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クロス・インパクト  作者: あかつきこのは


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41/41

41 傀儡

 

 あの日は楓(かえで)に心配されたまま一日登校しないのは気が持たなかったので、同居人と情報共有するという名目で翌日から通うことにさせてもらい……本日よりお金稼ぎでもあり、関係性構築でもあり、情報漏洩阻止でもある逢阪(あいさか)宅への通勤が開始だ。登校の余地を与えてくれるかや、どういう形でお金を振り込んでくるかなど、色々疑問はあるが、逢阪はあくまで楽しむために変なことをしでかす人間だ。機密情報公開で圧をかけて不満度を募らせるぐらいなら、俺がつまらない人間に成り下がる前にその辺は好きにさせるだろう。

 ちょうど次のバイト先に悩んでいたところだ。前回同様アクセスの良さと個人情報が守られるのは確立している。後者に至っては知り尽くされているっていう逆の問題でもあるが、案外カフェバイトの代替としては良い塩梅なのかもしれない。問題点は、仕事内容――何を要求してくるかだ。

 ――バーンッ!

 朝五時ぐらいだろうか。寝ていたらいきなり耳音で爆発音が鳴り響いた。

「っせーな……」

 実際に撃たれたわけじゃなければ敵意は感じなかったので体は横になったままだが、発信源の方に片手を伸ばして適当にわしゃわしゃする。……あ、こんなところにスマホが。スマホは居間に置いていたはずだが、ここにあるのは隣で正座している気配があるマリアが持ってきたからだろう。ルミーナも音の影響で苦しそうな声と共に寝返りを打ったが、俺とマリアから契約の恩恵で感じる物があったのか、睡眠継続だ。

 眠い目を擦って極僅かに開き、眩しすぎるスマホ画面を眺めていると……なんか、通話状態にされている。

「近所迷惑だろうが」

『あんたのスマホよ』

「おめーが勝手に遠隔操作してんだろうが!」

 絶妙に話がかみ合っていないような気もするが、とりあえず上体を起こす。真っ暗闇でマリアと目を合わせると、立ち上がって居間の方に向かって行った。寝なくてもいいから起きていたのではなく、いつも大体この時間に起きて雑草ハンティングをし、朝飯や弁当の用意してくれている。

『通知溜め込みすぎでしょ。一来たら速攻で見なさい』

 俺にはプライバシーはないらしい。

「見てもわけわからんから放置してるだけだ」

『じゃ、文句言わない事ね』

 悲しいかな、返す言葉が見つからない。想像上の顔面がにやけてて今すぐ殴ってやりたい。

『ニートの朝は早いわよ』

「残念だな。俺はまだ一応学生だ」

 この時間に起きている逢阪はどうせ寝てないだけ。そのうち寝落ちるはずなので、午後の授業には合流できそうだ。

『出勤時間の通告よ。有難いと思いなさい』

「待遇どうにかならんか……」

 このままでは毎朝四時起き生活が始まってしまいかねないのでぼやいておく。転移現象は夜十時頃に起きやすいのに後始末も加味すると一日の平均睡眠時間が二時間とかになりかねん。いくら新谷(あらや)家でも、不労ではあっても不死ではないのだ。

『今後も来て欲しいタイミングに鳴らすから。急行できる習慣を付けなさい』

「へいへい」

 流石に転移現象中とか本格的な睡眠妨害をしてくるような奴ではないと信頼しているからな。

『いっそのこと壁壊してもいいわよ』

「嫌だよアホか」

 ただ玄関の外に出て数歩の距離を短縮するために壁をぶち破るのは愚の骨頂すぎる。礼金とか修繕費で人工島管理公社にいくら持ってかれるかわかったもんじゃない。

 俺の言葉を聞くなりいきなり画面が真っ暗になった。接続を勝手に切ったんだろう。さてと……行きますか。

「……何かあったのか?」

「いえ。小カブが収穫時期を迎えました」

「もうそんな時期か」

 金欠になってから雑草ばっかり食べてもアレなんで、最近楓に破壊されないようベランダの隅で家庭菜園を始めることになった。玄関横のスペースでも何か作りたいが、ベランダと違って石塚(いしづか)のアクセスが可能なので細工されかねない。

 前に育てていたミニトマトは不在が多く枯らしてしまったが、最近は地球に居ることが多いので無事に成熟したようだ。

「可愛いサイズだな」

 前回異世界に行った時にアトラから植物の育て方を教えてもらった甲斐もあり、全然違う地球の植物も無事に完成。これでどれだけの節約になった実際の金額はわからないが、その辺でかき集めた土と、その辺に漂着していたプランターでこれが出来れば上等だ。

 野菜(雑草)ばっかじゃ味気ねーし、この辺海だらけだから釣りでも初めて見たらどうだ? と愼平(しんぺい)から釣りも進められて最近は暇なときマリアと釣糸を垂らしているが、意外と釣れる。未経験なので釣果の基準が低い気もするが、偶には魚もいいものだ。

「え、やば、心臓にわっる」

 いきなりスマホの画面が発光したので見ると、青背景に英語の文字列や画数が多い見たことのない漢字だらけの画面に切り替わり、落として液晶が割れた画面のように全体が虹色にガビガビしている。

『新谷、マスターから招集命令だ』

「うおぉいっ、慣れねえなぁーこれ」

 次は真っ赤になったかと思えば、マスコットキャラクターから話しかけられた。過剰演出にも程がある。箱庭管理ぐらいさせてくれよ……

 マリアにスマホ画面を指差して苦笑いし、寝間着から制服に着替えるために室内へ戻る。

『冷蔵庫には緑茶、野菜各種、調味料各種、作り置きが数品しか入っていないぞ。ケトルはやる気が無いみたいだ。でも「今からあっためてもいいぞ」と言っている。因みにコーヒースティックは後二つで切らすから注文しておくなら言ってくれ。この際豆から買っておくのも手かもしれないな』

「……」

 冷蔵庫とポットの情報ならまだしも、何で俺の心情まで読んで珈琲の話題が出てきているんだろうな? 目を覚ますために飲むって予想したんだろうか。

 豆から買うとミルやら諸々買わないといけなくなるので、スティックを一箱注文……とはいかないな。通販よりスーパーの方が安いだろう。

 言い当てられて飲む気が失せたので、手ぶらで隣の家に向かう。

「俺だ、入室を許可してほしい」

 ドアノブをガチャガチャしても開かなかったので、スマホ画面に漂うキャラクターに話しかけると……

『本人情報ト照合中……』

 ドアの方から声が聞こえ、赤いレーダーで全身をスキャンしてきた。

「こんな機能まであったのかよ……」

 ドアぐらい蹴破ろうと思えば蹴破れるので、何のためか分からんが……

『照合率100パーセント。入室ヲ許可スル』

 オートロックも可能だったのか、ドアノブ付近から開錠音が聞こえた。

『所持シテイル武装ハ入口デ全テ解除スルコト』

「銃は持って来てねーよ」

 まだ警戒されてんのか、義務的に発言しているのか分からないが、家に上がって奥に進む。防音室に入るなり相変わらず真っ暗な室内でキーボードをカタカタしていた。

「寝相悪いわね」

「知るかよ、朝起きたらこうなってたんだ」

 どこに監視カメラがありやがる。こっちを向いてもないのに寝起きそのままで爆発している髪の毛を指摘してきた。

「茉莉はどこに行ったの?」

「呼ばれてねえから来てねーよ」

「連れてきなさい」

「は……?」

 こっちに目もくれず記念すべき第一回目の命令がなされた。

 ここで念話で呼び出すと尋問されかねないので、家に戻ってもう一回認証の手順を踏んで……

「連れてきたぞ」

「そ」

 居間といいこの部屋といい昨日と何一つ状態が変わっていないが、態々俺とマリアがセットである必要があるとするならば、報酬絡みの話だろうか。

「あんたたち、もう一人いるでしょ?」

「瑠実な」

「萩耶(しゅうや)は雑用、茉莉は掃除。あの子までは要らないわ」

「つまり、来るなと?」

 マリアより融通は利くので、現状来させるつもりはなかったが、他に良いバイト先が見つからなければ消去法でここに通わせてもらおうとしていた。その作戦を知っていたかのように、先手を打たれる。

「用無しにまでお金をあげる義理はないわ。茉莉も、掃除がなければ来ないこと」

 どうやらあくまで俺一人を対象としているようで、二人を受け入れてくれる未来はなさそうだ。要求される内容が男性にしかできない内容なんだろうか。仮にそうだとしても、例が何もピンとこない。

「用無しは言いすぎだろ。異世界人なんだからお前が知らないあれこれを聞き出せると思うぞ?」

「前にも言ったけど、別にそういうのに興味はないから」

 そういえばそうだった。まあ情報怪獣に言葉で攻められるお仕事を三人で担う必要はないのかもしれない。俺としても今まで出会ったことのないジャンルのおもしろ人間なので興味はある。そこまで苦じゃない。

「三人が食べられる分のお金はあげるから。たまには好きにさせなさい」

「それもそうか」

 言われてみればルミーナとマリアはカフェバイトが存在している時、暇さえあれば出向いていた。接客不要の直立バイトとはいえ、家主である俺のお財布事情が昔から死にかけているのが悪い。異世界人である以上選択肢は限られてしまうが、たまにはゆっくりしてもらうのもありかもしれない。

「それじゃあまずはご飯ね」

 徹夜しているのか昼夜逆転しているのか知らないが、これから飯を食うらしい。そのクッキング担当が俺ならマズいが、昨日この家に調理家具が何一つない事は見ている。出前でも頼むんだろう。

「あーあ。何で人間ってお腹が減るのかしら。愚かね」

「当てつけか?」

 妙にイラっとしつつ、居間の方に移動する。座っているとき結構猫背だなとは思っていたが、いざ立つと背がピンとしていてちょっとびっくりする。それより背中のバキバキ音の方が気にはなるが。

 全ての窓を塞ぐように棚が置かれていて、それら殆どに服が収納されている中……

「そもそも冷蔵庫も電子レンジもないのにどうするんだ?」

 注文するにしてもスマホを弄るなり電話するなりが必要。あのマスコットキャラクターが代理注文しているのかと思ったが、キッチン収納から大きな袋を取り出した。プロテインやシリアルでよく見るサイズ感だ。

「今後、お腹が減ったと言われたらこれを作ること」

 そう言って逢阪は大きめの紙コップを取り出して粉を入れ、水道水を少し入れてから軽くかき混ぜた。

「飯、だよな?」

「そうよ、私のご飯よ。何か問題でも?」

「問題しかねえだろ……」

 プロテインにしか見えなかったので商品表示を見てみると……うわすげえ、人間が必要そうな栄養素がこれでもかと列挙されている。所謂完全食って奴なんだろうが、薬を飲んでいるようにしか見えない。

「こんなんで体持つのかよ?」

「もう何十年もこれよ。もっとも、あんたみたいな動き回る人には向いてないけど」

 確かに座ってしかいない人や何かをずっとしていたい人にとって、こういう腹が満たされるのか怪しい飲み物で食事という工程を消費させるのは、時間の効率や体型の問題など、色んな観点から見てメリットの方が多いんだろう。でも食欲は三大欲求のうち一つだ。俺はどれだけ金欠になろうとこういう味の変化もない粉には手を出したくない。前提として、栄養を追求している都合上相当な値段がしていそうだが。

「ずっとこれで飽きないのか?」

「飽きる飽きないじゃなくて、食事という行為に興味がないの」

 自分が興味を持たない事にはとことん関心が無いのは良い事だが、だとするとその辺にある大量の衣服に意識が向いてしまう。洗濯が面倒だから同じ服を買いだめて臭くなったら捨てているという感じではなく、毎日どこかでモデルをやっているのかってぐらい被りなく色んな服が取り揃ってるからな。

「ご飯は食べて終わりだけど、例えばゲームはサービスが終わるまで続くでしょ? ならどっちを取る? ゲームでしょ? 私は時間を買ってるの」

「はあ……効率厨ってことか。……か?」

 いやいや、納得しかけたがご飯は食べた後にその日の原動力や体調管理など、人体に様々な影響が齎される。それも、一回に限った話ではなく、命が続く限り永遠と。危うく食事という行為がゲーム以下になるところだった。

「さ、戻るわよ。あんたは玄関でも見に行ってなさい」

「玄関……?」

 紙コップを軽く潰してシンクに落とした逢阪は防音室に戻っていくので、とりあえず粉が入った袋の封をして直しておき、言われた通り玄関に行く。

 覗き穴はない……というか、外の映像が常時ミラーリングされた小型モニターがあったので、そこを見ると……

「……んー?」

 俺がこの部屋に入って行く姿を運良く目撃したのか、意を決して突撃してきた瞬間だった。多分今頃スキャンされて弾かれ、玄関に映し出された謎のキャラクターを見て困惑しているところだろう。

『要件は何だ。宅配物ならそこにかざしてくれ』

 多分逢阪は自身が作ったキャラクターが情報共有してくれたので今謎の訪問者が居ることを知り得ていたんだろう。入れもしない悲しき人間の行く末を見ることとする。

「いや、あの、その……隣に、住んでいる者でして……」

 スキャンする仕組みを応用して立体的な映像のようにキャラクターが浮き出ている状況にはあまり驚いていない石塚は、会話はできるので目を合わせるようにして斜め上を向いている。左手が手招きするように動いているところを見るに、触れられるか試している様子。動揺が顔には出てなくても動きに出ていたか。

『何か用か。用が無ければお引き取り願う。君の行動は全て記録されている。これ以上滞在すると酷い目に遭うぞ』

 キャラクターは挑発するようにケツをぷりぷり振っている。電源ケーブルの見た目の尻尾が二本あるが、そこまで忠実に動いている。

「あの……住んでる方と、一度お会いしたくて……」

 視線を泳がせて指先をツンツンし、おどろおどろ自分の要求を伝えるが……やってることが、完全に迷惑行為そのもの。いくら引っ越しの挨拶でもそんな回りくどい言い方はしないだろう。

『そういう人はお断りするように言われている。……それだけか?』

「え、えぇ……」

 石塚の発言には困惑と失望が混じっている。せめて俺と会いたいのかここの住民と会いたいのかはっきりさせればいいのに、石塚目線もここに人が住んでいると思っていなかったんだろう。勝手に俺の倉庫だと思っていそうだ。

『君の情報は生年月日から最後に爪を切った日まで、全て把握している。立ち去らないというなら、国際指名犯にしてやってもいいぞ』

「えっ?」

 最後に爪を切った日を把握されているのは、普通なら燃えるごみの中を調査されたのか、自宅に監視カメラを設けられたのか、そのあたりが考えられるが……石塚のことだ。『爪切ったー!』とかしょうもないことをSNSに呟いていたんだろう。国際指名手配については分からん。適当に情報を偽造するんだろう。逢阪相手に情報が無力なのは身をもって体感したので、できちゃうんだろうなーって感じだ。

『……どうしたんだい?』

 まさかこんなことで委縮したのか、涙目になった石塚は背中は向けないまま後退っていく。

「……へぇー。現代人にとって、情報ってこんなにも圧力になるんだな。良いこと知れた」

 逢阪が石塚に興味を持っているとは到底思えないので、これを見越して見せられたのかは分からない。でも今後石塚のSNS発言をぶり返せば撃退しやすいことを知れたのはかなり大きい。見たくもないものを見る羽目にはなるが、得られる収穫は相当だ。

 するとたて続けにやってきたマリアがスキャンされたと同時に合言葉を呟き……

「お掃除に参りました」

「おっ、もうそんな時間なのか」

 開錠されたドアからマリアがやってくる。それを見た石塚が全力疾走? で駆け寄ってくるが――ビタン! と激しくドアと衝突するだけに終わった。

「何で入れるの⁉」

 扉越しに息を切らした石塚の声がしてくるが……扉は、別に素早く閉まり出したわけじゃない。走力さえあれば強引に第一関門の玄関は突破できただろう。これを機に運動でも再開してくれ。

 24時間自宅にいる逢阪は、物を通販で買う。極力外に出る回数を減らすため一度に大量に買うらしい。今配達員がどの辺を歩いているのかマップにピンが付いているモニターがあるが、それを見ると到着まで後五分といったところだ。

「本日はエアコン清掃を行います。寒さを感じたらお声掛けください」

 俺ん家にある電子機器はスマホ以外だとテレビぐらいしかないので、そこをハッキングして招集したんだろう、宅配物片手にマリアがやってきた。

「くるしゅうない」

 一切こっちを見る気がない逢阪の返事を受け取ったマリアは隣の部屋のエアコンから掃除を始めた。時期的にエアコンがまだ本稼働じゃないとはいえ、異世界人バレをしているので最悪部屋を魔法で温めてあげるんだろう。全く、人使いが粗い。

「……で? 俺は何したらいいんだ?」

 とりあえずその辺で胡坐をかいたが……居間と打って変わってこっちにはパソコンとモニター回りの機器以外何もない。飯はキッチンに向かっていたが、飲み物までキッチンを行き来するのは面倒なのかウォーターサーバーがあるが、それ以外机もなければ増してや二人目用の椅子なんかない。狭くは無いので何かやることが与えられなければこのまま横になって寝てしまいそうだ。

「そうね……眼鏡……眼鏡……まずは眼鏡を探してくれない?」

「今かけてるだろうが」

「これは向こうの部屋用よ」

 見る物に応じて使い分けしているんだろう。それでも、

「ヘアバンドの上にあるじゃねえか、アホかよ……」

「あら? ホントね」

 髪の毛を切らないのか、長い髪の毛はいつも前髪をかきあげておでこを出しているか、カチューシャやヘアバンドを付けて視界の邪魔にならないようにしている。それに加えて基本的に隣の部屋用は殆ど使わないからか、チェーンで首元にさげているが、殆ど身に付けているこの部屋用はチェーンがない。見た目的にも軽そうな眼鏡なので存在感が無かったのかしらんが、人間らしい所作が見れて笑いそうになった。

「んー……最低限、私のことでも知っておく?」

 本題に戻った逢阪は、腕組んでこっちを向いてきた。

「そうだな。お前が普段何をしているのか教えてくれ」

 人の情報を全て把握しているバケモンだ。日夜インターネットで情報戦を繰り広げていても可笑しくない。

「そんな簡単なことで良いの? ただゲームを配信しているだけよ。『nof_nalkof』で検索すれば?」

 そう言われてスマホで大手配信サイトを開き、nと打ち込んだら真っ先に予測変換に出てきた。よくよく見れば検索するまでもなくメインページの真ん中を占領してやがった。

「nalkof……噂には聞いたことがある。三年前から年中無休でゲーム配信しているバケモンだろ? これ、お前なのかよ」

 禎樹(よしき)が時々話題に出すせいで、nalkofの狂気じみた偉業はいくつか把握している。じゃんけんやコイントスなど、例え運だけのゲームでも必勝する。スパチャやサブスク等で月うん億円の収入がある。日本時間で昼間は英語、夜間は日本語で配信している。頭を抱える難解なゲームを同時に並行プレイすることがある。nofはnoob fuckの略で、始めたゲームにその名のクランが出来ればサ終するまで頂点に君臨している……などなど。人間離れしすぎたエピソードはもはやかえでのように定着化してしまい、今じゃあまり異常者と言われないほどだ。かえでと言って思い出したが、そういやPV作っている人は名義的にコイツということになる。やはり業界最大手まで登り詰めると他の業界とも繋がりがあるもんだ。

「お前、本当に人間かよ……」

 寧ろ人工知能でしたと言われる方がしっくりくる。そんな奴が同時に世界中の情報を掌握しているとか考えたくもない。

「人間はもうやめるつもりよ」

「んだそれ」

 自殺願望に聞こえなくもないが、別の意味を強く感じさせる。

 アーカイブを遡ってみると、さっき飯のタイミングで止まっていたはずなのに……不思議にもその時も操作がされている状態だった。あのマスコットキャラクターが操作しているんだろうか。仮にそうだとしたら、それはゲームの規約としてどうなのかとか、スポーツマンシップ的にどうなのかとか、疑問はいくつか生まれるが……知ったこっちゃねえ。

「……それだけ? 情報を誰かに売って遊んでたりしてないかとか、聞かなくていい?」

 足も組んだ逢阪は組んだ腕を指先でツンツンしながら質問を待っているが、その見下してくるような視線はどうにかならないものか。

「それも気にはなるが……」

 そんなこと、聞いたところでどうしようもない。俺が妨害したり防衛する手段を持っていれば話は別だが、物理的に殺しても情報が拡散してしまうのなら意識するだけ無駄。だからあるとすればもっと直接的なことで……

「お前の氏名……は、逢阪雫瑚(なこ)か。生年月日と性別を教えろ」

 生年月日はその後の要求にフィルターをかけたようなもので、正直どうでもいい。名前的には女っぽい名前だが、未だに恰好からは性別の判断が付かない。今日はパーカーのフードを被っていて顔と手先と足先ぐらいしか見えないからな。

「えー。それ聞く?」

「なんだよ、聞かれちゃまずいのかよ?」

 無神経にもスリーサイズを聞いたわけじゃない。名前が良いなら生年月日と性別ぐらい言っても良いはずだ。実際これでノンデリとか言ってくるならカウンターし放題だ。

「別に。あんたの二個上よ。4月16日生まれ」

 組む足を変えた逢阪は案外すんなり教えてくれる。二個上ということは、俺には空白の一年があるので物理的に退治で会うことはできなかったことになる。逢阪が二周目をしていれば会えたかもしれないが、nalkofの活動開始時期的にしていないはず。そりゃ結乃(ゆうの)に聞かれた時にピンと来るはずもない。

「性別は……そうね、見ればわかるでしょ」

「は……?」

 絶句は、逢阪の発言に対してではない。コイツ……突然、下着姿になりやがったからだ。

「お前、バカなの? 痴女なの?」

 最後腕を振ったり蹴り上げるような仕草で脱いだので、袖が喉元を絡みつくようにして通過していく中……痴『女』と言った通り、逢阪の性別は女だった。

 いくら座りっぱの生活を送っているといっても、口にするのは水か水溶き粉だけだからか、体つきはこれでもかと肉付きが無くカリカリ状態。正面から見るとそこまで細く映らない腹は、折れているのかってレベルでグッとくびれていて人差し指で貫通しそうなまでに薄っぺらい。椅子に座っているのに広がって見えない太ももは元々の骨が大きいのか、意外と存在感を誇っているが、そこから伸びる先は枝そのもの。脹脛のふくらみなんか一切ない。前回接触した時は胸元を何かで巻き付けて偽造していたのか知らないが、腹部に相反して胸部が巨大すぎる。対比でそう見えるかもしれないが、そこだけ切り取ってもルミーナレベルの爆弾が潜んでいた。太ももや胸元のほくろに視線を取られて分かったが……コイツ、胸の間にスマホらしき板を収納している。どうして粉食ってこんな男の喜ぶものと女が憧れるものを同居させた体型を誕生させられるのか。

「逆にずっと家に居るだけなのに態々服着る方が面倒でしょ。あんた男だし下着だけは着といてあげるから観念しなさい」

「観念するのはお前の方だろ……」

 羞恥心というものはないのか。お前こそ異世界人を疑いたくなる。本来ならこういう姿には自然と目を逸らすものだが、本人にまるで意識する気が無ければ無駄に意識するこっちがバカバカしくて普通に直視できてしまうので、変な記憶の残り方をしないように今までのどちらともとれる恰好のままで居させた方が良かったのかもしれない。

「でもこの時期流石に冷えるわね。私冷え性なのよ。着させなさい」

「チッ……んだよテメェ……」

 流石にキレてもいいだろう。無意識に舌打ちが出た。豪快な性別公開にも程がある。とはいっても立場上断れないので、飛んで行った服を回収してまずは下を履かせる。両足を上げたタイミングで勢いよく上にあげてあげたんだ、下着のところまで届かなかったが、あとは自分で着ろ。上も万歳したタイミングで一気に下まで降ろした。道中大きな胸に俺の拳が激しく衝突したが、それが嫌だったんなら最初から自分で着ろ。異論は認めん。

「他に? 何かある?」

 着心地悪いはずなのに特に直しもしない逢阪は呑気に欠伸しながら聞いてくる。

「そうだな……そのあんた呼び止めろ。俺にも名前があるだろ。俺もお前のこと雫瑚って呼ぶから」

 あんた呼びは距離感があって仲良くなれる気がしないので、名字でもあだ名でもなんでもいい。とにかく呼び方を変えて欲しい。もしこれが無理ってんなら、そもそも仲良くなれる未来なんかこないだろう。

「いいわよ。新谷だと複数人いるから萩耶って呼んであげる。他は?」

 へぇ、こんなにもすんなり受け入れてくれるとは思わなかった。興味が無いから呼称なんかどうでもいいんだろう、直ぐに他の要求を身構えてきた。

「最後に。ゲーム配信してるだけの奴が、人工島に住み続けることができるとは思えん。お前は一体――この人工島で、何をしている」

 正直これさえ聞き出せれば他はどうでもいい。ただの前座に過ぎない。

 雫瑚は、新谷家の情報を始めとして異世界人と暮らしていることなど、俺に関する情報を何でも知っていて、それを隠してくれているとも話していた。だとするとWB社やPC社の社員というより、国の人間である可能性の方が高い。そうであれば人工島に住むための権利に値するとは言えないし、情報操作であれば活動拠点を人工島に固執する必要もないはず。何か――裏があるはずだ。

 俺の質問にどう回答すべきか考えているのか、妙な沈黙が続き……

「……は?」

 流石に数分は経った気がするので、モニターの方に首を傾けていた雫瑚の表情を伺ってみると、目が開いていなかった。まさかとは思うが……寝て、いる?

「このタイミングで寝るとか正気かよ?」

 近づいても目を見開く様子が無いので、軽く肩を揺さぶってみるが……大きな胸が揺れるだけ。ダボダボな服でも変な着方をしているせいで動きが鮮明に見えてしまう。

『マスターはしばらく寝ていなかったからな。限界が来たんだろう』

 画面の向こう側に居るキャラクターは複数のモニターを飛び回って静止し、画面上に今までの活動記録を表示している。それを見るに、確かにもう五十時間は寝ていない。にしても俺という存在を居させながら良く寝れるもんだ。この時も常に監視している余裕からだろうか。

『ベッドまで移動させてくれないか?』

「いつもどうしてんだよ」

『話していなければここで寝ることはなかったはずだ』

「すみませんね、長々とつまらん話して」

 キャラクター相手に愚痴りながら軽すぎる雫瑚を背負い、綺麗にしたベッドに寝かせてやる。変に昔メイドの経験を積んだ結果がここのベッドメイクで活きてくるとはな。当の本人は結構限界だったのか、移動させられてもピクリとも動かないので、綺麗に布団まで被せる必要があったのかは疑問だが、ここで恩を売っておこう。確か冷え性とか言っていたので、靴下も履かせてやる手厚さで。

 黙ってればただの美人を傍らに、

「俺の質問、どうすんだよ? 代弁してくれるのか?」

『そのうち教えてくれるさ』

 どこから映し出されているのかわからないが、居間の中央にマスコットキャラクターは現れる。そりゃいつかは教えてくれるんだろうが、今はまだ回答したくないから睡眠に逃げたようにも見えて正直いい気がしない。

『起きたら連絡を入れる。学校でも行けばいい、まだ間に合うはずだ』

 そういえば俺、朝五時に起こされたんだったな。時計を確認してみると、まだ七時半前。少し急げば朝の自主練時間にも間に合いそうだ。活動時間の長さ的に起きるのは明日の朝もあり得るので、今日は学生らしく通学することにする。

「因みに、お前は何と呼べばいい?」

 これから毎日会うことになりそうな相手を毎回マスコットキャラクター呼ばわりするのは長くて呼びづらい。

『名前はこれと言って無い。好きに名付けるといい』

「そうだな……ならガイドで」

 ナビゲーターとかアシスタントとかも案として挙がったが、いずれも長いままなので短く三文字で『ガイド』に決定だ。


 家に戻って登校の準備を行い、二限目を受けていたら……

「チッ、もう起きるのかよ」

 授業中なのに所構わずマナーモードだったはずのスマホが爆音で鳴り響き、雫瑚家に招集された。睡眠時間たったの二時間。生徒に謎を残すぐらいなら登校しなければ良かった。

「二度寝してもまだ眠たいわ……これはバグね、修正が必要よ」

「お前の体のな?」

   胸をスマホの置き場所にして動画を見ている雫瑚はまた大きなあくびをしている。二時間の睡眠で数十時間の活動を補えるとかどんな構造しているんだよ。

「今回は偶々よ。あんた……萩耶の情報が気になって追っていたらいつの間にか数日たっていたのよ」

 雫瑚自身が管理しているので情報取得に手古摺ったというより、興味深すぎて色々考察していたらいつの間にか、ってことだろう。そのぐらい俺に興味を持ってくれたと純粋に受け取るとする。

『普段のマスターは多相睡眠だ。今回は異例のケースだったからこちらの誤算だ。謝罪する』

「頼むから俺以外の奴も驚かせるような招集方法は止してくれ」

 ガイドからペコペコ頭を下げられる。正直謝罪されるどころかなぜ急行できるように万全の態勢を整えていなかったと詰められると思っていたので、意外過ぎて頬をかいてしまう。

「萩耶のような体を動かす人間は真似しない方が良いわよ。記憶には良いけど体力は殆ど回復しないから」

「一回やったことがあるが地獄だった」

 多相睡眠をやった時、普段の睡眠時間中も起きていることが多く、転移者に即対応できた。でも直ぐに反応できても、日に日に駆け付けるまでのペースが落ちていき、寝ても体力が回復していないように感じられた。どの道≪エル・ダブル・ユニバース≫にはクールタイムあるので、やるだけ無駄な睡眠方法だ。

「とりあえず風呂か? 洗ってやらんこともないぞ」

 数日間寝る間も惜しんで起きていたのであれば、飯やトイレは行っていても風呂はパスしているはず。久しぶりに風呂掃除でもしようと立ち上がるが……

「風呂なんか入んないわよ」

「え?」

「もう最後にいつ入ったのか忘れたぐらいずっと入ってないわね」

「嘘……だろ……」

 そんな人間、この世に存在するのか?

 気になって風呂に向かうが、新築同然だ。シャンプーやボディーソープなども何一つない。洗面台も使っていないのか、タオルが無ければ歯ブラシもない。俺とか良く動く人間は風呂に入ることでリフレッシュしたり汗を流す必要があるが、あんな粉しか食べない人間には歯を磨く必要がなければ、食生活の影響で体臭も殆どなく入浴が不要なんだろう。そういえば数時間前雫瑚を抱えたとき、異臭がすることが無ければ肌のべたつきなんか感じられなかった。

「それじゃ、私には救わなきゃいけない世界があるの。邪魔しないで」

「へーい」

 最後の質問についてはまだ回答してくれないのか、そもそも聞いていなかったのかわからないが……雫瑚はゲームの世界に旅立ってしまった。

 俺はただそれをひたすら見てもいいが、見ても分からなくて退屈なので……居間から机を持ってきてスマホで授業を受講する。幸いカフェバイトと違って命令さえ遵守すれば、同じ空間内であれば何やっていても文句言われない。通信教育は出席しているか教師にしか分からないので、全然生徒に対する高校生アピールにはならないが、ただ時間が過ぎるのを待ち続けるだけなら碌に受けなかった高校の授業を受け直す方が有意義だ。勉強嫌いにも勉強させるいい方法じゃないか? この隔離戦法。問題があるとすれば、勉強中にこの空間がビカビカして雫瑚が変な姿になってたりするので、目の前の空間や配信画面が気になりすぎる点ぐらい。でも話しかけたら負けな気がして無視した。集中力も鍛えられるらしい。

 そんな収監染みた生活を三日ほど送り……雫瑚の日常動作は、大体把握できた。主にそれこそ異世界の冒険職のような終わりなきゲームをプレイしているが、視聴者と対決や雑談をしたり、仕事終わりやニート、外国人や猛者を狙った時間帯に対戦ゲームで蹂躙してたり、殆どゲームや配信関連のことをしている。それに加えて変則的な睡眠をとるだけでなく、時々居間に行ってなにかをしている。でもその後は居間が大抵服で散らかっているので、コスプレでも嗜んでいるんだろう。増してや情報の保護者とは思えない遊びっぷりだ。

「この仕事にクビがないのは分かったでしょ。あるのは埋葬だけよ」

「埋葬て……」

 俺、死ぬまでここに入り浸る生活を送れってか? 寝食は保障されているが、何のために生きているのかわけわからなくなる。数日ぶりに喋ったかと思えば気味の悪い内容なこと。せめてガイドぐらい俺の話し相手にでもなってほしいもんだ。

「チクショウ……何なんだよ、因数分解って……」

 口ではそう呟きつつ……なんとなくわかってきたぞ。きっと俺を拘束して異世界人二人を自由の状態にさせることで、地球で何をしようとするか観察したいんだろう。前回同じような状態が一か月ほど起きたが、その時は二人ともほぼカフェバイトに向かっていた。でも今回それがない。強いて言えばルミーナの学校ぐらいだ。でも二人は特別変な行動をしないはずなので、俺が地球で異世界人と暮らす理由を言わない限りはこの生活が続く可能性がある。

 雫瑚は別にこの世界が将来どう転ぼうがどうでもいいと言っている。早いところ打ち明けてもいいような気もするが……今ここで回答したところで、雫瑚に対する疑問はまだ残っているし、親しい仲になれたかといえば微妙で終わる。奇しくもボランティアや強制労働ではなく対価を支払ってくれているので、お金稼ぎを抜きにしてももう少し温めてもいいだろう。

「底辺の掃き溜めに通って楽しい?」

「楽しかねえよ。でも人工島(ここ)に居続けるためには二週目が必要だったんだよ」

 三週目なんてないので、後半月ぐらいで卒業後何をするか決めないといけない訳だが……そんなこと今の俺にはどうでもいい。

「息抜きか?」

「今はVRでファンミ中よ」

「自動操縦ね」

 大抵話しかけてくる時は実体の無い雫瑚が配信活動に勤しんでいる。その際はワイプがないか、雫瑚をイメージしたアバター映像に切り替わっている状態。別キャラの見た目になってしまえば最早雫瑚AIみたいなもんだな。

「俺絡みの情報は雫瑚が管理してるって言ってたよな。ずっとゲームしてるけど仕事はしないのか?」

 再受講とかつまらなすぎてペン回しとかコインロールばかり上手くなっているような気がするが……それはさておき、数学の授業が終わったタイミングで視線を上げると、雫瑚も伸びをしていたので気になっていたことを尋ねてみる。

「全て分身に任せているわ。霊長類の私は余生を謳歌してるだけ」

「分身……?」

 婀娜やかな仕草に連動するようにセクシーさがある声色で教えてくれたが……ここでの分身は気配を操作してそのように見えている奴ではなく、実体が複数存在していないと実現できない奴のことだ。それに任せて自分はゲームに明け暮れているとか、今の発言だけでは納得できるはずがない。

「ほら、そこにいるじゃない」

「……あぁ、お前か」

『やあ』

 モニターに映し出されたガイドがサムズアップしてこっちに微笑んでくる。要はそういう情報を保護したり収集する機能を作り上げ、自分の手で触れずとも管理できるようにしているってことなんだろう。

「おぉ、出てくるのか」

「この空間内なら縦横無尽よ」

 いきなり親指が顔面目掛けて飛んできたので反射的に避けたが、トリックじゃなく実際に飛んできていたので正しい判断にはなる。ただ触れられない幻影なだけ。でもプロジェクターやカメラなどが仕掛けられていないのに飛び回れていることには実に奇妙だ。EoDと似た性質を感じる。

「私の姿にすることもできるわよ」

 俺の反応が面白かったのか、目の前に二人目の雫瑚が現れた。

「すげぇなこれ。立体感があって動きも人間そのものじゃねえか」

 気が付けばこの空間に雫瑚が十人もいる。衣装チェンジとかもお手の物なんだろう、ショートヘアなのに幻影でロングヘアに見える雫瑚や、半透明のスカートが生えた雫瑚などバリエーション豊かだ。しかもそれぞれの口元からちゃんと声が聞こえてくるのもえげつない。こういうのに疎すぎてすげーとしか形容できないことが残念に思えてくる。

 大量発生した雫瑚が次々と消えていき、ガイドの姿に戻ったので、

「コイツとか雫瑚と喋り方違うが、これでも分身なのか?」

 ガイドは雫瑚と性格や口調が違えば、右腕のような立ち位置で雫瑚を敬っている。実際分身というより、家族や知人、家臣の方がしっくりくる。

「分身よ。ずっと自分と話してても面白くないから人格弄ってるだけ」

「なるほど」

 そういうことも可能なのか。見た目は別人でもガイドが見たり聞いたものは全て雫瑚の物と。口調が異なる分すっと受け入れることは難しいが、ガイド相手にだけ話したところで雫瑚に話しているのと変わらないことは覚えておこう。

「私はプログラミングと、ゲームと、コスプレと、配信と、WB社員と、国家機密の管理を年中無休で同時進行しているわ。でも今萩耶が見ている実体の私が行っているのはゲーム、コスプレ、配信だけよ」

 仕事場と家を往復しているだけの日々、そういう規模感を超越している。同じ人間と判定して良いのだろうか。

 コスプレは何となく想像できていたが、悲しくもWB社の一員であることが判明した。やけに結奈(ゆうな)から見つかる理由って、雫瑚の分身が面白がって情報提供しているからなんじゃなかろうか。

「つまり、こいつが後二人は居ることが確定してんのか……」

「そこに居る分身以外は全て形而上の存在だけど。作ろうと思えば自分と同じ性能の分身をもっと量産できるけど、面倒なのよね」

 実体として姿が無いとしても、雫瑚と同じ思考回路を持った存在が複数存在しているとか、なんか物理的に人を殺してきている身としては頭を抱える話だ。流石に俺が死んだ後の話にはなってくると思うが、今後そういう存在が増えてくるとすれば、単純に目の前に見える存在を殺すだけで物事が解決するとは言えなくなってくる。幸い転移者は文明開化が魔法分野に伸びていったので、目の前の敵を始末するだけで決着するのは有難いが……なんか、恐ろしい話になってきたな。このご時世、見ているものが全てではなくなってきた。

「分身に技術や知能の差はないわ。意識や記憶も共有しているわよ。分身が経験したことは私に共有されるし、私が覚えたことは分身を覚える」

 ということは、いつもこの防音室で座っているだけのように見えて、WB社内で働く分身がどんなことをしているか把握していて、指示を出す……というか、自分の意思で動いでいるので並行して業務を行っていることになるのか。つまりは子供の頃に家でゲームしていながら分身は学校で授業を受けさせたいとか言うアレが、実現しているということだ。

「それってつまり、実質的な不死身じゃないか……?」

 今目の前にいる雫瑚を物理的に殺したとしても、インターネットの海には雫瑚が何人も存在している。実体としての姿を失うが、意識や記憶が共有されているというなら、雫瑚という存在が死んだことにはならない。最悪機械の体でも作り上げ、雫瑚の存在を入れ込めば実体としての存在も取り戻せることになるので、不死身であると同時に、不老不死でもある。

「そうね。もしハッカーを雇って攻撃してきたとしても、その間に量産すればいいし、そもそも私に勝てるハッカーなんかこの世に存在していると思う? 完全に殺すことなんか不可能よ」

 その自信満々さは、手足四つで高速タイピングが可能だからという理由からじゃなく、俺の情報を操作していたり、実際に分身を作って稼働できている実情から裏付けられる。

「私の存在が完全に消滅する可能性があるとしたら、全人類と全機械と全インターネットが同時に完全消滅することかしら」

「地球が爆発でもしない限りありえんだろ……」

「そうよ。全てが消えない限り、消えることはないわね」

 仮にここが魔法介入なしで駆動する機械が殆どなく、インターネットなんか存在しない異世界だとしても、全人類が同時に消滅することがまず起きない。雫瑚は、地球人で最も神に近い存在……もはや、生きる神だ。逆に悪魔にもなりうるので、世界に興味を持ってなくて良かったとまで思えてしまう。

「ねえ、萩耶ってこのアパートの間取り、今まで気になったことない?」

 不敵な笑みを浮かべた雫瑚は立ち上がり、俺の元へ近づいてくる。

「あるに決まっている。このタイプのアパートは人工島内に何棟もあるが、ここだけ屋根裏部屋があるからな」

 ソーラーパネルは校長が後から取り付けたものなので除外とし、最初から何か隠し事がある人の為に用意されているような完全防音の屋根裏部屋が付いていた。しかもこれは人工島管理公社が定期的に行う住宅強度の調査で一度も見られていない場所なので、屋根裏に部屋があるという事実を人工島内最高権力の企業ですら把握していないということになる。このアパートの建設に校長は絡んでいない為、製作陣が何らかの意図で造ったんだろうが……人工島内の建造物は例え賃貸でなくても全て人工島管理公社による管理下だ。建築業者を把握できるのも人工島管理公社だけという矛盾点があったりする。

「そこもだけど、外観の割に部屋が狭くて違和感ない?」

「それは……確かに、言われてみれば」

 考えてみれば、間取りを平面図に落とし込んだ際、脱衣所や浴室辺りに謎の空間がある。押し入れ横やクローゼット横は柱だとしても、隣の部屋は間取りが反転する構造上、合算して中央に謎の広々デッドスペースが存在していることになる。一階に住む面々の住宅にも上がったことがあるので、一階にも同様の謎スペースが生まれていることがわかる。

「せっかくだし、見てみる?」

「は?」

 言っている意味が分からず口をぽかんと開けていると……

「それじゃ、行くわよ」

「行くって、どこにだよ」

「察しが悪いわね。そのスペースに、よ」

 ごくりと喉が鳴る。まさかだが……そのデッドスペースに、俺の部屋にある武器庫のような秘蔵空間が広がっているというのか? 

 俺が普段背もたれにしていた壁に触れた雫瑚は、

「開けて」

『了解だ、マスター』

 ガイドの発声と共に、壁が一段階奥に引き下がり、スライドして収納されていく。あまりにも綺麗に接合されすぎていてここが出入口とは分からなかったな。開いた断面を見ると、単なる扉とは思えない近未来的な基盤が露出している。

「はは……まさかこんな秘密通路があったとはな……」

 こんなもん、賃貸とは言えない。雫瑚専用に建てられたアパートだ。一軒家だと、相手にこういうことをしている可能性もあると考慮されてしまう。他三軒は一般的な借家であることのアピールに過ぎないってことだ。

「……ん? どこに繋がってんだ?」

 この空間は脱衣所と浴室を丁度足したぐらいのサイズ感だが、二階分の縦長い空間になっているだけでどこかに繋がっている様子はない。階段を十数段降りたらシャワールームぐらいのスペースがあるだけで終了。雫瑚は家を出ていない人なので、てっきりシェルターへの直通滑り台でも隠し持っているのかと思っていた。

「はい」

「……はい?」

 両手を広げて顎で指示してくるが……何でいきなりハグを要求されたんだ。

「このスペースからはみ出すと死ぬわよ。死にたくなければ収まるように密着することね」

「そのスペースが可視化されてないんだが?」

 普段使用している雫瑚なら感覚で分かるんだろうが、所見にはただの真っ暗い空間としか映らない。この空間内は無法地帯なのか、その辺を普通の鳥類みたいにガイドが飛び回っているが、それができるなら対象エリアを映し出して欲しい。

「……わかったよ」

 何も言ってくれないのでとりあえず抱擁して安全地帯に移動する。すると雫瑚はこれでもかと腕をきつく巻き付け、俺の股に片足を通してきた。ここまでしないと体がはみ出してしまうらしい。契約を結ぶ時以上に過激に密着してるぞ、これ。

 突如視界が虹色に輝き始め、眩しすぎて真っ白になったかと思えば……

「良かったわね、肉体と精神が乖離しなくて」

「はい……?」

 視界が晴れた。状況的に、別場所にワープでもしたんだろうか。景色が変わって無さ過ぎてまだ判断に至らない。

「別々で行くって選択はなかったのかよ?」

「エネルギーが勿体ないじゃない」

「はあ」

 何食わぬ顔で階段を上っていくので、後を追う。ふと目の前にガイドが出現したが、体のあちこちがテレビの砂嵐のように虹色でギラギラしている。電子的なエネルギーを大量消費したってことなんだろうか。幸い魔力という概念に脳内で変換すれば何となく理解できる。

「さ、私の未来研究室に到着よ」

 そう言って目の前に広がった二十畳ぐらいの空間は……置かれている物たちには見覚えが無いが、部屋の構造に見覚えがある――WB社内だ。俺が結奈から蘇生されたusp‐iカプセルの部屋に似ている。

「そりゃ家から出る必要がないわな……」

 結乃や楓の作業部屋のように良い意味で散らかっている部屋とは違い、中央にusp‐iカプセルのような容器型の装置と、停止中だがいくつものモニターとアームで人間っぽい物体を造形中の装置があるだけで、部屋を見て回れるスペースがある。小言を呟きながら部屋の中を一周するが、目ぼしいものは中央のその二つしかなく、特に他に物はなかった。これまたガイドによる認証式だろうが――何ならWB社内のはずなのに他の部屋に繋がる扉すらない。

「これってー……あれか? いずれ雫瑚が入り込むことになる機械人間ってことか?」

 今までの話からして、雫瑚は人間を辞めたがっている。それは死にたいからという単純な理由ではなく、完全に自分の生命体をインターネットの世界に置くことができ、既に所謂本体である人間の分身として機能していて、情報が共有されていれば知能の差も生まれないので、姿形が変わっても生きていけることが確立しているから。食事や睡眠、老化や病気など何かとしがらみの多い人間を卒業し、この機械の体を手にするんだろう。実際に物理的に触れることのできない電子の空間に自身の存在を具現しているので、別に態々実態を用意する必要はなさそうだが、その辺は最新技術過ぎて死んだと捉えてしまう人がいるからだろう。現にここまで言われてもまだ自殺したい人にしか聞こえていない人間がここにいる。

「話が早いわね。人生なんかマゾゲーよ。世間なんかBANして、さっさとしがらみの多い人体を卒業してステップアップよ」

 楽しんだもん勝ち、なら聞いたことがあるが……よくわからんゲーム用語? に頭を悩ませながら、

「……よくわからんが、次世代を担う壮大な実験をやってることはわかった」

「実験じゃないわよ、実運用中よ」

 ああ、そうだった。まだガイド以外に会ったことが無いので感覚が薄れていたが、既に今目に見えている雫瑚以外の雫瑚が言動を起こしているんだった。

 ガイドはその名の通り雫瑚のアシスタントのような立ち位置でやり取りしている。分身とはまた意味合いや認識が異なる。分身と会ったことが無いというより、一々アバターなんか用意してなく会うことができない気がする。その会うことができる初号機が、この物理的な機械人間なんだろう。

 となると、尚更時代が進むと物理的な存在を維持する必要がないと判断され、仮想上に映し出されすらしなければそれこそ死んでいるような認識になってしまう訳で……

「それってホントに今の雫瑚と同じ人ってことでいいのか? クローンだとしても、今見ている雫瑚とは異なる訳だろ? そもそも入り込むってどういうことだ?」

 人間は、今あるこの体から出て他に移っても、同じ人間なのだろうか。いくら記憶や性格、容姿、言動が一致していても、それは同じと言っていいのだろうか。まだ蘇生や乗っ取りの方が理解できる。人間に於ける完全移動は、新旧で同一とみていいのだろうか。……ただでさえ機械音痴なのに会話内容が現代技術を超越しすぎていて理解が及ばない。

「例えばスマホのデータとか、新しいスマホに移したら今までと全く同じ状態になるでしょ? 違うのは、見た目とか性能ぐらい。それと一緒で、外見は変わっても中身は一緒」

「それとこれとは意味が違うだろ……」

 スマホのデータはボタン一つで移行できるが、人間はボタン一つで移行できない。いや、それが実現できているから今雫瑚は複数人存在しているんだろうが、臓器や脳を完璧に移植できたとして、そいつが同一人物になるかと言えば違うだろう。

「それは同一人物をどこで判断するかじゃない? 言動が一緒なら同一人物、見た目が違うなら別人とか。私は前者だと思ってるけど、萩耶は後者で解釈してない?」

「そう言われればそうだな……」

「同一人物に明確な定義なんかないわ。でも、萩耶が死ぬまでには前者で固まってくるわよ」

 実運用フェーズでもあるので、余程この研究に失敗や頓挫の未来が伺えないんだろう。物事の認識をガラッと変えてしまうことに対して、不敵な笑みを浮かべている。

「でもなんか今俺が見て話してる雫瑚とは一生会えない気がして嫌だな」

「人間での前例がないからそう思ってしまうだけよ。どうせ人類は後百年もしないうちに永遠の生命力を手にするか、全滅しているかの二択なんだから、私は前者の先駆者とでも解釈するといいわ」

 全滅には自然災害や全面戦争など複合的な意味が込められていながらも、科学が発展するしかない単一の将来に期待を寄せられるのは、その科学が発展することによって連鎖的に周辺技術も発展していくからだろう。それこそ転移現象が続けば、何れ魔法文明も解明されて融合されていき、更なる起爆剤となるだろう。隕石の破壊や瞬間移動、物質の生成も夢じゃない。

「将来歴史に刻まれる偉人と接触しているってことでオーケーか?」

「okey」

 雫瑚は腕を組んでネイティブに返答してきた。

『コードネームは「マルスーチャ」だ』

 改めて製作途中の機械人間を見つめていると、ガイドが名前を教えてくれた。

 マルスーチャは雫瑚と違って身長はきっちり150センチで胸も大きくはない。別に見た目とかどうでもよく、自分が女だから女を作っただけといった印象があるが、腹部は綺麗にくびれていてボブにメッシュの髪型を見るに、雫瑚らしくファッションが好きそうな箇所が伺える。今はアームによって宙に浮いている状態だが、支えるアームの細さから重量は60前後だろうか。

「切ってみてもいいわよ」

 ちゃんとぷにぷにした柔らかい肌に血管が見える箇所もあり、凝視していたら雫瑚からハサミを差し出されたので、軽く傷つけてみると……

「うわぁ……」

 なんか、生々しくて引いてしまった。まんま人間じゃねえか。しっかり赤い血が出てきた。でも体は機械だからか、自然治癒力がすさまじい。目に見えて塞がっていくのが分かる。

「どうなってんだよ、これ。生きてるじゃねえか……」

「もっと機械らしい容姿を想像してたでしょ」

「ああ。テレビのアレは時代遅れなのか……あの人型ロボットはもっとカクカクしてて動きもぎこちなかったぞ」

「バカバカしいわね」

 凄い事言いますね、この人。いくら自分とWB社だけの極秘最先端情報とはいえ、言っていい事と悪い事がある。あれだって誰かの技術の結晶だ。というより、表向きにはあれが現時点での最先端だ。

「感情表現もお手の物よ」

「うわっ、きん……」

 危ない、危うく『キモい』と言いかけた。まだ動くと思っていなかった人間っぽい機械がいきなり喜怒哀楽を見せてきたから無意識に一歩後退った。

「でもこれどうやって作ってんだ? 電子機器の才能があることは分かったが、この物理装置を作り上げる才能もあるのか?」

 マルスーチャの周りには様々なケーブルや謎の物質がいくつも置かれているが、雫瑚は普段防音室に籠城している。掃除をマリアに頼むぐらいだ、ここによく訪れていれば、少しは防音室内の床が壁方面に汚れていたはずだ。

「そこは萩耶も知ってるでしょ。あの子よ。まあ、殆どが機械の自動設計だけど」

 結乃のことなんだろうが……機械を作るための機械があるとか、それこそ人間が不要になる未来の象徴と言えるべき開発空間だ。雫瑚が大元さえ作ってしまえば何もかも自動化されてしまう。

 この空間でガイドが飛び回れている以上、任意の場所にキーボードやモニターを出すことぐらい容易いのか、その場で両手をカタカタ動かし始めた雫瑚を他所に……

「このアホ毛が通信機器で、後頭部の首辺りから一本垂らした三つ編みは逃げたときの捕獲用手綱か? オッドアイはブラフで片方が暗視とかか?」

『……もっと上手いジョークはないのか?』

「黙れよ」

 タイピング音がしてこないのでシーンとし過ぎていたから口を開いてやったのにここまで言われるのか。

「マルスーチャはUSBで充電すんのか? 太陽光か? ガソリンか? 体内で原子力発電か?」

 片足が製作途中で機械的な配線がいくつも垂れている何ともグロいとは言い難い謎の状況を見つめつつ、ガイドではなく将来この体になる雫瑚の回答を求める。

「一応重量気にしなければ何にでも対応できるけど、別に戦闘要員じゃないし、一先ず少しの太陽でやりくりする計算よ」

「そもそも尽きたところで物理的な存在が一時的に停止するだけか」

 変なことに、この機械が止まっただけでは雫瑚は死なない。仮に動かなくなったら仮想の方から指示を出し、誰かにマルスーチャを太陽の元へ移動させてもらえばいい。

「本当は血とかもなくてそれこそ機械っぽい見た目でもいいんだけど、それだと今を生きる人間が受け入れてくれるかわからないわ。マルスーチャは人間に極限まで寄せるつもりだから、動力源は食事にしようと試行錯誤中よ」

「食事ねぇ……」

 食事というのは名目上で、体内でバイオ燃料として動力源を確保しようという算段なんだろうが、飯は食うのに排泄物がないのも違和感がする。

「そのうち機械の体でも人間同様に病気になったり、体型の変化も訪れるようにできるけど、私が乗り込もうとは思わないわね。血と食事を継続してあげるんだから勘弁してほしいわ」

「もう今の先端技術はその領域まで来ているのか」

 キャッシュレスが始まったとき、手元に金が無いのに金銭のやり取りが成立していることにかなり驚いた。同時に実感が無いので使用感が無くむずがゆかったが、人工島が完全キャッシュレスになっている影響でいつの間にか定着していた。新しいものには疎くても、順応力が高い。いきなり雫瑚が不老不死の機械人間になっていたら、最初は夢を疑うかもしれないが直ぐに馴染むんだろうか。

 これまでの流れ的に、人間は正常な思考回路を阻害する精神障害の脆弱性が多すぎるー、とか哲学的なこと言うんかと思ったが、それだと存在が改変されることになり、雫瑚ではなくなる。雫瑚は人間という形態を辞めてもいいだけで、雫瑚という存在を抹消したいわけではない。死にたいと思っての行動ではないだけマシなのか? 電子の世界に身を置いたのなら、一生死ねない苦しみを味わう羽目になっているはずだが……それこそ自分の技術で電子的な存在ぐらい容易く抹消できそうだ。……考えてもわからん。説明が難しくて聞き方もよくわからん。他人がとやかく言うことじゃない、と解釈するか。

「因みに、完成はいつ頃になるんだ?」

 足の部位だけで見たら今年中には完成しそうだが、人間同様に食事できるようにするということであれば、流石に年単位の話になってくるだろう。今後交戦時にこういう無限軌道の存在と出くわす可能性があることを考慮するためにも、せっかく最新情報を入手できたので出没時期も予想立てしておきたい。

「そうね……乗り移ったら人間の体としてやれることがなくなるから、この体を楽しむだけ楽しんだら人間やめるわ」

「それはつまり、マルスーチャはいつでも始動できるって認識でいいのか?」

「そんなに気になる? でもまあ、そういうことになるわね」

 ということはもう機械的に人格が作り上げられた人型ロボットの一人や二人、居そうだな。WB社員であるとはいえ、一個人の活動内でここまで成形できているわけだし。

「今の体で楽しむって、何を楽しむんだ? パソコン弄るだけだったら人間である必要はないだろ?」

 内容次第では活動内容がよりアクティブになるので、つまらん再受講の日々を繰り返したくない質として積極的に深堀する。

「うーん、病気以外なら大体試してみたわよ」

 それだといつマルスーチャに移っても可笑しくないが、雫瑚は楽しそうに指折り説明し出した。

「食っちゃ寝して太ってみたことがあるわね。でも何も良いことなかったわ。まあ、ずっと家に居るから体が思うように動かなくてもどうでもいいんだけど。全身ぷにぷにになれたんだけど、それ以上は中々太れないのよ。才能がいるわね。元々食べるのが好きじゃなかったから面倒になって辞めたわ」

 それでやけに胸とか太ももが太いんだろうが、飯を食わなくなっただけでここまでカリカリになるってことは、やはり人間にとって食事は大切なんだなと思わせられる。

「色んな部位を変な方向に向けてみたり、二階から飛び降りてみたり、骨折もしてみたわ。でもどれもつまらないわね。ただ痛いだけで何も良いことないじゃない」

「当たり前だろ」

 どれだけ家に引きこもっているんだ。痛みと無縁な生活を送りすぎて痛覚に興味が湧きだすとか初めて聞いた。

「えー? そう? なら仮に高いところから落ちたとして、ショックで失神するのが先なのか、落下した衝撃を体験するのが先なのか、そういうの気にならない?」

「気にならん気にならん。お前……デスゲームの主催者適正あるんじゃね? まじで気にならんから、どうせ死ぬだけだし」

 そこの研究をしだして人の死を何とも思わなくなってしまったら最後だ。生死に関わる人体実験は聞く方も気分が悪いので骨折で満足しといてほしい。

「あとは……そうね、筋トレぐらいね。お腹の凹凸とか、腕のふくらみとか、ムキムキになったらどう変化していくのか気になるわ」

「いーやー……長い道のりになるぞー……?」

 このカリカリ状態からムキムキ状態になるのが難しいんじゃなくて、粉しか食わない人間の体が肥大化するのか問題がある。数少ない人体実験として残るのも納得できる。

「実際のところ、コスプレしたいからなのよね」

「コスプレならマルスーチャでもできるだろ?」

 本格的な機械の見た目ならできなかったが、マルスーチャの見た目は人間そのもの。移り変わっても趣味として楽しむことができる。

「あれは体型の変化がないから、色んな見た目ではやれないでしょ? ぽっちゃり系のコスプレはし尽くしたし、後はスレンダー系のコスプレかな」

 それだけの為に体系の変化もある機械が完成したら一時的に乗り移ってもよさそうな熱意を感じられる。

「そんなにコスプレ好きなんだ?」

 一番はゲームだと思う。配信でコスプレしている様子はないし、SNSにもアップしていない。それでも切っても切れない程に愛していて、独りで嗜んでいる。

「親がやってたから英才教育かな。面白そうな服とか変な服とかあったらつい買っちゃうのよね」

「へぇ」

 てっきり親はゲーム好きなのか、機械系に強い人なのかと思っていた。多分父がそっち系で、母がコスプレ好きなんだろう。

 これ以上見る物も聞く事もないので、

「……どう? これでわかったでしょ? 萩耶が動く国家機密のように、私も座る国家機密よ」

 どうやら……とんでもねぇ奴と出会わされたようだな。知らない方がいいとはまさにこういうことだ。

「さ、これでお互い情報人質がある状態ね。萩耶は……どうする?」

 何を企んでいるのか、あくどい表情を向けてくるが……

「どうするも何も、これを言いふらしたところでどうにもならんだろ。みんな『バカ言うな』って言うって。もっと頭良い奴と話し合ってくれ」

「ってことは、今後も私の言いなりになるってことね?」

 はぁーん、そういうことですか。自分の極秘情報は何言いふらそうと他人が受け入れてくれるはずがないという前提があるからこそ、執拗に隠しはせず質問された時に公開するという。しかも包み隠さず答えてあげるという優しさを見せることでこっちの警戒を解いてきた訳か。まんまと引っかかっている。何とも嫌らしいやり口だ。

「……言質取ってどうする。言ったところで何も状況変わらない事分かっててやってるだろ」

 既に個人的な目的と結乃の目的を果すために指示されたことはそつなくこなしている。それに雫瑚はこの世がどうなろうが興味が無いと言っている。約束して俺を正式に奴隷としたところで、今までと変わりない堕落日常を送るだけだ。

「それは違うわね。本来の目的、これは果たせたと思わない?」

「……」

「これ以降、萩耶は別に会いに来なくてもいい。会ったところで、私が他人の為に革命を起こしたい気持ちなんてもう無いから、化学反応とか何も起きないわよ。だから結乃からの依頼はこれにて終了。ここからは萩耶個人の都合よ」

 それは、そうなのかもしれない。二人が出会うことによって生まれうる化学反応に期待しているのであれば、邂逅は果たしている。それを齎すためにお互いの理解度や親交度が必要であれば、秘密もダダ洩れだし事に足りるラインには来ているだろう。傍から見れば上下関係があるように見えても、実質一緒に暮らしているような状況で過ごし、日常会話も成立していればそれはもう他人とは言えない。

「『もう』って、過去に情報を利用して何か革命を起こしたのか?」

 俺個人の都合について考える時間を作るためにも、話を脱線させる。

 考えられるとしたら、結奈にフレーム状態時に限り、俺の現在位置を常時特定できるような仕組みを提供してやったとかだろうが……

「情報というか、私の技術を使ってWB社の全システムを作っただけよ」

「もう驚かねえぞ……」

 全システムということは、フレームアーマーの機能とかも含まれることになる。さらっと凄い事言ってるが……

「情報を握られていても悪さされない。もう私とはさよならバイバイでもいいのよ」

「……良くないな、それは。目的もないし、なんかわからんが……その表情が、よろしくないな」

 それならどうしてそんな俺の回答なんか全てお見通しと言わんばかりの挑発顔なんだ。口では情報を漏洩しないと言っているものの、その表情は漏洩する気満々だ。ここで「それでは」とか言えるはずがない。

「もしかして、まだ敵だと思ってる?」

「敵にもなりうる、だ」

 俺は雫瑚の全てを知り尽くした気でいた。でもそれは、雫瑚についての表面的な情報に過ぎず、内面――性格や思考などが、全く理解できていない。

「なら言うことは決まってるんじゃない?」

 それを俺の口から言わせるのか……

「もう少し通わせてくださいお願いします」

 雫瑚の思惑通りに発言させられるのは癪なので、棒読みで今後の方針を定める。

「態度」

「もう少し通わせてくださいっ! お金が必要なんですっ! 宜しくお願い致しますッ!」

 土下座はしないが、しっかりと言葉に感情を乗せて懇願する。そうだ、今の俺にはお金がないんだ。ここに通うことで、対価としてお金が支払われることは確約されている。表情は死んだままだが、金金金と脳内で言い聞かせて言葉を絞り出す。唇が微動だにしなかったが、どうにか言葉として成り立ってくれた。楓、こんなところで活きたよ、発声術。

「ふぅん、やればできるじゃん。最初からそう言いなさい」

 土下座してたら頭を踏みつぶされていた勢いで顎を上げて上から見下ろしてきた雫瑚は、これからの日々を想像したのかニヤついてから自宅へワープする場所へ向かって行く。知り合いになれた気でいたが……やっぱ、他人かもしんねえ。




APの構造が完全に解き明かされました。

挿絵(By みてみん)

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