19話 「対立」
「お姉様が……死んだ!?」
ここは天使と悪魔が暮らす国——天界。
煌びやかな装飾に彩られた天使の宮殿に到着するなり、単 唯の耳を疑う言葉が飛び込んできた。
「そのようだ。
復活には半年程かかるだろう。
ついでに、新しく作ったばかりの一万の天使も全滅した」
髪を後ろに束ねた若い男性が冷静に告げる。男性は玉座に座っている。ここの皇帝のような感じなのだろうか?
「あり得ない!
誰にやられたの!?」
メイリー様の妹——ニッカ様が若い男性の胸ぐらを掴んで尋ねた。ワタシも話が気になったので近づいていく。
ワタシをいじめていた昆 翔子たち四人も、黙ってワタシの後をついていく。
コイツらは天使になってから、元の人格が完全に消滅していた。今はもはや、自分よりも上位の天使に黙々と付き従うだけの存在。随分おとなしく更生したものだ……。天使……やはり人智を超えている……。
「『ソリネス』」
男性——天使の皇帝が、ニッカ様の手をやんわりと振り払いながら答える。
「アイツか!
あの青悪魔、よくも!」
青悪魔——鳥籠の中に捕まっていた悪魔のことか……。
メイリー様の強さも能力もこの目で見ている。あの場にいた他の悪魔たちを難なく制した彼女を倒したということは、青い悪魔は悪魔の中でも一番強いのか……?
……ワタシはメイリー様に仕えるために天使になった。
なのに、その彼女が殺されて、半年間も会うことができない……。
これでは、ワタシは……ワタシの選択は……。
「彼女がいなくても、我らがいる。
天使の行くべき道は変わらない」
皇帝はメイリー様が死んだことを意に介していないようだった。むしろ、自分が天使の舵取りをできると喜んでいるようにも見える。
ワタシは何も言葉を発することができず、立ち尽くす。皇帝はそんなワタシを一瞥。
「そこにいるのが新入りか。
人間の頃から超能力を持っているようだな」
「は、はい……!」
ワタシの胸の奥がドキリとする。緊張で上手く喋れない。皇帝の言葉には身体が潰されるような圧を感じる。
「ここから見ていた。
メイリーを大変慕っていたようだな」
「……ええ……」
「そして、彼女に仕えるためにわざわざ人の道を捨てたと」
「……そ、そうです……!」
「メイリーが何をやってきたか、知っているのか?」
「た、沢山のファンの人たちを、天使にしてたって……」
ワタシは目を背けながら答える。皇帝の顔を直視していると心臓が貫かれるような痛みがくる。
顔を合わせているだけで、まるで首元に剣を突きつけられているような……。
これが、ワタシの選択の結果……。
……ワタシは本当にここに来るべきだったのか……?
ワタシの中の志玖磨に促されてここまで来てしまった。ワタシ自身、あの時はそれが正しいと思っていたけど……。
「そうだ。
メイリーに限らず、我々天使たちは人間を殺して天使にしようとしている。
我々は人を殺しているんだ、この世界のために」
「世界の……ため……」
「お前は知らないだろう、この世界が数百年前に一度滅んでいることに?」
知らない。数百年前なら、ノストラダムスが終末を予言した日のことを言っているわけではないだろう。
……世界が滅んでいる? 信じらない話だが、天使と悪魔という種族が存在する以上、信じるしかなさそうだ。
「滅んだ世界はあの赤い悪魔——『アルシン』が復活させた。
その時に犠牲になった者は、不老不死の死物という形で蘇った」
「…………あそこにいた悪魔が……世界を再生させた……」
「死物になった我々は願った。
もう二度と世界が滅びないようにと。
我らは世界の天の意思の使い……『天使』という種族として永遠を生きていき、世界を絶対に滅びることがないように安定させることを使命とした。
世界を永続させるために最も確実な手段は、人類の全てが我らと同じ不老不死の死物——天使になることだ。
そうすることで、世界の意思は永遠の不老不死として統一され、我々どころか世界そのものも滅びることはない」
「では……悪魔とは……?」
「不老不死を嫌い、そのシステムを撤廃させようとしている者たちのことを、天に背く『悪魔』という種族で括っている。
悪魔は、世界がまた滅んでも関係ないという無責任な考えなのだ。
この世界を再誕させたのは今の悪魔のトップ、アルシンだというのに、奴らは世界の行く末のことはどうでもいいようだ。
自分たちの役目はもう終わったとして、早く生を終わらせようとしている」
「その考え方の違いが……両種族の対立に……?」
「そういうことだ。
お前はどう思う?
世界の永続のために人を殺し続けてきた我ら天使を、悪だと思うか?
世界を作り直しておきながら、その責任・役目を放棄している悪魔を悪だと思うか?」
皇帝と未だ目を合わせられない。ここで下手なことを言えば、首を切られるのではないかと思わせる程の威圧。
仮に本当に切られたとしても、もうワタシは不老不死だから復活するのだろう。だが、それでも殺されることを考えると、言い表せない恐怖が身体中に込み上げてくる。
「…………わかりません……。
ワタシはメイリー様が絶対の【善】だと思って……思いたくて、メイリー様の力になりたくて、勢いでここまで来てしまいました……。
ワタシはただ……現実から逃げたかったんです……。
ワタシの後ろにいる四人の天使……。
人間時代にワタシをいじめていました、逃げたくて仕方がなかった、死のうとも思いました。
ですが、メイリー様が彼女たちを天使にしてから、このようにおとなしくなりました。
ワタシはメイリー様に光を見ました。
だから、ワタシはメイリー様を信じたい。
あの方の力になりたい……。
それしか考えがなくて、ここまで来たんです……」
思っていることを言うしかなかった。浅くて狭い自分をバラすしかないと思った。
ここで無理に皇帝に気に入られることを言っても、すぐにバレて心象を悪くし、結局殺されると思ったからだ。皇帝の全身から滲み出るオーラがそう言っていた。
皇帝の沈黙。
ここまで来たのはワタシの選択の責任。
この先何があっても、後悔はできない……。
皇帝はワタシに手を差し伸べてきた。ワタシはその手と皇帝の顔を何度も見比べる。
「お前の力は我らの助けになる。
期待させてもらうぞ」
皇帝が柔らかく微笑んだ。これはなんだ……? さっきの回答でよかったということなのか……?
「メイリーは確かに、人間に希望と救いをもたらしている側面もある。
だが、私は奴のやり方をよく思っていなかった……。
天使の役目は、世界の永続のために人類を殺して同族を作ること。
それを主導しているのはメイリーだが、奴のやり方は楽しみと遊び、そして自分の承認欲求を満たすことを優先にしているのだ。
不老不死という退屈から少しでも逃れるために。
彼女の行動は悪辣と言ってもいい。
故に、他の下級の天使たちも悪辣なことばかりして天使を量産している……嘆かわしい……。
人間界に多くの悲しみと混乱を生んでしまっている」
「………………メイリー様が、そこまで……?」
今思えば確かに、あの時の悪魔の立場になって振り返ってみると、メイリー様は高飛車で悪の女幹部感はあった……気がする……。
「奴が死んでいる間の今なら好都合。
私が天使たちをまとめあげる。
天使の生産方法も見直すつもりだ」
「ちょっと、勝手なこと言わないでよ!
お姉様がいない今、No.2はニッカちゃんでしょ!?
天使の総指揮はニッカちゃんがやるの!」
ニッカ様が乱入。口を大きく尖らせて、かなりキツイ目で皇帝を睨みながら皇帝の腕を掴む。
「貴様と私、実力ではどちらが上なのか、貴様もわかっているだろう?
直接身をもって証明させなければならないか?」
皇帝がニッカ様の目の先に、X型の剣を向けた。ニッカ様の唾を飲み込む音が聞こえる。
「メイリーがいなくなれば、貴様は小物中の小物。
ソリネスはよくやってくれたよ、こうなるように裏でメイリーの行動を操っていた甲斐があった。
アルシンを送ったのも正解だったな」
ニッカ様は皇帝から手を離し、ジリジリと後ずさる。どうやら、本当にニッカ様では皇帝に勝てないらしい。
「あんたの言ったこと、忘れないよ!」
捨て台詞を吐いたニッカ様は翔子たちを引き連れて、宮殿から出ていく。とても追いかけられる空気ではなかった。
「……お前はいい。
アイツらと違い、天使に成り立てだ。
染まっていない。
迷いもある。
すなわち、これから先の選択も未来も無限にある」
完全に皇帝のペースに支配されている。だが、皇帝から悪意や敵意は感じない。段々と恐怖心も徐々にではあるが薄れていっている。
「お前は成り上がれ。
今の私のように、天使を指揮することができるようになるんだ。
メイリーを慕うのも、彼女を支えたいのも結構だ。
だからこそ、メイリーが復活した時、彼女を諌めて欲しい」
「……えっ……?
ワタシが……?」
「ああ。
お前が天使になったのは間違いではない。
メイリーが復活するまでに力をつけ、天使としてのあるべき方向性の道筋を立てろ。
そして真の意味でメイリーに仕えるのだ」
ワタシは惹かれるように、磁石がくっつくように。至極自然の流れのままに皇帝の手を取った。
「我は『ストクール』。
天使たちに正義の道を示し、幸福で世界を満たす者だ」
* * *
※六空視点。
札幌駅の前。20時。
わたしは八宵と百夏と向かい合っていた。
赤魔くんとソリネスさんは、逃げるように一足先に黄泉の国に帰還した。あっちでやることがあるらしい。
わたしは赤魔くんに言わなければならないことがあったが、後回しになった。
ちなみに、八宵と百夏は戦闘で受けた痺れからはもう回復している。
わたしたちの方も、あの戦闘の負傷から全回復した。悪魔の適性が高まったのか、治るのが段々と早くなっている……。
「六空、生きててくれて良かったよ。
連絡くらいは欲しかったけど」
百夏がわたしに近づいてきて、わたしの頬と左目の下の泣きぼくろを触る。
わたしが本当にわたしであるのか、確かめるように。
「死んでるよ。
今のわたしは悪魔」
距離を取って冷たく返すと百夏は目を潤ませた。どこかわかっていたかのような反応だが、ショックは受けたようだ。
わたしは悪魔と天使という種族がそれぞれなんなのかを簡潔に告げ、更に畳み掛ける。
「……一つ言えることは……今回戦った相手は全く敵わなかった。
あんたらも、天使にされそうになった。
今回は赤魔くんとソリネスさんのおかげで助かったけど、命の安全は保証できないから、もう首を突っ込まないで。
今のわたしにあんたたちを守れる程の力はないし」
赤魔くんは二人に、【天使にされそうな人の天使化を止める毒】を使った。彼の話によれば、もし今後天使にこの子たちが殺されたとしても、天使にはならない。
けれど、不老不死になるわけではない。殺されればその時点で終わり。そんな危険なことにこれ以上巻き込むわけにはいかない。
「そんな言い方、冷たいじゃん!
アタシたちは——」
食い下がる百夏を八宵が制し、打ち切ろうとした話を繋げてくる。
「六空さん、何があったのかは察しています。
ですが、私たちはあなたと千歳さんを探すためにここまで来たんです。
正直危険な目に遭う覚悟は足りていなかった……。
それでも、私たちは構わなかった……。
あなたに会えただけで、後悔はありません」
「……千歳は……死んだよ」
二人の顔から、はっきりと絶望の色が露わになる。
わたしが悪魔として生きていることから、千歳もどこかで生きてくれていると信じていたのだろう。
申し訳ないが、ちゃんと伝えないといつまでも探し続けるだろうから、言わなければならない。
わたしは二人に今日までの出来事を話す。
千歳が死んだ時の詳細。わたしが悪魔になった経緯。その後半分天使になったこと。わたしが戦う理由を全部話した。
それから、わたしはわざと二人に漆黒の翼を見せる。彼女たちが息を呑んでいる間に、純白の翼も具現化させる。他の人に見られたらまずいので一瞬のオンオフだが。
到底受け入れ難い話ではあったはずだが、二人は昨日今日の出来事もあってか、全部信じてくれたようだ。
わたしの話を聞いて百夏は閉口し、八宵は俯く。
「わかったでしょ?
これはもうあんたらの手に負える話じゃない。
わたし自身がそうなんだから。
毎回赤魔くんに迷惑かけているし。
悪いけど、二人にはここで身を引いて普通の生活に戻って欲しい。
千歳もそれを望んでる」
わたしは自分のワンサイドアップのくせ毛を触りながら、背を向けて歩き出す。
〈二人を守ってあげて〉
千歳の言葉がわたしの脳裏に蘇る。
……ごめん、千歳。わたしは弱い。こうして二人を遠ざけて深入りさせないようにさせるしかない……。
「千歳の仇、アタシにも取らせてよ。
さっき六空は、千歳を殺した張本人との決着はつけたって言った。
でも、まだまだ倒さなきゃいけない天使はいるんでしょ?
アタシにも協力させてよ。
こっちにも、天使になっちゃった唯ちゃんを救いたいって目的があるし。
昨日今日助けてもらったお礼も込めて!」
「ええ、そうです。
六空さんだけが頑張らなくてもいいはず。
みんなで千歳さんの無念を晴らして、この世界を守るんです」
背中にかけられた言葉が、冷酷に徹していたわたしの心を揺さぶる。
…………わたしだって……本当は……。
だけど——
「そうだ、アタシたちも悪魔になって一緒に——」
「——何言ってるの!?
そんなことしたって、楽しいことなんか何もない!
わたしだけでいいの、戦うのは!
その唯ちゃん? あの天使になった子とあんたたちの関係は詳しくは知らない。
けど、それもこっちに任せておけばいい!」
肩越しに、鋭い目を更に鋭くさせて、百夏たちを睨む。
今のわたしは、昔の孤独だった時の振る舞いに戻っている。二人の心をナイフで傷つけている気持ちになった。
そうまでしてでも、わたしは二人が悪魔になることを認めるわけにはいかなかった。
わたしは家族を失った。
八宵たちには家族がいる。
百夏は家族と仲が悪いみたいだけど、それでも家族がいる。
悪魔になれば、二人の家族にも大迷惑がかかるし、危険に巻き込まれる可能性もある……。
それに、二人の高校生活が、これからの人生が終わってしまう。
犠牲になるのはわたしだけでいい。
わたしは独りじゃない。赤魔くん、ソリネスさん、ビフォン、ウィンベルちゃん、リアストさん……。これだけの仲間がいるだけで十分に助けられている。二人に悪魔になってまで助けてもらう必要はない。
そもそも、赤魔くんが了承しなければ悪魔にはなれない。赤魔くんが首を縦に振るとは思えない。わたしが悪魔になったのはあくまで偶然なんだ(ダジャレじゃない)。
「六空さん、どうしてそこまで頑ななんですか!?
私たちは、お友達でしょう!?」
「そうよ、アタシたちにも背負わせてよ!
六空の大変な荷物を一つでも!
……っていうか、赤魔ってアタシの——」
…………ダメだ、わたしに話術がないから二人を説得できる気がしない。
もうこの場を無理矢理立ち去るしかない。
「——千歳から。
せめて宿題くらいは、ちゃんとやりなさいよ」
それだけを残して、わたしは胸元を触る。
「六空!?」
「六空さん!?」
ステルスで二人の視界から消えたわたしは飛翔し、札幌を後にした。
読んでいただき、ありがとうございました!
あと2話で1章が完結します。
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