39 傷心旅行
11月に入ってから、転移現象の様子が可笑しい。これは俺がカエラやサーニャに転移現象について情報共有したので、それを聞いた人たちが転移し始めた影響で戦闘が過激化することなく終わっているというのではなく、発生する時間帯が疎らになってきた。これまでは転移現象といったら午後5時から11時頃に九割が発生していたが、今やその時間帯の発生率は五割を切った。相手の実力は置いておき、頻度も週に2、3のハイペースだ。悲しいことにこの謎現象は日本だけらしい。
地球と異世界の時差は大体12時間ある。つまり昼頃に転移現象が発生すれば、異世界人は夜中にいきなり飛ばされていることになる。今思えば何故か九割方冒険を生業とする人が転移されているような気がするが、その影響もあってか現地時間夜中だろうが冒険中だった人も多く、ベストコンディションで猛威を振るってくる。いいよな、WB社は三交代で。退治生徒は過労死との瀬戸際だ。
早朝だろうが深夜だろうが、授業中だろうが昼休み中だろうが好き勝手に来られるので、今すぐに行動できる状況でない場合や、監視の目から逃れることが既に不可能な場合も多く、過去三割ぐらいの返還率を誇っていたはずが今や一割。何なら片手で表現できる人数だ。お陰様でまともに寝ることも出来なければ、上手くいかないストレスが溜まっていき……可笑しくなる前に、一回異世界でリフレッシュをすることになった。訳だが、向かうよりも早く、俺の異変に気付いて遊びの予定を立てたのは楓だった。ここまで来ると楓で友達運命運を使い果たしていた可能性まである。
「れーちゃん爆速で既読つくのに運動系じゃないと来てくれないねー」
「こないだ紅葉がカフェに誘ったら途中で帰ったらしいよな。退屈とか言って」
「面白い子だよねー」
玲嘩と三人の予定で企画していたが、俺を休ませるためのイベントだからか、運動系が候補から外れた瞬間会話から姿を消していた。追々個人チャットの方で『あのね、会いたい気持ちはあるけれど、今は昔の自分に戻りたいの』と謝りかよくわからない文言が送られてきた。既に昔の自分を超えている気はするが、玲嘩は元々こういうストイックな奴だったらしいので強要しなかった結果、人工島内で遊ぶことになった。最近≪エル・ダブル・ユニバース≫は宝の持ち腐れになっていてクールタイムなんか考えたことが無い。最悪急行できるようにという配慮だろうか。
「ごめんねー、色々探したんだけど人工島には猫カフェしかなかったよ」
色々話し合った結果、コンセプトがあるカフェにでも行ってゆっくりしようということになり、いの一番に動物カフェが候補に挙がったが……人工島外に出ればサモエドやフクロウ、ハリネズミといった動物カフェも存在するらしいが、人工島には猫カフェが一店舗あるだけ。そもそも動物を飼うことが推奨されない島なので経営していたことが驚きだが、どうやら開店当初から生徒が殺到していて今は猫の為にも予約制になっているとか。
「猫も十分可愛いぞ? 最近動物と触れ合ってないから楽しみだ」
動物っぽい見た目をした人間や、確実な殺意を持って襲ってくる動物としか触れ合っていない身としては、正直地球のちゃんとした猫という存在を忘れかけている。ワクワク半分ドキドキ半分ってところだ。
「おー? しゅうやんの普段見られない一面が見れそうだね~れーちゃんも来たらよかったのに~」
猫の行動は読めないし、会話もできない。異世界人であるルミーナとマリアが行くと違和感で猫が変な行動をし出したら対処しようがない。元々玲嘩が来る予定だったので、参加しないと言っていたが……予定が変わっても、残念ながら今回は二人で行くことになった。ルミーナが癒される姿や、マリアの表情が和らぐ瞬間があったかもと思えば悲しい異世界人迫害の現実だ。
「そういうの言われると純粋に楽しめなくなるぞーっ」
「えー? それは猫の魅力を侮りすぎだにゃぁー」
猫っぽいポーズと共に絶大な自信を何故か楓が見せてきたので、鼻で笑ってしまう。へぇ、どれほどのものか、お手並み拝見と行こうか。
楓が全額負担してくれるようで、今はお金があるので折半でいいと言っても後で夜飯とか形態変化して巡って来そうなのでシンプルに感謝の意を表し……
「うひょー、猫かわぃーーーーん」
す、すげえ……15匹ぐらい居る猫が一気に楓の元に集まって行った。猫じゃらしとかエサを持っているわけでもないのに、心が綺麗な人は見ると直ぐ判断がつくのだろうか。俺の方にも数匹寄ってきたが、じっと見つめた後楓の方に向かって行った。
「はにゃー」
実は常連でしたと言っても違和感ないぐらいに猫に愛され、この場に馴染んでいる楓は、一匹の猫を持ち上げてうりうりーとほっぺをすりすりしている。それに釣られて僕も私もと言わんばかりに他の猫たちも楓によじ登ろうとしている。
「しゅうやんもっと開放しなきゃ! 猫ちゃんも近づかないよ?」
「な、なるほど?」
確かに、自分より大きいものが頭上でうろついてると怖いな。一先ず俺も立つのは止めて猫と触れ合いやすい高さになる。
「お、おぉ……? 猫ちゃん、来たぞ……っ」
「おー! いいねいいね! しゅうやんも仲間入りだぁ!」
ここの猫は相当人懐っこいのか、猫にとっても近寄りやすい存在になると次第に俺の元へも猫が近寄ってくる。
「猫ちゃーん、おいでにゃー、一緒に遊ぶにゃ~。うにゃぁ~」
猫じゃらしで戯れる楓はこの上なく至福そうだ。俺も購入しておいたおやつを上げてみる。
「猫、可愛いな……」
「ペットっていいよね~」
これは確かに、癒される。人懐っこいので、おもちゃで遊んだり、おやつを上げているときの一挙手一投足が可愛すぎる。猫と戯れるだけでなく、猫がいる空間で本を読んだり、写真を撮ったりもできるので、日常生活に猫がいる疑似体験ができてしまう。家庭や学校、使命の都合でペットが飼えない人工島民にはうってつけの場所過ぎる。予約制になるほど殺到する理由も分かる。
「今日はありがとう」
「早くない⁉ まだ五分だよ⁉」
一瞬で幸福ゲージがチャージされてしまった。不幸兼貧乏人は最大値が少ないもんで、瞬く間に溜まってしまう。これが後最低でも55分続くと思うと、もう溶けてなくなっているかもしれない。楓、後は頼んだ。俺を瓶詰めにでもして連れ帰っといてくれ。
――癒し。これは定期的に訪れるべきだな。
猫カフェで飲み物を飲みつつ猫と戯れつつ、近況報告みたいな雑談をしていた中で、一つ気になっていた内容が飛び出してきた。それは、同じAPの201号室、俺が202号室に住んでから今日に至るまでずっと謎だった部屋の話だ。
あの部屋は毎晩光がつかず、かといってカーテンが閉まりっぱなしで人が住んでいそうな感じはしていた。ただ一切私生活音がしてこず、一度も住民と出くわしたことのない謎の部屋だった。何年も住んでいて一度も会っていないので、ずっと誰かが所有してはいるが、別荘的な立ち位置で常用はしていない部屋だろうと勝手に認識していた。しかし仕事終わりで夜遅くなった楓が自宅に入ろうとした際、201号室の玄関が開いたという。
暗闇の中玄関灯だけに照らされた状態では、人の形をとらえるのがやっとだ。人が住んでいるという情報以外何も掴めなかったらしいが、サイレントで住んでいる人が居たとなると急激に気になってきた。と言っても音がしないので近所迷惑と題して行ったところで証拠に欠けるし、そもそも何をしている人かわからないのにいきなり出会い目的で用もなくインターホンを鳴らすと、人工島管理公社を呼ばれかねない。お互いに損得無い関係性なので、このまま継続させてもらう。
「お帰りなさいませ!」
昼過ぎだった日本と違って真っ暗な異世界の自宅に転移すると、寝間着姿で雑記中だったアトラが満面の笑みで駆け寄ってきた。
「お食事にしますか? お風呂にしますか? それとも……」
第三の選択肢は契約の再開なんだろうが、正直今取れる選択は完徹か就寝の二択だ。まずはこの時差をどうにかしないといけない。
「夜遅くまでお疲れ様。マリアも居るから今日はしっかり寝てくれ」
実際俺達が地球に行っている最中にもここまで尽力していることが驚きなので、体調を崩さない為にもしっかり寝て欲しい。
「すみません、お言葉に甘えて……」
アトラは一礼してから寝室に向かって行った。
「今晩どうするか」
今回は休暇で来ているので、しこたま寝てもいいわけだが、逆に寝ずにやりたいことやってもいい。楓とは昼飯を食って解散しているので、腹が減っていなければ、眠気も全然ない。学校やバ先だったら食後の眠気が来るのにな。
「私は魔法で遊んでおくわ」
ここは異世界。魔法文化で満ち溢れている。ルミーナは久しぶりに魔法を使いたい放題になったので、寝ない選択をとった。
「勉強でもするか」
耀傷に通ってから謎に勉強に対する抵抗感が薄れているので、この効果が継続しているうちに色んな知識を習得しておきたい。最近茅穂から聞いたが、日本の人工島理論で最悪イギリスを切り離す計画が進んでいるのか、フランスの方に異世界人関連の施設が設立されつつあるとのことなので、今はフランス語を習得中だ。
「珍しいわね」
「最近よくしてるだろ」
何ならルミーナとマリアは提案した段階で既に習得済みだったので、教師になってもらっている。
「銃でも乱射するのかと思ってたわ」
「ストレス発散で金ばらまきたくねぇよ」
確かに地球で発砲するよりよっぽど安心安全に発砲できる環境が整っているが、金欠はどうせすぐやってくる。必要のない行為はせずに地球のお財布は温存だ。
翌朝、みんなで食卓を囲い、マリアとアトラの共同制作の朝食を食べる。こういう何気ない日常の風景が、地球でも実現できればいいなと思いつつ。
「そういや脱衣室に子供の服と大量のアヒルが落ちてたんだが、カエラの忘れ物か?」
「いえ、時々カエラさんご一行が入浴に来るので、寝間着を何着か置かれています。アヒルはオモチャです」
「そんなに風呂気に入ったんならその辺に銭湯でも開業しろよ……」
魔法で手軽に行えるのに逆張りブームでも起きたのか知らないが、人の家に自分のスペースを設けだすのは良くない。しかもいつの間にかガキくせぇオモチャまで製造されている。王族の部屋が一室増築される前に手を打ってもらおう。
「最近調子はどうだ?」
アトラが忙しそうにしていたのは昨晩の様子や雑記帳の開かれた場所的に想像できるが、具体的な内容はよくわからない。効率を重視する必要が無い状況下で、契約の恩恵で知り尽くすのは野暮だ。
「『シャガル ミネヴァルト』の新人さんの件は落ち着きました。ミネヴァルトさん同等に働けていますよっ」
「これでもう安心ね。お昼になったら見に行きましょ」
「そうだな」
所謂サブクエスト的な存在ではあったが、無事に軌道に乗ったようで一安心だ。休暇らしく、お昼は久しぶりに堪能させてもらおう。
「ですが新たに一件問題が発生しまして……カエラさんと訪れたサーニャさん一行がとても気に入られまして、ヴァーブォーンに二店舗目を構えて欲しいとのことでして」
「あー、そんなことになったのか」
『シャガル ミネヴァルト』をよくするように言ったのは俺達なので、ミネヴァルトとつながりができていても可笑しくはないが……列車が開通したことでヴァーブォーン王国と気軽に行き来できるようになった。サーニャ達がパブルス帝国に遊びに来て、カエラがおすすめのお店として『シャガル ミネヴァルト』を紹介したんだろう。
「王族の意見だからミネヴァルトが縮こまっちゃって全て肯定したってこと?」
「はい。ですがカエラさんがまだ駆け出しだと一笑に付したので、形にはなっていませんが……」
「そのうちなるかもってとこか。友好国だし」
アトラは頷く。いきなり自国の王族にお墨付きを貰えただけならまだパブルスの一店舗だけで十分だが、食べるために数日かけて移動する必要がある隣国の人々にまで愛されると、いっその事二店舗目を出して欲しいと要求しても可笑しくはない。ミネヴァルトからしたら話が飛躍しすぎて理解が追い付かない提案をされているかもしれないが、実際に二か国間を移動したことがある身としては、いくら美味くても食事の為に数日間も移動に費やせない。首都のギルドにある依頼が他国にまで求められるはずが無ければ、他国の首都に一般市民が用事なんか早々できるはずがないので、まさしく雲の上の存在になってしまう。
「前々からフィリザーラにも欲しいと住民の方々から意見があったようです」
「大きな分岐点だな」
「有名になったわね」
今回新人さんに自身の腕や秘伝のレシピを継承させたんだろうが、同じ存在を量産できるか分からなければ、法律が無い国ではあくまで口約束に過ぎず、絶対に悪用されないという保証もない。味を守るのであれば今ある一店舗だけに絞り、自身の管理下でやっていく必要があるが、複数店舗構えるのは料理人の夢でもあるはず。課題は考えれば考える程出てくるだろうが、そこで留まらずチャレンジ精神を大切にしてほしい。
「ようやく助っ人を加えられたんだ。ミネヴァルトに負担がかかりすぎないことが何よりだな」
楓を異世界に連れてきた際に立ち寄ったが、あの盛況具合で新人育成したのは大したもんだ。一人前に仕上げるまでは普段の数倍多忙を極めただろう。王族にツテはできたわけだし、まずはのんびり新体制での営業に励み、これまでに蓄積した疲労を少しずつ回復して行ってほしい。
「話は戻るが、こっちは気が狂いそうになったから現実逃避ってところだな」
「金銭トラブルですか?」
「金銭面は解決しているわ。一旦ね」
『一旦』と付け加えたのはどうせまた金欠フェイズに突入するからだろうが、その未来は悲しくも絶対に訪れるので訂正は加えず、
「最近転移現象がどうも調子可笑しくてな。変な時間に来るわー、こっちの行動はロックされてるわーで、何にもできてないんだよ。やれてることは蹴散らす方の味方だ」
「そんなことが……! 大変ですね……」
「ホントにな、大変だよ」
前もって現実逃避と言っていたからか、現状ではどうしようもないという結論に至っていることまで察したアトラは黙祷するように視線を下げた。バイト中に狐に聞いてもうんともすんとも言わないので、原因わかりゃしねえ。本当にマズい事態になった時に素早く教えてあげるために地球上に存在しているはずなので、多分まだ大丈夫ってことだろうが、こうも不安定な日々が続くと平静を装っていられない。
「どうせ地球に居ても上手くいかないし、こっちでやること進めたいけど……他に何かやることあるかしら?」
ルミーナが言うやることとは、自分たちの活動の本筋に関わる内容で、先に話した『シャガル ミネヴァルト』の発展支援や、ミミアント商会との取引などではない。
「まだ訪問したことが無い国へ向かい、王族や貴族などと繋がりを作る……とかでしょうか?」
転移現象について広めるために見知らぬ他国を巡るのは確かに必要な行動ではあるが、
「うーん、そうなると数か月規模になるよな。流石に地球が気になるな……」
「何かが起きそうな学園祭が控えているのよ」
転移現象と人工島と祭事は相性が最悪。今まで大災害には至っていないが、そのタイミングで立ち位置を区別しづらい存在が――特に結奈が俺達を捉えられなかったら――後に大事に至りかねない。転移現象中にWB社に見つからないのはよくても、発生日近辺で姿が消えているのはマズい。
「難しいですね……」
「……たまの休暇だ。のんびり行こうぜ」
元々事を進めるために来たわけじゃない。無理に話を進めて引くに引けない状況が訪れてしまうぐらいなら、学園祭が終わってからスタートすればいいだろう。
紅茶を一口飲んで安堵の溜息を吐いたタイミングに、
「この際だし一応確認しておくけど、この世界ですべきことって、転移現象についてお互い理解を深めて最終的には和平を目指すことよね?」
「そうだな」
元々は異世界に行けるとは思っていなかったので、もっと長く険しい道のりだと思っていたが、今はこの目標も近いものに感じている。
「そのために萩耶が代表してこの世界で転移現象について広める傍ら、現地の言語や魔法文化について理解して、より円滑に活動できるようにしようとしているんでしょ?」
「そうだな」
他力本願ではあるが、転移現象について話を広める第一歩は先日踏み出した。現地の言語は最も流通しているルス語を習得したし、魔法文化については見たことない魔法が沢山あっても、理屈や原理はルミーナのお陰で粗方理解しているつもりだ。
「……だったらもうすることがない……?」
異世界ですることリストは、ルミーナの発言と全く同じ認識だ。現状、その広まるスピードを上げることぐらいしかない気がする。
「することはまだまだありますよ」
ルミーナの反応が良くないなと感じた矢先、アトラが三人の注目を集める。
「転移現象について広めただけでは解決には至りません。巻き込まれた方が状況を理解できても地球側は殲滅対応なので、その先の展開は変わりませんから。次はこの世界としてどのような対応を取るべきか考えなければいけません。具体的にはどのようなアピールをしていくか、ですね」
「なるほど……」
確かに、転移現象が起きていると広めはしたが、その後どうするかは何も考えていなかった。転移者が暴れにくくなった影響でフレームアーマーやWアラームに捕捉されづらくなり、俺が返還できる可能性が上るとばかり考えていた。これでは根本的な解決には至らない。
「『俺達は無害だから攻撃すんな、保護しろ』って言わせるにしても、そもそもこの世界の人間がこの現象についてどのように捉えるかが肝になってくるか」
「その為にも最悪英語を広めるのも手段の一つですよ」
当事者が交戦か降参しか手段がないのは、言語が通じないから。まだ地球上に存在する言語であれば、スマホの翻訳機能でも使えば誰でも会話を成立することができる。だが『最悪』と言っていた通り、これは転移現象について広めるよりも難儀なことだ。ただでさえ地球のようにいくつもの言語が存在しているのに、巻き込まれるかもわからない現象の為に殺されずに済むかもしれない言語を習得しようと思う奴は滅多にいないだろう。
「私がそうだったけど、魔法文化があるから巻き込まれたら無事に生還できないことをすんなり受け入れられるのよね。可能性が薄い帰還ルートがあるって知っても、死を受け入れる人の方が多いと思うわ、そもそも冒険職って常に死と隣り合わせなんだし」
「私も同じ意見です。戦う能力が無かったので、帰り道を探し回っていましたが……戦う能力があれば、変化を求めて色んな所に攻撃を仕掛けていたかもしれません」
「この調子なら逆に転移現象について広めたことでイメージ悪化しそうだな……」
同様の魔法に引っかかったときに地球と勘違いされたり、いざ地球に飛ばされたときに無駄に感心したり、調子が狂う要因――命を落とす原因を増やしてしまった。
「それは杞憂ですよ。お互いの世界――特に地球の為に、何れは対応を定めないといけませんから」
全員返還は限度があるので、元から考慮外として……巻き込まれた人の未来、地球の未来、これらを平和的で友好的なものにするために、まず話を広めない事には何も始まらない。とっくに飯は食べ終え、マリアは食器洗いをしているが、こういう話をアトラが同席している場でできてよかった。俺とルミーナだけで話してたら、やっぱ広めるの無しでってカエラに言いに行き、地球側の対応を変えるように地球だけで奮闘するところだった。
「地球としては攻撃されるから殲滅対応になった訳だから、転移者に変化があれば保護区を作るとか何か他の策も練ってくれそうだけどな」
ファースト・インパクトという前例があるので一年程度で対応が変わるとは思えないが、毎回転移者が何も対抗せず死を受け入れていたらフレームアーマーも人間なので、殺害を躊躇する感情が芽生えてきたり、退治の生徒や人工島民の見る目も変わってくる。それこそ速報でしか転移者関連の情報を得られない本土一般市民の意見が変われば、直ぐにでも対応を変えないと政府諸共悪印象を抱かれかねない。特に日本での対異世界人関連はいかに国民を操るかだ。
「そのためにも今は広まるのを待って、地球とこの世界の反応を伺っても良いと思います」
「そうね、今はまだ範囲が広すぎて判断するには早いわ」
転移現象のことをカエラやサーニャに伝えたとき、広めたその先の展開はどうするのか聞かれることはなかった。王族が二人もそこまで深堀してこないのは、ルミーナやアトラのように色々考えた上でまだ判断が早いと感じたのか、単純にそこまで問題視すべきじゃないと感じたのかは分からない。まだ正確な情報が得られない以上、もう少し情報が浸透するまで異世界では余暇を過ごすとする。
「因みにこれって結構広まってんのか?」
最初にカエラと話してからどれだけ期間が開いたか厳密には覚えていないが、少なくともパブルスとフィリザーラ、ヴァーブォーンの三都市には広まっているだろう。
「直接お伺いした訳ではないのですが、広まりつつあると思います。最近第一部隊か第二部隊の方々しか居ないことが良くありますので」
「パブルスには正式な兵士がいないのに忙しくさせて申し訳ないわね」
不在理由が情報の伝達とは限らないが、少なくとも外出先で同時並行的に転移現象の件も話してくれるはずだ。有難い限りだ。
「ゆくゆくは首脳会議でも開いて、異世界の意見を統一させて、それが仕方ないってんならどうしようもないが……地球でもやりたいことがある奴には何か場を提供してやるとか、こっちの交戦意思を消して一人類として地球人と同等の人権を与えるようにさせるとか、何か方針が定まればいいな」
「人工島に住める間に実現できればいいわね」
「ホントにな」
何だかんだ二週目で延長した学生生活も後一年ちょっとで幕を閉じる。新谷家という立場上WB社や人工島内にある対異世界人関連企業への就職はするつもりがないので、あのアパートに住み続ける権利が失われる。そうなると立場や距離的に人工島内に直接絡みづらくもなるので、情報が広まるまで待たないといけないのに早いところ話を付けないといけないという矛盾が発生してしまう。
「実現できますか?」
何を思ったのか、紅茶を持ってきたマリアはアトラを直視して真意を問う。
「……必ずしも全ての国が友好関係とは限りません。身近なところで言いますと、パブルス帝国とデリザリン王国は今も抗争を続けています」
それによって今後の活動も左右されるからか、答えを明確にしておくべきだと遂に喋ってくれたのは有難いんだが……嫌な展開になってきた。
「つまり、まずはこの世界の中を平和にするところからってか? 何年かかんだよ……」
転移現象に対する異世界サイドの結論を出すために、まずは異世界内の世界平和を実現しないといけないのは、一年程度で見繕うスケジュールではない。四半世紀で実現できたら奇跡みたいなもんだ。
「全ての国が平和な関係性を築くのは無謀に近いと思います。メアリさんは人種なので、デリザリン王国に転機が訪れるとしても少なくとも50年は後の話になります……」
「それはメアリやアルマがくたばった後ってことだろ? ブランは人外でメアリに高い忠誠心がある。時期王女に繰り上げられてメアリのやり方を踏襲するだろうよ」
デリザリン王国の側近がどんな奴かまでは知り得ていないアトラは、メアリの本性を聞いてあの独裁者にもそんな奴が居たのかと引き攣った表情になっている。メアリはブランのことを嫌っていたが、よくあんな奴に忠誠を誓えるもんだ。
「メアリさんは想定外でしたが……世界平和は厳しいので、この世界代表と言えるような、各地の中心人物を集めることにしましょう。他が反対派閥だとしても、大多数の権利の頂点に立つ方々が可決していれば、賛同せざるを得ないでしょう」
「となると、パブルス帝国とデリザリン王国を和解すべきだよな、きっと」
「そうですね」
妥協しつつも一番現実味のある妙案ではあるが、首脳会議を開くとなればどの道この問題とは避けて通れない。王族とのコンタクトが容易く、お互い相反する思考を持った王族となれば、どちらも出席してもらわないとより高精度な結論に導けない。
「デリザリン王国の人口はパブルス帝国とヴァーブォーン王国の合計より少し多いです。そしてオルレラン公国はデリザリン王国の数倍とも言われています」
イカロスの側近時代に他国の情報収集を求められたのか、周辺諸国の人口データを共有してくれる。最新ではないだろうが、この情報があるとないとでは話が変わってくる。
「そんなにもいたのか」
「この世界は基本冒険職なので、その国の住民か判断するのは難しいですよね」
パブルスはシークが行き交ったり露店も立ち並ぶので、通路の幅員がかなり広い。密集することが少ないので感じにくいが、日夜人々の通行量は目を見張るものがある。実際にデリザリンの町も歩いたことがあるが、首都で見れば人口の差はほとんどないと言えるが、各地に点在する街の量やその規模感が段違いなんだろう。
「パブルス帝国とヴァーブォーン王国って結構小さいのね」
「国土で見ると四か国でパブルス帝国が最も大きいですが、先代が首都近辺にほどんどの国民を集約させたので、かなりの人口が減っています」
「その分第一と第二首都がえらい大きいわけか」
周辺地図を何回か見たことがあるが、それは自国だから誇張気味に大きく書き記していたわけではなく、事実だったようだ。ここにきてイカロスの誤った判断が掘り下げられるとは思いもしなかったな。
「主要な国の方々だけを集めるためにも、まずはこの関係性の回復から始めないといけないわね」
「まさか国の紛争にまで首を突っ込むことになるとはな……」
カエラという一国の王女の命を救った以上、パブルス帝国とは切っても切れない関係性になってしまったが、まさか今後の命運が決まる世紀の一戦にまで参戦する羽目になるとは思いもしなかった。
「現状パブルス帝国側は国王が変わったことで和解を目指して防戦となっていますが、デリザリン王国は未だに留まることはありません。私たちの存在も大きいでしょう」
「あはは……笑えねえ」
「どっちよ」
何故か未練を持たれているのは永遠の謎だが、これを解決するためにもこの戦いには参加しないといけないだろう。俺達がパブルス帝国に住む限り、何らかの形で攻撃を仕掛けようとするはずだ。
「全面戦争に発展すると、デリザリン王国はオルレラン公国と組むでしょう。そうなると圧倒的な資源・兵力・人口の差で敗戦は明らかですね」
キッパリ負けの未来を断言するアトラは、直ぐにそうならない為の対抗策も立案する。
「パブルス帝国はヴァーブォーン王国と列車を繋ぎ、物資の共有が楽になりましたが、この二か国は国土の殆どが平地です。あまり資源に富んでいるとは言えません。全面戦争に備えておくためにも、資源が豊富な国との条約や関係性を築くべきでしょう」
流石は王族にも避けられるほど頭脳明晰なだけある。側近レベルを超え、もはや王族直々の発案と言っても過言ではない。未来予知能力があると言われても信じてしまう程に将来の展開が左右される発案だ。
「カエラに教えた方がいいんじゃない?」
「それはどうでしょうか」
ルミーナと同じ意見だったが、その判断もよくないのか……
「私達の影響力はすさまじいです。発言一つで王族の判断が変わり、未来が変わる力を秘めています」
思い返せば、今まで俺達の提案を否定されることはなかった。そこまで影響が出るほどの要望をしていないとはいえ、魔王化の場に俺達が居合わせていなければ、今頃パブルス帝国は更地か群雄割拠になっていても可笑しくはない。そしてこの恩は返しきったかと言えば――ノーだろう。俺がカエラの立場ならそう思う。俺が異界の地から来た人間であることを伝え、魔法界最強格のルミーナを味方につけた上で、全知全能ともいえるアトラがこんな未来予想図を語れば、カエラが行動を起こさないはずがない。
「ただでさえ決まりごとがなく形式上の階級制度なので、それでは王族として自立できなくなり、国として機能しなくなってしまいます。示唆もしない方が良いかと」
俺達はパブルス帝国の一貴族。王族ではない。将来を左右させる舵を切るのは担当外だ。敗戦しない為に情報共有したい気持ちは山々だが、確かにこういうことは王族が自ら分析して判断し、行動を起こすものだ。
「転移現象について広める速度を上げるぐらいしかすることが無さそうね」
俺達は転移現象について異世界としての結論を導き出すためにはどうしたらいいかを考えた結果として、まずはこの二か国間の情勢を回復させるべきだという結論に至った。議題を知らないカエラ達からすれば、地形は荒れ果てているが現状まだ死人の数も気にするほどではない為、定期的に会議をしているとしても今すぐにでもデリザリン王国と和解するための策を講じるべきだとは至っていないはず。何なら今はヴァーブォーン王国との外交や転移現象の情報伝達などで多忙を極めていることだろう。行動を起こし始めるまではまだまだ年月がかかる。
「となると……」
「大きな別荘になりましたねっ」
転移現象について言いふらすにしても、今回の滞在期間では無理があるので行動するなら次回以降になる訳だが……良い意味で捉えていいのか、悪い意味で捉えていいのか難しいラインの発言を笑顔で言うんじゃない。
「まだこの世界がどれだけの規模感なのか把握できてないから、ギルドに寄って話を聞いてから『シャガル ミネヴァルト』に向かうとするか」
カエラに聞いた時は、自分に関係が無い周辺諸国以外の国々を把握していなければ、周辺地図しか持ち合わせていなかった。でもこの世界には必須で各地に蔓延るギルドという施設がある。幸いギルドのトップと繋がりを持てているので、この世界の全貌を知ることができるだろう。
スターリィーに話を聞いたところ、内情で国と判断していいのか怪しい地域も境界線を元に一カウントするならば、把握している限りでは15か国存在しているとのこと。地球出身の身としてみれば、たったの15か国しかないなら相当小さな惑星だろうと判断しかねないが、一国の規模感が地球と比較にならないので、この情報だけではサイズ感は分からない。ギルドなのに『把握している限り』と言っていいものなのかとツッコミかけたが、前に図書館でも判明したが――そもそもこの世界は地球のような球状か判明していない。所謂地図の一番右に行った人が、左に出てくることはなく、行方不明者となっている。ただギルドがあるなら人が住んでいる地には変わりないので、ギルド未踏の地は考慮外でいいだろう。そもそもギルドにすら存在が行き渡っていない住居地はこの世界の常識すらも通じるか怪しいはずだ。
「こっちは年中過ごしやすい気候でいいよな」
「雨も中々降らないよね」
カエラが持っていた地図も数えたら大体15か国ぐらいだったような気がするが、それはまた次回ということで……雑談しつつ三人体制となった『シャガル ミネヴァルト』に到着。今はアイドルタイムだろうが、定期的に通うアトラが先導していたので食品の搬入などを行う裏口の方から入る。
「オーナーがきたにゃ!」
「お疲れ様です、アトラ・ヴァルティーナです」
手練れであれば音だけでなく匂いでも誰が来たのか判断付く。言っていた通りちゃんと戦闘能力にも長けた子を雇ったらしく、馴染みのない可愛い声が聞こえてくる。猫の獣人だから語尾も猫っぽくなっているかは置いておき、ドタバタ二人分の足音が近づいてくる。
目の前で食品準備していたミネヴァルトと揃って顔を出してきたのは……鬼と、猫?
「にょわ⁉」
「ややっ⁉」
鬼の子と猫の子は見慣れない人物が三人も揃い踏みしている状況に独特な驚き方をしている。
ミネヴァルトは俺、ルミーナ、マリアと順番にお辞儀し、久しぶりに会えた嬉しさからか泣き出しそうな表情になり、
「こちらオーナーさんのしゅーやくん、ルミーナちゃん、マリアちゃんだお~」
背中の羽も可愛く動きつつ二人の新人に俺達のことを手短に紹介してくれる。
「オーナーのオーナーがや⁉」
「大オーナー⁉」
勝手に言いにくそうな立ち位置に就任させられた。
「同じオーナーよ」
「オーナーなのか?」
「深いことは気にしなくていいわ」
「なるほど?」
よくわからんがアトラがオーナーのような事をしているはずなので、これ以上は考えないことにし……
「こちらグアちゃんとフォーちゃんです!」
「グアティがや」
「フォーリンだにゃあ」
ニッコリ顔で腰に手をあて胸を張る二人に俺達もよろしくと返事する。ミネヴァルトと違って声が大きくて、明るく元気な子たちだ。
グアティは銀髪ショートヘアのおでこから小さな角を二つ覗かせ、背中に下着らしき生地が見当たらない辺り裸にエプロンだけを着た状態。裸の認識が違う異世界らしい恰好だ。フォーリンは白に近い桃色のショートヘアに肩の位置でちっちゃなポニテを垂らしている。人間とは違う猫のような耳や尻尾があって、フリル増し増しのリングを腕や足に付け、服にもたくさんあしらっている。二人揃って背中が丸見えなのは、羽を出すミネヴァルトを真似てだろうか。それにしてもまぁ三人揃いも揃って筋肉がなければ脂肪もなく、身長も小さく幼い体つき。こんな可愛げに満ち溢れたガキんちょ三人が営んでたら余計恰好の的になりそうだ。
「ミネヴァルト、ちょっといいか?」
「んゆ?」
毎日人と会う飲食業だからか、基本的に毎回違う服を着ている――といっても、地球人から見るとどれも理解できない未知の衣装だが――ミネヴァルトが不思議そうに顔を見上げてくる。掃除中だった客席の方に連れて行き……
「強い奴を雇えと言ったはずだが……可愛い奴らじゃねーか」
何となくフォーリンは耳がよさそうなので、ヒソヒソ声で限りなく感情を表す。
「そっ、そんなことはないお! ちゃんとバリン所属の青冒険者だおっ。フォーティのチームランクも橙だお」
一度聞いた覚えはあるがそんな指標にお世話になる冒険職に励んでいないので、具体的にどれ程のレベル帯なのか全然思い出せないが……
「主武器は何だ」
『フォーティ』は命名的に二人の名前から取って付けたはずなので、橙は他人の介入がない二人での実力なんだろうが、この世界で安全を確保するなら魔法使いが一人は欲しい。ありふれた役職じゃないので中々巡り合わないだろうが、勧誘できるお金は十分に与えたはずだ。あんなのじゃ明るい将来に嘱望できない。
「ハンマーと爪だお」
「じゃじゃーん! ハンマーがや!」
「……」
ミネヴァルトが主武器紹介した直後、グアティとフォーリンが武器を構えて姿を現した。ミネヴァルトがいつもと同じ声量で話していたのでアピールしにきたんだろうが……続いてやれやれといった感じのルミーナと、苦笑いするアトラ、至って真顔のマリアもこっちに出てくる。
「ややっ⁉ 可笑しかったかにゃ?」
「魔法は使えんのか?」
「使えないがや」
その割にどや顔で胸張っているのでハンマーと爪にはかなりの自信があるんだろう。禍々しい鎌と槌のリバーシブルみたいなハンマーはグアティの等身より大きく、重量も十キロは優に越していそう。フォーリンの爪は自分の爪を状態変化させて武器としているようだが、左手を見る限り籠手のような代替品も用意している。近接特化な編成だが、この店を襲う対人相手なら器物損壊も少なく向いているとも言えるか。勢い余って槌を使わなければだが。
「フォーちゃんとは道端で出会ったがや」
「『誰か拾ってください』って書いていたら来てくれたにゃ」
捨て猫を想起させる独特な出会い方を語ってくれる中、
〔因みに青は趣味より強い程度、橙は本格的に冒険職極めようかなーって思う程度よ〕
〔見た目だけじゃねーか〕
〔ですが武器を見せるだけでかなりの抑止力になりますよ?〕
〔唯一の救いだよな……〕
いくら相手が実力以上の武器を持っていても、実際に戦ってみないとその情報は分からない。今の『シャガル ミネヴァルト』が大通りに面していてかなり人の目につきやすい。ファーストコンタクトで相手を牽制できて援軍までの時間稼ぎができると考えると悪くはないのかもしれない。
〔橙より上は飲食業に転職するとは考えにくいし、妥当なところじゃない?〕
〔それもそうだな。抜き打ちテストとかはしなくていいか〕
そうなると橙以上の奴が態々商店を襲って金を稼ぐ愚行に走るとも考えにくいので、かなり理想に近い二人なのかもしれない。この世界の冒険職に対する学の浅さが出たな。
鋭利な武器を出されて怯えるミネヴァルトとわちゃわちゃしている二人に、
「良かったのか? 転職して」
橙の程度が分かったことで、求人の金額が高かったから受けた可能性が高くなってきた。後々冒険職に戻ったら寂しがりでか弱いミネヴァルトがまた一人ぼっちになってしまうので、真意を聞いておく。
「フォーちゃんとチーム組んでのんびり冒険していたのがや、ギルドから編成的にこれ以上は厳しいから新たなチームメンバーを探した方がいいと言われて……」
「にゃー達本気じゃなかったから、冒険は諦めて他のお仕事探すことにしたのにゃ」
「そこでミネヴァルトの求人に目を付けた訳ね」
グアティとフォーリンはほぼ同時に頷く。そこまで深堀してくれるとは思ってもいなかったが、嘘を付くような二人じゃないので本意だろう。
「ミネちゃんが優しい人で良かったがや」
「そうだよね~」
「はう~」
グアティがミネヴァルトに抱きつき、続いてフォーリンも抱きつき……ミネヴァルトは満面の笑み。ほほえましいことだが、ハンマーを放って行くのでマリアが受け取らなければその辺ぶっ壊れてたぞ。籠手と違ってその辺に置いておくにしても丁寧に扱わないといけないのが巨大武器の弱点だ。
〔もう友達って感じね〕
〔そうだな。上手くやってけてるみたいでよかったわ〕
頬っぺたすりすりされて嬉しさメーターが振り切ったのか、ミネヴァルトが半泣き状態でアトラに助けを求め……グアティとフォーリンは武器をほったらかしにしたことにようやく気付き、マリアにペコペコ頭を下げて武器を受け取り、裏の方へ直しに行った。
「あのっ、一つ問題が……」
ミネヴァルトは一呼吸置いてから、アトラを見た後に俺達三人にも視線を流してきた。
「今お二人のお家が無くて、困っていて……」
ミネヴァルトは人差し指同士をつんつんしてとてもいいにくそうに視線を上げてきた。
「そんなことならもっと早く言えよ」
お金が欲しいと言ってくる程経営難に陥ってはいない。つまりどこかいい場所を見繕ってくれってことだろう。
「お家に伺ってもアトラちゃん以外不在で……」
「それは……すまんな」
「アトラに言ってもいいのよ?」
「直接皆さんにご相談したくて……」
ミネヴァルトにとってはそれだけ重要なことと捉えているんだろう。二人のことを大切にしようという気持ちが伝わってきた。
「今はどうしてるんだ?」
「ここで寝泊っているお」
その辺の宿屋に半永久的に宿泊しているのかと思えば、まともにベッドすらない職場を仮住居にしていた。多分ミネヴァルトが宿を用意しようとしたら二人が遠慮したからこのような形になったんだろうが、これは確かに大きな問題だ。
「この上は開いてないのか?」
天井が高いのでおそらく二階建てだが、この一階スペースに階段はなく、二階部分で他の商店が経営されている様子は一度も見たことが無い。アパートの201号室と同じく謎スペースだ。
「倉庫としてついているけど使ってないお。でもとても住める環境とは……」
いくら風呂やトイレが魔法で賄えても、ここはパブルス帝国の第一首都。その商店街ともなれば、日夜冒険者で溢れているので、こんなところでは騒がしくて寝付けないんだろう。今は仮住まいなので我慢するとしても、住居としての選択肢にはならない。
どうすべきか悩んでいると……
「ミネヴァルトの家ってかなり広いでしょ?」
「んゆ」
「全部使ってないんじゃない? 改築して三人で住めるようにするのはどうなの?」
「いいお! 二部屋しか使ってないから大丈夫だお!」
そういえば前に訪問した時、居間と寝室ぐらいしか使われていなかった。あれからお部屋状況が何も変化していないのには驚きだが、大きな家をプレゼントしたことがこういう形で活きてくるとは思わなかった。
「ただ三人で暮らすとなるとお互いの嫌なとことか見えてきて億劫になるかもしれんぞ。その辺は大丈夫なのか?」
俺とルミーナは住む世界が違うので概念から異なり、そういった感情を抱くところまで行かない。マリアとアトラはそもそもメイド職なのでそういったことは全て受け入れ態勢だ。でも地球人の誰かと同居することになれば、片付けようと思っていても中々行動に起こせない俺にケチ付ける奴は必ずいる。
「その時はまた……」
「相談ですねっ、お任せください」
部屋が余っているので共有スペースと人数分の個人スペースを分離させることができる。共有スペースでのルールを明確にしておけば、お互いの衝突も最小限に抑えられるだろう。三人はほっぺすりすりできる仲だ。そのぐらい楽観的な判断でもいいのかもしれない。
……ということでミネヴァルトの家をシェアハウスタイプに改築することになり、『シャガル ミネヴァルト』の営業が再開。お昼からルミーナとマリアが改築に励み、閉店頃には完成する算段だったが、どこでどう情報が行き違えたのか……今晩、俺の家でお泊り会が開催されることになった。
「なんだそれ」
「食料だにゃ!」
「引っ越しするから私物を全部持ってきたがや」
その私物が全部食い物なのはいかがなものか。三人とも食事となると本気度が変わるのか、誰のものか論争になるんだろう。自分のものだと分かるように名前が書かれた色つきシールが貼られている。自己主張が凄い。
「お風呂はまだかの?」
「沸かせる奴誰もいねーよ。入りたけりゃ自分でやってくれ」
噂通りカエラが風呂に入りに来た。状況を見て一緒にお泊りすることにしたらしく、ちびっ子四人で騒がしくなってしまった。禎樹的な表現をするとロリっ子四人衆の方が言い得て妙だが、口に出して呼べる名称じゃないので止めておく。
「嫌じゃ嫌じゃ! 客人をもてなすのが道理じゃ!」
「概念魔法で不法侵入した奴の台詞かよ」
脱衣所でジタバタするこいつが一国の王様って誰が信じれるんだ。側近が誰もいなければ威厳もなくただの子供にしか見えない。
「ルミーナとマリアはまだ帰ってこないぞ」
グアティとフォーリンが私物を一回置いてこなかったということは、まだ魔法が飛び交っていて中に入れる状況じゃないということ。後数時間ぐらいだろうか。
「誰か呼ぶしかないの……」
「手助けしないんなら二人以上呼んでやれよ? カエラ以外水使いいねえんだから」
余程強い魔法使いともなれば、水属性の適性が無くても蛇口を軽くひねった程度の水ぐらいなら出せる。飲むためじゃないので時間をかければ風呂も溜めることができるが、一人でさせると一時間はかかるし、死ぬ一歩手前ぐらいまで呼吸を乱し、汗が出過ぎてもはや大きな水溜りになるとアトラから聞いた。何なら過去にエイラが倒れたとか。当の本人は溜めている側近の姿を見ていないし、どういう苦労があったか聞くことがないので、そんな状況知らないのが怖い話。魔法は使いまくっても使える量が増えたりはしないので、そんな拷問は人ん家でさせないで欲しい。
「……作ってる奴が腹鳴らしてどうする」
今日はグアティとフォーリンが腕前を初披露するとのことなので、二人が料理を作っているが、キッチンに来た瞬間聞いたことないレベルに大きな腹鳴が聞こえた。
「うぅ……一日中食べ物を見たから早く食べたいがや……」
「そうだよね……お腹減ったにゃあ……」
二人揃って腹が鳴った影響でかなり響いたっぽいが、そんな状況でよく飲食業勤まるもんだ。普段どういう感情で料理作っているんだろうか。
「家だからってつまみ食いすんなよー」
うちに大飯食らいはいないので、最悪つまみ食いされてもいい。俺は長い金欠生活で胃袋が極小。それに伴って他三人も極小なので、胃袋サイズを知らない二人が作る料理は絶対に余るからな。既に十人前ぐらいを想定して作られている食材の量だ。
形式的な注意喚起をしてから居間の方に戻ると、ミネヴァルトとアトラがオセロで遊んでいた。ミネヴァルトがキッチンに立っていない姿は違和感があるな。オセロも初めてなのか、やり方を教えてもらいながらプレイしているが、
「あっ! しゅーやくんって料理作れるの?」
よくわからなくて飽きたのか、途中放棄して立ち上がった。アトラが教えて興味が湧かなかったとなると、オセロとの相性が最悪だったとしか言いようがないな。アトラも察して無理強いはしなかったのか、盤面を見るとオセロ勝負ではなくドット絵のようなアート作品になっていた。
「俺か? 作れんぞ」
「食べてみたいお」
「人の話聞いてたか?」
カップ焼きそばもまともに作れなかった人間がましてや一から人が食える物を作れるわけがない。だがキラキラした目を向けられたら断るに断れず……
「そもそも食えるものができるかもわからないからな?」
「何とかなるよお!」
自分基準で考えたらそうなのかもしれないが、本当に俺の調理スキルを舐めてもらっては困る。見せつけてやるためにも、料理してやろう。ただ食品を無駄にはしたくないので、一人前以下で見積もる。
万が一食える味だった時にグアティとフォーリンが作る料理と被っていると、上がるはずだった料理スキルが寧ろ落ちそうなので、何を作っているのか覗きに行ったが……切っている食材や焼かれている食材から何の料理ができるのか全く想像できなかった。ということは日本で出会える料理ではないはずなので、適当に野菜炒めでも作っておけば被りはしないだろう。
野菜炒めはその名の通りただ野菜を炒めるだけなんで、料理下手でもほぼ事故は起こりえない。長きにわたる一人暮らしの中で、カレーは最強と思う時期があったり、栄養全部あるだろと無限に肉野菜炒めを作り続ける時期もあった。世界が変わっただけでやることは単純明快。ということで二人が買ってきた食材ではなく、アトラが買っていた備蓄から拝借し……
「にょわ⁉ 凄まじいラインナップがや」
「どっちの意味でだ?」
『シャガル ミネヴァルト』にあるメニューは大体どんな料理か想像つくが、使われている食材名を当てろと言われたら無理。その辺に生えている雑草やその辺にうろつく魔物の肉なら食べたことがあるが、こうやって売店で売られているちゃんとした食材を手に取るのは人生初。いつもはアトラやマリアが情報提供してくれるが、今回なしだ。キャベツっぽいから、玉ねぎっぽいから、という安直な理由で手に取っただけで、これが本当に俺の想像と一致している野菜なのかはわからない。
「悪い方がや。でも大丈夫、このスパイスを入れると味にまとまりが出るがや」
そういってエプロンのポケットから小瓶を取り出して掲げている。獅子唐っぽいが、辛さを加えたらより悪化しそうなので多分辛くない食材なんだろう。
「そうなのか? というか教えてくれていいのか?」
「食べれなかったら意味ないにゃあ」
まな板や包丁の準備など料理のアシスタントをしてくれていたアトラに目を移すと、苦笑いされた。どうやら食品兵器を作りかけていたらしい。
「野菜炒めの食材だけ用意しましょうか?」
アトラが慈悲を与えてくれるそうなので、ミネヴァルトに視線を向けると「んゆ」と頷いた。さっきからずっとアワアワしていたので強調するように何回も頷いてきたよ。
「ややっ⁉ ぶきっちょじゃないにゃ、精確な包丁さばきだにゃ!」
奇しくも刃物の扱いだけは慣れているので、特殊な切り方はできなくても一瞬で全て同じサイズに切り刻むことはできる。青色の葉物と四角の根菜と採れたての赤色ニンニクみたいなもの――きっとキャベツ、人参、玉ねぎだろう――の準備を済ませる。
「わたしもこのラッキーアイテムの刻印がある包丁と、ラッキーアイテムの新しいまな板で本領発揮がや!」
グアティはラッキーアイテムに囚われているのか、得意げに野菜を準備して高速で切り刻んでいる。怪我しないか心配なのか、ミネヴァルトの目が不安で潤んでいる。
何となく火の通りにくそうな根菜から炒めた方がよさそうなので、フライパンにのせて……アトラに促されるまま魔晶石に念を飛ばす。
「すごいな、丁度いい火加減になってんだな」
いつもルミーナが魔法で発火するので初めて魔晶石を使ってみたが、魔法が使えない人でも火を扱えるように上手く調整されている。IHみたいに肉眼で火が見えなければ実感がないが、ガスコンロの中火ぐらいの青い炎が立っているので使用感も出ていて扱いやすい。
「しゅーやくんはメイドに頼りすぎがや」
「……分業だよ、分業」
異世界人と言うにはまだ早い気がしたので返事が遅れた。確かに俺もキッチンに立っていればこのぐらい分かっていたことではあるので、世間知らずと言い訳しなかっただけ良い方で捉えて欲しい。
良い事も悪いことも思ったことは全部言ってくるグアティに翻弄されながらも、根菜を軽く炒め終えたので続けてニンニクらしきものと葉物も加えていく。
「およ⁉ 全部入れちゃうのお⁉」
「え? これか?」
菜箸でニンニクらしき野菜を持ち上げると、ミネヴァルトはヘドバンの勢いでこくこく頷く。
「そんなにヤバいのか? 正しい食材なんだろ?」
「そ、そう! でも! 沢山使うとちょっとピリッとするよおっ⁉ 辛くはないお⁉」
「辛いって言ってるようなもんだろそれ……」
アトラさんミネヴァルトにはオセロではなく嘘のつき方を教えてやってくれ。これからの生涯生き抜くために習得すべき話術だ。
「あのー前に食った対人種用拷問料理?」
「ゴルドンベルッズっていう青い円盤のすり身だお」
「……まあ、それよりかはマシだよな?」
激しく縦に首を振るミネヴァルト。あれはよっぽど人種にはバケモノ具材だったらしい。
「グアティ、例の調味料を貰えないか? 多少はましになるだろ」
三つの食材がごっちゃになった状態から一つだけ取り出すのは面倒だ。そう思ったものの、にやけ顔のグアティにトルコアイスみたいな貰えそうで貰えないやり取りをされる。『多少はまし』と言ったことがマズかったんだろうか、少しおこにも見える。
数分弄ばれて受け取った調味料を刻んでから一緒に炒める。野菜を切って炒めるだけの人によっては料理とみなさないような一品だが、ある種味覚のギャンブル性が生まれてただの料理では無くなった。
「においは悪くないぞ?」
「食べてみてのお楽しみですね」
食べるころには冷めてそうだが、直ぐに作れる野菜炒めを選ぶしか思いつかなかったので、そこは目を瞑ってもらうことにして……皿に盛り付け、完成。
「もうすぐ完成しそうか?」
「もう完成してるにゃ」
野菜炒めをしている最中に調理を終えていたらしく、いつの間にかテーブルには沢山の料理が並んでいる。日本と違って一人ずつ分配されてなく、大皿に豪快に盛り付けられた状態で。でもまだグアティだけがエプロン姿でボウルに入った液体をかき混ぜている。
「今は食後のデザートを作ってるがや」
「グアちゃんはお菓子作りが好きなんだお~」
これまたラッキーアイテムなのか特殊な型が四つあるが、見た感じはプリンっぽいデザートだ。カエラの元でアフタヌーンティーに同席したことがあるだけで、この世界でのデザート業界には知見が全くない。楽しみにしておこう。
「おぉ! ドス・ガ・デラン・ド・ヴァ・エンゴー、フォガルツマッツツェ、それにヴィギャンゾンキンカンではないか! 凄いのじゃ!」
いい香りを嗅ぎつけてか、風呂場から戻ってきたカエラは机に手を付き、料理にダイブする勢いで身を乗り出して目を輝かせている。
「カエラ様料理名は秘密だお……」
「おっ? すまないのじゃ」
「心配すんな、言われても分からん」
この地の食べ物で覚えているのはバゼラぐらいだ。そもそも見ても味の想像がつかない。今ある情報は美味しい料理であるという不変の事実だけだ。
「これは何じゃ?」
素材は全てこの地で集まる物だが、組み合わせに馴染みがないのか、シンプルな野菜炒めを見て首を傾げている。
「それはお楽しみだ。ルミーナとマリア呼んでくる。カエラは側近全員呼んで来い」
目測で察したが、料理の分量が明らか人数と釣り合っていない。全員集合して14人で食べても余る気がする。側近たちはさっき湯を沸かしに来たので、まだご飯を食べていないはず。初めてだだっ広い家で良かったと実感する羽目になるディナーパーティーの開催だ。
元々の料理名は何だったか忘れたが、見た目が奇想天外でもいざ食べると地球に存在する料理に近い物は思いつく。知らない海鮮だらけのパエリアと、異形の葉物が混入したカルパッチョと、異色の液体が溢れるハンバーグ的な肉塊と、シンプルプリンだ。人数が多く場所によっては大皿から距離が空くので、大皿をみんなでかっ食らうのではなく自分の小皿に移して食べるバイキング形式だ。個々で作らない分丸鶏だったりすると取り分けた部分によって当たり外れがあるが、そういうのが生まれないラインナップからして配慮を感じられる。
「わぎゃん!」
「急いで食べすぎだお~」
美味しすぎて次を欲するあまりフォーリンは舌を噛んでしまったみたいだが、もっと猫っぽい悲鳴を上げるのかと思っていた。
「たくさんあるからゆっくり食べると良いぞ!」
カエラは何で自分が作った物みたいに胸張ってんのかわからないが……
「すげえな……普通そんなに食えんぞ……」
『シャガル ミネヴァルト』の面々の食いっぷりがえげつない。次から次へと口に運ばれて行き、山盛りだったはずの料理がどんどん減っていく。噛んでいない訳じゃない。ちゃんと味わったうえで止まることなくモグモグパクパクしている。そんな姿を見てたら何かこっちの腹が満たされていくような錯覚がある。
「お前ら三人揃って胃袋ブラックホールズって呼んでいいか?」
「ぶらっくほーる?」
「どういうことがや?」
「よくわからないにゃあ」
そういえばブラックホールは地球の用語か。この世界、宇宙の調査は手付かずだ。カエラは三人の姿に名称がついたことに対してケラケラ笑っているんだろう。
三人以外はまだ食事が始まって三割経過ぐらいの感覚だが、いつの間にか大皿2つが無くなりかけていく。三人で数キロは平らげたはずなのに、ちっとも見た目に変化がありゃしない。ブラックホールの比喩が真実だと怖いので、嘘でもお腹膨らませといてほしい。
料理の山が小さくなって視界が開け、俺が作った野菜炒めが目に入ったのか、みんなの小皿に乗っかっていく。
「しゅーやくんの手料理、美味しいよお」
「変な組み合わせじゃが結構美味しいの」
「家庭的な味がや」
「余り物でできそうじゃ」
それぞれ感想を言いつつ食べ進めていく。他の料理に比べるとかなり見劣りするが、それでも味自体はマズくないからか、避けられることなく一安心。
「そうそう、余り物適当にぶち込むからバリエーション豊かなんだよ」
人によってはキャベツだけでも野菜炒めに分類されたりもするぐらい範囲が広い。その人やその時々によって味が変わり、同じものが作れるとしても作ろうとはならない可変的な料理だ。
「でもまぁ、マリアとかに作ってもらった方が楽で美味いな……」
「それはどういう意味で?」
心の中で呟いていたつもりだったが――実際どっちで呟こうと筒抜けだが――ボソッと喋っていたようで、ルミーナに拾い上げられてしまう。
「料理上手だからだ。決して手間にならないとかそういう意味じゃない」
いくら余り物をぶち込んで完成する料理とはいえ、実際に作るとなると『作る』『食べる』以外に高すぎるハードルを越えなければいけない。それは『準備』と『片付け』。この二点は軽々超えられない。他全てが揃っていても諦めるぐらいには障壁となる。これが一人暮らしともなると尚更だ。
「でもパブルス帝国では見ないやり方にゃ」
「珍しいがや」
この世界は冒険職が多く家を持たない人が多い。仮に家があったとしても、火を扱う調理を行う場合、魔法石を買ったり魔法使いであることが前提となり、出費も嵩張り思いのほか敷居が高い。その為ご飯は基本的にお店で食べる。そういう背景があるから根付かなかったんだろう。
「どこの料理だお?」
ミネヴァルトは首を傾げて俺を見つめてくる。それに倣ってグアティとフォーリンも見つめてくる。
「えーっと……」
そこに関して聞かれることを想定していなかった。まだミネヴァルト達には異界の地の人間であることを伝えていないので、これを機に教えるか、それともまだ隠しておくか、どう回答すべきか悩んでいると……
「異世界じゃろう。しゅーやは我々が行けないところからやって来ておるのじゃ」
「あー、言っちゃうんだ。カエラさん」
「案外すんなりと言いましたね」
念話で喋ったつもりが口から洩れていたようで、隣のアトラも小声で喋る。
「えっ⁉ そうなの⁉」
三人は顔を見合わせ、ただでさえ明るい三人なのに表情から溢れる嬉しさレベルが上限突破してしまう。
〔純粋な子に余計な心配はいらないみたいね〕
〔流石にこれは異例だろ……〕
仮にもし子供相手ならこのぐらいの気軽さが丁度良いのかもしれないが、相手はただ見た目が幼いだけで年齢的には俺より上すらあり得る。特に鬼族? であるグアティなんかは魔族のマリア並に生きていても可笑しくない。少なくとも冒険職の経験があるグアティとフォーリンは嘘つくなと言わんばかりの反応を見せて欲しかったが……こうなってしまった以上後戻りはできない。食後にでも転移現象について情報共有しよう。
「他にも色んな料理があるのお?」
「ああ、沢山あるぞ」
今回のように俺が類似料理を連想できるってことは、ミネヴァルト達も原材料は違えど地球の料理から異世界の料理を連想できるんだろうが……地球人ですら他国の料理を食って驚かされることがあるぐらいだ。野菜炒めのように未知の料理はまだまだ発掘できるだろう。
「えー⁉ そうなのお⁉ 連れてって!」
「わたしも行きたいがや!」
「にゃーも!」
「我も、我もじゃ! ゲホッ」
咀嚼中だったカエラは飲み込んで慌てて手を挙げて参加したせいでむせている。
「おう、いいぞ……ん? いやちょっと待て、今適当に返事しすぎた」
俺も咀嚼中だったので自分の発言を思い返してむせてしまう。ルミーナから「え?」って言われて気付いた。
〔いやー……ハードル高くねえか?〕
〔そうね……容姿とか語尾が地球ではありえないわね〕
ハロウィンやコスプレイベントならまだしもその辺を歩き回るにしては羽や角や耳の在り方が精巧すぎる。角はまだしも、感情によって動くこともある羽や耳は弁解のしようがないだろう。語尾も縛りやキャラ付けでしていると時々粗が出るもんだが、これが素だから透けようもない。
〔こういうのを許し始めると際限なくなりますよね〕
〔確かに、それもあるよな〕
楓が異世界に来れている以上≪エル・ダブル・ユニバ―ス≫自体に観光利用の制限がある訳ではないが、そこを線引きしておかないとミミアント商会やヴァーブォーン王国、今後親しくなった人などキリがない。
〔でもまあカエラには連れて行かせて現地を見て欲しくはあるよな〕
広めてもらっているのでそのお詫びという訳ではなく、実際に起きている惨状を見て語り部としての信憑性を増して欲しい。
〔その序に三人も連れていく?〕
〔管理できねえよ、金もないし〕
既にてんわやんわなのに、行動予測不可能で特徴を隠し切れない無力な四人をケアしながら観光させるのは、精神のすり減り速度が世界新記録樹立してしまう。それにこの流れだと日本で沢山の飯を奢ってやる羽目になるので、金欠も再来だ。現状プラス要素よりマイナス要素の比重が大きすぎる。
〔でもあんな目をさせたのは萩耶が反射的に了承してしまったからよ〕
〔……〕
俺の返事が濁ったことで行けない可能性が高いと思ったのか、三人は目から涙をポロポロこぼしている。それでも食べる手を止めないのはらしさと捉えるべきか?
三人はちっこくて可愛い見た目をしている。ミネヴァルトとの出会いも襲われているところだったこともあり、こんなガキんちょで店が成り立つわけがないと、保護欲を掻き立ててくる。今となってはガキんちょ共に進化したが、ミネヴァルトと似通った人が二人増えたところで不安が減ることはなく……見ているだけで微笑ましい三人の掛け合いや、常にニコニコしているあの笑顔は、これからもずっと守っていかなければならない。例えこの国が他国に侵攻されようと、彼女らはずっと笑顔であって欲しい。笑顔が失われたその時こそが一国の滅亡と呼べるだろう。そう思わすぐらいに幼稚で、大切にしていきたい。していきたいが……
〔飯食いながら泣かれてもな……〕
食欲、恐るべし。胃袋ブラックホールズなのでやけ食いと捉えていいのか分からないのも難儀だ。
「羽とか角とか耳って隠せるのか?」
「隠せるの?」
一応聞いてみたが……何で俺に質問が帰ってきた? 知らんぞそんなの。
「えーっとだな、うちは俺とかアトラとか側近らの見た目じゃないと即殺されるんだよ。頭が悪い世界でな。だからあんな感じに仕舞えないのかなって」
そう言ってマリアが羽と角を出してから収納して見せる。それを不思議そうに眺めてから三人が顔を合わせ……
「変身?」
その気持ち、わからなくもない。角はわからないとしても、羽を出すことで移動速度は格段に上昇する。それにあそこまで大きな羽が現れたとなると、見た目的にも同一の戦闘能力と捉えるのは無理がある。
「わかったわかった、前向きに検討はするが、今すぐには回答が出せん。ちょっと考える時間が欲しい」
本来隠したりするような物じゃないので、隠すためには高等テクニックが必要なんだろう。マリアが可能なのは過去あってだろうし、無理強いして大惨事を招くぐらいなら他の案を考えた方がいい。
「楽しみにしてるおっ!」
ニコッと微笑んだミネヴァルトの目には涙なんてなく、勢い増してご飯を食べていく。おいちょっと待て俺の分俺の分。
〔いつかは行くことになりそうだし、落ち着いている今のうちに連れて行かない?〕
〔そうだな……学園祭後だな、最短で〕
人工島とイベント事の相性は最悪なので、今は学園祭に備えて変な行動は控えておくべきだろう。既に結奈からは唾を付けられているので、知らん子供四人連れ歩いていたら絶対取り調べに来やがる。例え本土でも尾行はされそうだ。
〔今のうちにバイトしてお金貯めるわよ〕
〔すまんな、最近戦闘っぽいことなくて〕
〔平和で良い事ですよっ〕
アトラの言う通りではあるが、全然転移現象が起きなければ俺の目立った活躍の場が無く正直肩身が狭い。友人関係を保ち現代を生き残るためには必要なことをしていると大義名分を掲げたところで、やってることは二世界渡り歩いて一般的な日常を送っているだけ。何かをサボっている訳ではないが、自分の視界には家事を全て押し付け、金策も押し付け、自由気ままにやりたいことをやっているだけのように映ってしまう。戦いだけが取り柄の人間にとって、その戦いが欠けてしまうと存在意義を失ってしまうもんだ。
転移現象を対処するために助太刀したのにその転移現象が減りつつあり、でもそれが良い傾向であることには変わりなく……活動の場を異世界にも広げた影響で、抱える問題の量が多くなり、もう解決までの道中にある空き時間に何しているのが正しいのかわからない。その点流布活動をカエラに委任したのは良い判断だったのかもしれない。
「ミネヴァルト、じゃんけんしないか?」
金銭問題は置いておき、文化祭を終えた後に抱える問題があるかは、現状予想できない。転移者の対応が最優先だとしても、それ以外の優先順位は自分たちのやりたい順で決めることができるので、運任せのじゃんけんの勝敗で四人の旅路の優先順位を決定しようとしたところ……
「じゃんけん……?」
「えっ?」
四人の、食べる手が止まった。
「この世界は基本的に率先して行う方が敬われるので、運に任せて決定するようなことが根付かなかったのかと思います」
アトラが冒頭だけは隣の俺にしか聞こえない声量で状況分析する。
「冒険職では厳しいかもしれませんが、お三方のような商売人などには流行るかもしれませんね」
その冒険職に根付かなければ大した利益にはならないだろうが、まさか代表を決定するお手軽ゲームが存在していないとは。これは一大ブームの予感がする。
「どういうことじゃ?」
「お前らよく聞け」
カエラが疑問に思う中、特に胃袋ブラックホールズの注目を集める。
「これは一大産業になる。金に困った時に案を売りにいけ。じゃんけんはだな……」
何故かヒソヒソ声で話し始めてしまったが、じゃんけんについて知っている限りの情報を提供する。といっても強弱関係と手の形を教えるだけなので、五分もしないうちに布教できる。
「しかも何がすごいって、『俺はグーを出すからな』って宣告するだけで心理戦にもなるんだ」
四人揃って「おー!」と反応し、何回もお試しじゃんけんしている。感触はいい。やっぱり自分の中でウケが悪いと決めつけたことでも、実際に披露してみると案外必要としている界隈もあるということだな。
「早速なんだが、本番だ。俺が勝てば優先度は低い。最悪無しだ。ミネヴァルトが勝てば最優先だ。旅行は確約する」
うおーっと盛り上がった四人は背中を向けて作戦会議している。何を出すか決めているんだろう。人によっては緊張してグーしか出せなかったり、グーと宣言しといて最初はグーで消化したとか言い張ったりするが、まだそういう傾向や狡い作戦も分からない段階の人たちにとっては、事前にどれを出すか決めるあの時間が楽しいんだろう。あれだとあいこになったらパニくって三種の神器を模りかねないな。そうなったら大人しく仕切り直しとする。
「よしいくぞー。じゃんけんぽん」
俺が出す手はパー。じゃんけん所見の人にとってはグーとパーに比べてチョキを模る難易度は高いはず。そうなるとパーを出しておけば勝率が高いだろうと予想。作戦会議なしで突発的にじゃんけんをしていたら、ミネヴァルトは変な形のチョキを出してみようという気持ちになっていた可能性が高いが、四人で話し合った上ではそんな理由でチョキを出してこないはずなので、石であるグーが強いということに引っ張られてグーを出してくる気がする。
「あいやー!」
謎の掛け声とともにミネヴァルトが代表して出してきた手は……チョキ⁉
「おお、ミネヴァルトの勝ちだな」
キャーキャー嬉しがる四人はどういう経緯でチョキを出したのか分からないが、敗北は敗北だ。
〔てっきり腕の動きでも見て絶対に勝つのかと思ってたわ〕
〔人聞きわりぃな……〕
そりゃ勝とうと思えば簡単な話だが、どの道いつかは連れて行かなければならない運命だと思っている。とはいえ無意識にじゃんけんを挑むと無意識に勝つ動きを取りかねなかったので、事前に出す手を考えていた。金稼ぎ、頑張ろう。
「……あれっ、飯は?」
「ん? 全部食べたがや」
「えっ、まだ20分ぐらいしか経ってないぞ?」
じゃんけん勝利で舞い上がり、勢いを増した姿を見て多少のご飯は自分の更に取り分けたが、この量で満腹になれってのは難しい話だ。何なら俺が手をつけていようが食欲が止まらない魔物の目が三つ向けられている気がする。
「デザートはどこじゃ?」
フォーク片手にうろつくカエラを見るに、四人と側近たちも満足するとこまで食べたみたいだ。念話していた三人に目を流すが……完全に満足げな表情。考え事してたせいでまだ半分ぐらいキャパ余しているのは俺だけか。この皿だけは死守しておこう。
「スートンヌーチャンカルパ⁉ 好物じゃ!」
グアティがデザートを持ってくるなりカエラは小さく拍手してからすぐさま手に取る。過去にグアティが作るスイーツを食べたことがあるのか、待ってましたと言わんばかりの食らいつきだ。
「サプラーイズ! この中に一つだけハズレを――」
グアティが得意げに喋り出したかと思えば、カエラの口の中で何かが爆発したのか、一瞬頬が大きく膨らんだ。
「お、おいひいのじゃ……」
「引き強すぎだろ……」
言い出しっぺの法則といったところか、真っ先に食したカエラがハズレを引いたらしい。青ざめた顔を見ても、手榴弾を食ったような現象が起きたら笑いなんか起きない。原理が分かる異世界人組は盛り上がっているが、俺とルミーナといつも虚無のマリアが付いていけない。
「どうなってんだ? 俺にも一口くれないか?」
「交換ということじゃな。助かるのじゃ」
「え……」
一口分だけ無くなったスートンヌーチャンカルパ――プリンを渡され、当たりプリンを横取りされるが……あんなキラキラした顔で食ってる姿見れるんならまあ良しとしよう。
このプリンは様々な型で作られている。これは一角が欠けた星形だが、ハズレで変な爆発素材が含有されているから容器が無くても型を保てているのではなく、他のプリンも漏れなく形を保っている。ジェルボール洗剤のような原理か単純に魔法の加護があるのかは分からないが……スプーンを通した感じでは、硬さを感じない。クリーミー系だろう。
興味本位で交換してもらったものの、死にはしないはずだが変なもんをちまちま食いたくない。まだメインの料理が残っているのでデザートとの順序を入れ替え、最悪そこで口直しをすればいいだろう。
「体ん中入ったら結局は一緒だろ? 食えりゃいいんだよ食えりゃ」
ぷにぷにしたプリンを一気に放り込み、何回か噛むが……ん? 爆発はしない。カエラの感じだと、噛んで一秒後ぐらいに爆発していたはずだ。パチパチ系のお菓子のような反応もない。
「にょわ⁉ それはダ――」
一気食いした俺を遅れて見て慌てて立ち上がったグアティは、こっちに駆け寄ってくるが……全然距離が縮まっているように見えない。
「どうしたのじゃ?」
一同のどよめきが徐々に遠ざかっていく。体が物理的に移動しているのではない。スピーカーの音量を下げていくように、聞こえなくなっていく。視界も、徐々に。あれ……っ?
どうやらハズレ枠のプリンに含まれていた起爆剤は、人種には分量を守って食さないと最悪死に至るヤベー食材だったらしく、致死量は含んでいなかったとはいえ一気に流し込むとは想定していなかったようで、一種のアナフィラキシーショックのような現象が起きて意識を失ってしまった。まさかこうなるとは思っていなかったので、グアティは滅茶苦茶泣いたらしいが、ルミーナ達が萩耶はタフだからこの程度気にしなくていいと言い聞かせて落ち着かせたらしい。本来なら数時間目を覚まさないところ、確かに俺は三十分ぐらいで目を覚ましたけど、よ。
もうみんな風呂に入ったんだろうと思って一人のんびり風呂に浸かっているとゾロゾロ全員侵入してきて、そういやここは裸に羞恥心が無い異世界だったな! と一悶着あってから……膝の上に乗った胃袋ブラックホールズ+1の面々をキャーキャー遊ばせてやる。
「重くないのー?」
「別に?」
膝を上下に動かしロデオマシン……と言っても伝わらないので、電車の揺れの再現だ。俺は足が長い方ではあるが、こいつらもチビなもんで密着してはいるがよく四人も乗れるもんだ。
「お前ら無免だろ? そんなんじゃ俺の脚はじゃじゃ馬だから乗れんぞ?」
「おおおおお……! すごいのじゃ!」
滅茶苦茶激しく揺らしてやると、四人の悲鳴が一層強くなり……四人揃って横に倒れてしまう。勢いついていたので痛かったはずだが、面白さの方が上回ったのか笑いあっている。可愛いかよ。
「寝床の準備が整いました。ベッドではありませんがご了承ください」
アトラは風呂の後片付け、ルミーナは側近たちと城に、マリアは寝室の準備をしていたようで、四人揃って返事した子供たちを案内して行く。寝間着姿を始めてみたが、そこにも結構個性が出ているな。胸の真ん中で紐を結び、お腹を丸出しにした星柄のベビードールのような物を着たミネヴァルト。ピンクでシースルーのスカートみたいなフリル付きキャミソール姿のカエラ。胸元に縦にリボン三つほど連ねたフレアビキニにカボチャパンツを履いたフォーリン。強制的に下着を着せられたいつ全裸になっても可笑しくないグアティ。この世界でも戦闘に関わりが無い人たちであれば、ファッションも充実しているようだ。
「子供が産まれたらこのような日々が始まると思います?」
「さあなー? でも、これもこれで賑やかでいいよな」
そうなる未来にはいくつもの課題がある。挙げるのも面倒なほどに。今はこうして起こりうる未来を疑似体験できただけでも余暇を満喫できていると捉えるべきだろう。
朝とは打って変わって明るい話題で花を咲かせ……俺達四人も、そろそろ就寝する。家中の明かりを消していく最中、四人が寝る部屋に通りかかったので中を覗いてみると……すやすや寝てるよ。寝相が悪い奴が居たのか、寝る前に枕投げでもしていたのか、頭の向きが揃っていないが。
「いっ、一緒に寝て……」
立ち去ろうとして扉に手をつけた瞬間、肩をちょんちょんを触られた。気配を感じていたのでわかってはいたが……ミネヴァルトはまだ起きていた。
身長136センチがジャンプもせずに174センチの肩を触れてきたってことは……後ろを振り返ると、俺の視線の高さにミネヴァルトの顔があった。部屋は真っ暗だが、少し開いた扉の隙間から差し込む明かりで表情が鮮明に映し出される。足元を見ると、ミネヴァルトの脚はない。少し折り曲げた状態で宙に浮いている。魔法ではなく、有翼人固有の浮遊状態だ。普段浮遊している姿を見てなくて、翼も可愛らしい見た目をしていたので、てっきり飛べないのかと思っていた。
「いつもはどうやって寝てんだよ……」
地べたで寝ようが別に構わないので、ここで寝ようが問題はないが、俺より他三人が先に目覚めたら変な誤解が生まれそうで気が進まない。
「普段と環境が違うから……」
「あー……」
その気持ち、わからなくもない。人ん家が怖いからとか、明日が楽しみ過ぎるとか、そういう訳ではなく、単純にいつもと違うベッドや枕だと全然寝付けないという人は案外いる。
「……ダメ?」
「わかった。どうしても寝れないんだったら、最悪家すぐそこだし帰ってもいいからな」
ミネヴァルトはふわふわ移動し、横になった態勢で三人が寝る真ん中に着陸した。部屋が広くて近くに誰かがいないと落ち着かないんだろうが、そんなとこに行かれたら空なんか飛べない俺が合間を縫って横になるのは至難の業だ。
一応ミネヴァルトの隣に寝転ぶことはできたが、グアティが寝返りを打つと背中に角が突き刺さる。ミネヴァルトが寝落ちたら早いとこ脱出しておこう。
そう思っていたが……当のミネヴァルトは少し待ってたら可愛げのある寝息を立て始めた。が、俺の服がミネヴァルトに握られているし、遂にはグアティが角を突き立ててきた。何なら寝相が悪かったフォーリンが頭の位置を動かし、足を動かすと髪の毛を踏みかねない位置取りをしやがった。産毛がこそばゆいぐらいの距離感じゃなく、完全密着なんでどうしたもんか。
〔向かいましょうか?〕
〔いや、大丈夫だ。このまま寝る、寝てやる〕
こうもなればこっちも意地だ。背中を貫きかねない突起物を押し付けられ、行動を阻害された状況でも寝れるということを証明してやる。きっと将来拷問されたときとかに役立つだろう。
〔ていうか何で起きているんだ?〕
時計が無いのでわからないが、少なくとも明かりを消し回ってから一時間は経過したはず。そろそろ地球で言う零時ぐらいだろう。
〔この世界だと魔力を吸収しやすいので、睡眠も補うことができます〕
〔そんなこともできんのかよ……〕
魔族、恐ろし。イカロスやメアリが人種差別――特に魔族を嫌っている理由が分かる気がする。食欲と睡眠欲を魔力で賄われたらそりゃ人種が相手してられない。対抗できない戦闘能力が育っていく前に、和睦するという選択肢を取らず、迫害しておく判断をしたってことだろう。
〔魔族全員ができるかはわかりません。寝ることが許されない日々を送っていた時、ある日突然できるようになりました〕
〔その才能開花でかすぎるだろ……〕
虐げられる生涯を送る悲しき魔族から、睡眠の必要性を軽減したんだ、この世界にも神っているんだろう。イカロスの目を盗んでちょっとずつ寝る癖がついたことでそう錯覚していると捉えることも出来るが、契約の恩恵で本当に賄えてしまうことが分かってしまう。
〔俺のことは気にするな。気持ちのリフレッシュはできんだろうから、こういう平和な時は普通に寝るといいよ〕
〔はい。それでは、おやすみなさい〕
魔法技術とは違う概念なんだろうが、普段使わないことで使えなくなっていく技とかじゃないはずだ。そうだとすると、今までずっと夜も起きていたはず。
昔マリアが寝付けないと言っていたのは、睡眠欲を魔力で賄い続けた影響で寝るという行為を忘れていたからなんだろう――とか考えていると、こんな劣悪環境でも寝ることができてしまい……
「……とっ、トイレ……」
(今度は何だ……?)
寝落ちてから何時間たっただろうか、服を何回か引っ張られたので直ぐに目が覚めた。
上を向くと、指先をツンツンしてソワソワしたミネヴァルトが宙を浮いている。逆さ向きだから地味にホラーなんだけど。
「そういや場所教えてなかったな」
これに関してはこっちの伝達不足なので、立ち上がって部屋を出る。いつの間にか足元にあったフォーリンの頭や、背中にあったグアティの角は別の方向に向けられていて助かった。
「扉閉めるのお⁉」
「え? 普通だろ……」
小声で驚くミネヴァルトには申し訳ないが、流石に風呂やトイレを見るのは常識的に考えてあり得ない。治外法権? そんなもんはない。道徳の問題だ。
「……待っててよお?」
「別にお化け屋敷とかじゃないんだけどな……」
扉を閉めるのは甘んじて受け入れてくれたが、どうやらずっと待っておかないといけないらしい。誰か魔法使いはいないのか? 意識を出すとマリアが起きかねないので極力虚無を貫く。
小さい子にとっては大きい家が怖いのかもしれないが、それを言ったらミネヴァルトの家も広い気がする中……
「いるー?」
「いるぞー」
扉の向こうから、怯えた声が聞こえてくる。問いかける暇があったら早く済ませた方がよさそうだが、限界でもなければ気持ちが落ち着かないと進まないもんだ。
「……いるー?」
「いるぞー」
「いるー?」
「……」
今は夜。ぼーっと外を眺めていたら返事するのを忘れていた。
「きゃああああ!」
「いるっているって! いるってば!」
驚いたお陰もあってか、直ぐにトイレを済ませたミネヴァルトは慌てて飛び出して抱きついてきた。流したのか、手を洗ったのか、色々気になる点はあるが、虚無になりすぎてて何も聞いていなかったので済みということで。
冗談で脅かしたりしたら金輪際うちに遊びに来ないんだろうなと思いつつ、寝室に戻り……俺の手をぎゅっと握ったまま眠りについた。寝ている内に放してもらわないと厄介だが、この流れだともう一人ぐらいトイレで起きそうなので、異世界で売れそうなものでも考えながら目を瞑っておく。
「と、トイ――」
来たな、グアティ。
晩飯モリモリ食べた分、夜に催すものがあるのかブラックホールの構造は分からないが……
「――行こうか」
「ふぇっ……?」
目を擦りながら上体を起こしたら目の前に仁王立ちする男がいたらそりゃ固まるか。こればっかりはスタンバイしていた俺が悪い。
「べっ、別に怖くないがや! わたしは鬼の子がや!」
「そうじゃなくて。場所教えてなかったからな」
何で居るのかという回答にもなったのか、そこに関しては聞かれなかったが……
「そうがや! 見慣れない場所だから案内してほしいのがや!」
他三人を起こさないようにヒソヒソ声で喋ってはいるが、だとしたらどうしてそんなにわなわなしているんだろうか。
「とりあえず服着てくれ」
夜目が利く身としては今全裸であるはずのグアティの方を見る訳にはいかないので、ずっと背中を向けている。お泊り会のまさかこんなところでトラブルが連発するとはな。碌に寝れたもんじゃない。
トイレから出てきたグアティに手を握られながら寝室に戻っていると……
「――びゃあああ!」
「うおっ⁉」
同じくトイレに行こうとしていたフォーリンと鉢合わせた。暗闇でお互い無言無音だったので、ほぼ目の前で反応しないと一般的には可笑しい。向かってきていることは分かっていても、直前で驚く演技をしておく……つもりが、普通にビビった。まさか恐怖のあまり反射的に爪で引っ搔いてくるとはな。
恐怖を申し訳なさで打ち消して安眠させる作戦にしたので、右腕にかすり傷を与えられるぐらいで防ぎ……
「す、すまないにゃあ……」
トイレに行こうとして部屋をうろついていたのを察知したのか、隣にはマリアが案内人として居る。魔法で小さな明かりを灯してくれたお陰で、相手が俺とグアティと分かり涙目になっていく。これから三人で一緒に暮らすはずだが、こんなことじゃ夜間トラブル発生しまくりじゃなかろうか。一人一つトイレを持たせた方がいいんじゃないかと心配になってきた。
フリルを持ち上げて顔を隠しているが、もっと恥ずかしい状態になりかねないのでスルーしてグアティの手を引く。
〔すまん、後は任せた……〕
〔わかりました〕
就寝中に何かが起きれば直ぐに目を覚ませるが、流石に何事もなければ中途半端な睡眠の影響で眠たければ少しずつイライラしてくる。ドカ食いしたわけじゃないのでカエラまでトイレに行くとは考えにくいが、三人が二回目行きだしたら本格的に寝るぐらいならずっと起きた方が楽なまである。ここは寝なくても死なないマリアにバトンタッチだ。
「にゃー昨日すごい夢を見たのにゃ! でも忘れたにゃ!」
楽し気に話してる三人を傍ら、九時ぐらいに皆と遅れて起床する。カエラの姿はもうない。城に戻ったんだろう。
「ただすごいって事だけはわかるのにゃ!」
「夢と現実の区別できなくなるなよー」
昨日の引っ掻き事故のことを夢と思われたら俺とマリアの苦労が報われないので、それとなく腕を見せつけながら机に座る。俺の分だけ朝ご飯が机に残っているが、全て出来立てレベルの温かさを感じる。この世界に電子レンジは存在しないので、俺の起床時間を逆算して調理したんだろう。メイドは凄すぎる。
昨晩やけに花畑にいるような香りがしたが、ミネヴァルトのそばを通って分かった――ミネヴァルトの周りからフローラルな香りがする。トイレの件で怯えたのか、夜中に場所を変えていたようだ。それも密着するレベルで真隣に。
「この辺まででかかってるにゃ」
「もう消化終わってる位置がや」
仲睦まじく笑う三人は、そろそろ店に出発するところといった感じ。短いようで長い一泊だった。
「行くことが決定しても前もって連絡できないが、大丈夫そうか?」
「臨時休業にするお」
よっぽど行きたいんだろうな、美食の旅に。主であるミネヴァルトがそういうなら問題ない。
「じゃまた」
アトラが買い出し序に見送ってくれるそうなので、胃袋ブラックホールズは俺達三人に手を振って家を出て行った。
「あんまり寝れてないでしょ」
余りに気だるい雰囲気が出ていたのか、契約の恩恵で昨晩の出来事を垣間見たんだろう。苦笑いしながら隣の席に座ってくる。
「ああ。でも帰ること考えるとこのぐらいで丁度いい」
これをきっかけにと言っちゃなんだが、地球が冷戦状態の中あまり異世界に居すぎるのもよくない。疲労は回復できなくてもメンタルの回復はできたので、あらぬ疑いをかけられる前に地球へレッツゴーだ。
ルミーナが手に持つ本は魔導書かと思えば中学家庭科の教科書でスープを吹き出しそうになるが……正直家事ができない身としてはその本を読んで知識を習得したい気持ちは分かる。だがそれを覚えたところでいざ本番で再現できないのがその手の本の真に恐ろしいところ。
「地球のお金だけど、掛け持ちするのはどう?」
本を閉じたルミーナは、飯を食う俺の方を向いて面白い提案をしてくる。
「四人を連れて行くとなると、いくらかかるかわかったもんじゃないからな……した方がいいんだろうが、カフェ以外で安全の保障があるバイトはあるか?」
あるとしたらシフト制では働く余裕が無いので、この前のバックダンサーのような知り合いづてになるだろう。現状多少の別行動をしても異世界人の要素が見えてしまったり、過度にマークされていたりしていないが、ルミーナは中学生で登下校が必要だからであり、マリアもあのアパートの管理人のような事をしているからだ。それらが一般的に行うはずのない行動――中学生のルミーナはバイト、社会人のマリアは登下校など――をしてしまうと、怪しまれてすぐさま監視の目が付くだろう。何せ悲しくも監視対象の血族という体だからな。
「聞いてみないとわからないけれど、結乃の工房清掃とか、愼平の姉? のお店とか、なにかできることはありそうだわ」
その二択ならまだまだ疑われにくい結乃絡みの案件にしてほしいが、知り合いづてにすることで疑いの目が付きにくいのは良い着眼点だ。
「その流れで行くと、陽菜のお花屋さんとかな。人工島外に出るハードルは高いが、出てしまえば異世界人の警戒態勢はほぼないし」
強いて言えば監視カメラの映像から個人情報を特定され、偽造されていることが露呈するとかだろうが、前後で犯罪でも起きてない限り滅多に起きないだろう。人工島みたいに映るもの全て情報と紐づけるのは人件費にしろデータ領域にしろ色々無駄を生む。
現状カフェとの行き来は自宅からの転移なので、連絡橋に変な記録を残すこともなく本土に向かうことができ、知り合いの場所で雇ってもらうことはできそうだ。そうするならまず一回誘われたこともある陽菜に頼るところから始まる。
「妹設定の範囲、もっとちゃんと決めればよかったな……」
「そんなのあの時にはわからないわよ」
それはそうだが、俺の一個下でも良かったはず。何で二個も下の中学にしたんだろうか。まあそんなこと気にし出すと色々過去の判断ミスが蘇ってくるので、この思考は破棄する。
「さてと、肌着でも買いに行くか」
異世界に四季の概念はないが、地球はもうすぐ12月。向こうで防寒具を三人分買い揃えるのは現実味がないので、金があるこっちで調達してから向かうことにする。使っている素材が地球上には存在しない魔物の毛や綿になるので、万が一に備えて中に着る物しか賄えないのは残念だ。




