6話 「天啓」
千歳のお父さんは天使にされてまだ間もないが、体当たりだけで赤魔くんの毒を弾き飛ばす程の力を得ている。
天使も悪魔も不老不死。
それを倒す方法は、赤魔くんの毒ガスを浴びせるのみ。
どうして、赤魔くんの毒なら倒せるのか。
何故、赤魔くんがその力を手にしているのか。
気になること、ツッコミたくなることはあるが、今は呑気に尋ねられる状況ではない。この状況を乗り切らなれけばいけない。
しかし、相も変わらずわたしの硬直と震えは止まる気配がない。
現状を分析する頭は冷静に機能しているが、身体と心が動かない。
「毒が効かないだと?
だったら、」
赤魔くんが右腕を天へと伸ばす。
たちまちに、右腕は長尺で硬質の、赤黒い鞭へと変質。
「コイツで、どうだあああっっ!」
赤魔くんはしなる血の鞭を振り下ろす。
更に、わたしの両親を拘束していた時と同じく、鞭にした腕を樹木のように枝分かれさせた。
そのままニッカ、千歳のお父さんの身体を一気に覆い隠し、とぐろを巻いて締め付けていく。
「……あれぇ?」
ニッカの鼻で笑う声がする。
「……この程度で2対1を勝てると思ったの?
てゆーか、こっちに降りてきて弱体化した?」
ニッカが何をしたのかは見えなかったが、自らを包んでいた赤魔くんの腕をあっさりと弾き返した。
…………弱体化……?
赤魔くんは、天界にいた時よりも力が衰えているとでもいうの…………?
天使は悪魔よりも弱いって話だった。
それなのに赤魔くんが苦戦しているって、やっぱりそういうことなのか……?
…………いや、それよりも……。
そんなことよりも。
「…………くっそ、情けねぇ。
力が出ねぇ……」
赤魔くんが弱々しく膝を突いた。
「……ありゃりゃ、もう終わり?
つまんないなぁ。
まぁ、いいや。
それじゃ、」
ニッカがやれやれと呆れた後、人差し指を突き出して千歳のお父さんに指示を出す。
「——この辺でヒーローがやられるってのも、一興だよね!」
千歳のお父さんが赤魔くんへと突進。
ニッカから力を授かったのか、ピンク色の強そうなオーラまで纏っている。
更には、その両腕がドリルのように鋭く尖り、高速回転を繰り返す。
今まで見ていることしかできなかったわたしは——
「——六空!?」
赤魔くんの前に飛び出して、赤魔くんの盾となり両手を広げる。
2対1ではない。
2対2だ。
ここに、悪魔と戦うと決めたわたしがいるんだ。
すぐそばにわたしがいるのに勘定されていないというのは、たとえ怖くて震えが止まらなくても腹が立つ。
目の前のムカつく敵は、完全にわたしのことを舐めている。
お前らの被害者であるこのわたしを、お前らのせいで今日多くを失い人生を狂わされたわたしのことを、ちゃんと認識しろ!
わたしは、お前らを打ち滅ぼす悪魔——海原 六空だ!
怒りがさっきまでの恐怖心を和らげ、わたしを動かす。
付け焼き刃で危なっかしい、無限の戦意が湧いてくる。
「…………?」
千歳のお父さんの一撃がわたしを貫こうとした直前。その動きが停止した。
わたしの目の前に2本のドリル。互いの距離は僅か数ミリ。
もし、千歳のお父さんの動きが停止するのが遅れていたら、わたしの両目は無くなっていた。
「ううう……俺は一体……何を……」
千歳のお父さんの中に、突然何かの変化が訪れた。
後ずさり、狼狽えて、頭を抱えてもがいている。
「うっそ!?
ニッカちゃんが操っているのに!?」
ニッカが即座に千歳のお父さんにパワーを注入。
「…………ッ!
そうだ、ニッカ様のために」
千歳のお父さんは、再び天使としての意識を取り戻してわたしに向かってくる。
…………もしかして。
わたしの中に、ある考えが芽生えた。
他に考えはない。
やるしかない。
「死ね、悪魔!」
先程よりも回転が増したドリル攻撃がわたしに迫る。
「おじさん、見て!」
わたしは千歳のお父さんに、スマホを突き出した。
「…………うぐ!?」
表示されている画面はロック画面。
それを目にした千歳のお父さんの動きがまたしても停止する。
「おじさん、覚えていない?
この家に、この部屋に、ここに映っているみんなは何度も来ていたの。
今日もそうだった。
何度もわたしたちはおじさんとおばさんのお世話になってる。
ここのおいしく安いお弁当、わたしたちは何度もいただいている。
今日もそうだった」
上手く言葉にはできず、稚拙な喋りになっている。
それでも、わたしはわかってもらうために、スマホの画面を指で指し示しながら言葉をかけ続けた。
「これ……前にわたしたち二人でキャンプに行った時に撮ったやつ!
ここに映っているのが、わたし。
そのとなりは、百夏に、八宵。
そして、ここにいるのが、千歳!!
おじさんとおばさんの娘!
あなたの子供!
思い出して、千歳のことを!!」
わたしの指先が、ニッカに切り替わる。
「後ろにいるアイツの仲間が、あなたの娘を殺して化け物にした!
おじさんとおばさんも化け物にされてしまっている!
もう、みんな元には戻れない!
だけど、みんなの日常と平和、これからの人生を壊したアイツらの言いなりになってはダメなんです!!」
千歳のお父さんは完全に静止した。
瞳に光が宿り、両腕からドリルが消えた。
「…………ああ、そうだ……。
俺は……千歳を守れずに…………!
千歳も、かみさんも、こんな姿から救うことができずに…………。
………………クソオオオオオォォ!!
何が天使だ、ふざけんじゃねエエエェェェェ!!」
激昂する千歳のお父さんは、自らの頬を思いっきりぶん殴った。
その背中から、純白の翼が生えた。
そしてそれは——彼の後ろで見物しているニッカにも。
「…………えっ、なんでニッカちゃんも……?
あんな安っぽい人情語りに——」
次の瞬間、ニッカの姿が翼の生えた千歳のお母さんへと変貌。
「…………ど、どういうこと……?」
驚いているわたしの前に、赤魔くんが割り込む。
「サンキュー、六空。
これで成仏させられる」
赤魔くんはすぐさま毒ガスを放出。
千歳の両親が毒の霧に飲まれて消えていく。
「六空さん、ありがとう……。
私はあの悪魔のような女の子に意識を乗っ取られて、見た目まで一緒にされて……」
「おかげさまで元に戻れたよ。
迷惑をかけてしまい、申し訳ない」
わたしは、正気に戻った二人と言葉を交わす。
「……あ、あの……。
ち、千歳を助けられなくて。
千歳があんな風になったのは、わたしのせいなんです!
お二人がこんなことになったのも、元はと言えばわたしが……。
だから、わたし…………その、なんて言ったら」
「…………わかってる。
六空ちゃんは悪くねぇよ。
千歳だって許してるんだろ?」
「そうね。
あの子も、私たちも怨んでなんかいない。
気にしなくていいって、あの子ならきっと言う」
千歳の両親は、娘の末路を察していた。
確かに、あの子は最期にそう言ってくれた。
だけど、この二人を前にして、どうしても謝罪せずにはいられない。
わたしの心が、気にしないことを許さないんだ。
「俺たちも、きっと千歳も、六空ちゃんに救われた。
そこは引きずらないでくれ」
「……あっ、もう身体が持たないわ……」
「そうだな。
本当は消えたくないが、どうやらここでお別れのようだ。
だから、これだけは言っておく」
「?」
「店にあるお弁当、このままじゃ悪くなるから好きなだけ持っていっていいわよ。
お金はいいから」
「そう言うこと!
これから先、相当大変だろうから、せめていっぱい食べて体力をつけてくれ!
これくらいしか手助けできないけど!
ハッハッハッ!」
「六空さん。
私たち……いえ、千歳の無念を晴らすこと、あなたに託すわ」
「精一杯、悔いのないようにな!」
千歳の両親は、毒ガスで苦しんでいると思われるのに。もうすぐ消え去るのに。少しも辛そうな様子は見せずに、気持ちがいい程朗らかに笑っていた。
それから間もなく、千歳の両親は手を繋ぎながら消えていった……。
* * *
「千歳のお母さんは、なんでアイツの姿にさせられてたの?」
二人が消えて。
わたしはなんとなく、部屋に残されている誰も育てる人がいなくなった観葉植物を眺めながら、赤魔くんに気になったことを尋ねる。
「それは——」
「——あっはっはっはっ!」
背後で忌むべき嗤いが聞こえた。
振り返ると、五体満足のニッカが優雅に手を組んで立っている。
「そっちの悪魔ちゃんも、なかなかやるね!
良い【天啓】持ってるじゃん!」
「やっぱ近くで観察してやがったか。
こっからが本番ってわけかよ」
赤魔くんが一歩前に踏み出して構える。
ニッカは慌てた様子で首を振って、
「いやいや、もう今日は十分だよ!
あんまり一度に遊びすぎると、この先することなくなって退屈になっちゃうじゃん!」
そう言って、ニッカは指パッチン。
すると、彼女の姿が一瞬で桃色の光に包まれて透明になっていく。
「待ちやがれ!」
「じゃ〜ね〜!」
こちらに愛想よく手を振るニッカが部屋から消えた。
「チッ、」
赤魔くんが露骨に舌打ちして、不機嫌そうに千歳のベッドにどかっと座り込んだ。
「……また、色々わからないことが出てきたんだけど」
「…………だろうな」
赤魔くんは疲れたのか、両手を上げてだらんとベッドに寝っ転がる。
「何を聞きたい?」
「じゃあ、まずさっき言いかけたこと。
千歳のお母さんのこと」
「ああ、あれはニッカの天啓のせいだ。
天啓とは、【天使と悪魔がそれぞれ個別に所持している特殊能力】のことだ。
女神の加護によって天から授かった力——だからそう呼ばれている」
「じゃあ、女神の加護が消え去れば、」
「ああ、奴ら天使も、おれら悪魔も天啓——特殊能力を使えなくなる。
ちなみに、おれの天啓はこの——【死物すらも滅ぼせる毒ガス】だ」
赤魔くんは自分の左腕を天へと伸ばしながら答えた。
「それで、奴の天啓は、【自分の意識と能力を別の存在に宿すこと】。
それらを宿された対象は、外見まで奴と同じにさせられる。
つまり、無理矢理アイツの分身もしくは替玉にされるってことだな」
「……ソレ、すっげぇムカつく。
はらわたが煮えくり返る」
赤魔くんが小さく笑い声を上げた。
「だろ?
……で、次は?」
「次の質問の前に、今の天啓のことでまだ聞きたいことが」
「なんだ?」
「天啓って、わたしにもあるの?
あの女もそれっぽいこと言ってたよね?」
「そのようだな。
恐らく、お前の天啓は——」
赤魔くんは顔を起き上がらせて、
「【天使を正気に戻し、天使の翼を露出させる能力】……だと思う」
「…………それって、どんな感じなの?」
「強い。
おれとコンビを組む上で相性は良い」
「ホントに?」
「ああ、お前が暴走している天使を正気に戻して弱点を露出させ、おれが毒ガスで成仏させる……。
この図式が成り立つ。
おれはどうやら、こっちに降ろされてからかなり弱体化しているみたいだ。
だから、お前の力を頼りにさせてもらう」
「……けど、わたし、能力の使い方とかわからないよ。
使ってるって感じがしないし。
知らない間に発動してたってこと?」
「そうだな。
思えば、お前は千歳を救おうとしておれの毒を吸い、悪魔になった。
その時の行動で得ることになったんだと思うぞ。
普通は、死ぬ直前の行動とその後得られる天啓に因果関係はないんだがな」
「………………もしかして、夢の中で最期に千歳と話せたことが元になって……」
「多分、そうだろうな。
だから、お前のご両親、千歳のご両親を我に返らせたのは、お前の能力のおかげってことだな。
お前自身があの人たちにかけた言葉自体も、正気に戻す要因になったとは思うがな」
「…………そっか。
もっと極めれば、自在に使えるようになって、天使にされた人たちをいっぱい救えるってこと?」
「そうだな、だから自由に扱えるように頑張れ。
もっとも、その【天使にされた人】をこれ以上作らないようにしなければならないんだけどな」
赤魔くんが至極真っ当でごもっともなことを言う。
確かにその通りである。
「あとは?」
「…………あっ、あとはね——」
「——ちなみに、おれと女神の質問の回答なら、今はパス。
今度おれから話す」
わたしが一番聞きたかったことを、先にNGにされてしまった。
それに、赤魔くんはだいぶ眠そうだ。
戦闘の消耗や弱体化してる……? らしいし、戦闘があったばかりであんまり聞き続けるのは酷か。
「……あっ、じゃあ、今日はもういい。
もう夜中だし、赤魔くん疲れてるよね」
「すまないが、そのようだ。
ここで寝させてもらう。
お前も休め」
「……休むのはいいけど、ここで?
また天使が攻めてきたりしないかな?」
「心配するな。
周期的に起きて見張りはする」
……それは休んでいると言えるのか……?
でも、軍隊とかもそうやって交代交代で見張りしてるみたいだし、彼が特別ブラックな目に遭っているわけではないのか。
「明日、許しをいただいたここの弁当を持てるだけ持って、この家を出る。
その後はおれの仲間に会いに行って助けてもらう」
仲間……よかった、赤魔くんは独りじゃないんだ。
その時に、赤魔くんのこと、聞けるのかな……?
「あ、わかってると思うが」
「何?」
「お前って学生なんだろ?」
「……そうだけど」
「もう学校にはいけないからな。
死んでるんだし」
「……えっ、でも宿題ちゃんとやるって決めたのに」
「すまないが、諦めてくれ。
お前が今後標的にされた場合、学校の奴らが狙われる可能性だってあるだろ?
安心しろ、お前の友達も守ってもらうように仲間に頼むから」
「はぁ〜〜〜〜。
…………わかりました〜〜」
…………何はともあれ、こうしてわたしの8月17日が終わった。




