17話 「混沌、そして天使転生」
赤魔くんがステルスを解いた。
それを待っていたかのように、メイリーの瞳の色が青から金に変わる。
「おほほ!
やっぱりそこにいたのね、キャプテンくん?」
その瞬間、アーティスト、メイリー・ミーラはいなくなった。
そこにいるのは、高笑いして赤魔くんを見下す、高飛車な女ボス。
「——死ねええええええ!!」
赤魔くんが飛びかかり、左手の拳を巨大化させてメイリーに振りかざす。彼女はそれを軽々と片手で受け止めて弾いた。
ゴオオオオオオッッ……!!
会場内に響く轟音。
二人の激突によって、衝撃と突風の波紋が一帯に巻き起こり、わたしは目を覆う。
「……ッ!」
赤魔くんがステージ中央に着地し、メイリーと向かい合う。赤魔くんはメイリーのことを激しく睨みつけている。
「……久しぶりだなァ……。
……ハァー、ハァー……こっちはてめぇに会うのを楽しみにしていたぜェ」
赤魔くんの鼻息が荒い。酷く興奮している。
「おほほ!
わたくしもよ。
ニッカちゃんから聞いてたけど、こっちにいたみたいねぇ〜。
人間たちを直接守りに来たの?」
「来たくて来たわけじゃねェ。
だが、てめぇを直接殺れる機会を得られて嬉しいぜェ」
赤魔くんが再び飛ぶ。
メイリーを巨大な拳で何度も殴りつける。
しかし、メイリーはその全てを完全に見切って払いのける。
赤魔くんは鋼鉄の足による蹴りも交えるが、結果は同じ。
ゴオオオオオオオオ!!
ゴオオオオォォォ!!
ゴオオオオオオオオ……ッッ!!
攻防の度に、再び巻き起こる衝撃の嵐。
会場内の壁や天井、扉がピキピキと激しい唸りを上げる。
……やがて、メイリーの腕が赤魔くんを遠くに吹き飛ばした。
「みなさま〜。
青い悪魔を天使にする前に、まずはここにいる赤い悪魔を懲らしめちゃいますよ〜♪
わたくしたちの神聖なるイベントに潜入していた不届者です!
……と、その前に、ここで更なるスペシャルゲスト——わたくしたち天使が崇める偉大なる『女神様』を呼んじゃいます♡」
メイリーが人差し指を天に掲げて、指パッチン。
オーディエンスが歓喜の波飛沫を上げる。
ステージの奥にスポットライトが当たる。
「!」
それを見た赤魔くんの息が上がった。
「………………」
光の中に、白いミディアムヘアの少女が立っている。
遠くからなのと、わたしから見て高低差があるのではっきりとはしないが、身長は赤魔くんより少し低いくらいか?
少女は両手を組んで目を瞑り、祈りを捧げているかのようなポーズを取っている。
神秘的なオーラが迸っている。翼は生やしていないが、今まで出会った中で一番天使らしい。
彼女が、『女神様』なのか……?
『ファム!!!!』
赤魔くんがこれまで聞いた中で、最も大きな声量で叫んだ。
やはり、彼女は赤魔くんの……。
「………………」
女神——ファムは無言で開眼。
銀色に透き通ったそこに何も映っていない瞳が、赤魔くんを冷たく捉えた。
同時に、メイリーが親指と人差し指でピストルを作り、赤魔くんのハートを撃ち抜く動作をした。
——バキューン♡
「……う……あ、があっ……!!」
赤魔くんがよろめいて膝を突いた。
……それだけじゃない。
彼の【赤みがかった漆黒の両翼】が露出した。
まさか——メイリーと女神の天啓が、赤魔くんに炸裂した!?
わたしはこの時、ようやく気づいた。
これで傍観者をやるのが三回目だということに……。
——何をやってる!
わたしは赤魔くんのバディだろうが!
震えるな、呑まれるな、怯えるな、恐れるな、尻込みするな、立ち尽くすな!!
戦え! 戦え!! 戦え!!!
わたしはステルスを解除して、飛翔。
赤魔くんの前に飛び出し、両手を広げて彼の盾になった。
「六空!?」
「六空さん!」
……ああ、遠くで百夏と八宵の声がする。
遂に姿を晒してしまった……。
……なんて、考えるのは後だ。
もう開き直るしかない。
それよりも、今は——
「……あら?
新入りちゃんもいたのね。
なかなか可愛い……って言おうと思ったけど、あなた随分ブサイクねぇ〜!」
「…………赤魔くんには手を出させない。
あんたが女神様を操っているんでしょ?
わたしがあんたを倒す!!」
「威勢はいいけど、あなたみたいなブサイクのおザコちゃんには用はないわね♪
お〜ほっほっほっ♡」
メイリーが再びピストルで撃ち抜く動作。
わたしはメイリーの全身を双眸で、射抜いた。
(無意識の)天啓と天啓の交錯。
「う……ぐっ……!」
…………わたしのお腹が撃ち抜かれた。
「よ・わ・す・ぎ⭐︎」
メイリーが観客席にVサイン。観客たちは喜びの黄色い声援をメイリーに送っている。
わたしは赤魔くんと同じように倒れた。
苦しみに悶えて、ステージの床を転げ回る。
……くそがっ! 敵わないじゃないか!
…………わたしの翼は出ていない……。だけど、脇腹から血が出てきた……。
不老不死ではあるけど死にはする……。
わたしはここでもう一度死ぬのか……!?
こんなところで、天使にいいようにやられて……!
赤魔くんの役に立てずに……!!
* * *
※八宵視点。
六空さんが!
私と百夏さんはステージへと駆け出す。
周りの観客やスタッフは何故だか邪魔してこない。完全にメイリーの傀儡と化しているのか?
だが、それなら好都合。
「やめろ、メイリー!
アタシの友達になんてことしやがる!」
「あら、人間がわたくしに楯突くの?
わたくしのファンのふりをした悪者ってこと?」
メイリーは不遜な態度で私たちを見下してくる。
「あんた、やっぱり黒だったのか……!
……千歳をどうした!?
アタシたちの友達だ!」
「……誰のことよ、それは?
……もしかして! この間天使になったけど、すぐに死んだザコのこと?」
「…………テメェ……」
百夏さんがメイリーに殴りかかろうとしている。
しかし、先程の謎の指ピストル攻撃を目の当たりにしたせいか、百夏さんの足が震えていた。
百夏さんは怒りに震えつつも、六空さんを庇いながらメイリーと一定の距離を保っている。
私は百夏さんと六空さんを見比べる。
少しの逡巡の後、六空さんのもとへ向かう。
危険な目に遭う可能性を考慮していたので、応急処置の道具は持ってきている。本で読んでいるので知識もある。私はショルダーバッグを開けようとした。
「わたしは……いい……!
不老っ、不死だから……!」
私の腕を六空さんが掴む。力強い静止。
ようやくきちんとお互いが再会できたのに、かけられた言葉は拒絶。そんな事態ではないのはわかってはいる……が……。
「六空さん、やはり悪魔に——」
「——百夏を……!
アレを食らったら……死んで天使にされてしまう!」
六空さんが震える手で百夏さんを指差した。その手は血塗られている。
「天使になったヤツは悲劇しか生まないんだ……!!」
その言葉で。
私は百夏さんのもとへ行く決心をした。
百夏さんと並び、メイリーと向かい合う。
「あらあら、更に悪者が増えたわねぇ。
困ったわぁ……。
……まぁ、増えたところでわたくしには勝てないわよ〜ん!」
彼女は安っぽいアイドルのような振る舞いをしているが、相対すると押し寄せてくる恐怖。
彼女は只者ではない!
私は百夏さんに耳打ち。
(……あのピストルの技……。
対象を狙う必要があるのだとしたら、同時に複数攻撃はできないかもしれません……)
(……成る程……。
それで?)
(私が囮になります……。
メイリーが私に攻撃した瞬間に近づいて、百夏さんの渾身の一撃でやっちゃってください)
(それじゃ、八宵が……!)
(友達のために死ねるのなら、構いません。
私はいつ死んでもおかしくない生き方をしてきたので)
(八宵……!)
長話している余裕はない。
私はメイリーへと足を踏み出した。
「——待ってください!」
その時。
私たちの目の前に現れた新たな影。
「メイリー様、お会いできて光栄です。
あなたの大ファンです」
唯さんだ。
……いや、違う。目が赤い。片目が隠れている。声も喋り方も違う。
……別人格だ。瞬間移動して現れたんだ。
彼女は自身をいじめていた四人組を念力で浮かせている。
いじめ加害者たちはガタガタと怯えきっていて、喋ることもできなくなっていた。無理もない。彼女たちの一人一人の首に、ビームサーベルのような刃が向けられているのだから——
「あなたは?」
メイリーが首を傾げる。
「志玖磨。
またの名を、単 唯……。
ステージの端からこっそり、あなた様の悪魔祓い拝見させていただきました」
唯さんの別人格——志玖磨さんは、ステージをゆっくりと歩き回りながら仰々しく答える。
「ここにいる悪魔と、昼間に見た悪霊を一瞬で制圧。
もうトドメはいつでもさせる状態。
お見事です。
私はますますあなたのことを尊敬するようになりました」
「……おほほ!
そうでしょう、わたくしは強いでしょう!」
メイリーがご機嫌に高らかに笑う。……腹が立つ。
「ですが、メイリー様。
あなた様が裁こうとしている悪魔よりも、
もっと極悪と思われる悪魔たちがいるのです。
その者たちを先に裁いてほしくて、不躾に乱入させていただいた次第です」
志玖磨さんは、念力で浮かせていた加害者たち全員をメイリーに差し出した。
メイリーは彼女たちを見て顔を顰める。
「……この子たちが悪魔?
普通の人間じゃない」
「私は——もう一つの人格の唯は、学校で毎日コイツらにいじめられていたのです。
登校拒否や自殺を考えるまでいじめられていました……。
そんな人生を送っていた唯を、メイリー様。
あなた様の歌と笑顔、弱音を吐かない前向きな姿勢が彼女を救ったのです。
故に、私も唯もメイリー様に心酔している」
「……そうだったのね。
わたくしがあなたの助けになれたのであれば、嬉しいわ」
「はい。
ですが、これは美談ではありません。
私たちはコイツらを未だに許せないという話です。
ですから、あなた様の祓いの力で成敗して欲しいのです」
「成敗……ねぇ。
天使のわたくしが彼女たちを裁くと、この子たちは天使になるわ。
わたくしたちの同類になるの」
「ほう、それは面白いですね。
極悪なコイツらを、あなた様と同じ存在にするということでしょう。
コイツらは立派に更生できるということだ。
是非やっていただきたい」
「……………………。
いいわよ、わかったわよ。
知能が最初から高い【高ランク】の天使にしてあげるから、よく見ていなさい♪」
話が終わった。私たちはその場の空気に呑まれて動けなくなっていた。
「……天使にする……だと……?
や、めろ……!」
六空さんが這ってメイリーを止めようとしている。
けれど、力が入らないのか全然前に進めていない。激痛に悶えている。
……六空さんは、天使化を全面的に否定している。
確かに、昨日の祭りの時は天使が人を殺そうとしていた。
今のこれも、そういうことだ。
ならば、止めなければいけない。
たとえ被害者がいじめを平気で行う極悪人でも。
私は百夏さんと目で合図をする。
「邪魔しちゃあ、ダメよ♪」
メイリーが私たちに投げキッスをした。
ハートマークの念のようなものが見えた。
避けなきゃいけないと思いつつも、その刹那の速度によって私たちはまともにそれを浴びてしまった。
「「——ぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」」
私と百夏さんは稲妻に打たれ、感電した。
意識が向こう側にトリップしそうになった。
「〜〜〜っ、〜〜〜〜!!」
六空さん? 誰かが叫んでいるような気がするが、私の耳に届かない。
痛くて苦しくて辛い……涙が止まらない……!!
身体がぴくぴくと痙攣する。
口も回らない。視点が目まぐるしく旋回を始める。
数瞬の地獄を経た私と百夏さんは、膝から崩れ落ちた。
「あらら?
やりすぎちゃったかしら?
でも大丈夫、あなたたちもこの後天使にして、わたくしのしもべにしてあげるから⭐︎」
耳の機能が戻ってきた。
またも観客が喜びの声を上げている。
こんなのを見て楽しめるくらい、ここにいる人たちは洗脳されてしまっているらしい。
「素晴らしいです!
さぁ、メイリー様。
コイツらを天使に!」
志玖磨さんが拍手しながらメイリーに懇願。
素晴らしい……? 志玖磨さんは私たちが傷ついてる時にそんなことを思うの……?
私は上手く動けない中、必死に頭を動かしてメイリーの動きを探った。目もどうにか見えるようになってきた。
「や、やめてください……。
メイリー様……あなたはそんなことをするお方じゃないはず……」
いじめ加害者のリーダーが、泣きながらメイリーに命乞いを始めた。すると、
「メイリー様!
わたしだけでも助けて!」
「あたしは進学校に行くの!
こんなところで死ぬ人間じゃない!」
「それなら、私の方が!
私は大会社の社長の娘よ!」
他のいじめ加害者三人も、口々に自分が助かろうと叫び出した。
「ちょっと静かにしてね♡」
メイリーが人差し指をいじめ加害者のリーダーに突きつけた。
「!!」
いじめ加害者のリーダーは、心臓をピンクのクリスタルに貫かれた。即死。首が垂れ下がる。残りのいじめ加害者三人もあっという間に同じ末路をたどった。
…………人が、一瞬で四人も死んだ……。
それだけじゃない……。
死んだ四人は、背中に天使の翼が生えてすぐに蘇った。
「さぁ、新たなる天使ちゃんたち!
まずは……わたくしを崇めなさい!」
「「「「はい、メイリー様!!!!」」」」
天使に再誕したいじめ加害者四人は、ステージに降り立ちメイリーに跪く。
「本当に素晴らしいです、メイリー様!
あなた様がコイツらを従えれば、コイツらは道を間違えない!」
志玖磨さん……それは違う……。
天使は人を殺す。きっとその人たちも、人殺しの道具にされてしまう……。
私はそう言いたかったが、まだ口を動かすことができなかった。
そして、私は次の言葉に驚愕を隠せなかった。
「メイリー様!
私も天使に転生させてください!」
——志玖磨さん!?
「唯も私も、あなた様の活動を支えて貢献したいと思っていました……。
ここで私たちは天使になり、あなた様のために生きる新たな人生を始める!!」
「おほほほ!
さっきからあなた、いきなりわたくしに指図してきて生意気ねぇ……。
けどいいわ、気に入った……。
あなたもわたくしの高ランクのしもべに!」
志玖磨さん、唯さん! ダメ!!
私は痙攣する腕をどうにか伸ばす。
唯さん、志玖磨さん!
私たちは今日出会ったばかりでお互いのこともよく知らない!
だけど、私たちはいじめの加害者たちと違う!
あなたたちが孤独なら、私たちがいる!
だから——道を踏み外さないで!
どう考えても、メイリーなんてうさんくさくて怪しいでしょう!?
私の心の声は、思いは、唯さんにも志玖磨さんにも届かなかった……。
志玖磨さんはメイリーの手にかかって死に、また生き返った。
「おおっ!
美しい翼!
力もみなぎってくる!
これが天使……想像以上の素晴らしさだ!」
純白の翼を生やした天使として——
「お〜ほっほっほっ!
次はあなたたちよ、ファンの皆さん!
女神様、この子たちも高ランクにやっちゃって!」
メイリーが、ずっと黙っていた女神の方に視線を向ける。
女神の肩がぴくりと反応。
「………………!」
彼女は見栄を切るように右手を振った。
「メイリー様!」
「メイリー様!」
「メイリー様!」
「メイリー様!」
「メイリー様!」
…………今のはメイリーの仕業ではない。
女神が右手を振っただけで、ここにいる観客たち全員を殺して天使に変えた……。
瞬き一つする間もなかった。
観客席が一面天使の翼で覆われている。
私は自分の目で見ている光景が……頭の中にあるさっきまでの記憶が信じられなくなっていた……。
読んでいただき、ありがとうございました!
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