↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロス・インパクト  作者: あかつきこのは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/41

38 多発するイレギュラー

 

 翌日、朝っぱらから体育館で学園祭の説明を行うとなって、まさかの登校時間が一時間繰り上げ。いくら授業を潰せないとはいえ、自主練を時間割として設けるならそこで置換してほしい限りだ。六時登校で自主練後、七時半から一時間にも亘るつまらん説明があれば、それなりに眠気は来るもんで……説明が終わって皆が廊下を歩いていると、いきなりWアラームが鳴りやがった。

「おいおい最近この時間帯の転移多くないか?」

「俺的には真夜中に来られて起こされるよりマジだぜ。ほんじゃお先」

 愼平(しんぺい)は人工島に住む可愛い女の子を誰よりも早く救いたいのか、避難部送迎科の車両保管庫の方に急行していく。動機は気持ち悪いが、こういう奴が居てくれるお陰で島民の安全が保たれていると思うと複雑な気持ちになる。

 地球と異世界の時差は12時間もある。こんな時間に転移現象が起きればそのうちパジャマ姿の異世界人が転移してきそうで怖い。

 〔行けそうか?〕

 〔はい〕

 〔私も行けるわよ。まだ授業始まってないし〕

 そうか、まだ八時半か。付属中とはいえ中学校の一限目は10分後とかそこらだろう。

「どこに行くの⁉」

「黙れ避難部誘導科」

 人の流れに逆行していると偶々石塚(いしづか)と出くわしたが、各科の役割ぐらいちゃんと理解してほしいもんだ。

 逆行するとそれなりに人目につく訳で……楓(かえで)と玲嘩(れいか)にも遭遇した。学園祭の連絡があるからか、今日は珍しく登校していたらしい。

「ねえ! ボクもついてっていい?」

「は……? 正気か?」

 実際に異世界に行って異世界人と触れ合ったとはいえ、何の戦闘能力もない人間がWアラーム中にEoDに行くのはリスキーすぎる。大前提として違法行為だ。二人は知らないだろうが、昨日その集会もあったばかりだ。

「れーちゃんにも今ボクたちがこうして平和に暮らせていることを肌で感じてほしいんだ。いい刺激にもなると思うんだよね」

「言っとくが見てて楽しいもんじゃないぞ。それにそんな体験ツアーねえし……」

 実際退治の生徒は転移現象を目の当たりにしたことはあっても、異世界人と遭遇したり、目の前で戦闘が発生したことある人は十人もいないだろう。別に入学当初に実際に戦闘資料を見て転移現象の悲惨さを学習するとかない。あるのはファーストインパクトの映像だけだ。でも言わんとしてることはわかる。楓は実際に転移者騒動に巻き込まれ、自分の中で大きく変わるものがあったから。それを玲嘩にも体験してほしいんだろう。

「無理にとは言いません。可能であればお願いします」

 そういう割には致命傷もじさない覚悟の表情をしている。

 連れて行ってくれる前提みたいな全然転移現象を重く見ていない甘ったるい思考には癪に障る部分があるが、余裕があるうちにしかできない行為でもある。退治の洗礼といっちゃなんだが、最近頻度は多いが質は良いとは言えないので、一応検討してみる。

 〔楓と玲嘩が異世界人騒動をこの目で見てみたいって言ってるんだが、見させることってできるのか?〕

 〔やり方にもよるけど、前みたいにビルの屋上から二人に極秘で見させることならできるわよ。魔力的に、萩耶(しゅうや)へのアシストは不可能になるけど〕

 〔別にできるならそれでいい。どの道見せるなら人並み以上の力は使えないからな〕

 やれるとしたら≪エル・ダブル・ユニバース≫で返還か、WB社によって殺害の二択。二人にちゃんと実情を見せるためには、肉眼で捉えられる速度で動かないといけないので、俺の方が先に駆け付けることができても、結末はほぼ後者で確定だろう。

「これから起きることは全て秘密。墓場まで持ってけよ?」

「わかりました」

 態々言質を取らなくても理解してくれているとは思うが、ここから先は玲嘩にとってあまりに非日常的で金輪際あり得なさすぎる知らない世界。しっかり本人の口から覚悟の表れを受け取りたかった。

「お前らは今送った場所目指してくれ。瑠実と茉莉……妹と姉がいるはずだ。そこからは二人の言う通りにしてくれ」

 玲嘩ぐらいにならルミーナとマリアと教えてあげてもいい気がするが、今彼女はこれからのアイドル業に於いて沢山の課題や目標を抱えているはず。そこに余計な異世界人要素まで加えたくはない。

「道中監視の目は避けて行動しろよ?」

「ボク偵察科だから人員配置とカメラの位置は把握してるよ~、だーっしょ!」

 久しぶりに聞いた『大丈夫』の砕けた言い方に、シェスカ以外にも言う人いたんだと思いつつ、

「私は……楓さんに従います」

 通信の場合、専門科目を一般科目に置換することが可能だと言っていた。日が浅いこともあり楓と違って専門科目を全く触れず、一般科目だけ受けてアイドル業の方に本腰を入れているんだろう。

 把握していてもそれに対応できるかどうかは別問題な気がするが、通信教育勢の二人ならタイミング悪く人工島に戻ってきたと言い張ればなんとかなるだろう。退治と人工島管理公社は中立的な関係なので、一々情報提供を要求したりする仲じゃないはず。

 俺と楓・玲嘩は別方向に駆けていき、マリアから出現位置を共有してもらいながらEoD内を駆け回る。今は楓と玲嘩に見られていないので、エル・シリーズを使い放題。フレームアーマーの到着より先に転移者と遭遇できそうだ。

 〔問題が発生しました。前方にフレームアーマーが10名ほど集まっているようです〕

 〔よっぽど酷い事が起きたんじゃない?〕

 〔どうだろうな、でけえ爆発は起きてないしな〕

 先にフレームアーマーが着いているのならこれ以上急いだところで転移者の返還は無謀なので、そっちの方の様子を伺いに行ってみる。

「どうしたんだよ、朝っぱらから辛気臭いのが雁首揃えて」

 拓海の姿があったので刺々しい発言になってしまったが、

「単独行動した愚か者がやられただけだ。お前には関係ない」

 フレームアーマーは全員浮遊しているので倒れている人が良く見える。それでわかったが、あの装備が薄い感じはフレームユニットだろう。フレームユニットは問題児しかいないのか?

「へぇー、にしても大袈裟だな。もっと対処に人員回したらどうだ?」

「何度も言わせるな。お前には関係ない」

 そもそもこっちにケツしか見せてこないので、何をしようとしているのか全く分からないが……こいつら第五連隊がフレームユニットの対処で忙しいなら好機かもしれない。拓海がいるってことは、どんどん関係性が悪化してきている結奈(ゆうな)率いる第七連隊もこの付近にいないことになるはず。母数が多いので可能性としては大差ないが、俺絡みの時はほぼ百%で姿を現す連隊が二つも機能停止しているのはかなりデカい。

(んだよ、こっちで戦ってんのかよ……)

 転移者を探しに駆け出した直後、仮想ビルの裏側で第七連隊の皆様が奮闘していた。

「あぁもう、すばしっこいわね……!」

 転移者は魔法使いなのか、フレームアーマーに迫られては別の場所に瞬間移動を繰り返しているので、フレームアーマーの自爆による崩壊が随所で起きている。結奈は副隊長だが連隊の中で最も優れているからか、上手く制御して衝突をやり過ごしているが、出している速度が500を超えているので、かなりスレスレでの回避を続けている。徐々に追いかけるフレームアーマーの数を減らせているので、転移者の魔力も使い切ることはないだろう。何より視界内極至近距離の≪レベレント≫は魔力消費量がかなり少ない。

「遅かったわね!」

「この真裏に拓海とかいう憎たらしい奴が居たからな」

「別に助けてほしいわけじゃないんだからね!」

「ああ、見ればわかる」

 翻弄されてはいるが、劣勢ではない。フレームアーマーは壁に衝突したところで機能停止するわけじゃなく、態勢を整えさえすれば再度転移者を追える。対して転移者は魔法が尽きれば回避行動が終了。殺されない為とはいえ現状消耗戦なので何らかの案を考えつつ行動してはいるだろうが、フレームアーマーという存在には魔法使い一人で太刀打ちできない。さて、今回の転移者騒動は何分続くことやら。

「……おっと?」

 転移者は瞬間移動を止めたかと思えば、俺に向かって高速で迫ってきた。

「この中だと一番弱そうだから狙われたんじゃない?」

「せめて一人でも殺しておこうって魂胆か?」

 確かに見た目のごつさは一番無いが、戦闘能力は一番ある。見た目で判断するのは良くない。

 転移者はマリアと同じく魔法剣士だったようで、突如顕現化した短剣を二刀構えながら近づいてきたので、こちらも真似するように短剣を二刀構える。まさかのミラー状況に一瞬目を見開いていたかと思えば、いきなり+100キロぐらい急加速してきた。魔法の発動だ。

 〔おぉ、はえぇな〕

 双剣なので一撃の重さよりも手数の多さを活かしてくるだろうとは思っていたが、魔法の支援も加えて一秒間に複雑な十二連撃を仕掛けてきやがった。これを上回るためには流石に≪エル・アテシレンド≫の発動が必要だが、相手の行動を先読みして攻撃を防ぐぐらいなら素の状態でもできる。久しぶりに戦い甲斐のある相手にあったような気がするな。防戦にはなるがちょっと様子見するのもありかもしれない。

 〔この人さっきから魔法の織り交ぜ方が上手いわね。どこかの騎士なんじゃない?〕

 〔相変わらず武装に見覚えがないけどな〕

 単純に力任せ・勢い任せに剣を振るうだけじゃなく、弾かれたときの反動を利用して次の攻撃に繋げたり、片方の剣で逃げ先を封じるように攻撃を仕掛けていたり、剣だけの攻撃じゃなく脚や肘での攻撃も上手く織り交ぜてくる。それに加えて魔法の援護で本来ありえない体の動きや不可解な加速力が唐突に来るので、油断したら食らいかねない。しかもその魔法支援のタイミングが全て同じ双剣使いの俺が攻撃側でも欲しくなるタイミングなので、戦闘能力もほぼ同レベル帯だろう。単純に精錬された自力に加えて複数の攻撃パターンを叩き込んでいるだけじゃなく、実戦経験も豊富だからこそ為せる業だ。喋りかけていないとはいえ、自発的に喋ってくれないのでルス語圏かもわからない逸材が、このような謎現象に巻き込まれて命を落とすのは遺憾だな。

 結奈を始めとするフレームアーマーらはこの状況下で攻撃を仕掛けると俺も巻き込んでしまう可能性があるからか、仕掛けていいのかわからず立ち往生している。結奈だけはいつもと能力値の違いがあるように感じたのか、こっちを怪訝そうに見てくるが……あまり気にしないでほしい。わけあって縛りプレイ中だ。

「……一緒に戦わないんですか?」

 ルミーナとマリアの魔法によってEoDの最も都心部側、それも激戦区が良く見える仮想ビルの屋上に安全地帯が設けられている。楓や玲嘩には目に見えて変化が無いのでフレームアーマーに見られたら回避行動を取っても可笑しくはないが、そもそも楓は二人が一緒なら平気だと思っているし、玲嘩はまだWアラーム中に外に出る事やEoDに足を踏み入れている事について善悪の判断がついていない。観覧車から周囲の景色を見るように、肉眼でもなんとか追える萩耶対転移者の戦闘を目の当たりにしている。

「手助けを求めてきたら私も共闘するわ」

「転移者がたくさん来たらマズいけど、数人程度ならあそこで空飛んでる人たちが倒してくれるから問題ないよ~」

 ルミーナは転移者を返還する前提での回答をしているが、普段何をしているかは楓しか知らないことなので、玲嘩の質問に対する回答は楓が言った転移者を始末するための内容が正しい。

「その複数人の転移者が現れて対処に難航したのがファースト・インパクトということですか?」

「そうなるわね」

「逆に言えばまだその一回しか起きてないってことだね!」

 当時と今では技術も大分進歩しているので、ファースト・インパクトの内容が丸々現代に起きても同じような惨状が起きずにあっさり解決しそうだが、魔法使いがたくさん現れれば概念を覆す行動が多発する訳で、勝敗の予想は不可能と言える。

「戦いながら……笑っていません?」

 玲嘩はマリアからスナイパーライフルのスコープを貸してもらって戦闘を見ているので、萩耶の表情まで正確に捉えることができたのか、少し引いた表情で楓に振り向くが、あははと笑顔で返されてしまう。

「そういう人なの」

「しゅうやんいかれてるっしょー? あれが本当の姿だよ」

 ただのバックダンサーをお願いされた一般人だと未だに思い込んでいたのか、衝撃的すぎて再びスコープを覗き込む。

「負けられない戦いと分かっていながらも、戦いを楽しみ、時には研究もするの」

「ですが命が懸かっていますよね? どうして実戦でそのようなことが……」

 玲嘩の言うように、命が懸かっている以上、相手にチャンスが生まれるようないわば手抜きで勝負するより、とっとと片付けてしまった方が良いに決まっている。だが、それではこの戦闘に於いて何も得られるものが無い。直ぐに倒してしまえば、倒すということに対する経験値は蓄積されても、戦闘に対する経験値は溜まらない。そのうち自分と同じような実力の相手と対峙した時や、圧倒的に強い相手と対峙した時に、戦闘の経験値が無ければ勝機を見出すどころか上手く戦線離脱することもできない。それこそただ命を落とすだけになってしまう。今回の相手のように、自分の脳みそでは生まれなかった思考回路を持つ相手と戦う時は、ただ勢い任せに無力化するのではなく、今後に活かす為に盗めるものは盗んでおきたい。

「ボクたちは努力の業界だけど、しゅうやんたちは経験の業界だからね。いくら命がかかってるって言っても、必要な行為なんだと思うよ」

「こうして経験を積まないと、いくら自力を上げても不意を突かれたら対処できずに終わるわ」

 玲嘩は過去経験不足が招いたSNSの書き込みの件と照らし合わせたのか、不思議と納得したような表情で戦闘を見るのを止め、スコープをマリアに返している。

「これが今世界中で起きている現実ですか?」

「そだよー。主に東京とロンドンとラスベガスだけど。ああいう人たちがいてくれるお陰で今ボクたちは平和に暮らせてるんだー」

「エリア外には情報が行かないみたいだし知らなくてもしょうがないわ」

 先端技術の結晶であるフレームアーマーなどの情報が公開されないのはまだわかるが、異世界人や転移現象の情報がなぜ堰き止められているのかは不明だ。でも対異世界人関係者の殆どは一般市民が異世界人に同情……所謂左翼派の勢力を拡大させないためだと推測しているだろう。現状害が無い異世界人でも転移現象からやって来た者であれば即刻殺処分されているからな。

「俺が倒してしまっていいのか? お前らの収入源なんだろ?」

 観戦組が解散すると念話で聞いたので、そろそろ魔力も尽きてきたのか行動速度が鈍くなってきた転移者との距離を取ってフレームアーマーらに話しかける。俺の戦闘映像が学習資料として流用されても困るので、これ以上こっちの手を明かさない為にもこの無益な戦いを終わらせてしまいたい。

 この発言を聞いて行動に移すフレームアーマーが居れば、異世界人の始末数が給料に反映するという憶測の裏付けになる。ただ無賃でやってるこっちとしてもおいそれと収入源をプレゼントしてやりたくないので、フレームアーマーがピクリと反応するか様子を伺って我が手で始末する気でいたが……

「なんだよ」

 気が付けば、目の前で手榴弾が爆発したかの如く砂塵が発生しやがった。フレームアーマーが最高速度で転移者を殺しにかかったんだろう。こいつらは漁夫の利でも金が入るのか? 美味いとこだけ持っていきやがったな。

 俺には何も見えないが、アイツらの視界からは生体反応が消えたのか、次第にフレームアーマーが基地へ帰っていく中、ただ一人だけ呆然とこっちを見つめてくるフレームアーマーが居る。結奈だ。

「最近よく会うわね」

 なんか今日初めて会ったような口ぶりだが、

「そりゃあ最近多いからな、しかも変な時間ばっかり」

 特にはツッコまず結奈と転移現象のアフタートークに入る。こうすることで結奈の警邏が止まり、ルミーナ達のリスクも減ることだろう。

「大きなことが起きる前触れかしら」

「セカンドか? いい頃合いかもな」

「頃合いって何よ。来ないことが一番じゃない」

「それはそうだな」

 転移現象が無くなれば自分の職を失うというのに、転移現象が終わることを望んでいるとか業界人の鑑だ。

「それじゃ学校に行ってくるわ」

 もう体感昼ぐらいだが、実はまだ朝の九時台。今日は授業寝落ちが捗りそうだ。

「もう行くのね」

「もうって、転移者死んだぞ? ここにいる意味あるか?」

「別にもっと話したかったとかじゃないから!」

「は……? 願ってもねえよ……」

 別に今結奈と話しておきたい内容とか特にない。せっかく朝から登校しているのにここで時間を浪費して粗末にするわけにはいかない。

「こんなとこで油売ってると拓海の奴と出くわすぞー」

 背中越しに片手を振って、EoDを後にする。拓海とは俺も極力会いたくないからな。


 11月も第二週に突入し、徐々に空き時間に生徒たちが学園祭の計画を練り始めた。この学校の教師は本当に頭が硬く、授業時間を割いて学園祭の準備時間を設けないとのこと。つまり、授業外で生徒が自主的に集まって計画から何もかも実行しないといけない訳で、もはや学校に泊れと言っているようなもんだ。転移現象もあれから午前中の転移が謎に増え、ただでさえ多忙を極めているというのにだ。それでも当事者どもは学園祭を待ち望んでいるのか、嫌味一つ吐かずにやっているのはもはや凶器さえ感じる。出費は生徒負担とか言い出すし、俺は御免だな。立案段階から参加していない。

「11月だぞ、どうなってんだよ」

 今日も今日とて早朝から元気に登校……とはいかず、窓際に立って外の異常気象に顰蹙する。大体台風は多くても10月ぐらいにピークを迎え、11月に発生することは中々ない。ましてや直撃するルートとかいつぶりの出来事か分からない。

 いつ窓ガラスが割れても可笑しくないぐらいにガタつく中、

「今朝下着が飛んできました」

 マリアはどこからともなくイチゴ柄のパンツを取り出してくる。

「あー捨てろ捨てろそんなもん。どうせ石塚のだ。懊悩するだけ無駄」

 昨日は心地いい風が吹いてるな程度だったので外で干していたんだろうが、そのまま部屋に入れ損ねて暴風を諸に食らいこんなところまで飛んできたんだろう。災いの元は焼却炉に運搬してもらうに限る。

「なんで台風情報出てないんだよ」

 テレビのチャンネルを一通り回しても、スマホでニュースを検索しても何一つヒットしない。書き込みにはいろんなユーザーが呟いているが、気象庁を始めとする各メディアは仕事してんのか疑わしい。ストライキか?

 こんな状況下でもどうせ学校は休みにならないので、制服姿でロールパンを食べているルミーナは、

「ニュースになってないんだったら異世界人の仕業じゃない?」

「こんな大規模な魔法使ってたら流石に検知されるだろー」

 寧ろ大規模すぎて検知されていない可能性もあるが、それだと少なくとも警戒態勢には入っているはず。ベランダに出て空を見上げるが、フレームアーマ―の姿はない。ただ部屋の中を滅茶苦茶にされただけになった。

 この暴風なら空での移動を制限している可能性もあるので、結奈にチャットを送ってみると『確かに風強いわね』とだけ返ってきた。全く問題視して無さそうだ。異世界人が元凶とも考えにくい。

 ベランダで頬付けをつきながらスマホを弄ってただけなのに、髪の毛をぐちゃぐちゃにセットされてしまった。手櫛しつつ部屋に戻る。

「単純に風が強いだけの日か? それにしても強すぎる気がするが……」

 地震とか台風とか、日本は自然災害によく襲われる島国ではあるが、それが故に建物の強度や災害情報の伝達速度は目を見張るものがある。

「今日は学校休んで周辺偵察してみる?」

 最近は転移者を見殺しにする機会が多いので、ルミーナは魅力的な提案をしてくるが、

「雲をつかむようなことをしてもな……それぐらいなら登校した方がよさそうだ」

「そうね。気づいたことがあったらすぐに報告するわ」

 久しぶりに暴風の日に出くわしたので過剰に反応しているだけなのかもしれない。

「……これに雨も降ったら最悪だな」

 風圧で重すぎるドアを押し開け、退治の学生らしくいつ何時でも登校だ。部屋に吹き込んだ突風で机の上に残っていた俺とルミーナの食器が全部吹っ飛んでいたが、あれは金欠時に買った食器なので全て安物のプラスチック製品。まさかこういう形で活きてくるとはな。マリアの仕事を増やしてしまって申し訳ない。

「暴風の日にスカートなんてバカバカしいわね」

「愼平デーだなこりゃ……」

 ルミーナは異世界人で恥じらいが無ければ、退治の奴らも運動脳過ぎて愼平みたいに直接的なアタックが無い限り鈍感なことが多い。中学校の制服だからかペチコートを着込む仕様みたいだが、ルミーナが履くスカートは重力が真逆になって花びらのようになっている。もはや着る意味がわからないレベルだ。

 追い風だと歩いていても走っている速度が出るが、向かい風だと走ってやっと歩く速度が出せる。生憎退治方面は向かい風なので、一般人だと前向いて息出来ないほどの風圧を受けながら学校を目指していると……

「クックック……我が封印されし魔眼は今日も潜在しているようだ……」

 なんか……よくわからん奴が居やがる。

 退治の生徒が年々頭おかしくなっているのは不変の事実として、この異常気象で更に可笑しくなってしまったのか、変な形を模した手で顔を覆っている彼女は、片眼には眼帯、片腕には包帯を巻いている。致命的な負傷を被って付けているというよりかは、所作への影響のなさを見るにファッションアイテムの一つとして取り入れているんだろう。

「貴様、先ほどこちらで我が眷属を見かけなかったか」

 初対面に対して貴様とはいい口のききようだが、元々は尊敬語なので特に気にせず、

「知らんぞ」

「ほう……」

 前髪のインナーカラーが特徴的な黒髪セミロングをツーサイドアップにしている彼女は、聞くだけ聞いて独特な走り方で去っていった。着ている服的には退治の生徒で間違いないが、五年通って今まで一回も見たことない。罰ゲームでも食らったんだろうか。

「あ」

 こんなことで時間食われたせいで雨が降って来始めた。何やら住宅街一区に憩いの場を作る話があったらしく、サイズ的に公園は厳しかったので足湯を作ったと聞いている。拭く物が無いので入らないが、屋根はあるはずなので雨宿りさせてもらおう。

 早めに家を出た甲斐もあってゆっくり待ってられる時間はあったが、ゲリラ豪雨ではなさそうなのでずぶ濡れ覚悟で登校することに……なるかと思えば、マリアが傘を持ってきてくれた序に≪リフレッシュ≫も使ってくれたので、暴風のせいで四方八方から襲う豪雨の中で一ミリも濡れずに一般科目棟に入ることができた。

 天気予報が機能してないからか、雨が降り出してバタバタ登校したようで、下駄箱は水浸し状態で閑散としている。ただでは学園祭を開催させまいと天候までが相手しているように感じさせる。

 普段より少なめとはいえ、湿気でふにゃふにゃになった手紙を全てゴミ箱に入れる。せっかく扉付きの下駄箱だというのに手紙が入っていれば半開きになっていることも多く、特にこういう雨天時は上履きが地味に濡れているのが最悪すぎる。

 せっかく濡れていない状態で校舎に入れたというのに早速靴下がじんわり浸食され始め……

「ひぇーパンツまでびちょびちょだぁ」

 たて続けに不快イベントが発生しやがる。いくら魔法で不正したとはいえ、倍返しはよくない。

「先に自分の科の更衣室とか行って来いよ」

 遅刻常習者の石塚がずぶ濡れ状態で突き進んでくる。触ってきたら殺す。

「大雨なのになんで濡れてないの?」

 湿気で髪の毛が爆発することがある石塚だが、現状はただのゾンビ。鞄の中からタオルを出しているが、そのタオルすら濡れているし、もれなく教科書も全滅している。これを機に遅刻ギリギリを攻める習慣を改善したまえ。

 魔法を使ったとは言えないので、

「人の話聞いてるか? まさかその状態で教室行く気じゃねえだろうな?」

 そもそも俺の提案の方が先だったので、質問に対しては回答せずに話を戻す。

「湿度が100%になったから溢れているだけだよ? この辺りも水で溢れちゃうよぉ!」

 ちょっと何言ってるのか全く分からんが……

「そういやクラス変わったんだったな。同じクラスの奴じゃねえしどうでもいいや」

 背後から新生命体の奇声が聞こえた気がするが、自分のクラスが侵されないならどうでもいい。どうせうちのクラスは愼平が居るせいで女子共は絶対に濡れたまま教室に向かうはずはないからな。変な風紀の保たれ方だ。

 豪雨過ぎて午前中の授業は殆どの生徒が何言ってるのか聞き取れず、昼休みにはその話題があちこちで笑いを生み、雨でも関係なく外なら外で授業しやがる拷問まがい午後を終え……魔法と勘違いしたくなる程高頻度の落雷がある中、下校時間となった。

「待ってたのか」

 契約の恩恵で居ることは分かっていたが、豪雨の中校門前で俺の帰りを待つのはあまりにも異彩。

「寒さには慣れています」

「そういう問題じゃねえだろ、人の目を気にしてくれ。せめて傘さすか屋根があるところに」

 豪雨だから迎えが来ていないと可笑しいから取った行動だとしても、あと一歩が足りなかったな。

 雨風は翌日も続き……念話で会話可能なので叫んでまでして会話する面倒事は避けられているが、私生活音も打ち消すほどに雨と雷がうるさければ、ピカピカ光るせいで結構ウザい。そろそろうんざりしてきた。

 ふと視界に入り込んだのは、ストームグラス。楓からいつぞやのプレゼントで貰った奴だが、今まで一度も見たことない状態になっている。

「おもしれぇ……」

「見てて思うけど、確かに変よね、これ。萩耶の感情と連動しているようだわ」

 異世界の家具でなくとも現代技術で実現していそうなので、あまり深く考えないでおく。

 学生――特に退治生徒は、いつ何時も登校せざるを得ない悲しき学生だ。もはや一本の棒のような超豪雨の中だろうが、学校に行く。

「あれ? しゅうやんじゃーん」

「奇遇だねって言いたそうな感じだが、今から学校だよな?」

 角からカッパ姿の楓がニコーっと体を出してきた。フードが吹っ飛んで髪の毛が濡れているが、傘を差すよりかは良い判断。

「ボクはお仕事だから奇遇になるよ」

「なるほど? 純粋な疑問なんだが、こんな暴風雨の中でも電車走るのか?」

「んー、どうだろ。最悪徒歩?」

「吹っ飛ばされたらドボンだぞ、車で迎えに来てもらった方が良い」

 楓は高校生にしては幼い体つきをしている。申し訳ないが、強風に煽られたらそのまま吹っ飛ばされる未来が想像できてしまう。

「ジャーンプ! こんな感じ?」

「まぁ、そんなとこ、だな……」

 まさかこの暴風を利用して大ジャンプするとは思っていなかったので呆気にとられてしまった。直上ジャンプしたはずの楓は暴風に煽られて5メートルぐらい先に着地したぞ。

「あはは! 暴風って結構楽しいね! 迎えが来るから心配しなくても大丈夫だよっ」

「もう高校生なんだから怪我を心配して自制してくれ……」

 俺もそんぐらい純粋な心を持ち続けたいもんだ。

 暴風にはしゃぐ愛らしい楓と別れ、誰ともすれ違うことなく退治に到着したが……

「はっ? 休校かよ……」

 転移者はいつ現れるか分からない。年末だろうが夜中だろうが日時問わず訪れるので、今まで校門が閉まっている姿を見たことはなかった。でも今、初めて閉まっている姿を見た。閉まっているというより、ここに校門という物が無かったかの如く外壁と化しているが。

「今まで台風でも普通に学校やってただろうが。急に休みとかどうした」

 思い返してみれば、アパート前が膝丈まで洪水していたし、通学路の四か所ぐらいで腰までの水没体験があった。避難用にか、シェルターが出現している場所も多々あった。この豪雨なら一階に住む石塚はとっくに連絡してきているだろうが、何も来ていない以上今はシェルター内に避難中と予想する。対して楓はあの能天気さだ。でも流石に部屋三割ぐらいは浸水する勢いだった。

(シェルター内って、地上が豪雨の時どうなってんだろうな?)

 そもそもシェルターという物の仕様上、水の捌け口になってはいけないはず。首都圏外郭放水路とは違うので、水の逃げ道が無く海面が上昇していくようにどんどん人工島の陸地が失われつつあるんだろうが、未だにニュースになっていない。百歩譲って人工島だけを狙った局所的な暴風・豪雨だとしても、一つも報道が無いのは理解できない。

「こういう日に来るなんて災難でしたね」

 外壁を前に立ち往生していると、どこからともなくこの学校の校長が直々にやってきた。……いや、別に誰もいない。千穂と呼んでも差し支えないだろう。

「たかが豪雨如きで登校拒否か?」

 校長として接するのではなく、新谷(あらや)家として接するのであれば、いつも通りの口調で話すことができるが、最近の腑抜けた退治生徒に苦言を呈するためにも語気を強める。

 雨風の威力が強すぎて傘が一瞬で破壊されるので、俺と同じくずぶ濡れ前提で外にいる。校長なんだからカッパぐらい着てればいいのにな。

「PC社から避難警告が出されています。学校からは休みと伝えたつもりはありませんが、生徒は転移騒動時と同じくシェルター内への避難活動に励んでいますよ」

 それで朝から街に人気が無かったらしい。一応人工島管理公社のサイトを見たりしたが、PC社からの警告なら情報をキャッチできなくても仕方がないか。マイクロチップ埋設されてないし。

 ちらっと聞いたが楓と玲嘩は退治に通っているとはいえ目的が違うので、事務所を通して交渉した結果、俺と同じくチップが体内に埋設されてない代わりにアクセサリータイプになっているらしいが……

「弱みでも握られているのか? この自然災害についてテレビとか情報サイトとか、どこも取り上げてないぞ」

 一番の謎はここだ。偶々校長と会えたのでこの際聞いておく。

「それは私にも分からない。本土にはそれほど影響がないのでは?」

「ここと本土何十キロも離れてねえぞ?」

「近すぎるが故にWB社やHM社、転移者絡みだと認識される場合もあるかと」

 ふむ……それは一理あるかもしれん。実際にこの雨風を人工島内からしか体験していないので、直ぐに反論することもできない。

「ちょっとゆっくり話していきます?」

 こういう場合の迎撃科は、シェルター付近で警備する必要はないので、人手不足の科に加勢する。俺一人が加わったところで大して変わらないというより、そもそも新谷家として活動しているので迎撃科らしい行動は見せていないからか、活動に加わらない前提で話を進めている。

「現状の新谷家とかか?」

「そのあたりも含めて、色々と」

 神奈川の分社から通勤しているので今の衰退具合は一応把握しているようで、千穂は情報共有の場を前向きに検討しているようだが……

「そんなに暇じゃねえ。また今度で」

 話さない口実を作っただけで、実際は新谷家の人間であるとはいえ、現状新谷家から離れて暮らしている人に内情を共有できるわけがない。俺は長だから関係ないとしても、千穂は契約上国の人間だ。求められたら情報を売られかねない。

「今なら見られる心配もありません。久しぶりに手合わせはどうですか?」

 帰りかけたところ、退治の校長になってからは一度も言ってこなかった提案をしてきた。

「校長って、そんなに暇なのか?」

「殆ど椅子に座っているだけですよ」

 校長経験とかないのでホントのこと言ってるのか判断つかないが、少なくとも千穂を校長に推薦したのは強大な戦力の持ち主を封じておくためか、切り札として用意しておくため、生徒の目標として定めさせるため、いくつか憶測はあるが、とにかく一般校と同じ校長の役目を果してもらうために就任させたとは思っていない。この際どれだけ人の手に落ちたか確認してみるのもアリだ。

「今日で治らん傷になっても知らんぞ」

「そこまで貧弱者じゃないですよ」

 千穂と戦うのは何年ぶりのことか。どんな攻撃手段を用いる奴だったか覚えていないので、自ら攻撃を仕掛けることなく受けの姿勢を取る。先に攻撃して相手の出る幕なく終わらせてもいいが、それはやってもつまらんからな。

 千穂はボクシングのような構えをしたかと思えば……特に変化を加えることもなく、軽快なステップと共に拳での攻撃を仕掛けてきた。確かに動きは精錬されているし、常人じゃあり得ない行動速度だが、エル・シリーズを使っている様子はないし、拳以外の攻撃手段を用いるつもりもないようだ。退治内で練習できることと言ったらシャドウボクシングぐらいで、これに一番自信があるのか知らないが、にしても負ける気配がしてこない。

 ごく普通の殴りであれば、顔のパーツ系や鳩尾、金的への攻撃さえケアすれば避けずに受け続けても押しきれてしまう訳で……その部位を狙えばいいのに狙ってこなかったが……

「……降参します」

 腹に一発入れて少し前かがみになったタイミングで左頬をぶん殴ってやったら、少し距離を取った千穂は軽くお辞儀してきた。こういう不意を突いて攻撃するってずる賢い戦法もあるが、そんなこともせず。

「は……?」

 これからというタイミングで逃げられたので、呆気にとられてしまうが……相手視点、自分の攻撃が何一つ通らないことが分かり、反撃が始まってきた直後なので、引くタイミングとしては最適解なのかもしれない。実践じゃないからこそ取れる行為とはいえ、こっちの不完全燃焼感が半端じゃないし、小賢しさがムカついてくる。それこそ組織の人って立ち回りだ。

「まだ一割も出してないんだが?」

「私は七割出したつもりですよ」

「それは嘘だな」

 明らかに実力を隠している。ある特定の攻撃手段しか用いらず、手の内を全て明かさないというのは、この手の界隈でよくやる行為。腐っても新谷家の人間が、他の手段が使い物にならないとは思えない。

「――何の真似だ」

 きな臭い。直感がそう伝えてくる。千穂が何もできないほど素早く、眉間に銃口を密着させる。新谷家相手だとこんなの抑止力にもならないが、こうする行動に意味がある。

 拳銃に怯えることもなく、軽く目を瞑った千穂は、

「WB社が軌道に乗り、今やもう自衛隊やproject Eなどの組織は加勢する必要が無くなっています。国は、近々新谷家を切るでしょう」

「それがどうした」

 そんなこと分かりきっている。対異世界人活動に加勢する訳でもなければ、WB社に優良物件を輩出しているわけでもない。古い風習やごく少数にしか扱えない秘技を現代にも継承させ続けるだけで、衰退の一途の辿る新谷家をこれ以上擁護しても意味がないと判断するのも妥当だろう。寧ろWB社が設立しても尚支援してくれていたことが可笑しな話だ。

「だから私は今のうちから手を引いておくってか?」

「そういうわけではありません」

 別に新谷家を脱退するにあたって死は必要ではない。ただ既に他の組織に加わって活動している人が疑わしい言動をするので警戒しているに過ぎない。

「新谷家に誓って」

 銃口を、降ろしてやる。免罪符として使われたにしても、言っていい事と悪いことはあるからな。

「これからどうするかはちゃんと考えている。数分で出せる答えじゃない」

 それだけ言い残し、帰路につく。近い未来敵対関係になることを示唆していたというよりは、退治の校長を務めた関係上情報共有不足で招いた事態だろう。実際に校長をやっていないと見えない視点もあるだろうが、奇しくもその点については大方察しがついている。


 個人的には、この超常現象が転移者の仕業じゃないと受け入れられない。実際に現地に赴き、何度もこの目で見てきた。この程度の天候操作は魔法で容易くできるはずだ。ルミーナにどうにか節約してこの超常現象で実現できるものはないかと念話で聞いたところ〔雲に着目して静電気でも与えたんじゃない?〕とよくわからない原理を一つ聞いたので、退治まで来た足でEoDを徘徊してから帰宅することにした。結果から言えば、誰一人とも遭遇しなかったが。

『索敵』ではなく『徘徊』だったことが原因だと思い至ったところで、まだ実害が無いので再度行く気にはなれず……

「やや君⁉」

 あー……厄介な奴に見つかってしまった。シェルターを避けて帰宅すればよかった。

 無能は大抵住宅街十四区などのほぼ災害が起きない辺鄙且つ遠く離れた場所で活動を強いられるが、都心部四区に居るということは人手不足だったらしい。

 雨が激しすぎるのと自身の発熱量が多すぎるせいでカッパが意味をなしていない石塚は、

「やや君シェルター入らないと! 外は台風で危ないよ?」

 俺の所属科を忘れたのか、一般人を避難させる温度感でシェルター前で手招きしてくる。

「あ、すまん、ちょっとトイレ」

 シェルターに入る気なんかないんで適当に嘘ついてこの場を離れようとするが……

「トイレならシェルター内にもたくさんあるよ!」

「混みそうだからあっち行ってくるわ」

「はーい! ……あれっ?」

 バカで助かる。呆気なくあの場を離れることができた。

 あれから雨風が次第に弱まっていき、昼頃に霧のような物が発生したかと思えば、天気雨が数時間にもわたって発生し……

「どこに居んだよ、転移者は」

 夕暮れ時、そよ風と小雨に治まった天候の中、ベランダからEoD方面を眺める。紫色に染まった空は、範囲的にこの人工島で発生している異常気象の影響ではなさそうだが、うす気味悪いのでピンクとかに変えてほしいところ。

 転移者が潜んでいる前提で立ち回ることにしたが、人工島内を何周もしたが変な人物はいなかった。魔法なら遠隔でも関与できるので、どこか人工島外から悪さしているのかとも考えたが、Wアラームが鳴らなければ危害を加えられてないはずの転移者が、あの島は攻撃すべきだと判断するとは思いにくい。念のため海でプカプカしながら魔法を詠唱している奴が居ないか見て回ったが、荒波の中そんなことしてる奴は当然いなかった。

「ここ最近変な転移現象よく起きるわね……」

 そもそも転移現象自体が原因不明なので、常識とか条件は統計を元に地球人が勝手に決めつけてそれが真実だと定着してしまったものに過ぎないが、そうだとわかっていてもその認識が根付いてしまった以上違和感を覚えてしまう。

「ん? 結奈か」

 インターホンが鳴ったので覗き穴から様子を伺ってから扉を開ける。

「この元凶転移者だったわ」

「だよな」

 豪雨の中探し回っていたのか、黒のチューブトップに明るめのジーパンを着ている結奈は全身びしょ濡れ。今も小雨なので全く乾く気配がない。

「私服で探してたのか」

「Wアラームが鳴ってないのに飛び回ってたら物騒でしょ」

 よく言いますね、普段その辺ビュンビュン飛び回ってるくせに。

「この雨じゃアンタも家から出そうになかったから迎えに来たわ。別にアンタの家に行きたかったわけじゃないんだからね」

 保険の一言は余計だが、俺達も探し回っていたのによく遭遇しなかったもんだ。ルミーナも〔結奈と遭遇しないなら転移者と会えたもんじゃないわね〕と呆れ念話。

「とりあえず風呂貸してくれない?」

「え? また今から濡れるのにか?」

 というか一旦リフレッシュしたいのなら俺ん家に来たかった訳になりそうだが……

「違うわよ、フレームアーマーになるだけよ。トイレとか寝室でもいいけど、濡れてるから嫌でしょ?」

「そか。なら勝手に使え」

 いつも目の前でいつの間にかなっているというのに今回は何故変身場所が必要なのかは謎だが、聞いても部外者には教えてくれ無さそうなので謎のままにしておく。

「覗かないでよ?」

「態々確認せんでいいわ」

 濡れた状態でフレームアーマーになるとフレームアーマーも濡れてしまうのか、それとも今着ている服がどこか別空間に濡れた状態として保管されるのが嫌なのか分からないが、覗いてまでフレームアーマーの構造を理解しようとは思わない。それにこの構造を知ったところで戦闘に役立つ知識かと言えばノーだ。

「お前なんか覗かん」

「何よその言い方」

「は……?」

 覗いてほしくないっていうから覗かない確固たる意思を見せたのにキレられるのはあまりにも理不尽すぎる。ルミーナも笑ってないで何か言ってくれ。

「服は置かせてもらうわ。さ、いくわよ」

「あいよ」

 ということは全裸になって濡れてない状態でフレームアーマーになりたかったってことなんだろうが、つまり帰りもうちに寄るってことになる。じゃないとフレームアーマーをとくと全裸になるだろうし、着る服を人んちに置き去りにしてしまう。はい今回も返還は無しと言うことになりました。

 〔転移者は任せたわ〕

 〔洗濯して乾かしておきます〕

 WB社員という括りで見るとそこまでしてやる必要はないが、最近結奈には沢山貸しを作ってしまった。今は金があるので洗濯ぐらいしてやろう。

「アンタも空飛べるわよね?」

「無茶言うな」

 いつもの下りを交わし、結奈の足を掴む形で転移者を探しに急行する。

「転移者の情報はあるのか?」

「アンタのとこの生徒が魔法陣を見つけ出したのよ。発生は二日前の午前三時半。この異常気象の発生とタイミングが合ってるわ」

 偵察科か諜報科のことなんだろうが、十分に技術が発展しているので殆ど出る幕ないというのに、偶には学生の力で見つけだすんだな。雑用だから黙って退治に任していた気がしなくもないが。

「だとしたらなんでWアラームがうんともすんとも鳴らねえんだ」

「あたしが聞きたいわよ」

 それもそうか。WB社は転移者を始末するのが役目であって、転移者を報じるのはPC社の役目だ。ようやく魔法陣を確認したとはいえ、魔法が使われているのに鳴らさないのは、転移者はこういう魔法も使えるのかと興味を持って観察している可能性があるな。HM社なら拉致りかねんが、PC社なら気にしなくてもよさそうだ。

「収まってきたから島民も解放されつつあるわ。穏便に始末するわよ」

「せめて天候が荒れたままだったら良かったな」

 Wアラームが鳴っていないので、いずれ転移者の情報をキャッチするであろう俺が暴れないよう事前に確保しておく必要があるとすれば、その監視役である結奈を送っておき、序にその二人で隠密に対処してもらう算段だろうか。拓海の指揮だろうな、性格の悪さからして。

 最近転移現象が変則的になった影響でWB社と仲良くしすぎだ。こういう変な状況でも転移者に対応できる行動パターンを確立させておこう。


 結局あの日は海面に浮遊していた転移者を始末しても魔法によって変化が加えられた天候が直ぐには改善することはなく、数日間雨の日が続いた。数日間地球の監視網から逃れ続けた巧妙な転移者は、ルミーナ曰く魔術の祭典の主催陣と同じ格好だったという。つまり魔法使いとしてそれなりに名を馳せていた逸材になる訳で、不可解な転移現象に巻き込まれて命を落としたことになった。主催側なら悪い人じゃないと思うので、還してやりたかったが……毎回必ず実行できることじゃない。巻き込まれた時点で割り切りが必要なことだ。

「何でこんなことになったかね?」

「知らないわよ。クラスも分かれて接する時間が少なくなったから恋しくなったんじゃない?」

「やめてくれ」

 今日は退治にやってきているルミーナと一般科目棟を走り回る。理由はよくわからんが、石塚が突然「今これ着てるんだ」と言ったかと思えば何故か知らん女の全裸画像を見せつけられ、鼻息荒く迫ってきたので逃げている。何が目的か分からないが、あれには近づきたいのでとにかく距離を取るべきだと感じた。

 適当に他クラスに突入し、窓際の方に陣取らせてもらったが……クラスメイトじゃない人が入ってきたら暇な連中はとりあえずで一瞥する訳で、侵入者が俺とその妹と分かりざわつき始める。

「生徒に紛れるのは不可能ね」

「空き教室よりかは良いと思ったんだけどな……」

 そうこうしていると前の扉から石塚が入ってきた。同じ侵入者というのに、皆こっちに気を取られて誰も一瞥すらしないのは流石に面白いな。

 後ろの扉から出るために謎にできた女子の輪を無視して突き進むが、自分が迫られていると勘違いした女子が怯えて後ずさり、扉を開けさせないような立ち位置で逃げ場を失ってしまう。

「何やってんだよ、いいからそこどけ」

 少しかがんで小さくなった隙に手を伸ばしてスライド扉を開けるが、

「かっ……壁ドン……っ!」

「は……? 何言ってんだよこいつ」

 幸せな奴だな。扉を開ける行為をされただけで腰抜かすとか。ルミーナの苦笑いよりも、扉越しに聞こえる彼女に対する羨ましさ全開の奇声が何ともうるさいこと。今の行為のどこに魅力があんだよ。一度病院で脳を診ていただきたい。

 女子更衣室に隠れて生徒の株も下げる一石二鳥という末期的な考えは捨て、

「トイレよさそうじゃないか?」

「でも来られたら逃げ場ないわよ」

「いやいや、流石にアイツも男子トイレに入ってはこれんだろ」

 男子トイレは女子トイレと違って全て個室ではない。誤って入ってしまうと、見てしまう可能性がある。俺だけしかいない前提で入るならまだしも、通路からは中に何人入っているか分からないので、気軽に侵入できないだろう。それに今は昼休み。利用者数も多くゼロになったタイミングを見極めるのも難しいはずだ。

「あの人なら入りそうだけど……」

「多少の時間稼ぎにはなるだろ。次の逃げ場所探しといてほしい」

 今はまだ昼休みが始まって五分ぐらいしか経っていない。専門科目への移動や準備を加味して後40分は逃げ続けないとえれー目に遭わされてしまう。あの猛獣のような血走った眼は、何言われても無敵にさえ見えた。全く、何食ったんだよ。

 ルミーナは面白そうだからついてきただけで、石塚から狙われてはいないはず。女子トイレには入らず次の逃げ場所を探しに向かって行ったので、男子トイレで籠城する。

「やーやーくぅーん?」

 〔はあ?〕

 〔言ったでしょ? 人として見たらダメね〕

 こういうこと流石に公共の場では弁えるかと思っていたが、無理だったか。人工島にれっきとした警察がいなくて良かったなコイツは。

 まだいる可能性がある段階であって、見つかってはいないはず。個室で隠れ続けて凌ごうとするが……ピンポイントでノックしてきやがった。途中から全然生徒が入ってこなくなったので、清掃中の札でも立てて人払いしたのか知らないが、赤表示にしてなければ下の隙間から足が見えていない個室を律儀にノックしてくるのは気味が悪すぎる。

 自首してくるのを待っているのか、扉を開けては来ないので……今のうちに逃げさせてもらう。まさかこういう形で活きるとは思わなかったが、何かあったときに使えるよう五年前に抜け道を作っていた。サイレントで個室をよじ登り、静かに天井を押し開けて横にスライドさせる。視線を感じられたら困るので天井裏に登って締め切る直前に一瞬だけ下を見たが、個室前で腕組んで待ってるよ。千里眼か何かの持ち主か? でも耳は悪そうだ。

 〔今天井裏に居る。そっちはどうだ?〕

 〔汗臭い部屋にいるわ。もうそこに居たらいいんじゃない?〕

 確かにここには石塚は絶対に来れないだろう。居場所を特定できても、天井裏に行くための運動能力や、侵入経路がわかるはずがない。

 〔それもありだが、居場所を完全に特定してくる謎を残すわけにもいかないからな……〕

 今までも謎に居場所を突き止めてくることはあったが、かなりの時差があった。ただ運が良いだけといってしまえば納得できてしまう程には。でも今日は違う。見失ってから再度遭遇するまで、最短で向かっているとしか思えないスピード感だ。

 〔変なチップとか付けられてないよな……〕

 家への不法侵入を禁じ、防げている今、そういう悪い道具は学校ぐらいしかつける隙はないだろうが、そもそも接近された記憶がない。ましてや石塚如きの接近に気付けないほど鈍ったとも考えにくい。可能性があるとしたら、昔から付けられている線だが……そこまで行くと流石にナイフが出そうなので考えないことにする。

 〔スマホが悪さしてるんじゃない?〕

 〔いやー昔ほどガバガバセキュリティーじゃないぞ?〕

 昔は常時公開していたらしいが、今は設定を変更して許可した人にしか見れなくなっている。かくいう昔もスマホを常に携帯していなかったので、悪影響があったかと言えばわからない。

 天井裏は不法侵入者の経路にもなりかねないので、道中幾つかセンサーが置かれていたが、点検のためにも必要なスペースなので意外と広い。工夫すれば引っかかることなく移動できる。

「ここか」

 契約の恩恵でお互いの居場所が掴めるので、天井裏を移動して点検用のハッチから出てルミーナと合流する。確かにこの部屋は入った瞬間立ち眩みそうな程に汗臭く、いかにも換気されていなさそうな重苦しい空間だ。一年男子の更衣室だな。

「ここに隠れるわよ」

「マジか」

 ルミーナが指差したのは乱雑に置かれたロッカーの一つ。立った状態では入れないが、工夫すれば二人入れはする。他に空きロッカーが無いならしょうがないが、ここに隠れる選択をしたということは、何か策があるはずなので、俺とルミーナは混ざり合うように密着して上手くロッカーに収まり、魔法の力で扉を押し閉める。

「今ガチャっつったよな?」

「そうよ?」

「……あー、鍵が無いと開けられないからか」

 完全に閉じ込められたかと思ったが、外で誰かが操作している訳じゃないのに勝手に鍵が閉まる訳がない。学校に居るので認識が薄れていたが、魔法を使えば鍵の操作はおちゃのこさいさいだった。この雑多な男子更衣室の中から使われていないロッカーの鍵を探し出すのは、いくつもの試練が待ち構えているだろう。この選択は魔法使いならではだ。

「ふぅーん……い、た」

 しばらくすると、誰かが扉を開けて、わざとらしく周りを見渡しているような間を開けてから……俺達が入っているロッカーの前で、喋りやがった。

 〔においか?〕

 〔最近は柔軟剤も入れています〕

 マリアから正確な情報共有がされるが、

 〔でもそんなに香るかしら〕

 〔着ている本人たちは気付かんって奴か……?〕

 そもそも服から香る柔軟剤を元に追ってくるとか人間の所業か疑わしいが、数週間ぶりに家に帰ったり、出先で自分の物が入っているバックを開けると慣れないにおいがしてくることがある。知らないうちにかなりの香りを放っている可能性もなくはない。そうすると隠れそうな場所をしらみつぶしにあたり、香りがあるところを探しているとすれば、このスピード感も理解できる。

「むぅ……」

 開けられないからか、周囲をガサゴソしたかと思えば……

 〔何やってんだよ〕

 棒か何かでロッカーを叩いてきやがった。まさかそんなことで破壊しようと? 笑わせないでいただきたい。

 これ以上叩くと誰かがやってきかねないと思ったのか、何回か叩いた後また何かを探し始めた。すると――ガチャ。

 〔あれ?〕

 〔鍵あんのかい〕

 思い返せばこの辺りにあるロッカーは全て同じ製品。家の鍵みたいに数種類分類分けされているような高級品にも見えなかったので、近くにあった他のロッカーの鍵を使ったんだろう。これはやられたな。こういうことに限ってよく頭が回りやがる。

「わかってるよ?」

 こっちから出てきてほしいのか、変なことを言ってくる。

 〔一か八かで叫ぶから退路を確保してほしい〕

 念話で作戦を共有した直後、

「わっ!」

 勢いよく扉を開いて目を瞑っていた石塚の顔の前で叫んでやる。

「ぎゃあああああああああああああああああああ‼」

 叫んだタイミングを見てルミーナが部屋から出ていく。開いた扉で驚いて目を瞑り、驚かされて叫んで怯むとか、ロッカーに隠れていると思っていた人の反応とは思えないな。

「……あれ? なんで驚いてるの? 誰もいない……やや君が好きすぎて幻聴が……?」

 真後ろに居るというのに、空っぽのロッカー内を見て変なことを呟いているので、

「わっ!」

 ウザ絡みの仕返しということで、背後からもう一発脅かしておく。膝カックンは止したんだ、感謝しろよ?

「ぎゃあああああああああああああああああああ‼」

 次は両耳を抑えてしゃがみながら叫びやがった。この叫び声で幽霊でも撃退しようとしているレベルの声量。そのうち気になった男子生徒がやってくるだろう。

「男子更衣室に入ってくるなら、萩耶が入りそうにない女子更衣室に入るわよ」

 先に入って生徒がいないことを確認済みなのか、隣の部屋の扉から体を半分出して手招きしてくる。

 女子更衣室は男子更衣室と違ってかなり綺麗に整理されているが、一年は時間管理が儘ならないで有名。男子ほどきつくはないが、いい匂いではない。誤って男子が入ってきたときに、いきなり女子とご対面しないようにか、扉のサイズが160センチぐらいしか無ければ、ロッカーの配置が奥に空間を作るように置かれている。少しかがんで入り、進んだ先には椅子と机、鏡などが置かれているが、使用感は全くない。

「……何してんだ?」

 人が居るような物音がしなかったからか、入口付近で判断したんだろう。部屋の奥、それも机の下に、体操座りして怯えている人がいた。

 この人も俺達と同じように追手から逃げているのか、息を止めて身震いしていた女性は、ゼーハー呼吸を乱し、

「きょ、教室に……拘束された人が……」

「は……?」

 今日の退治は、どうなってんだ?

 〔好感度上げチャンス発生ね〕

 〔気になるのが嫌らしいな〕

 どうせこれから色んな教室を経由していくうちに遭遇する羽目になりそうなので、

「どこにいるんだ?」

「二階の、トイレの、隣……」

 一年が何で二階のトイレの隣の部屋に用事があるのか分からないが、その部屋が何の部屋かもよくわかっていない。人を拘束するために用いられている部屋ということは、余程人の目につきにくいということにもなるはずなので、都合がいい。

 〔まだこの場所バレてないけど向かってみる?〕

 〔ああ。午後の授業もあるしそろそろ追ってこんだろ〕

 俺達は遅刻しようが何も失うものはないが、石塚は遅刻すると卒業に関わる。卒業を捨ててまでも追ってくる愚か者ではないはずだ。

「そっちは俺が向かう。午後の授業遅れるなよ」

 隠れる前に先生に報告するなり取れる行動はあるはずなので、一年の中でもかなり低ランク帯だろうが、一年生はこれからなので小言はしないでおく。怯えている人に何言ってもちゃんと聞いてくれなければ好感度下げにもつながらないだろう。現に女子更衣室に男子が入ってきていることに対して何も違和感を抱かれていない。

 出る時に頭を打ちかけ、該当の部屋――窓は棚の背中しか見えていないので、物置部屋として使われているんだろう――に入る。

 教科書の余分や学校の備品、机や椅子の予備が置かれているこの部屋は、これまた奥の状況が入口からは見えづらい配置になっていたので、その奥を覗いてみると……確かに居たな。黒のテープで目を隠され口も封じられ、手と膝と腰はロープで椅子に結びつけられた人が。そして犯人らしき人物も隣に居る。

「うちが擽りなんかに屈するはずがにゃあああああ‼」

「クックック……この程度で屈するとは……」

 至る所にチャックがある謎の服を着ている女性は、もう一人の女性から両脇のチャックを開けられ、擽られている。椅子も動かないように周りの重い棚と結ばれているので、飛び上がりそうな勢いで体を跳ね上げらせても数ミリ程度しか動けていない。想像以上にきつく拘束されているが、口のテープは意味をなしていないようだ。あの人は多分先生に頼まれてここに何かを取りに来たんだろう。こんな状況見せられて災難だったな。

 拘束されている女性は、体格は一般的と言えど、コンガリと焼けた肌にツインテールを縦にロールさせた特徴的な容姿をしている。でも見たことはない。対してチェーンや意図的なダメージが特徴的な真っ黒い服を着た犯人側は見たことがある。暴風の中声をかけてきた人だ。何か取引が破綻して罰を与えているのか分からないが……

 〔無視していいよな〕

 〔当然でしょ〕

 こんなの相手する必要はない。退治の生徒がバカになったのは今に始まった話じゃないので、部屋を出て逃走を続ける。時間稼ぎにすらならなかったな。

「なんで今日に限って変なことばっか起きるんだよ!」

 天候を操る転移者が居なくなったかと思えば、学校内にゲリラ豪雨が多発しやがる。俺の心模様はずっと雨だ。

「もう逃げずに会っちゃえば?」

「それは無理だな。石塚から有無を言わさぬ態度を感じたから防衛本能が働いてるんだ」

 近づかない方がいい時には、話して解決できる場合と話しても通じない場合がある。今回は、後者の奴だと感じた。この隔離状態を脱するべくとんでもない取引を持ち出される前に、聞かないために逃走している。仮に聞いて拒否するにしても、前みたいに対等な金額を提示されると検討せざるを得なくなるので、何を言おうとしていたのか忘れさせるためにもそもそも聞かない必要がある。

「マインドコントロールでも使えるようになったんじゃない?」

「だとしたら思う壺だな」

 石塚の表情は、相手に悪寒を与えて避けさせるもの。いつも通りに口でアタックせず逃げてしまった以上、そういうつもりで行動されていたら成功したことになる。頭のいい奴じゃないのでそうじゃないことを祈る。

「――いたぁ!」

「うわ、まだ追ってくんのかよ」

「キエエエエエェェェェェー!」

「どっからあんな音でんだよ……」

「奇声あげ過ぎて新生物が誕生してるわね」

 専門科目棟に逃げ込んでしまえば追われることはないが、それだとまだ位置を割り出してくる原因を突き止めていないので変な後味が残る。しかし一般科目棟はそろそろ午後の授業に向けて移動を始める生徒が多く、逃走するには邪魔で仕方が無いので外に出た訳だが……ドタバタ走りで昇降口にやってきやがった。

 最近の悪天候で校舎から出た生徒を真っ先に襲う水溜りトラップが生成されているので、俺とルミーナは対角線上に5メートルぐらいジャンプして水没を回避するが、石塚は我関せずで水たまりをズボズボ直進してくる。一つのことに集中できるその才能他で活かした方がいいぞ、絶対。

「アイツが来れないルート……あれだな」

 外で追い払っても見通しが良く単純に見つかりかねない。そうなると謎に居場所を的中してくる原因が掴めないので、できる限り隠れ場所が多い校舎に戻りたい。追う気力を損なわせないために石塚の体力を消費させるよりも早く、姿を消すには――一般科目棟と図書館の渡り廊下、これだ。

 渡り廊下は二階の高さに位置するので、そこに行くためには本来なら一般科目棟か図書館に入り、階段を上ってから行き来する必要がある。だが、ジャンプして渡り廊下に飛び移れないとは、誰も言ってないし、構造上不可能ではない。ただ問題があるとすれば、人の目がある中では人間離れしすぎたジャンプ力を発揮することができない。両壁を蹴り登れる程隣接してなければ、よじ登れそうなパイプや物体の配置がないので、飛び移るために一工夫必要になる。

 一から説明できるほど頭が良くないので、ルミーナに作戦を契約の恩恵で読み取ってもらい、顔を見合って頷いてから……ルミーナが速度を上げて先行し始めた。そっちを気にも留めていない辺り、元から石塚の狙いは俺にしかないことが判明したが、正直どうでもいい。

 渡り廊下に飛び乗れるいい感じの間合いに立ち止まったルミーナは、パーで重ねた両手をバレーのレシーブみたく構えた。俺は手前からジャンプして、片足をその手に乗せ、そこを踏み場にしてまた飛躍する。それだけではただルミーナの手の位置から二回目のジャンプをしたに過ぎず、渡り廊下に飛び移るためには解像度が低い。だが俺のジャンプに合わせてルミーナは両手を押し上げていたので、渡り廊下に飛び移れる程の飛翔が可能となる。

「え……」

 ルミーナの手を踏んだかと思えば勢いを増して空を飛ぶ俺を見た石塚は、走ることを止めて呆然としている。当然二階の渡り廊下に届くまで飛躍したので、転落防止柵を極限まで下の方で掴み、ギリギリ飛び移れた演技を施す。

 五人程度居た生徒もこっちを見て足を止めているが――これで終わりじゃない。このままではルミーナが一階に置き去りだ。ギリギリで掴めたのは演技でもあり、次へと繋がる行動でもある。

 宙ぶらりん状態の俺は、二階から人間がロープの代りとなって垂れ下がっていることにもなる。つまりバンザイ状態で助走してからジャンプしても物理的に掴めない位置にある渡り廊下にも、垂れた俺の脚を掴むことで容易に上ることができる。しかも俺の脚をジャンプで掴むことは、相当運動神経が悪い人でない限り、必ず掴めるぐらいの高さだ。

 ルミーナは助走無しの直上ジャンプで俺の脚を掴み、よじ登っていく。登り切ったのを確認してから、腕や腹の筋肉を使って鉄棒の逆上がりを再現し、二階の地に足を付ける。

「あばよ」

 あまり距離が開いていなかったので、俺も二階に登ろうとしたタイミングに石塚も駆け寄ってきたが、アイツの運動神経では脚を掴むことはできず……顔面から飛び込みポーズのまま地面と衝突した。人間から聞こえちゃマズい衝突音がした気がするが、少し待ってやったんだ。恨むなら自分の運動能力の無さを恨んでくれ。今はあの背中に何を言っても聞いてくれないだろうが、別れは告げたので逃走再開だ。

「流石に図書館は走れんな……」

「退治の図書館だから治安悪そうだけど」

「寧ろそういう奴らは用無しだから治安良いんだよな」

 ただでさえ渡り廊下を過ぎた先から床のテカリが違う。いかに生徒の通行量が少なく、限られた通行人が黒い跡をつけるような摺り足をしていないことが分かる。いくら逃げるためとはいえ、ここに入らなくても石塚が位置を炙り出してくる原因の調査ぐらいできるので、今回は利用しない。

「しゅーくんまだ追われてるの? 災難だね」

 その数少ない利用者の一名に禎樹(よしき)も居るのか、渡り廊下でばったり会う。普通に本が好きなだけかもしれないが、そういうことしてると女子人気上るから学校では自重を推奨する。……相対的に俺の株が下がってくれることを期待して教えはしないが。

「何故か毎回居場所を当ててくるんだよ」

「あー、それ僕の妹もなんだよね。きっと好きな相手だから何となくわかっちゃうんじゃない? 気持ち悪いよね」

「気持ち悪すぎだろ」

 禎樹もこの道の悲しき人間と知って急に親近感が湧いてきた。禎樹とは意外と女難の共通点がありそうなので、今後発生しうる類似案件には相談相手になってもらおう。

「やっぱそういうのってあるものなの?」

「うーん、疑問に思う女の子も居るなら、特殊な例かも?」

 俺が居る手前か、ルミーナと気兼ねなく話すのはいい事だが、契約の恩恵で疑似体験しているとはいえ、その直感的な洞察力は魔法使いのルミーナにも理解できない。

「一方的な好きが高じると見えてくる一種の透視能力か? 笑わせるな」

「気持ち悪いね」

 これまでの嫌な記憶が色々蘇っているのか、遠くを見つめるような細い目をしている。俺は今回が初めてだが、これが何回も起きると疑問の次にやってくる怒りも通り越して仏になるのか。悟りを開く前に終止符を打ちたいところだ。

「気持ち悪いって感想で止まっておくのが身の為かもしれないわね」

「それもありだね。知らぬが仏っていうからね」

「そのうち七不思議全部揃うぞ……」

 これ以上石塚に対する摩訶不思議を作りたくはないが、知ってはいけない真実にしておくことで今まで通りの避ける関係性を保つことができる。知ったことで態度がどう変わるかは内容次第なので、一々そんなことで精神をすり減らすぐらいなら対異世界人活動に没頭した方が必要以上に厄介事を増やさずに良いのかもしれない。

「もう追ってこないんじゃない? 後10分だよ」

 10分とは、地に這っていたはずの石塚が消えていることを確認した禎樹が図書館に寄っても午後の授業に間に合う程余裕がある。奴はランクが低すぎて特に準備することのない身なので、後五分は追ってくるはず。それにいくら当てずっぽうや順繰りに探していたとしても、経過時間的に何らかの裏があることは分かっている。見つけ出せる前提で追ってくるはずだ。

「なら見つかりやすそうな場所で直ぐ寄ってくるか確認するわ」

 普通見つかりやすい場所は、そんなところに居るはずがないと決めつけて探さない。通り掛けに目は配るだろうが、義務的に見ているだけで脳のタスクはどこに隠れそうか考えることで精一杯。例え視界に映っても見逃すか、二度見する反応が一般的だろう。これでもし一目散に向かってくるようだったらギルティだ。

「瑠実は今日何科の体験だ?」

 インターン生は基本自分が進みたい科の授業を体験する。ルミーナは最初こそ迎撃科にしていたが、今はどんな活動が行われているのか知るために様々な科を転々としている。インターン生だからこそできるフレックス受講だ。

「研究科よ」

「だったらここでお別れだな」

 迎撃科と研究科は活動場所が違うので、ほぼ対極的な位置関係にある。準備時間も加味すると迎撃科側に逃走する俺とはこれ以上同行できない。

 また昇降口に戻り、ルミーナと別れ……午後の授業に向かう生徒で溢れるど真ん中で仁王立ちする。ここに居て直ぐに見つかったらもうそういうことだろう。今は人も多くて移動する予定でなければ絶対に来ないはずだ。

 三分以上経ってからここに来たら普通に自分も午後の授業に向かおうとしていたとも考えられたが、石塚がやってきたのはここに立ってから30秒後。周りの人の声を聞いたわけでもなければ、この人混みを見渡すこともなく、最初から居場所が分かっていたかの如く一直線で近寄ってくる。

「ちょっとこれ借りてくぞ」

「おい⁉ とんずらか⁉ 絶対返せよ⁉」

 石塚と話すつもりもなければ、謎のままにしておいた方がいいとも言われたので、昇降口前という何とも邪魔な場所でスケボーに乗っていた愼平にタックルして強奪。いつから数名で俺できますよアピールし出したのかは知らんが、良い乗り物を提供してくれて助かる。

 昇降口で石塚と目を合わせた訳じゃないので、普通見つかった瞬間逃げ始めたとは映らないはずだが、そうと決めつけて追ってくる石塚は走力で追いつくことができない。スケボーとか初めて乗ったので、ゆっくり進んでいるのにそれでも距離が開いていく。すると遂に諦めたのか、避難部誘導科の棟の方へ向かって行った。よし、後は何をしようとしていたのか忘れてくれるのを祈る限りだ。


「ほらよ、昼休みに借りたスケボーだ」

 午後の授業を終えて真っ先に愼平が属する避難部送迎科に向かい、序にこっちの自主練に混ざる。何だかんだ初めてこの時間に避難部送迎科に来たが、案外車両の整備とか掃除関連に励んでいる人が多く、運動に励んでいる人は少なめだ。

「ホントに返しに来たのか」

「返さないとでも思ってたのかよ」

 確かにやり方はただのひったくり犯だったが、あの時『借りる』と言ったのでしっかり返した。あの場所で続けれられても生徒は通行の邪魔だし、技術的にまだアピールの域に達していなかったので、悪い事をした気はしない。

「一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」

 ダンベルに励む愼平は筋トレを止めてこっちを向き、

「女か?」

「じゃねえとお前に聞かねーよ」

 そんな誇らしげに言うことじゃないと思うが、女絡みの情報なら右に出る者はいない。石塚……のことはどうでもいいとして、逃走途中で出くわした謎の人物について聞き出しておく。

「二階のトイレ横の空き教室? あそこに変な女が居たんだが……」

「あぁ、藍奈と万莉奈だろ?」

 話を全て聞くまでもなく、愼平は二人の名前を特定しやがった。

「知ってんのか」

「俺を舐めるなよ」

 だから誇るところじゃない。気持ち悪いな。

「……と言いたいところなんだが、結構有名だぞアイツら」

「そうなのか」

 そんなことも知らないのか、という表情ではなく、それについて聞いてくるか、と呆れているような表情をしている愼平は、

「付属中からSMやってんだよ。郊外で縛って放置とか変なこともやってるぞ。付属中は緩いから結構仲間もいたみたいだが、今はもうアイツら二人だけだな」

 何言ってんのかよくわからんが、とりあえず知らない所で変な悪しき風習が流行っていたことは理解できた。退治、人工島……いや、最近はよくあることなので、あまりツッコまないでおく。

「そういうの好きなんじゃないのか?」

 新兵こと変態語り部は、いつものようにイキイキとしていない。こんな文化滅んでしまえと言わんばかりの、よく禎樹が三次元の女に対して放っているオーラに近い。

「だって百合だぞ? こっちに興味持つはずねえじゃねえか。しかも公然猥褻? そりゃねえだろ」

 ……これ、何って返せばいいんだ? 前半は花がどうしたんだよで、後半はお前が言うなと言いたいところだが、どちらも最適解とは思えない。

「三好は承知―とか、拒否―とか、単語一つでしか会話してくれねえし、椎名は塩対応過ぎて直ぐ会話が尽きるし、全然魅力的な体つきしてねえむっつりスケベ野郎どもが」

 引き攣った笑みを浮かべていると、いつの間にか愼平の発言がヒートアップしてきた。痛々しい発言をしていた奴と、関西鈍りの口調の奴という認識だったが、そういう行為を励んでいる時は変わるんだろうか。俺も酒を飲んだら批判が激しいと聞くので変には感じない。

「大体わかったからもうよせ」

 コイツの情報にはかなりの人が興味を持っているのか、避難部送迎科の男子どもは知らないふりして聞き耳立てていやがるし、女子どもは気持ち悪がって離れて行っている。火種になった俺諸共教員棟送りになる前に抑制しておく。

「もし会いたければ三好は救護科、椎名は尋問科に居るはずだ。住宅街一区でシェアハウスしてるらしいから、そっちつけるのもアリだな」

 何で自宅まで特定しているのかは聞かない方が良さそうなので、

「何であんなとこ居んのか気になっただけだ。それ以外全く興味ない」

「だよなー!」

 そういう割には昔お近づきになろうとしていたのがかなり臭う情報量だったな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。