5話 「天使様はバッドエンドがお好きなようで」
家の庭に出たわたしは、早速赤魔くんの指導を受ける。
時刻は22時30分。辺りはまばらな街灯に照らされているが、ほぼ真っ暗。周囲の民家も、既に電気が消えている家が多い。
ほんの数時間前まで平和だったのに、すっかりわたしを取り巻く状況・環境は変わってしまった。
「よし。
じゃあ、教えるぞ」
「よろしくお願いします」
なんか、空を飛ぶって緊張する。
どんな感覚なんだろう……。
「飛ぶのは、至極簡単だ。
まず、地面から両足を浮かせる。
ジャンプとかでいい。
そのまま流れに身を任せていると、普通に着地してしまう。
だが、両足が浮いてる状態で空気の流れに乗れば、着地せずにずっと浮いていられる」
赤魔くんは説明しながら、実践してくれている。
彼はエスパーのように両足が僅かに地面から離れた状態で、そのまま滞空し続けている。
「……やっ、」
わたしは掛け声とともに、直立で高めにジャンプ。
わたしの身体が地面から離れ、空中に浮かぶ。
このまま何もしなければ着地。
空気の流れに乗る……?
どうやって?
とりあえず、落ちたくないって念じて、空中で足や全身を動かせばいいのかな……?
「……でええええぃ!!」
刹那の逡巡の後、わたしは空中で足をバタつかせた。何となく怖くて、ギュッと目を閉じる。
「………………?」
……しばらくしても、身体が地面に着いた感覚がない。わたしは恐る恐る目を開ける。
「…………す、すごい……」
わたしの身体は、地上から30cmくらいの高さの位置で停止している。
本当に、浮いている。
翼が生えた時点で確定していたが、もう自分はこの世の理から外れた、【人ならざる者】だということを自覚させられる。
わたしは……人間じゃない。
わたしは……悪魔……。
心の中で無理矢理現状を納得させる。
「簡単とはいえ、一発で成功とはセンスがいいな」
赤魔くんが褒めてくれた。喜んでいる場合じゃないけどちょっとだけ嬉しい。
でも、外から見ると子供に褒められてるように見えて、やっぱりなんか微妙……。
それに、一応覚悟はしたとはいえ、改めて【もう人の道に引き返せない】ということを告げられているようだ。
「そのまま空中を歩くか、走るか、あるいは泳ぐような動きをすれば自由に飛行できる。
初めはスピードの調節が難しいかもしれないが、そのうち慣れる」
赤魔くんはビュンビュンビュンビュンと、庭の周りをテレポートしているかのような高速で移動。まるで漫画の世界に出てくる超人だ。
わたしも負けじと応戦。
「……うわっ、きゃあああっっ!!?
痛っ、……あがっ!」
けれども、彼の言うようにスピード調節やブレーキの加減が上手くいかない。暗いから辺りが見えづらいというのもある。
「……うげええぇ!!」
石塀に何度も激突したり。
「……ほへっ!?」
植え込みにダイブしたり。
「……あらら〜〜〜〜!?」
物干し竿にぶらんと引っかかったり。
「…………おい、もうそれくらいでいいだろう。
そのうちできるようになるし、そろそろ目的地に行くぞ」
赤魔くんがいよいよ見かねて止めてくる。
「………………はい」
わたしの顔は、あっという間に至る所に痣と青タンだらけになっていた。鼻血も出ている。
「……あの、わたしって悪魔。
すなわち、不老不死なんだよね?」
「ああ。
けど、普通に今のように怪我もするし、あんまり身体を粗末にしてると普通に死ぬぞ」
「ええ!?」
「死んでも無限に生き返るってだけだ。
あと、もう歳はとらん」
「……そうなんだ……」
「生き返るとはいえ、こんなんで死ぬわけにはいかんだろ」
「…………うん」
くそ……屈辱だ、恥ずかしい……。
これじゃあ、先が思いやられるかも。
「とりあえず、おれと手を繋げ。
お前には道案内をしてもらう」
* * *
(絆創膏だらけの)わたしは、移動中に赤魔くんから天使と悪魔について教えてもらった。
※内容はこの話の一番最後にまとめておくので、後で確認していただきたい。
界外町3丁目。
千歳の家——若葉堂の前に着いた。
自転車だと30分くらいかかっていたのが、赤魔くんの飛行だと10分で着いた。もっとスピードを上げれば3分程度で着くらしい。
家の電気は消えている。
わたしは玄関のドアの前に立つ。
耳を澄ます。物音はしない。
「中に……千歳のお母さんとお父さんがいるの……?」
「闇の気配がする。
不吉な邪気もあるな」
赤魔くんは迷いなく答えた。
「外に出てなくてよかった」
「まだ天使に成り立てだ。
そんな知能もない。
明日になったらそうはいかないがな」
「でも、千歳はわたしの家まで来たけど」
「あの子は、お前とお前の両親を襲うように命令されていたろ?
天使に成り立ては知能はないが、命令は聞けるんだ。
人間の頃の記憶もいくらか残っている。
だから、あの子はお前の家に来た」
「……え?
命令されたってなんで知ってるの?」
「……悪い。
あの子が天使にされた経緯の光景、おれも見てたんだ」
アレは、千歳の天使能力で見せられた光景。
……ということは。
千歳はわたしだけじゃなくて、赤魔くんにも見せたということ……?
あの子は赤魔くんの強さと能力を見て、彼なら何とかしてくれると判断して見せたんだ。それとわたしにも。
あの子は、その時点でわたしたちに託していた。
重いものを、背負わされたな。
なら、尚のこと逃げずに応えなければ……!
——ドゴン!
わたしが考え込んでいる間に、赤魔くんは玄関のドアを殴ってぶち破った。
既に目にしてはいたが、凄まじい筋力だ。ゴリラにも楽々勝てるパワーだろう。
「行くぞ」
「うん」
暗闇で覆われた千歳の家に、わたしと赤魔くんは足を踏み入れる。
…………鼻が利く方ではないが、血生臭い匂いがする……。
やはり、千歳の両親は既に……。
「おれの毒ガスは空気中に残らないし、蔓延もしない。
故に射線上にいなければ、毒ガスを吸う心配はない。
……というわけだから、金輪際戦闘中におれの前には立つな」
「お、OK……」
赤魔くんは血の匂いがする家の中を、恐れもせずにぐんぐんと進んでいく。どこに千歳の両親がいるのかも気配でわかるらしい。
……やがて、赤魔くんは2階の千歳の部屋の前で足を止めた。ドアは閉まっている。
今日一日、わたしたちがいた場所。最後の平和な日常だった場所。
ズガン!
赤魔くんは玄関のドアを破壊した時と同じく、千歳の部屋のドアも殴り飛ばした。
「——!?」
室内を見た赤魔くんの息が上がる。何かに動揺したらしい。わたしは身体を前のめりにして室内を覗き込む。
「……やっ、久しぶりィ〜!」
にこやかにこちらに手を振る、小柄なツインテールの少女が椅子に座っている。
この闇の中でもはっきりとわかる程輝く、金髪とピンク色の瞳。
「……え、なんでこんなところに、女の子が……?
幽霊……?」
わたしが疑問を口にすると、少女がいきなり指パッチンをした。途端に室内の電気がパッと点灯、まるでマジックでも使ったかのようだ。
少女の顔がはっきりと見えた。
外見だけで判断すると、歳はわたしと変わらないくらい? 鼻や唇、その他顔のパーツは全て整っていて、人形のように可愛らしい。しかし、少女の身体からは得体の知れない【狂気】のようなオーラを感じる。
「てめぇ、『ニッカ』!!」
赤魔くんは彼女を見るなり怒号を上げた。
「……知り合い?」
赤魔くんは答えない。
「いいところに来たね。
今、ここの【ひつまぶし弁当】食べながら、ひまつぶししてたんだぁ。
良いよね、ここの弁当。
安くておいしくて。
お金払ってないけど」
ニッカと呼ばれた少女が、好き放題喋りながら視線を横に動かす。
そこには、千歳のお父さんが跪いていた。お母さんの姿はない。
何やら神に祈りを捧げるように手を合わせている。拝まれているのは恐らく、彼女だ。
「何してやがる。
てめぇがわざわざ出張ってくるレベルのことでもあったのか!?」
赤魔くんは今にも飛びかかりそうな程敵意をむき出しにしている。
「だ・か・らァ〜!
ひまつぶしだってばぁ〜。
天使がこの辺りで増員されたって報告があったから、たまにはおもちゃにして遊ぼうと思って。
それでこっちに降りてきたわけ。
こんな低級なら、いくら弄んでも、壊しちゃっても影響ないでしょ?」
ニッカはそう言って無邪気に微笑む。見た目は可愛らしいが、彼女の性根にはドス黒いナニカが見え隠れしていた。
成る程……彼女は天使。
口ぶりから、その中でも位がかなり高いのだろう。
天使ということは、コイツはジェノの仲間……。
わたしの両目に警戒心が宿った。
「女神はどうしている?」
女神——赤魔くんの話によると、天界を治める存在。
そして、天使陣営のボスであり、悪魔陣営が討伐する最終目標。
「……うーん、アンタが知ってる状態のままだよ。
ニッカたちの不老不死をいつも支えてくれていて、すっごくありがたい! って感じ?
ご利益、ご利益!」
ニッカは天真爛漫に両手を合わせて、楽しそうに答える。言い回しがどこか赤魔くんのことをからかっているようだ。
「てめぇらがそういう風に操っているだけだろうが。
そんなことをしたいなんて、アイツは言ってねぇだろ。
不老不死……アイツはそんなモン望んでねぇんだよ」
赤魔くんが握り拳と声を震わせる。
それを見たニッカは、
「あ〜っはっはっはっはっ!!
その感じ、良いよ!
悲劇のヒーローぶってて最高だよ!
一回ちゃんと聞いてみたかったんだけど、恋人を奪われて道具にされて、どんな気分?
すっごい悲劇だよねぇ?
わたしそういう、ざまあな展開、だ〜いすき♡
だから、もっと悔しがってよ、悲しんでよ、泣いちゃってよ!
沢山笑ってあげるからさ!
あははは♪ あははははは♡」
……と、赤魔くんを指差して大笑い。
よっぽど楽しいのか、涙を流してお腹まで抱えている。
今のニッカの発言で、彼女が100%敵だってことはわかった。
「…………女神、恋人……」
わたしはぽつりと呟く。
今の話だけでは情報はまだまだ足りないが、それでも謎が多かった赤魔くんの事情がなんとなくわかった。
わたしは思う。
ジェノもそうだった。
天使って、みんなこんなに歪んだクソどもなのか……?
それならば、戦う理由は十分だ。警戒心を露わにした瞳に殺気が灯される。
「……ああ、大きく口を開けて笑いやがれ」
赤魔くんは腕をだらんとさせて、深く俯いた。
ニッカはまたもゲラゲラと嗤う。
「…………その中を、血飛沫でいっぱいにしてやるからよォ!!」
赤魔くんが顔を上げて、床を蹴った。
途端に。戦う決意を固めたはずのわたしの足が、赤魔くんの剣幕と気迫に気圧されて、あっけなく硬直。
赤魔くんはそのまま、腹が立つ程大笑いしているニッカの口めがけて、左手を思いっきり突き出した。
ニッカが素早く指でジェスチャー。
すると、千歳のお父さんが赤魔くんに立ち塞がった。
「どけええええ!!」
赤魔くんが握り拳を開いて毒ガスを放出。千歳のお父さんごと、ニッカを毒で倒すつもりらしい。
元々そのつもりでここに来ているのだが、赤魔くんは怒りに身を任せているようで容赦がない。
「ニッカ様の邪魔をする悪魔。
悪魔は滅ぼさなくては」
すっかりニッカの配下にされた千歳のお父さんが、赤魔くんに突撃。毒ガスを吸っているはずだが、物ともせずに赤魔くんにアタック。
「——何!?」
赤魔くんは機関車のような勢いで突撃してきた千歳のお父さんに吹き飛ばされ、そのまま壁に背中を強打した。
「……赤魔くん!
大丈夫!?」
「……これくらい……平気だ……。
だが、おれの毒が……弾かれただと……?」
赤魔くんは信じられないという顔をしながらも、呼吸を整えつつ次の攻撃に思考を張り巡らせている。
わたしは足が震え出して動けずにいた。
赤魔くんにも駆け寄りたいのに、声をかけるのがやっと。
天使を前にしての本格的な初めての戦場。
どうすればいいのかわからない。
状況についていけない。
何より、怖い……。
震えが止まらない。
恐怖を殺して、自分に嘘をついて戦うって、決めたのに……!
このまま足が折れて崩れ落ちてしまいそうだ。
そんな状態の中、わたしはふと千歳のお父さんを見やる。
千歳やわたしの両親の時と違っておとなしく、理性は保たれているように見える。ニッカの介入があるからだろうか?
何はともあれ。死んだ目をして命令に従わされてるだけの、千歳のお父さんの虚ろな姿がよりわたしの恐怖心を加速させる。
その時、わたしはようやくあることに気がついた。
「あ、赤魔くん!
千歳のお父さん……天使の翼が見えない!」
「!」
どうにか口を開いて知らせる。
それが今のわたしの精一杯。
ニッカが椅子から降りて、窓の周りをぶらぶらと歩きながら、
「どう?
ニッカちゃんのパワーを分けてあげたの。
低級の天使でも中々のものでしょ。
知能も結構あるよ。
勝てるかな、赤魔くん?」
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※本編外
天使と悪魔について-赤魔くんの話のまとめ-
わたしは赤魔くんに言われたことを反芻する。
⚫︎基本的なこと
「天使も悪魔も元は人間。
一度人間時代に死亡して空の上にある【天界】に昇天し、【不老不死】と【特殊な力】を手にした存在だ。
元は死者であるから、【生物】の反対として天使と悪魔の総称を【死物】とも言う時がある。
天使と悪魔を不老不死にしているのは、天界を治めている『女神様』の【女神の加護】。
不老不死を永続させるには、女神の加護を強化して絶対的なものにしなければならない。
ちなみに、天界へ行くには特殊な方法を用いなければならず、飛んでいくことはできない」
⚫︎天使
「天使は不老不死を得たことによって、強欲で享楽にふけるだけの、堕落した存在に成り下がっている。
天使の目的は、人類全てを天使にして世界の意志を統一し、女神の加護を永続させて永久に不老不死を貪ること。
奴らは人間界に降りるシステムを持っていて、人間をゲーム感覚で殺し、計画的に動くことはあまりない。
戦闘力は数段悪魔に劣るが、数では圧倒的に天使の方が勝っている」
⚫︎悪魔
「悪魔の目的は、死物が持つ不老不死や特殊能力を捨て去るのが目的。そのために天使と女神を滅ぼして女神の加護を消滅させようとしている。
よって、悪魔は天使とは違い、人間に危害は一切加えない。
だから天使と違い、悪魔の総数は数百年間全く増減していない。
つまり六空——お前が数百年ぶりの悪魔だ」
⚫︎死物を殺すには?
「不老不死のため倒すことはできず、跡形もなく消し去っても再生する。
ただし瞬時に再生するわけではない。日、月単位で再生されるので、撤退に追い込むことはできる。
死物を完全消滅させるには、おれの毒ガスを浴びせなければならない。
完全消滅すると、二度と復活することはない」
……………………うん、こんな感じだった。
他にもまだ色々あるらしいけど、今は時間がないのと詰め込みすぎるとついていけないだろうから、今度また話すって言ってた。
何はともあれ、奴らは完全に永久不老不死になるために、わたしの大切なものを全て奪った。
その上、退屈凌ぎに奴らが楽しめる方法でそれを遂行した。
アイツらの楽しみよりも、お父さん、お母さん、千歳の命がちっぽけだった?
絶対にそんなこと、言わせない。




