18話 「宣告、そして覚醒」
単 唯さん……別人格の志玖磨さん。
唯さんをいじめていた四人。
このファンクラブイベントに来ていた一万人の観客たち。
みんな、メイリーと女神の力で人を殺す天使にされてしまった。
私も百夏さんも痺れて殆ど動けない……。
六空さんと彼女の仲間の悪魔さんも、戦闘不能に近い状態。
負ける……いや、もう負けたのか……?
危険な目に遭う覚悟はしてきた。それでも、今の状況が信じられない……。
六空さんが戦っている相手は、こんなにも強大だったということを身をもって知った。
「メイリー様」
志玖磨さんが口を開いた。メイリーが彼女の方を向く。
「敵は青と赤の悪魔、それと仲間の悪霊の三人。
いずれも満身創痍。
この局面で私の出る幕はないでしょう」
私たちは敵の数にカウントしていないらしい。では、今ここで苦しんでいる私たちのことをどう思っているのだろう?
メイリーがふんと鼻を鳴らした。
「当たり前よ。
態度のでかい新入りに頼るなんて、あっちゃいけませんから!」
「ですので、私は一足先にこの場を後にしたい。
天使——ランクと言っていたことから、他にも仲間はいるのでしょう?
拠点に行って、仲間の方たちに挨拶をしたいのです。
あと、手にした力も試してみたい」
メイリーは少し考えた後、
「……本当にあなた生意気ね、勝手に話を進めて。
まぁ、わかったわ。
ニッカちゃんに案内させる。
ニッカちゃ〜ん⭐︎」
左手を上に伸ばして指パッチン。
「ハ〜イ、お姉様♡」
直後に舞台袖からてくてくと現れたのは、金髪ツインテールの小柄な少女。これ見よがしに純白の翼をこちらに晒している。
彼女も、天使……。ニッカはすぐに翼を消した。翼を出すのも消すのも自由自在らしい。
「今日は新しい天使を大量に獲得できたわ♡」
「流石お姉様♡」
ニッカが両手を重ね合わせる。そのピンクの瞳にハートマークが浮かび上がっていた。
「ニッカちゃん、この子新入り。
ムカつくけど天使の素質はかなりあるわ。
天界に連れて行って案内してあげて。
あと、邪魔だから、こっちの新入り四人もね」
「オッケー♪
こっちに来て〜」
志玖磨さんはニッカのもとへスタスタ歩いていく。
天使にされたばかりのいじめ加害者たちも、その後をついていく。
声がまだ出せない。身体が動かせない……。
私には彼女を止めることはできないのか……?
「志玖磨……!」
百夏さんが叫んだ。容態が私よりも回復したらしい。
志玖磨さんが無表情で振り向く。
「確かに……あんたをいじめていたやつはクソだった……。
復讐したいのはわかるよ……。
だけど、唯ちゃんはそれを望んでいるの!?」
「望んでいる。
唯の心と私は繋がっている……。
唯の望みは、唯をいじめていた奴らを改心させ、自分の日常に光を与えてくれたメイリー様を永劫支えること。
それを叶えるために『私』が出てきた」
「その時のメイリーは光だったかもしれない!
けど、今のメイリーは!?
人を傷つけて、天使に変える!?
どう考えても普通の善人に見えないよ!
昨日、祭りで他の天使に会った……!
アタシたちの他にも、祭りに来てる人たちを殺そうと企んでいたみたいだった!
メイリーもそうだ! 天使にするとか言って、今みんなを殺した!
あんたも! 天使にされてしまって殺されたんでしょ!?
あんたは人を殺すための道具に改造されたってことなんだよ!?
あんな、うさんくさくて高飛車で派手な化粧の化け物女にいいようにされて、あんたはそれでいいの!?
唯ちゃんが幸せになれるの!?
あんたが唯ちゃんの幸せを願うための人格であるのなら、あんたは一線を越えてはダメだ!」
百夏さんは私が言いたかったことを全部言ってくれた。
涙ぐみながら、唯さんと志玖磨さん……本当に二人のことを心配して、熱く訴えてくれている。
彼女の言葉に、私も胸を打たれた。
力と勇気が湧いてくる。
「唯さん、私たちはあなたを救いたい!」
少し喋れるようになった私も、全力で呼びかけた。志玖磨さんの底に沈んでいる唯さんへと。
「昔の私も、独りだったから!
それに、私はライブ鑑賞が好きです!
推しのために命を賭ける気持ち、わかります!
だからこそ、私はあなたを救いたい!」
「アタシだって、唯ちゃんと同じなんだよ……。
アタシにも……」
百夏さんはそれ以上は喋らなかった。それだけで唯さんに伝わると確信しているようだった。
………………………………。
「あ、ありがとうございます……」
目の前の少女の目の色が変わった。両目も露わになっている。
「唯さん!」
「唯ちゃん!」
彼女は戻ってきてくれた。モジモジとして俯いている。彼女はその方が彼女らしい。これ以上道を踏み外させてはいけない。
「ですが——気持ちだけ受け取っておきます」
唯さんが豹変し、冷たい目で見つめてきた。こちらに対する深い感謝と同時に、強い拒絶を感じる。
「どうして!?」
「ワタシの光は、メイリー様だけだからです。
出会ったばかりのお二人では、光たり得ない!
それに、もう今までの日常から決別したいから!」
唯さんの冷たい瞳に涙が浮かんでいた。これまでの辛かったことを思い出しているのだろうか?
「なら!
私たちがメイリーよりも強い光になってみせます!」
私はどうして出会ったばかりの彼女に執着するのか。
年上としての責任?
共感できるから?
…………わからない。
ただ目の前で悲しんでいる彼女を救いたいから。
あの時のような後悔をしたくないから。
それだけ!
「なら!
ワタシは天使として更に成り上がり、お二人に天使の素晴らしさと、メイリー様の尊さを教えて差し上げます!
ワタシの選択で幸せになれるって、証明してみせます!
あなたたちも、天使になりたいって思わせてあげますよ!」
唯さんは折れなかった。こちらに宣戦布告をしてきた。
……どうして、そこまで!
「お二人のこと、嫌いじゃなかったです。
さようなら……」
唯さんはその言葉を最後に、背を向けて歩き出した。
「やっと終わった?
長いお涙頂戴のコント、面白くなかったよ」
ニッカがため息を吐きながら、唯さんといじめ加害者たちを連れて行く。
私たちが何度叫んでも、唯さんは一度も振り返ることもなく、歩みを止めることもなかった。
それは、もう引き返せないと思った唯さんの意地だったのかもしれない……。
自分の選択を間違っていると思いたくない、唯さんの意地……。
「唯!!
必ず救ってやる……!!」
百夏さんが舞台袖に向かって叫ぶ。
だが、既に唯さんとニッカ(と加害者四人)は消えていた。
「はい、クサイ演出は終わり終わり!」
メイリーが手をパンパンと叩いて、場を仕切り直そうとする。
「な〜んか、しらけちゃった。
キャプテンくんに、とっととトドメ刺しちゃおうっと」
キャプテン……赤い彼のことか……?
昨日の天使から救ってくれたのは恐らく彼だ。
うずくまっていて酷く辛そうにしている。
「みんな〜!
イベントグッズのペンライト持っているでしょ?
出して〜!」
メイリーの言葉で、観客——いや、天使たちはペンライトを掲げる。ライブグッズのペンライトではなく、このイベント限定のペンライトらしい。
「そのペンライト、な〜んと!
今回お披露目するわたくしたち天使の武器——【神器】だったの!
その名は——【刑光刀】!
不老不死である悪魔を完全に殺せる新型神器よ!」
メイリーは楽しそうに神器の説明をし始めた。
「そのライト、ビームサーベルにもなるし、レーザーも打てるわん!
それから色を変えると、属性が変わるのよん♡
そ・れ・で……」
メイリーは一度言葉を切り、人差し指をチッチッチッと振る。
「赤色は悪魔を焼却する炎!
白色は悪魔を天使に変えられるわん!」
メイリーが天使たちに何をさせたいのか理解した。
私はキャプテンさんの方を向く。彼の状態は相変わらず。
六空さんもだ。私と百夏さんも、未だに痺れが抜けない……。
電流が流れる鳥籠に捕まっている青い髪の悪魔は、ぐったりと気を失っている。その上拘束されていてどうすることもできない。
「……と、いうわけだから♡
まずはみんな〜♪
悪い赤い悪魔を燃やしちゃって♡」
天使たちはあっさりとメイリーに従った。ペンライトのライトを赤色に変え、皆が一斉にキャプテンさんに向けた。
ペンライトから炎が放たれた。
「——ぐわあああああああああああ!!」
「お〜っほっほっほっほっ♡
いよいよおしまいねぇ、キャプテンくん♪
あなたの弱点は——【炎】!
あなたは厄介だから、ここで死んじゃって♡」
あっという間にキャプテンさんは、地獄の業火のように燃え盛る激しい炎に呑まれた。ペンライトから伸びる一万の炎の束が全てキャプテンさんに収束し、彼を燃やしている。
全身が炎に包まれたキャプテンさんは、熱さからあがくように身体を巨大化させた。
その様は、北欧神話の炎の巨人——【スルト】のよう。
彼はその状態で、鳥籠の方へと千鳥足で後退していく。
「あ、かま……くん……」
六空さんの呻き声。彼女は息も絶え絶えだった。
どうにかして応急処置をしておくべきだったと後悔する。しかし、今更悔やんでも遅い……。
私は唯さんだけでなく、キャプテンさんも六空さんも救うことができない……!
「お〜ほっほっほっほっ♪
遂に、悪魔のキャプテンの最後よ♡
つ・い・で・に、さっき場をしらけさせてくれたそこの二人と、ブサイクの悪魔ちゃん。
あなたたちも天使にしちゃいます!
女神様、まずはそこの二人からやっちゃって♡」
メイリーが女神に合図。
女神が右手を振った。
「八宵……」
……と同時に、百夏さんが震える手を伸ばし、私の手を握ってきた。
——!!
身体が……熱い……!! 目が、口が腫れ上がっていく……! 顔が盛り上がっていく感覚……!!
「ああああ……ああああがああ……!」
百夏さんも悶えている。彼女も同じことになっているらしかった。
私たちは、天使になろうとしている……!?
観客たちは苦しむ間もなく天使に変わっていたが、私たちは苦痛を味わっている。
「……八宵……アタシたちは……天使になんか……ならないよ……」
百夏さんと私は強い絆で繋がっていた。
私たちが天使を否定しているせいか、お互いに手を握っているせいか……。いずれにせよ私たちは天使になるのに時間がかかっている。
しかし、いつまでも耐えられる気がしない……!
その時。
私たちの視界に、炎を纏った赤い両手が飛び込んできた。
その手のひらから、黒い色の気体が放出された。
「………………?」
ガス……?
赤い手はキャプテンさんのもの。
これは……キャプテンさんの技?
そのガスを吸った私は、身体の痛みと変調が元に戻っていくのを感じた。
「…………治った……?」
百夏さんが呟く。どうやら彼女も助かったようだ。
キャプテンさんが何かの技で助けてくれたのだろうか。
だとしたら、キャプテンさんは自分が炎に焼かれている状況の中で、またも私たちを救ってくれたことになる。
「嘘……天使化が止まったというの!?
キャプテンくんにそんな技があったなんて、聞いてないわ……」
メイリーの瞳に、初めて焦りが見えた。
……だが、今の状況は完全にこちらが絶体絶命。
BURRRRRRRRRRRRN!!
私たちの背後——業火に焼かれていたキャプテンさんの身体が爆発。
キャプテンさんは黒焦げになりながら力なく倒れていく……。
「……まぁ、キャプテンくんはもう虫の息だし、女神様!
もう一度よ!」
メイリーが女神に再度合図。女神も再び右手を振る。
…………………………。
「どういうことよ!?」
私と百夏さんを天使にするつもりだったのだろうが、私たちに変化はなし。やはり、キャプテンさんのあのガスのおかげらしい。メイリーが狼狽え始めた。
「今なら……」
ぼそっと背後で呟く声。
六空さんだ。見ると、脇腹からの出血がだいぶ収まっているようだ。
「メイリーーーーーー!!」
六空さんが前傾姿勢で飛んだ。ジェット機のような速度で私と百夏さんの間を刹那に駆け抜けていく。
「——!?
なっ、なによ!?」
六空さんの突然の突撃は、驚いて隙だらけのメイリーのボディに見事にヒットした。六空さんはそのままメイリーを押し倒す。
六空さんは自分の体力が回復するのと、メイリーが隙を見せるのを静かに、虎視眈々と伺っていたのだ。
私たちが天使にされそうな時も、キャプテンさんが燃やされている時も動揺を見せずに……。キャプテンさんがその状態でも私たちを救ってくれると信じて。
「……よくも、わたしの友達に手を出したな……!!」
六空さんはメイリーに怨みをぶつけた。地獄の底から這い上がってきたかのように物凄く低い声で。
こちらからでは彼女がどんな顔をしているのかはわからない。
「貴様らはどこまでわたしから奪おうとする!?
年の数ぶん死んでも許さない!
不老不死の輪廻の中で死に続けろ、メイリー!」
「……えっ…………?」
六空さんの本当の悪魔のような気迫に圧倒されたのか、メイリーの背中に純白の翼が突如として現れた。
その瞬間、メイリーの顔が一気に青ざめる。同時に、全身の力が抜けたのか、へなへなとふぬけていっている。
「赤魔くん!」
六空さんは今だと言わんばかりに振り返る。
「!」
こちらを向いた六空さんの背後——千歳さんの顔が重なって見えていた。
* * *
※六空視点。
わたしは、最後を赤魔くんに託して叫んだ。
………………けれど、赤魔くんはステージの床に倒れたまま動かない。
……メイリーは赤魔くんの弱点が【炎】だと言っていた……。
悪魔を滅ぼすらしいおびただしい炎を浴びせられて、さっきの派手な爆発もダイレクトに食らっている……。
メイリーと女神から受けたダメージも回復していない……。
もう、赤魔くんは体力の限界なんだ。自身の回復の魔法も使えない程に……。
わたしは昨日のジェノ戦のことも思い出した。
あの時も、わたしを庇って大量の水晶玉の爆発を受けている。
彼は平気そうにして回復していたけど、あれも無理していたんだ……。
わたしはうなだれた。
…………ここで、詰みか……。
…………いや! ならば、わたしがコイツを殺せばいい……!
そう考えた時だった。
「——きゃあああああああああああ!!」
甲高い絶叫。断末魔のような悲鳴。発したのはメイリー。
青い光がメイリーに疾る。
彼女の身体がどういうわけか瞬く間にバラバラになり、虚空に溶けてあっけなく消滅した……。
「助かったよ、君たち」
飄々とした、柔らかい声。
鳥籠の中に囚われていたソリネスさんが、おぼつかない足取りでこちらに歩いてくる。
知らない間に鳥籠が破壊されていた。
……その時、わたしは気がついた。
赤魔くんがメイリーを最初に殴り続けた時、強烈な衝撃が何度も発生した。その余波がしっかりと鳥籠にヒビを入れていたのだろう。
そして、さっきの大きな爆発。赤魔くんは爆発の前に鳥籠の方にふらふらと向かっていた。爆発で鳥籠を人知れず破壊したんだ。
炎に包まれている彼が急に巨大化したのも、爆発の規模を広げて威力を高めるため……。
全部、ソリネスさんを助けるために計算されていた……?
「君が翼を露出させてくれたおかげで、メイリーは殺せた。
不老不死だからそのうち蘇るだろうが、半年は復活しないだろうな」
ソリネスさんは冷静に告げる。
次に、彼は観客席の方を向いた。天使にされた観客たちはメイリーが消えて混乱している。
「キャプテンは戦闘不能。
ならば天使になったコイツらは、俺が殺そう」
「……えっ、けど……その人たちはまだ——」
「——天使はバッドエンドしか生まない……そう言ったのは君だろ?
それに、うちのキャプテンを燃やした。
放置すれば、一般人も殺して天使にする可能性がある」
ソリネスさんは右手で顔を覆って、厨二病のようなポーズを取る。
すると、観客席一帯に、青く輝くエネルギーの海が発生。
——ぎゃあああああああああああああ!!
そこにいる天使たちは、メイリーと同じ末路をたどった。彼らが持っていたペンライトの神器——刑光刀も粉々に砕け散った。
攻撃から逃れた刑光刀の一本だけが宙を舞う。ソリネスさんはそれをキャッチして懐にしまった。
「この神器は俺が使う」
一瞬の出来事。観客席にはもはや一人もいない。
これが、最強の悪魔——ソリネスさんの力……。
「今殺した天使どもも、半年以上は蘇らない」
「……………………」
わたしは、ソリネスさんの迷いのない判断と行動に固まっていた。彼の是非を問う余裕がない。八宵と百夏も放心している。
「残るは、女神だけ」
ソリネスがファムを指差した。
ファムは戦う気がないのか、無言で立ち去ろうとする。
「待て……!!」
倒れていた赤魔くんが起き上がっていた。
決意を込めた瞳で、まっすぐにファムを見つめている。
「今は無理だ。
今度にしろ」
「わかってる……」
赤魔くんが冷静に静止してくるソリネスをあしらう。
彼はよろよろとふらつきながら、ファムに呼びかける。
「ファム、おれだ!
——『アルシン』だ!」
それが、彼の本当の名前……?
「お前は女神なんかじゃねぇ!
ファムだ!
絶対に、お前をそこから解放してみせる!!
迎えに行くから待ってろ!!」
……ファムは何も答えずに、彼を一瞥もせずに飛翔していった……。
読んでいただき、ありがとうございました!
よければブックマーク・評価・感想の方をお願いします!




