第33話 束の間の休息
王都の繁華街をノアと二人で歩く。
明日から二日間は王都の外れにある教会の偵察に行く予定なので、この街にはもう戻ってこない。
今のうちに、アルティアへのお土産を買うことにした。
「商店を見に行くけど、ノアはどうする? 先に宿に戻ってる?」
ギルドに行く前に、安宿を取っておいたのだ。
今日はこのまま王都に一泊する予定だ。
「もちろん、お供いたします」
「じゃ、一緒に行こう」
喧騒の中はぐれないように、ぼくはノアのマントを掴んで歩いた。
石畳の道の脇には、露店も多く出ている。
装飾品のたぐいも売っているけれど、まさかアルティアへの贈り物を、安い露店で買うわけにもいかない。
けれど、商店を回って買い物したことなどないから、どの店がいいのかよくわからない。
どの店も外観だけは立派で目移りしてしまう。
「我が君、あちらはどうです?」
うーん、と悩んでいると、ノアが店の看板を指さした。
【フェアリーズ・ジュエリー//ママ・シュリ】
「あ、ママ・シュリの店だ!」
ママ・シュリは、アルティアのドレスなどを作っているお針子のおばあちゃんだ。
そういえば、王都に店を持っていると言っていたっけ。
ママ・シュリの店に入ると、カラン、コロンという軽い音がした。ドアに鈴がついていた。
「いらっしゃい!」
けれど、迎えてくれたのはママ・シュリではなく、若い女性だった。
ちよっとママ・シュリと雰囲気が似ているから、家族なのかもしれない。
店内はピンクを基調とした女性らしい雰囲気で、うっと歩みが止まる。
配置された小物の色も様々で、鮮やかな色の奔流に飲まれてあまりの眩しさに目がチカチカする。
これは、男二人で入るにはどうなんだ……?
「わぁ、可愛いお客さん!さ、入って入って」
わずかに店から後退していると、女性に腕を捕まれ、ぼくはあっという間に店内へと引きずり込まれてしまった。
「さぁ、何をお望みかしら?」
「髪飾りを……」
有無を言わせぬ物言いに、引き気味に答える。
「贈り物の相手は誰?」
「えっと……ぼくと同じくらいの歳の女の子です」
「うふふ、彼女かな?」
「まさか!……でも、とてもお世話になっている人なので」
「そう、その子は何色が好きなの?」
アルティアは普段から、ドレスや髪留めは青系を選ぶことが多いのを思い出す。
「たぶん……青?」
答えて、いつの間にか女性のペースに乗せられていることに気づいた。さすがの接客術に舌を巻く。
「なら、これはどう? レース編みの青いリボン。髪留めに使ってもいいし、帽子に巻いてもいい。これから夏の時期に涼しげでいいと思うわ」
女性が差し出すリボンを手に取る。
ところどころ透けていて、とてもきれいだ。
けれど、アルティアには少し物足りない気がする。
別のリボンはないかと展示スペースまで歩いていく。
そして、真珠の飾りがついた薄布の青いリボンを見つけた。
豪華だけど、それでいて清楚さも兼ね備えている。
これ以上のリボンは無いように思えた。
「ぼく、こっちにします」
「あら、これ? ちょっと大人っぽすぎるかなと思ったんだけど……」
「いいえ、これで大丈夫です」
気位の高いアルティアには、少しくらい背伸びしたデザインのほうが好まれそうだ。
アルティアの柔らかな金の髪が、このリボンで飾られるところを想像する。くるくる回りながらリボンを風にそよがせるアルティアが浮かんだ。
「とても似合いそうです」と笑みを含ませて言うと、女性は少し驚いた顔をした。
「男の人って、彼女にはこれが似合う!なんてなかなか断言できる人はいないのよ。あれでもない、これでもない、って普通はすっごく悩むの。で、結局店員の私任せにしちゃう。……あなた、きっと将来いい男になるよ」
「ありがとう、ございます?」
そんな褒められ方はされたことがないので、反応に困った。
居心地悪く曖昧に笑みを返す。
「その子のこと、よく見てるのね」
「……そうですね」
だって、それがぼくの仕事だから。従者としても、"監視者"としても──
と、女性はぼくのフードを取った。パサリ、とぼくの髪と目が顕になる。
完全に油断していた。
ひゅっと息を詰めていると、女性の嬉しそうな声が上がった。
「やっぱり黒髪に金の目……あなた、サンロード公爵家のアルティア様の従者ね?」
「───ママ・シュリに聞いたのですか?」
「ええ、ママ・シュリは私の祖母なの。私は彼女の孫よ。君が噂の可愛い従者さんね。会ってみたかったのよ。とすると、このプレゼントはアルティア様へね?」
「えぇ、まぁ。それは、どうも」
女性はママ・シュリとよく似た温和な笑顔を浮べている。
その表情に、ぼくに対する害意はない。そう判断し、緊張の糸を解いた。
「黒髪も金の目も隠しているのね? せっかくきれいなのに、もったいないな」
「ぼくの髪と目は、どうやら目立ってしまうようなので……」
と、ぼくは苦笑する。
「そんなフードで隠しているほうが悪目立ちするわよ。いっそのこと開き直って、堂々としてればいいんじゃない?」
「そういうものですかね」
「そうよ。それに、黒髪ならアズマノ国出身ですとでも言っておけば? あ、本当にアズマノ国の出身?」
ここでも、アズマノ国か。
アズマノ国の黒髪は有名なのかな。
「いえ、そういうわけじゃないんですけど」
「ふーん。そっちのお兄さんも黒髪、よね? 兄弟?」
女性がノアとぼくを交互に見る。
う。どうしよう。
この人がママ・シュリから話を聞いているのなら、ぼくが貧民街の孤児で、家族がいないとも聞いているはずだ。
ノアとの兄弟設定がこんなに早く破綻するなんて。
「近所のお兄さん、といったところですよ」
と、ノアがにこやかに答える。
「私はサンロード領で商人をしているのですが、この子が王都に行くというので、心配で付き添ってきたんですよ。黒髪の苦労は、私にもわかりますので」
と、ノアがフードを取りながら言う。
ぼくは信じられない思いでノアがフードを取る様を見ていた。
何やってるの、赤い目がバレるでしょう!
が、
あれ………?
ノアの目が赤くない。
赤が薄くなって、どちらかというと、茶色?
なんで?
「そうだったんですか。ごめんなさい、なんだか根掘り葉掘り聞いてしまって」
「いえ、いえ」
…………よくわからないけど、なんとか切り抜けたみたいだ。
目の色を変える魔法があるなんて聞いてないぞ。
そんな便利なものがあるなら最初から教えてくれれば良いものを。
じとり、とノアを見やると視線だけの恭しい礼が返ってきた。
「で、どういうこと?」
ママ・シュリの店を出て人気のない路地に入り、ぼくはノアを詰問した。目の色の変化についてだ。
改めてノアの目を見ると、いつもは血のように赤い目が焦げ茶色に変化しているのがよくわかった。
「ああ、ここ数日血を飲んでなかったからですね」
「血?」
「はい。バンパイアの目は、血を飲んだばかりのときは濃い赤い色をしておりますが、時間が立つとどんどん赤が薄くなり、最終的に黒になるのですよ。どうも、人間界にいるとエネルギーを多く消費するようで、目の色の変化が早いのです。ちょうど先程が目の色が変わるタイミングだったようですね」
魔界にいた頃、ノアの目は常に赤いままだった。
ノアのエネルギーを多量に消費させるほど、人間界の空気はノアにとってよくないのだろうかと少し心配になる。
と、ハンターギルドの前でノアがフードを取っても、目の色で騒ぎにならなかったことを思い出す。よく見なかったが、あの時既にノアの目は赤くなかったのかもしれない。
「お腹空いてる?」
「いえ、空腹を10として、いまは6ほどでしようか。まだ平気です」
「そう。ぼくのことは気にせず、お腹が空いたら食事してきていいからね。それとも、ぼくの血をあげようか」
「いえ、主から血を分けてもらうなど滅相もない。……宿に戻った後、狩りに出ますよ」
いっそ上品ささえ感じさせる口調で嘯くノアに盛大に嘆息する。
「だからそういう言い方は誤解を招くからやめなさい」
ノアは肩をすくめるだけだ。
時刻はまだ夕方と言うには早く、ぼくらはサラや調理師のディック、執事のセーロンへの土産も繁華街を回って購入した。
土産を買ってこなければ、彼らは文句を言いそうだからね。
あとは他の使用人たちにも、ご機嫌取り用の菓子折りを購入した。
こうして王都での全ての予定を終え、ぼくとノアは安宿に戻った。
土産の荷物をベッドの上で整理していると、ノアが大きな樽を持ってやってくる。
「我が君〜、お湯をもらってきましたよ」
「ありがとう、そこに置いといて」
ノアが持ってきたのは水浴び用の樽だ。と言っても手ぬぐいに水を含ませて体を拭くくらいしかできないが。オーガ討伐で体はドロドロなので、頭から水に浸かりたいところだけど、風呂が無いのは安宿の宿命らしいので、甘んじて受け入れるしかない。
ノアが樽を床に置いたのを確認し、ぼくはノアを呼び寄せた。ノアをベッドに座らせ、目線を合わせる。
「はい、これ」
とぼくはノアに小包を手渡した。
「? なんですか?」
「ノアにプレゼントだよ」
「えっ………えっ!?」
しばしの沈黙の後、ノアの両目からダラダラと涙がこぼれ落ちだした。
「え……ちょっと、どうしたの、ノア?」
予想外の反応に驚愕する。
………ノアが泣くところなんて初めて見た。
「わぁーがぁーぎーびー」
いつも皮肉な笑みを浮かべたノアが、鼻を赤くして子供のように泣きじゃくる。
「な、泣かないで、ノア」
ぼくはどうすればノアが泣き止むのかわからずおろおろとノアの頭を撫でた。ぼくが幼い頃、ノアがそうしてくれたように。
「ばび、ばび、ずびばぜん」
「えっと……ほら、開けてみてよ」
シャラリ、とノアが鈍く光る鎖を持ち上げる。
ノアにあげたのは銅製の懐中時計だ。
「……ノアには、いつもお世話になってるから。お礼」
また沈黙が訪れ、急に気恥ずかしさが込み上げてくる。
ぼくはふいと顔をそむけた。
人間には、初めて自分で稼いだお金で、お世話になっている人物にプレゼントを贈る習慣があると聞いた。ちなみに、サラ情報だ。『給料が出たなら、お世話になってる私に何かくれてもいいのよ?』と休暇前に公爵家から支給された給料を前にサラは言った。サラは土産の催促としてその話を引き合いに出したようだけど。
ぼくはサラとの会話を思い出し、ママ・シュリの店でノアへの贈り物をこっそり包んでもらっていた。
父上より父上らしくぼくに世話を焼いてくれる側付きのノアへ。
「ありがどうござびばす~~~!一生、大事にいだじばず!!!」
う、う、とノアはまだ泣いている。
もう。仕方ないな、とぼくは苦笑する。
ハンカチで涙に濡れたノアの顔を拭いてあげた。
このハンカチはサラにもらったものだ。jと飾り文字が入っていて、格好いい。気に入って使っている。
「では、行ってまいります」
深夜、ノアは狩りに出かけようと窓わくに立つ。
懐中時計の蓋を開け、パチンと音を鳴らしている。
ノアの茶色い目が、嬉しげに弧を描く。
気に入ってもらえたみたいで良かった。
と、ぼくはあることを思いついて飛び立つ寸前のノアのマントを掴む。
「我が君?」
「狩りに行くの、あと一日待てる?」
「ええ、それはまぁ。どうして───」
言い切る前に、ノアがハッと気づく。
「明日は教会に行く。"祈りの儀"に潜入しよう」
ノアは少しの逡巡のあと、こくりと頷いた。
固いベッドに横になり、明日訪れる予定の教会に思いを馳せる。
人間にとって偽物宗教の信仰の庭であり、魔族にとっては死の匂いが付きまとう忌々しい場所───
静かな怒りを胸に抱え、ぼくは眠りについた。




