリアは、同じく隣の部屋から出てきた人物には目もくれない。隣の部屋の住民については最近話題に上がっているものの、他人に興味を持たないマリアからすれば、実害がない以上関係性を築こうとも思わない。
グッズは機密事項でもあるので署名しないと受け取れない仕様になっているが、隣の人物が頼んでいたものは置き配指定したものだろう。宅配員は導線でうちにも荷物を届けに来たということだろうが、配達完了通知が来て早々に回収しようとしたらしい。
かえで絡みの配達は決まって人工島管理公社の金髪高身長の男性。遭遇回数的にも他愛のない会話ぐらい交わしそうだが、サインをしてもらったら直ぐに「あざっしたー」とだけ言い残して階段を駆け下りていく。この女性は何も言葉を発さないという認識が根付いている証拠だろうか。
段ボールを抱えたマリアは部屋に戻ろうとするが……
「ねぇ」
この時間帯にこの場所には、マリア以外誰もいない。背中に声をかけられて、振り返らざるを得ない。
普段なら無視するが、今回振り返った理由は――
「うち、掃除してくんない?」
隣の住民が家の外に出て態々話しかけてきたからだ。
「……」
荷物を持ったまま回答は控え、相手の頭から足までをスキャンするように視線を動かす。田舎のゲーセンに屯してそうな着古した黒金のジャージにビーサンを履いた人物は、いかにも部屋着というラフさ。黒髪ロングにカチューシャをしているが、声色が男性だと言われても違和感を覚える程甲高くなく、恰好のせいで体のシルエットが全く見えてこないので正確な性別はまだ判断がつかない。
「あんたメイドでしょ? 好き好んでそんな恰好しないでしょ。それでも掃除できないっていうの?」
この世界にメイド服を常用する奇人は中々いない。それにメイドという職業が一般層には定着していないが、ここは異世界と一緒であの格好=メイドという紐付きにはなる。
「ねぇ、あんた――異世界人?」
目の前にいる人物は、まじまじと見つめてきたかと思えば――爆弾発言をしてきた。だがもはや感情が死んでいるようなマリア相手に何を言おうが、動揺しないし違和感なんか何一つ出てこない。
「ではないです」
「へぇ」
出会って早々異世界人だと見抜いたというより、全然喋ってくれないので言葉を引き出したという方が正しいのだろうか。ニヤついた相手は、ポケットから手を露わにして腕を組んだ。その動作で何かが持ち上がるように見えたが、服がダボダボ過ぎて正確な判断には至らない。ただ現状で分かることは――この人は、只者じゃない。
「名前は?」
「石塚愛奈です」
「嘘ついて楽しい?」
こういう場合、一方的に本名を明かすのは良くない。表情一つ変えず責任をなすり付けようと試みるが、既に名前を知っているかの如く、間髪入れずに言葉が返ってくる。
「……新谷茉莉です」
「ふーん。じゃ、よろしくー」
より一層ニヤけ、何も言っていないのに了承した前提で屋根のお陰で日影になっている廊下を進む。
顔以外のパーツは現在あの華奢な手だけしか見えていないが、その二つだけでも一生涯日光を浴びていないと言っても過言じゃない程に肌が真っ白だと判断が付く。日影にいながらもなんにでも染まりうる純白さを誇っていて、人工物と言われても納得できてしまう。それに相反するように右目尻の下にある小さなほくろがかなり異彩を放っていて、それが視界に黒点を残すように、女性である可能性が高い人物は部屋に戻っていき……扉が、完全に締まり切る。
一先ず部屋に段ボールを置いたマリアは……向かうべきか思案する。そして、萩耶やルミーナに相談すべきかも。とはいっても、それは監視されている可能性を考慮しての素振りであって、もう答えは出ている。
「結構普通に侵入できたんだな」
あの後、マリアは念話時に発生しているかもしれない未知のエネルギーにも考慮して独断で掃除に向かったらしいが、特に何事もなく普通に部屋掃除しただけで終わり……ポンと五万円渡されたらしい。色々考えさせられてしまってはいるが、半日掃除して五万円はかなりデカい。結乃の元へ向かいつつ一応偽札かどうか確認してみるが、どうやら本物っぽいし詐欺られてもいない。
「新しい稼ぎ口発見ね。こんな近場に穴場があるとはね」
「一方的に名前知られてんのは突っかかるけどな……」
マリアから聞いた話を元に、学校で見てきた連中を思い返していくが、どの顔や声、容姿とも一致しない。身長が162センチぐらいとのことなので、急成長した中学生ならあり得るが、ルミーナもピンと来ていないので学生の可能性は低くみていいだろう。となると学生以外が人工島に居続けるには理由が必要になるので、その辺で商売を営んでいるか、対異世界人関連の企業勤めということになる。流石に全島民まで把握していないので、誰とも一致しなくても納得できるが、あのアパートに何年も住んでいるのに今日初めて会った相手となると、妙なうす気味悪さを覚える。それも平日の昼間に私服で在宅だ。人工島に於いてどういう役割を担っているんだ。生産性が全く見えてこない。
八区にある結乃宅に入り、階段を下りた先に広がる工房にお邪魔する。
「三人で来てくれたのか」
「あーすまん、その辺なんも考えてなかった」
「寧ろありがたいのだよ」
三人相手に何かを伝えたいってことは、武装関連の話だろうか。結乃の表情からして重たい話ではなさそうだ。
「一先ず、上に来てくれたまえ」
工房に四人も座って話せるスペースはないので、ぞろぞろと居間に戻っていく。
結乃に適当に使ってくれと言われたマリアが人数分の緑茶を用意する中、装備の話とか近況報告をし……
「それで本題なのだが……逢阪雫瑚。この名前に心当たりはないかな?」
結乃は身長が低いので大きく見せるための自分用のソファに座ったままこちらの反応を伺ってくる。
「んー……知らんな。なんか聞き覚えのある名字だなーってぐらいだ」
流石にクラスメイトや同じ科の人間ぐらいしか名前を把握してないので、そことの照らし合わせにはなったが、誰とも一致しなかった。ルミーナとマリアも知らない意を見せる。
「逢阪雫瑚は、君の隣に住んでいる子なのだよ」
「何っ」
偶然なのか必然なのか分からないが、あまりにも時事ネタすぎてソファに座り直してしまう。
「興味深い反応だね。今まで隣人を把握していなかったのかい?」
「必要な情報だとは思ってなかったからな……」
「何か被害が起きていれば気にしただろうけど、何も起きてないのよ」
物音がしなければ人の出入りも見たことないし、夜間に部屋の光が漏れているところも見たことが無いので、最近までずっと完全に空き部屋だと思っていた。もしかしたら物音ぐらいはあったのかもしれないが、より迷惑な住民にリソースを割かれすぎていてそんな些細な出来事は意識の外だ。
「それで、そいつがどうしたんだ?」
本題はこんなしょうもない事じゃないはず。結乃が名前を知っているような相手が隣に住んでいるんだ。何らかに利益を出すことは間違いないだろう。そんな奴が今までずっと隣に隠居していたと思うと運がなさ過ぎて悲しくなってくるが、相手もアクションを仕掛けてこなかった辺り、俺達を必要としていないはずだ。今回はたまたま部屋掃除で必要になったまで。こういうことは普通起こりえるかはしらないが、一般的な関係性だ。
「逢阪君からお隣さんだし知り合いなのかと思っていたら、知らない人同士だって聞いたのだよ。今後の為にも一回出会ってくれたまえ」
俺達と逢阪という人が出会うこと自体には意味が無く、その先の一般的じゃない展開に意味があるはずだ。でなければいずれ出会う――もうマリアが出会ってはいるが――隣人関係を結乃が後押しする義理はない。
「それは二人が交わることによって生まれる化学反応が、転移現象の今後に何か役立つ新要素を生む可能性があるかもしれないからっていう意味か?」
単純に友達になれといっているとは思えない。だとしたら件名を伏せてまで態々呼び出さないだろう。
回りくどい言い方をすることもなく、ズバッと切り込んでいくと……結乃は一口お茶を飲み、
「そういうことだね」
否定してこなかった。否定されないと分かってはいたものの、否定してほしかった。
「……言っておくが、俺はWB社に入ったつもりはない」
ため息交じりに否定の意を見せる。結乃との関係性は武装の問題もあるので良好に保ちたいが、WB社の後押しになる行為はやりたくない。それが直接的にフレームアーマーらの戦闘能力に比例するかと言えばまだわからないが、少なくとも自分の立ち回りの障害となる相手に対してメリットとなる行為を進んでやろうとは思えない。
〔よく否定できたわね。感心したわ〕
〔別に現状転移現象について何か手詰まりになっているわけじゃないからな、お互い。だからWB社の技術ブーストになることはしたくない〕
二人からもこの話には乗らない方向性で良い反応を伺えたので、
「態々WB社の徳が増えるような行為に走ってまでそいつと関係性を築こうとは思わんな。すまんが二つ返事では会いに行かないぞ」
そうは言っても、案外こうなることも見越していたのか、結乃から動揺は伺えない。そして、この交渉を決裂してくれそうな雰囲気もない。……参ったな。
「因みに、それによって俺にメリットはあるのか?」
「それは会ってからのお楽しみなのだよ」
その含みは範囲が広いが、想定できなくもない。それらを加味した上でお断りの判断を下している。
「申し訳ないが、他をあたってくれ」
とんでもない条件をつきだされる前に退散した方がいい。そう思って立ち上がったら――
「一応、報酬も出す」
金のにおいがしたせいで、尻が急にソファの元へ吸い寄せられる。ルミーナから呆れたため息が聞こえてくるが、今の俺達は金に弱い。結乃はそれを把握していないはずなので、偶然なんだろうが……金銭が発生するなら、話を真面目に聞かないといけない。
〔この機会を逃せる財力とツテがあればよかったな……〕
〔こうなったら分捕れるだけ分捕るわよ〕
「金欠なのだね」
「今はその話は関係ない」
あははと笑う結乃が怖いよ。気付かれてしまった以上、俺達を金で買収してくるだろう。これは結乃個人の依頼ではなく、裏にWB者がいる気配がするな。
「というかお前、友達を金で売るのか?」
二人の関係性が見えてこないので、引き出すためにも勝手に友達という体で話を進める。
「自分の認識としては、逢阪君とは一般的な意味の友達ではなく、仕事仲間という認識だ」
ビジネスフレンドか。雲行きが怪しくなってきたと感じた直後、いきなり机上にポンと万札が置かれた。綺麗に積み重なっていたら分かりやすかったが……50万前後といったところか。
「先に渡すとか意地きたねーな。断らせる気がないだろ」
「断ってもいい。後払いにするぐらいなら先に払って幸福度を上げ、より良い効果を齎して欲しいのだよ」
魂胆を教えてくれるのはそういう話術なのかもしれないが、交渉事に強いアトラは異世界に居る。金も突き付けられ……こんなの、敗戦の未来しかない。
〔人との出会いに50万出すって、よっぽどの実力者なんだろうな?〕
〔相当の覚悟があるようね。交渉なしにしても会いに行きたいわ〕
隣人との出会いに期待が高まるが、同時に監視してくるであろうWB社への疑念も高まる。アイツらは俺を利用して一体何を企んでいるんだ。最近どの企業にも転移者の始末に回していた分を他に回せる余裕が生まれているので、その分スパイでも仕込まないと個人活動者は情報収集が間に合わない。
「わかったよ……何も生まれなくても俺のことを悪く言うなよ?」
「確約しよう」
トランプでマジックでもするのかってぐらい綺麗に展開された札束をかき集めてマリアに渡し、二度目の起立でようやく帰路につく。
「……あんたれっきとしたWB社の手駒ね」
「よくないとは分かっているが、ああも言われると気になるからな……出会える機会だけじゃなくて、金ももらえたんだしいいんじゃないか?」
視点を自分だけに向けると寧ろプラスでしかない。何なら出来事をちゃんと覚えておけば、WB社がどのように利用して発展していくかの逆算もできるはずだ。交渉してしまったから本能的に色々理由付けして正当化しようとしているのかもしれないが、今を生きることができる金額を手にできたという目の前の幸福で頭がいっぱいだ。
「合計50万円、全て本物の紙幣です」
「全く……詐欺には気を付けなさいよ」
「詐欺ぃ? ないない」
ジーっと視線を向けられる中、各家庭の晩御飯の香りが入り混じる夜道を歩く。
「あの部屋だよなー……」
アパートに近づく前に、直線上に見える離れた位置からスコープで201号室を覗こうと試みるが……カーテンがきっちり閉められていて光が漏れている様子はない。ほぼ確実に在宅だろうが、この時間帯に少しも漏れていなければ板か何かで完全に封鎖している可能性もある。
「部屋にある全ての窓を潰してまで隠さないといけない物でもあんのか……?」
俺みたいな重火器以外にも、薬物や拉致なども挙げられるが、そういうアングラな奴ではないことは掃除に入ったマリアが知っている。
「単純に日光が嫌いなんじゃない?」
「ヴァンパイアじゃあるまいし」
現に異世界人が隣に二名も潜伏できてしまっているので、冗談のつもりで言っても一笑に付せないのが現実。
遠くから盗み見ようとしてもそのうち乗り込まないといけない。いくら何も生まれなくても文句言うなと釘を刺していても、会いもしなければ結乃は逢阪と繋がりがあるので来てすらいないことがバレてしまう。
「まだ外居たんだ、寒くないのか?」
そろそろ八時になろうかというのに、アパートに着くなり裏から聞こえるギターの音に吸い寄せられてしまう。
「んー? ギター楽しんでたらなんともー」
言われて意識がそっちにも向いたのか、身震いした楓は、
「今日はシチューだよ」
「え? 飯じゃなくてだな……」
この時間帯に態々俺から出向いたので、用事で飯の支度が出来なかったので乞食に来たと判断されてもお財布事情的に無理もないが……
「あれ? 食べないの?」
そう言われちゃあ食べるしかない。一応二人に視線を流すが、帰って来たのは苦笑いと虚無だ。
「……貰うぞ」
どうやら俺の扱い方は簡単みたいだな。
何故か四人前作られていた楓のお手製シチューを有難く頂戴し、夜からお隣さんに挨拶に行くのもアレなんで……翌日、下校後に行くことにした。
「ん……?」
楓と登校中、スマホが振動したので画面を見てみると……
「どしたのー?」
「いや……ん……? なんかスマホにマスコットキャラクター? が表示されてて踊ってんだが」
このスマホは少し前に楓のお下がりと交換したものだ。一世代前とはいえ、新しい部類に入る方だろう。そういう新機能があっても可笑しくない。
「……これ、楓が仕込んだのか?」
通知音はごく普通のメッセージ着信の音だった。一旦立ち止まってスマホ画面を楓にも見せる。
「え? なにこれ……ボクそんなことしてないよ? ウイルスに感染したのかなぁ……」
楓の反応は完全に未知との遭遇といった感じ。演技派なので仕込んどいてその反応をすることも可能だろうが、心から困惑しているのか横からスマホをポチポチ押してくる。最初はよく目を真ん丸に見開いて口も呆ける石塚の真似をしていたので「アホの目やめてね」と言ったものの次第に真剣な表情に変わっていった。
「ウイルスって、インフルエンザ的な奴か? スマホにもそういうのあるのか?」
「んー、まぁ、操作の自由を奪ったり、情報を抜き取ったりするから、スマホの病気かなぁ?」
「俺の想像と一致していないことはよくわかった」
とりあえずマズい状況なのは理解できた。幸い失いたくないデータが入っていることはないので、このまま使えなくなってもいい。誰が仕掛けたのかわからないが、やりがいの無い相手に食らわせたもんだ。
「お使いのスマートフォンは現在ウイルスに感染しています」
「ウイルスに感染した状態でそんな案内してくれるのか……? 手遅れじゃないか?」
自動アナウンスの物まねをしていられるほど余裕があるものなのかわからないが、画面を触っても反応しない以上こちらから何かを起こすこともできない。
このレベルの症状は楓でも理解できない領域なのか、紅葉に電話をかけてある程度の状況説明をしている。
『そうですね……怖いので、電源を落としておいてお店に持ち込みましょうか』
曇った声色の紅葉も更なる理解者にバトンタッチする判断だ。病院に行って診察を受けて処方してもらうといった感じに、誰でも解決への道筋が分かるものじゃないらしい。
「電源って、ここ長押しすれば切れるんだよな? もうかなり押してるが一向に消えないぞ?」
『可笑しいですね……』
「普通だと5秒ぐらいで切れるんだけどね」
言われてからずっと押しているが、未だにキャラクターが腰を振ってきている。そろそろコイツにも腹が立ってきた。
『――来い』
「……ん? 楓今なにか言ったか?」
「え? 何も言ってないよ?」
紅葉との通話を切っていた楓は、俺の顔を不思議そうに見上げてくる。
「またまたー」
どうせお得意の変声で脅かしに来たんだろうと思ったが……
「ボク本当に何も言ってないよ?」
「嘘だろ……」
滅茶苦茶真剣な眼差しを向けられる。寧ろ嘘だと言って欲しい。だって聞こえてきたのは楓ぐらいの距離感からだ。
「確かに物まねはおちゃのこさいさいちょちょいのちょいだよー。でも今のはボクじゃないよ?」
言葉選びが妙に気持ち良く、突発的に言い訳を考えて出てくるような物じゃないことも分かる。だとすれば――
〔誰か俺に話しかけたか?〕
〔誰も話しかけてないわよ?〕
〔えっ……〕
どこからともなく脳内に直接語り掛けてくる念話かと思ったが、これも外れた。それも契約の恩恵で嘘をついていない裏も取れてしまう。
「あれ? 消えたぞ?」
画面上に映っていたキャラクターが突如消えて画面が真っ暗になった。電源ボタンはもう押していない。遅れて反応したとしても、電源を切る時は確か今から消えます的な告知が表示されたはずだ。今回何も表示されていない。
「んー? 急に消えるとは思えないし……充電切れかな?」
「確かに昨日から充電してないな」
「おー! ちょーラッキーだね! 充電が無ければそもそも動けないよ!」
といってもたいしてスマホも弄っていないので、どこでそんなに充電を浪費したのか疑問は残るが、消えてくれたのならこれ以上幸せなことはない。
「一回電源押してみて」
「あっ……」
言われて確認のために電源を押すと、普通にロック画面が表示された。充電切れというより、マスコットの表示が消えただけだ。未知の真っ黒い通知が数件溜まっているので、まだ感染中だろうが。
「ロック解除しないぞ?」
最近のスマホは優秀なので、顔認証や指紋認証がある。だがそれらが通らないので、最終手段のパスワード入力も試みるが……何故か、弾かれる。
「しゅうやんパスワード忘れたの?」
「1111だから忘れようがないんだが……」
「ガバガバセキュリティーだね」
「守るべき情報の一つもないからな」
何なら付けなくてもいいが、パスワード入力をつけない設定の方法がよくわからないので、とりあえず適当に設定している。
「パスワード書き換えられたのかな」
「たちわりぃな。でも幸い四桁パスワードタイプにしてるから、乱打したらいつか当たるだろ」
「無限のサル定理だ!」
ウホウホ言ってる呑気な楓を他所に適当に入力して行くが、当然当たるはずがない。
「それでパスワード突破するのはいいとしてもさ、待機時間が伸びていくだけなんじゃない?」
「そんな仕様があるのか?」
回答が帰ってくるよりも先に、次の入力まで一分待機しないといけなくなった。
「んー、あんまり触らない方が良さそうだね」
楓の言う通り、このまま放置しといて最寄りの修理店に持ち込むのが手っ取り早いだろう。修理代を取られるのは痛い出費だが、そもそもこのスマホは無料でもらえた物なのであまり思い詰めないようにしておく。
「先行っててくれ。昼までには戻る」
「無事だといいね~」
「だな」
このウイルス除去にどれだけ時間を要するか分からないが、最悪スマホを預けて帰りに受け取りに行くこともできるはずだ。せっかく登校できる余裕があるのにこんなことの対処に出席率を割かれたくない。
都心部に向かうことになったので楓と別の方向に進みだし、意味もなくスマホをいろんな角度から眺めていると……
『ここだ。今すぐここに来い』
「お前かよ」
つい口に出してしまったが……俺のスマホが鳴って――いや、喋っていたらしい。液晶の方を見ると、今回キャラクターは表示されていないが、代わりに白黒の地図が表示されている。自分のピンと正面に電波が飛んでいくような表示がある。俺が右を向くとその向きに電波が飛んでいくので、正確にトラッキングされていることが分かってしまう。
〔どうやら俺、今狙われているらしい。契約が切れるまで勝手に覗いていいから、暫くは距離を置く〕
〔隣の人の件は一旦保留にするの?〕
〔さあな? 犯人はそいつかもしれん……〕
〔えっ?〕
それ以降ルミーナから念話は飛んでこない。視界を見て理解したんだろう。スマホ画面に表示された目的地は――俺が住むアパート。見下ろし視点だとピンの位置的に石塚が違法集団に金を積んで企んできた可能性もなくはないが、3D表示なので石塚が犯人じゃないことがよくわかる。
(なんちゅーバケモンと繋げようとしてんだよ……)
こういうのが本業なのであれば、ずっと家に居て物音がしてこないのも納得できる。
相手から技量差を見せつける手法で仕掛けてきた以上、友好的とは思えない。今晩にでも向かう予定だったが……登校をキャンセルして直行せざるを得ない。
急げとは言われなかったので普通に歩いてアパートに戻り、階段を上って左に進む。扉の前に立つなり『ご苦労様』とスマホが言ったかと思えばドアが勝手に開き、
「えぇ……」
目の前に、暗闇が広がっている。足元には白い煙が零れてきている。冷気でも煙草でもなさそうなので、煙に関してはただの演出だろうが、上手い事うす気味悪さを助長している。
「入るぞー」
一つも靴が無いので不法侵入の感覚だが、招かれているので上がらせてもらう。
後ろ手に施錠してあげ、自分家の間取りを反対にするだけなのでサクサク進んでいく。壁にはネオン装飾があるが、玄関から居間の一直線をここまで暗闇にできるのは才能すら感じる。
「……隣、か」
居間には、誰もいない。二方向の窓を塞ぐようにコの字に棚が置かれていて、机とベッドがある。本拠地は隣の部屋だろう。
前日にマリアが清掃に入ったとはいえ、ゴミ収集は明日だからか、台所スペースを塞ぐように黒の袋が何個も積み重なっている。この量のゴミが散乱していたと思うとマリアの偉業を褒め称えたくなるが、ゴミ袋から生ごみのにおいがしてこないも違和感を覚える。一体どういうゴミがここまで蓄積したんだろうか。
家から出ないというのにファッションの興味があるのか、棚の殆どが衣服で埋め尽くされている中、
「開けるぞ」
やけに重厚で密着感があるこの扉は、中が防音室になっているからだろう。一番近い位置を本拠地にしといて何も音が聞こえてこないのはこういうカラクリがあったからか。
扉の向こうに広がっていた光景は……
「……」
こんなの、家電量販店のテレビ売り場としか言いようがない。縦横に何枚も連なったモニターに様々な情報が表示されており、張本人は右手左手右足左足それぞれを上手く使い四つのキーボード入力をあり得ない速度で行っている。一つでもまず追いつけないのに、同時に四つの事柄を処理できる脳みそまで持っていやがることになる。
居間は散らかっていても自分が使う机回りは綺麗のようで……暗い室内に反するように白一色で染められた机上には、かえで絡みのグッズが見受けられる。右にあるあれなんかこの前の周年イベントで一筆書きした絵がグッズ化した奴だ。流石の知名度だな。
「遅いわね。走ってこないとスマホが壊れるーとか思わなかった?」
椅子に座っていてまだ後頭部しか見えないが、手足のキー操作は止まらず、並行して話しかけてくる。
「わいふぁいって何だ? どこで買えるんだ? ……この程度の知識とでも思ったか? だとしたら大してデータもねえスマホなんか破壊してるわ」
相手の態度が見えてこないので、一応嘘はつかない程度に自分の存在を大きく見せておく。
すると左側のモニターに例のマスコットキャラクターが表示され、上を見ろと言わんばかりに指先をぴょこぴょこ向けているので見てやる。
「はいこれ、あんたが女の胸揉んでる動画」
逢阪という人物が言う通り、流れている映像は確かに俺が女性の胸元をわしづかみにしている。だが、その女性に心当たりがなければ、あんなにやけた顔をして胸を掴んだ記憶はない。
「は? いつどうやって撮ったんだよ。もっと状況証拠を出せ」
「ふーん、思ってた反応と違ったわね。もっと顔真っ赤にして焦り散らかすかと思ったのに」
背中を向けた状態でどうやって俺の表情を伺っているのか分からないが……
「それだとやったと自白してるだけじゃねえか。どーせやってないって言ったって通用しないだろ? だからそこはおさないが、どうせ今の時代ごちゃごちゃ弄ってりゃそんな動画ぐらい捏造できるだろ」
人のスマホに訳の分からん映像や音声を出せる才能の持ち主だ。逆にそれができないというなら噓としか言いようがない。
「へー、成績悪いのによくそこまで考えられたね」
どっから俺の成績表の情報を抜きやがった。物理的にもセキュリティ対策が万全の学校からデータを抜き取ったというのだろうか、他のモニターに俺の悲惨な点数たちが表となって徐々に表示されていく。
「学校の数字なんかあてにすんなよ。あんなん一夜漬けで暗記すれば誰でもトップに君臨できるだろ。あの数字がよくてもバカな奴は山ほどおる。悪くて天才の奴もな。役に立たん知識に脳の容量割いてたまるか」
今はスマホさえあれば全て解決するとはいえ、算数とか漢字とか、完全に需要が無いとは言えないので多少言い過ぎた部分もあるが、細かいことはどうでもいい。コイツは、何者だ。
「ここまで見せてもわからないの?」
「……何がだ」
「私に対して隠し事なんか無力だと」
モニター越しに不敵な笑みが見えたかと思えば、映し出される映像や文字が一斉に変更し始め、キーボードの打鍵音が一層強くなる。
「今まで調べてたの、銃の入手ルートとか戸籍とか、女の所在とか過去とか色々。でも、どれもなぜか国家機密。知ると抹殺される内容ばかりだったから、手古摺らせてくれたわね」
「へ、へえ……それで? どうだったんだ?」
なんだ、コイツは……信じたくないが、普通携帯できない重火器の所有。極秘の存在である戸籍。異世界人なので所在が存在しない女性。新谷家で過ごしていた時代の隠蔽。抽象的な表現ではあるが、それら全てをすらすらと言い当てられるはずがない。それの証拠と言わんばかりに、殆どが空白となった家系図や、いきなり結乃経由で輸送される重火器のルートなど、徐々に晒されていく。残念だが、今の発言がブラフだとは思えない。知らぬ間に、個人情報が筒抜けになり、全て掌握されていやがる。
「結果は、戸籍が存在しない。先祖を調べてみても、先祖が存在しない。新谷の重要な情報だけが抜け落ちてるわ。身長とか現住所とかはどうでもいいのよ、だけれど親の名前とか家の名前とか、実家の所在地が一切載ってないわね」
コイツにどういう権限があるのか知らないが、身長と現住所の情報が目の前でかき消された。身長はまだしも、現住所は手続きめんどくさそうだから止していただきたい。
「重火器は国家機密の輸入ルートがあるみたいね。へぇ、国と組んでるんだ。存在しない存在にされてるわけだし、余程の重要人物ってことよね」
「それがどうした」
「ま、そんなことどうでもいいんだけど」
回答は避けたつもりでも、ほぼ肯定しているようなもんだ。でもその結果すらも実は調べれば直ぐに出てくるのか、深追いしてこない。あくまで俺がどこまで対抗してくるか弄んでいるようにも感じられる。しかしながら最近の関係性からして国家機密の堅牢度が悪いのか、コイツのハッキング技術が高いのか甲乙つけがたいのが難点だ。
「私が気になっているのは、あんたが秘密裏に関与した転移現象は、転移者が悉く姿を消していることよ。何で?」
「……」
この程度の憶測なら、WB社員ですら何か俺に原因があるのではないかと勘繰るはずなので、そこまで気に障らないが……ここまで情報を特定しているアピールをされ続けた中でそれを聞かれると、自白するのを待っているようにしか見えない。
「それに、交戦中のあんたの映像は何一つ残っていない。どこの誰が作ったのか知らないけれど、衣服に特殊な細工が施されているからね。あんたがここまで自分勝手に行動してても、敵対組織から目を付けられていないのはそこが理由かもね」
何故か俺の活動について称賛するような発言をする逢阪は、もう俺が国の指示か個人の指示か、それとも家系の絡みで何かを企んでいる前提で話を進めている。
「特に人工島内は人工衛星から捕捉された映像やX線、熱や空気の振動から100%の精度でそこにいることを確立できる環境が整備されているわ。どこにいても永遠とマーキング可能よ。でもそんなこと常にしていたらプライバシーの観点から良くないこともあるから、一度補足したら何らかの要因で終わるまでは永遠と見えるようにしている、と嘘をついてまで監視しているわけだし、この世の中分からないことは存在しないわよ。そんな時代に何を企んでいるの?」
何気に後半部分でさらっと新情報が出てきたが、まだ直接指摘してきたのはコイツが初なので、他にはバレていない体で話を進めるが……もう、逃げ道はないな。ここまで言われといて言い逃れるのは、誰であっても不可能だろう。何か言ったところでそれに対する反撃は直ぐに用意されてしまう。
「……俺はお前を見たことがない。EoDでも、WB社でもな。何でそんな奴が俺に目を付けている。それも友達とは言えないレベルで、事細かに」
結乃から紹介されたのと、この人が独自に進めていた情報収集のタイミングが運悪く重なってしまい、こんなことになってしまったはずだ。結乃は対立させたかった訳じゃなく、逢阪はつい最近紹介されたとは知らないだろう。俺の回答は言ったところでだろう……これ以上情報を詮索されないためにも、一先ず相手の目的を尋ねてみる。
「異世界人と安全に生活するために住民情報を偽造させたのはあんたらでしょ?」
なぜ、異世界人というワードが出てきた。
「ねぇ、アンタ、異世界人でしょ?」
「なっ――」
座る椅子を九十度回転させて俺の家の方を向き、在宅中のマリアに向けて届くことのない問いかけをする。そして遂に――俺とも正対する。聞き間違えであってほしいが、俺が秘密裏に関与した転移現象から転移者が消える現象が多発していると推理されていたり、校長を通じて住民情報が二件も偽造された時点で、もう確証に至っているんだろう。ふぅーん、コイツ、ただもんじゃねえ。ビックリするほど劣勢じゃねえか。
面白い事に、コイツの顔面にはどこか見覚えがある。確か……ホームランイベントで出くわしたカメラ女子だ。世界に似た子は三人居るとは言うが、遺伝子レベルで同じ雰囲気を感じる。思い返してみれば、名字が、一致している、ような……
……そう他のことを考えて現実逃避しようとするほどには、本能的に諦めようとしている。ここまで機密情報を吐露されて冷静を装える方が異常だろう。こいつは、何もかも、知りすぎている。
国家機密として動いている以上、こんな奴、生かしておけるはずがない。だから――
「どこから得た」
意志を塗り替え――銃口を、向けざるを得ない。
異世界人という発言をトリガーにしたことでその疑問点を残したままにしてやろうとしたのに、気持ち悪いぐらいににやけた表情の逢阪は、銃口を向けられても委縮する様子はない。その解答すら知っているような気配すらある。第一に俺がここで発砲したところで、この情報を広めることができるという前提があるんだろう。そうすれば自分の命は落としても俺の命も落ちたようなもん。反射的に構えてしまったとはいえ、こっちとしても気安く発砲できない。
マリアが遭遇した時とは違って全身鼠色のスウェットという寝間着のような楽な格好だが、確かに見た目や声色からは性別が判断できない。髪の長さも伸ばそうと思えば男でもできなくはない。
「へぇ、良い度胸じゃない。戦力と地位、その気の強さだけは褒めてあげる」
立ち上がった彼女は、拳銃など無視して近寄ってきて、右手で顎を触ってくる。目が悪いのかパーソナルスペースが超狭いのか、顔の目の前に相手の顔があるせいで、上半身が密着してしまっていて……女性らしい胸の感触はなかった。弾力が無かったと言えば嘘になるが、触れた部分が全体的に柔らかかったので、単純に脂肪という可能性もある。手先や首元はかなり細いが、服装のせいで具体的な体型は判断できない。
「だから、俺を排除すると?」
この距離では拳銃を撃ったところでなので、仕舞う序に距離も取る。あんなに接近したのにただ顔の輪郭を触ってきただけだ。今までの発言的にも、物理的に殺そうと企んでいる可能性は低い。片手間に探知機を付けられいなければ、劇薬を刺してもいない。そうなると今後の展開次第では何か重大な情報が聞き出せる可能性もなくはないので、こちらとしても話に付き合うしかない。まさしくあの憎たらしい笑顔は表向きだからな。裏がある奴にしか出せないオーラというものがある。
「そんなこと誰が言った? 早とちりしすぎよ。私は別にあんたが悪い奴なんて微塵にも思っていないわ」
「そりゃどうも」
そこまで知っておいて悪者扱いされていないのには疑問が残るが、とりあえず形式的に感謝の意を示しておく。
「……何が望みだ」
結局、そこに行きつく。逢阪は俺の反応を面白がって終始愉悦に浸っている。でも、直接的な圧力は感じさせない。こっちとしてもお金を受け取ってしまっているので、逢阪と関係性を築かないといけない。こんなところで躓いている場合じゃない。
「察しがいいわね」
「皮肉なことに慣れっこだからな」
察しが良いというより、そう言わせようと誘導しているような逃げ道の塞ぎ方だ。
「そうね……50万で話してあげる。ジンバブエドルとかじゃなく、日本円で」
50万と言った瞬間に大層にやけたところを見るに、俺と結乃のやり取りを知っているか、覗かれている。どうしてコイツの前では情報がこんなにも無力なのか。
「金とんのかよ」
「当たり前よ」
「金いっぱい持ってるだろ」
見るからに、この部屋だけでも何百万もかかっているのは機械音痴でも分かる。この部屋を毎日使っているかはさておき、一つの空間に数百万も投資できる奴が俺と同じ金銭帯でないことは火を見るよりも明らかだ。
「わかってないわね、お金が欲しくて要求してるんじゃないわよ。お金があることで対等な取引を成立することができるから要求している訳。この世界にはお金と法という素晴らしい仕組みがあるから。お金以外に対等な取引が成立できる物があるならそれでもいいけど?」
逢阪が言うことは、納得できてしまう。友達同士でも完全なタダは生まれず、どこかで貸し借りの感情が芽生えているものだ。そして、お金以外の案なんか一つもない。それが例え個人情報だとしても、知れるコイツにとっては無価値も同然だ。
ただ喧嘩が強いという理由で世の中の頂点に立つことができないのは、まさにこういうことだ。これからやろうとしている事を実現するためには、こういう機会が何度も訪れるだろう。早い段階で自分の欠点に気づけたのは良い事だ。……さて、初回であるこの件はどうしようか?
「見返りもなくただ働きするほどお人好しじゃないし、暇人じゃないわ。早くしなさい」
「嘘つけただ引き籠ってるだけの人間がよ……」
今まで一度も会わなかった実状を盾に毒づきながらもスマホで送金手続きを行う。情報分野に詳しくないせいで渡す価値があるかは分からないが、好意的にもなりうる未知の恐怖から避けられるなら十分だろうか。丁度50万手に入ったタイミングだったのでどうも財布の口が緩い気がする。
「反論できないなら最初から反抗しないことね」
その反抗というのは拳銃を向けられたことに対してなんだろう。恐怖心が無いように見えたが、かなり根に持たれたかもしれない。
正式に50万が逢阪の手元に渡った瞬間――
「じゃ、帰っていいわよ。あんたのメイドには明日も来るように伝えておいて」
「んだテメェ……人から金ぶんどっただけか……?」
流れで50万送金したが……よくよく考えれば、何か取引の書類でも経由したわけじゃない。お互いの信用を元に口で約束を交わしている。好意的でない初対面でいきなりそれを行ったところで、理想通りに事が運ぶわけがない。自分の愚かさと相手の憎さに気が付けばまた拳銃を構えていた。
「タダの口約束でしょ? 正式に署名させて印鑑とか指紋でも押させればよかったじゃない」
「……」
クソッ、全て一枚上手をいかれる。反射的に構えた拳銃だって、今ここで発砲したところで何も生まれない。その共通認識もあるせいで、逢阪はもはや拳銃が無いものとして立ち振る舞ってくる。
「あんたたちの住民票を偽造しているのは私。あんたの情報を隠しているのも私。私の言うこと聞いておかないとどうなっても知らないわよ」
「何っ?」
コイツ今、さらっととんでもない事言わなかったか? そんなこと言われると、今まで開示された情報のことで嘘とは思えず……拳銃なんか、向けている場合じゃない。
「さっきも言ったけど、私は別にお金に興味はないの。楽しめたし、私のこと話してあげるわよ」
「クソがよ……」
最初から隠す気はなかったのか、楽しむだけ楽しんで金まで送り返してきたが……そうなると、コイツは尚更何がしたいのか疑問に思う。俺と敵対関係になりたいのか、俺を利用したいのか、俺と共闘したいのか……最後のは無いとしても、意図が全く読み解けない。それがようやくわかるとしても、物理的な戦闘以外全てが劣っていることを知らしめられた後だと気味が悪い。
「で? どういうことだ? 俺はお前の気分次第で人生が終わるってんのか?」
いきなり結論を聞くのもどうかと思うが、ここを聞いておかねばこれからの態度に影響する。いきなり下男の立ち位置に落ちるのは癪だが、結乃抜きにしても友好関係を築かないといけなくなる。
「そうよ。せいぜい言う通りにしなさい」
『仮にマスターを殺しても情報はいつでも公開できるからな』
「お前喋んのかよ……」
さっきからずっと複数のモニターをうろうろしているなとは思っていたが、マスコットキャラクターが喋り出した。所謂AIという奴なんだろうか、逢阪が作った以上死を確認出来たら自動的に放出されるらしい。物理的に始末できない相手とか厄介すぎる。
そうなるとコイツは俺がルミーナを保護した初っ端から全て把握している事になる。元から新谷家の情報を隠すことを担っている都合上全体像は掴んでいるだろうが、俺個人に目を付けだしたのは校長を通じて住民偽造が依頼されてからだろう。つまり、異世界人を地球に潜伏させて何をしようか電子的な情報は筒抜けというわけで……
マリアが掃除に出向いた時の続きにも、自白するように唆すような発言はあった。
「あんた最近寝てないでしょ。ご飯も抜いてるし、よく精彩を欠かないわね」
腕組んでキッチンから見ているだけの逢阪は黙々と掃除を行うマリアをひたすら凝視する。
「へー。異世界人は食べなくても寝なくてもいい人もいるんだ。魔族とか? ゲームならあり得そうだけど」
「……」
どちらも予防線がありそうで肯定も否定もできないマリアを見て、異世界人前提で話を進める逢阪の表情は、お得意のにやけ顔。こっちがどう反応するか楽しんでいる。
「どうする? うちで一生働く? 物が無いあの家と違って直ぐに散らかるわよ」
淡々とこなすマリアを見てメイド業のやりがいをそこに見出していると予想したのか、良からぬ誘惑を持ちかけるが……マリアは、いち早く掃除を終わらせてこのきな臭い空間から脱出したいだけ。ここに居ればいるだけ、自分が不利になっていくのを肌に感じるからだ。
……そんなやりとりがあったことを思い出し、俺の視線が鋭いものになったからか、
「異世界人と地球で暮らして何を企んでいるの?」
ルミーナやマリアの生い立ちや魔法についての知識が地球上にデータとして残っているわけではないので、二人の人物像ははっきりとしていないだろう。だがこっちに潜伏させてから転移現象時に何か予期せぬ事態が起きている訳でもなければ、地球人同様に一般的な人間としての生活を送っているだけ。
「何も起こさずただ暮らすだけなら異世界で暮らせばいいじゃない。三人で暮らすようになって出費が増えて金欠。お金稼ぎに奮闘して本業が疎かになってるだけじゃない。自分の首絞めてるようにしか見えないけど」
「お前には関係ないだろ」
俺の考えは脳内から飛び出たことはなく、外部のデータとして残っていない。マイクロチップが埋め込まれていたら盗まれていた可能性もなくはないが、異世界人と地球で暮らすことの意味はあくまで疑問段階のようだ。
「そうね、あんたが何を企んでいようと、私には関係のない事よ」
案外あっさり突き放してきた逢阪は、
「私が知らない情報はこの世に存在しないわ。日々それを見て勝手に楽しんでいるだけ。結果としてどう転ぼうが私が介入する気はないわ。この世界がどう変貌しようと別にどうでもいい」
それは全知全能を得ているが故の自制なのか、物理的な攻撃力を持っていないからかはわからないが……その発言が本意なら、俺の情報が知らぬ間に拡散されることはないだろう。とはいえいつまでも対立的な関係である意味はない。寧ろ、現代に生きる以上、味方につけるべき存在だ。例え本人が未来に興味が無くても、俺は興味がある。興味がないならどう転んでもいいはずなので、良い事も悪い事も情報全て共有してくれるだろう。……友好的な関係を築く必要性が生まれてしまったな。
「……ちなみに俺は、唯月結乃って奴から依頼されて何れここに来る予定だった」
「知ってるわ」
ですよね。結乃も逢阪から知り合っていないと聞いたらしいし。しかし結乃家での会話も盗聴されていたので、コイツの情報網に捉えられない為には、現状念話ぐらいしかなさそうだ。今後、秘密情報に関わる類は全て念話上で行うことにする。
「ならなぜお前から仕掛けてきた」
知っているなら今晩にでもインターホンを押す予定だったので、スマホをハッキングしてまで時を速める必要はなかっただろう。さっき俺のこともどうでもよさそうな発言をしていた割に起こした行動が矛盾している。
「二週目なのに学校に行こうとするからよ。そんな暇があるなら早く来なさい」
「暇じゃねえよ! こちとら二週目隠してっから賞金かかってんだよ!」
「去年殆ど異世界に行ってたくせにバレてないとでも思ってんの?」
「うるせえな! まだわからんだろ!」
仮にみんなが察していたとしても、好感度を稼げていたら投票時に知らなかったと書いてくれるだろう。……実際、どう判定するのかまでは知り得てないが。
「あんたって実際に会ってみると案外面白いわね」
「百聞は一見に如かずって諺があるぐらいだしな」
褒められてんのか微妙なラインだが、俺を弄って楽しもうとしているってことは、少なくとも敵対的ではないはず。一方的に情報を握っているという優位性があるからかもしれないが、出会った直後は到底友達になれるとは思えなかったので幾分マシだ。
「ねえ、しばらく私の相手する気にはならない?」
「どういうことだ?」
その相手という言葉に色々な展開が予想できてしまう。もっと具体的な要望を求めるが、逢阪と出会う口実ができるのならばこちらとしても有難い話なので、ようやく部屋に胡坐をかいて肯定的な態度を取る。
「そうね……お金に困ってるんでしょ? 永年。黙って私に従いなさい」
え……? 俺、今から奴隷にでもなるのか……?




