第32話 依頼達成、そして貧民街へ……
ぼくとノアは王都のギルドに戻ってきた。
討伐依頼完了報告と、魔石をギルドに引き取ってもらうためだ。
「え、もう倒して来ちゃったんですか!依頼地って隣町でしたよね!? ちょっと早すぎません!?」
受付を担当してくれたのと同じギルド職員の男性が、素っ頓狂な声を上げた。
しまった。"影渡り"の使用で移動時間が短縮されたことを計算に入れていなかった。
馬車を使っても片道2時間のところを、往復2時間で、しかも、オーガ討伐までして帰ってくるんだから、そりゃ怪しいよね。
「わ、ワイバーンで向ったので」
と、苦し紛れに嘘をつく。咄嗟に、レシド先生が出張先へ向かうのに友人からワイバーンを借りたとの話が浮かんだのだ。
「ワイバーンですって!? まさか、ジェイさんは貴族様だったのですか!?」
「いやいや、違いますよ!ちょっと知り合いに乗せてもらっただけで……」
「ワイバーン持ちの知り合いって………やっぱり貴族じゃ…………」
うわぁ、どんどん泥沼にハマっていくよ。
そういえばレシド先生も貴族だった。完全に、言い訳の選択ミスだ。
「それで、依頼は達成ですよね?」
ちょっと苦しいけど、むりやり話を変える。
「はい……それは。ていうか、なんでオーガの魔石が無傷なんです? まるで、『聖女』様方の光の力を使って得たもののようですけど………」
男性が訝しげにぼくを見る。
言外に、『聖女』の魔石をどこかで購入してきて、依頼達成に見せかけているのでは?と言われている気がした。
失礼な、と少しむっとする。
『聖女』や『勇者』がその光の力で魔物を殺す場合、光を浴びた魔物の肉体は瞬時にチリに変わり、後には無傷の魔石だけが残されるのだと男性は言う。それらの魔石は今なお市場で高値で取引されていると。
しかし大袈裟だな。
無傷の魔石を手に入れたければ、魔物をロープで縛るなりして魔石と対になる心臓を生きたまま取り出せばいいのだし、そこそこ実力のあるハンターなら、誰にでもできるでしょう?
だというのに、無傷の魔石と見ればすぐに『聖女』の魔石を疑うなんて、無傷の魔石をギルドに持ち込むハンターは珍しいのだろうか。
「でも、それにしては色が違うんですよねぇ。『聖女』様方によって清浄にされた魔石は透明のはずでずし──」
「生きたまま心臓を取り出しました」
どうして無傷なのか、との質問に対する返答だったのだが、それを聞いた男性は真っ青になった。
「い、生きたまま………ですか。Aランクのオーガを……生きたまま………」
「はい。そのほうが魔石も傷つかずに済みますし、高く買い取ってもらえるでしょう?」
「………は、はひ、そう、ですね!も、も、もちろん高く、それは高く、買い取らせていただきますでございまず……っ」
しどろもどろに答えながら、男性は小刻みに震えている。
とうしたんだろう?
なにか間違ったかな?
ノアを見上げる。ノアも、よくわからないと頭をふった。
「じゃ、買い取りもお願いします」
ぼくはノアを連れて、ホクホクとハンターギルドを後にした。
依頼達成報酬も、魔石の買い取りも、けっこうな稼ぎになった。
依頼外ではあるが、ゴブリンの魔石も、無傷の魔石を数個残してついでに売っておいた。
……
………
……………
街に出たぼくの足は自然と、王都の繁華街の終点にある貧民街へと向かっていた。
ノアも気づいているだろうが、何も言わずに後ろを付いてくる。
『貧民街に行く』というのはアルティアに対する口実でしかなかったはずだけど、なんとなく行ってみようかという気になったのだ。
貧民街に近づくにつれ、建物は古く、道は汚れ、光も少なくなっていく。だんだんと、道行く人の層も変わってきた。
裏路地に入ると、湿ったカビっぽい匂いがまとわりつく。
すう、と息を吸い込むと、むせ返りそうな濃い匂いにつんと鼻の奥が痛んだ。
「懐かしい匂いがする──気がする」
「相変わらずひどい場所ですね」
ノアの視線は、壁際に横たわる孤児や浮浪者に向けられている。
そうか、ノアはぼくを"放置"する任務のために、ここに来たことがあるのか。
ノアの苦しそうな横顔に、ああ、ノアも父上の命令で本当に身を割く思いでぼくをここに置き去りにしたのかもしれないと思った。いつか、冗談のように、ノアがそんなことを言っていたけれど───
そこに横たわるあの孤児は、飢えに喘いだあの日のぼくだと思った。
持っていたパンをそっと渡してやる。気休めだけど、無いよりはマシだろう。これ以上、ぼくにしてやれることはない。
運良く金持ちの家にでも拾われるといいが、そんな都合の良い偶然は現実には起こり得ない。アルティアがぼくを拾ったのも、偶然ではなく、仕組まれた予定──つまり必然だったのだから。
「少し歩くよ」
ぼくらは貧民街を進んでいく。
奥に行けば行くほど、様々な悪臭が鼻をつく。
ここの住人は、今日明日生きるか死ぬかの生活をしていて、ゴミや排泄物の処理などにまで気を回す余裕がない。
路地はそれらの汚物で汚れていた。
ハンター風とはいっても身なりのいいぼくとノアだ。
さっきから、舐め回されるような視線を感じる。
スリから狙われているのだろう。
ノアも気づいているみたいだ。
どす黒いオーラを放って、牽制している。
これで近づいて来る者はいないだろう。
建物の2階から覗く開け放たれた窓も、木箱が積まれた隅の暗がりも、建造物の間の僅かな隙間も、貧民街は静かなものだった。
そうしてしばらく歩いてみて、わかった。
ここはぼくの故郷じゃない。
たった一ヶ月過ごした場所にすぎない。
あの小道も、あの崩れかけの家にも、なんの思い出もない。
やはりぼくはここで生まれ育った"貧民街のジェシー"ではなく、魔王の子で、魔族の王子なのだ。
それを確認したくて、ぼくはこの場所に来たのかもしれない。
ホッとすると同時に、なぜだか少しだけ悲しくなった。
ほどなく街の喧騒の中に戻ると、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚に陥る。
貧民街の裏通りと繁華街の表通りとではそこまでの違いがあるのだ。




