第31話 初めての魔物討伐
※残虐な表現があります。
王都の繁華街。
ぼくとノアは屋台飯に舌鼓を打っていた。
「もう食べないの? ノアって少食だよね」
ぼくはノアからカツサンドの残りを受け取りながら言う。
「私は低燃費なのですよ」
ノアは普段、あまり食事をとらない。
時々、調理師のディックに頼んでぼくの部屋に食事を運んだりすもするが、ほとんど手を付ける様子もない。
それで平気なのかと問うとこの調子だ。
魔界にいた頃は、側付きのノアと食事を共にすることもなかった。だから気にしたこともなかったが、よく考えればノアの主食は生き物の血なのだ。人間界に来て、うまく食事ができていないのでは?と今更ながらに思い至った。
「血は飲めてる?」
「ええ、時々人間からもらっています……ああ、殺しはしないですよ。ちょっと催眠をかけて、少し血を吸うだけです」
何を思い出したのか、ノアはにぃと獣じみた笑みを浮かべた。
その表情で、ノアが血を得る際に人間をからかって楽しんでいるのだろうということが簡単に想像できた。
ぼくは不快感を少し滲ませ、眉をひそめる。
「無駄に怖がらせようとしないでよ。悪い噂に利用される」
「対象の記憶は消しているので、問題ありません」
くつくつと笑うノアに嘆息する。
ノアは人間が魔族を怖がる様を利用して、彼らの恐怖を煽って楽しむ節がある。開き直りとも言えるが、あまり良い趣味とはいえない。
「さて、ご飯も食べたし、"影渡り"で隣町に移動しますか」
ぼくはうーんと背伸びして宣言する。
討伐依頼で受注したオーガ討伐に向かうのだ。
「その前に、簡単な防具を揃えましょうね」
「あ、そうだった」
ぼくとノアは適当な防具屋に入って、軽装の皮鎧を購入して装備した。
ノアは素手で戦うつもりらしいけど、見せかけの装備品として腰にさす片手剣も購入していた。
ぼくはレシド先生にもらった短剣を腰に下げるだけでいいかな。
支払いは、公爵家で働いて得たなけなしの給料から支払う。
てっきり、拾われ子のぼくには給料なんて出ないものと思っていたが、休暇を申し出た際に手渡されたので驚いた。あたり前のように、ほかの使用人よりはずいぶん安いけど。
「じゃ、いきますか」
ぼくとノアは王都の正門を出て、人目を避けながら森の木の影に入った。
そこから隣町まで"影渡り"を使いながら影の中を走る。
ほどなく隣町へと到着する。
この街も王族領だが、王都の繁華街に比べると幾分か田舎臭い。
ぼくとノアはさっそく、依頼書にある情報をもとに、街のはずれにある林へと分け入っていった。
林の中は鬱蒼としていて、同じような細い木がたくさん生えている。
視界が悪いし、歩き辛い。針のような枝が頬を刺す。
しばらく歩くと、パキッと枝を折る音が近づいてくるのがわかった。
背筋がゾワリとする。
禍々しい、どろりとした闇のような気配を感じる。とても嫌な感じだ。
これが、魔物の気配というものか。
「我が君、いけますか」
「うん、まかせて」
ぼくは短剣を顔の前に構え、音がした方を睨む。
ほどなくして、赤い肌の巨漢が現れた。
腰にボロ切れを一枚まとっただけで、盛り上がった筋肉を惜しげもなくさらけ出している。
鋭い牙は天井を向き、額から黒い角がせり出している。
あれに突かれたら痛そうだ。
やつの黒い目がぼくを捉えた。
口端からよだれを垂らし、血走った目で唸り声を上げている。
あまり、気分のいい光景じゃないな。
と、やつがこちらに向かってきた。
ぼくは短剣を予断なく構え、やつの手刀を防ぐ。
なんだよ、この爪!
鋭すぎるでしょ!
オーガは自らの筋肉と、鋭い爪を使って、休みなく攻撃してくる。
キンと、短剣が弾かれ一瞬焦る──、が、数度打ち合っているうちに気持ちが落ち着いてくる。
なんだ、こいつ、ノアの手刀に比べたら全然大したことないな。
そう見切りをつけ、ぼくは防御から一転、オーガの首をめがけてするどい突きを放った。
肉を切り裂く、確かな手応え。
オーガは首から緑色の血を撒き散らしながら地面に倒れていった。
おっと、服が汚れる。
ぼくは飛び退いて、オーガから距離をとる。
オーガは地面に倒れたまま、ピクピクと体を痙攣させていた。
「我が君、とどめを」
そうだった。
心臓付近にある魔石を傷つけない限り、時間はかかるものの、魔物は再生するのだ。
ぼくは倒れているオーガの胸に短剣を突き立てようとして、ふと思い立つ。
これ、心臓を抜き出せば、魔石を傷つけずに取り出せるんじゃない?
魔石は傷が少ないほど高く売れるのだ。
ぼくは短剣を持ち替え、オーガの腹を切り裂いていく。
そして、脈打つ緑色の心臓が現れたところで右手を突っ込もうとして止まる。アルティアが巻いてくれた青いリボンが目に入ったからだ。
いけない、汚すなって言われたんだった。
ぼくはしかたなく、利き手ではない左手でオーガの心臓を引っ張り出した。
「グォオオオオオオオオ」
オーガが叫び、最後のあがきというように、手足をめちゃくちゃに振り回す。
ぼくは体の小さなを活かしてオーガの腹側に移動し、うまくそれらを交わす。
心臓を完全に取り出すと、オーガは動かなくなった。
魔物とはいえ、生き物を殺すのは抵抗があるかと思っていたけど平気だったな、とオーガの死体を見ながら、冷静に自分の心を分析する。
もっとも、血の色が赤ではなく緑だったから、生き物を殺したという実感が沸かないだけかもしれないが。
「我が君、お見事でした」
「うん」
ぼくは心臓の肉をこそげ落とし、ぼくのこぶし大の赤黒い魔石を取り出す。
うん、魔石は全く無傷だ。
魔石を太陽の光にかざすと、鈍く輝いた。
「あー、手洗わなきゃ」
左手は、オーガの緑色の血がべったりだ。
「あちらに川がございます。そこで少し休憩してから戻りましょう」
ぼくはノアの提案に頷いて、川岸で手を洗った。
「魔物にも、心臓があって、血が流れてるんだね」
「そうですね」
「魔物って何なんだろうね。人間や魔族、それにその辺の動物との違いは、この魔石を心臓に有しているか否かしかない」
「見た目もずいぶん隔たりがありますがね。それに、魔物は意味もなく人や家畜を襲います。食料を得るためだけでなく、ただ虐殺を楽しむように。………我が君は、殺すことに罪悪感を感じておられるので?」
「いや、そういうわけじゃないよ。ただ、ちょっと釈然としないだけ」
「オーガを埋めなければなりませんね。まったく、魔物の肉は毒されていて、食用にもなりませんからね」
「この魔石が関係しているのかな。たとえばだよ、普通のうさぎの生きたままの心臓に、この魔石を突っ込んだら、キラーラビットになるのだろうか」
キラーラビットは普通のうさぎの3倍の大きさがあって、巨大な角を有する魔物だ。
魔物の中でも特に攻撃的で、よく、新人ハンターが怪我をするそうだ。当たりどころが悪ければ死ぬこともある。
「なるほど。魔石は膨大なエネルギーの貯蔵庫。それが魔物の肉体に何らかの影響を与えているのは確実ですからね。普通の生き物でも、肉体に埋め込めば、その肉体を変容させることは十分にあり得るかと」
「もう少し小さい魔石が手に入ったら、実験してみるかな」
その帰り道、ぼくはらゴブリンの集団と出くわした。
ゴブリンの進化形であるオーガがいたのだ。ゴブリンがいるのも当たり前と言える。
数は10匹。
ぼくとノアで、殲滅した。
こうして手に入った魔石は、無傷が4個に、傷ありが6個。
ゴブリンはオーガと違って小柄で、その分小回りが効くので、抵抗も激しい。
生きたまま心臓を取り出すのに苦労した。
縛り上げるロープがない状況では、無傷4個を手に入れるのが限界。そういう意味ではオーガより厄介だ。
「我が君、うさぎを捕まえてまいりました」
ノアの手には、まだ生きているうさぎが三匹。
「ありがとう」
ぼくは、ごめんね、と謝りながらも、うさぎの腹を裂き、ゴブリンの魔石をその心臓に埋めてみた。
うさぎはピクピクと痙攣した後、赤黒く変色し、息絶えた。
切った腹が、魔石の力で再生することもなかった。
「だめか」
「これは…毒ですね。うさぎの肉体に、毒が回っています」
ノアがうさぎの血を口に含み、それを吐き出しながら言った。
「魔物の肉体の毒性は、やっぱり魔石によるものか。この魔石、手で持ってて大丈夫かな?」
「ふむ。それは大丈夫のようですね。持っていても、手に毒が染みてくる感覚はありません。体内に取り込むと毒が流れ出る、という条件でもあるのでしょうか」
「謎だね」
ぼくはゴブリンの魔石を指でもてあそぶ。
オーガと同じ赤黒い、小さな魔石を。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
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