16話 「怨みの総和」
楽しい時間は本当にあっという間。
単 唯の楽しみが一つ、終わってしまった。
この後のもう一つの楽しみは1時間後。
一度会場内から退場し、1時間後にまたここにやってくる。
口外禁止の秘密に包まれたファンクラブイベントのために。
会場から出たワタシは、物販で買ったグッズを片手に立ち尽くしていた。
午前中に出会った、日向 八宵さんと、寒田 百夏さん。
二人とも高校生。どちらも強者って感じがしてかっこよかった。
ワタシと同じく今回のライブが初参加。ファンクラブイベントにも出るらしい。
イベントの時間が始まるまで一緒に時間をつぶすことにしていた。だが、チャットの友だち登録を忘れていた。
ワタシは地元の人間だけれど、あの人たちは函館の人間。イベントが終わったら別れることになってしまうけれど、もっと仲良くしたい。ワタシの霊能力のこともすんなりと受け入れてくれたみたいだし。もしかしたら、初めてのお友達になれるかもしれない。
……一応、待ち合わせのベンチの前にいるが、二人はまだ来ない。
二人とも土地勘がないから迷っているのではないか。
少し会場入口の方に戻って様子を見に行ってみるか……そう思っていた時だった。
「あれ〜?
なんか見たことあるヤツがいるって思ったら〜。
ぼっちの唯ちゃんじゃん!」
…………まさか。
ワタシの気持ちが一気に絶望に沈み、恐怖で満たされる。
「やっぱりそうだ!
何してんだよ、こんなとこで!?
つーかお前、『ぼっち 唯』に改名した方がよくね!?
名前からしてお前はぼっち全開なんだから!」
横から現れるなり、いきなり失礼すぎる絡みをしてくるのは、ワタシが最も苦手とするクラスメイト。
クラスのボス的存在の彼女。
『昆 翔子』。ウェーブパーマのショートヘア。みんなからはコンコという愛称で呼ばれている。その呼び方はワタシと違っていじめではない。正真正銘の愛称だ。
「あ、えっと……あの、」
「んだよ、はっきり言えよ、カスが!」
翔子がワタシのお尻に蹴りを入れてくる。靴のつま先が食い込んでくる。痛い。
「コンコ、コイツの格好……よく見たら……」
三人いる取り巻きの一人が、ワタシを見て何かに気づいた。
「ああ!?
…………お前、まさか——」
翔子が、狐のようにつり上がった切れ長の瞳で睨んでくる。その鋭い目は濁っていた。
そうだ。よく見なくてもわかるだろう。
……いや、あなたたちには神聖なメイリー様のグッズのことなどわかるはずがない。
どうせ、いつもみたいにダサイファッションとか言ってけなしてくるに違いない。
「お前……メイリー様のライブに来てたのか?」
「…………えっ?」
目が丸くなった。
…………当たっている。この格好を見てわかったということは……。
「それならそうと早く言えよ!
相変わらずお前は喋らねぇんだからよ!」
翔子が笑いながらワタシの肩に腕を引っ掛けてくる。まるで、昔からの仲の良い友達のように。
「…………あの……もしかして、昆さんたちも、メイリー様のライブに?」
彼女たちはライブグッズの類いを身につけていない。
考えすぎかもしれないと思いもしたが、恐る恐る聞くと。
「ああ、そうだよ!
なんだよ、お前もメイリー様のファンだったのかよ!
ほんと、早く言えよな、全く」
その笑顔は、ワタシをいじめていた時の歪んだ笑顔ではなかった。
「ねぇ、みんな。
今までちょっとからかいすぎたけど、
これからは唯のことを仲間にしよう」
翔子は取り巻きたちにそう言った。
取り巻きたちも、コンコがそう言うならとあっさり承諾。
…………………………。
…………………………………………。
わたしの胸の中で、何かが上擦った。
メイリー様。あなたのおかげで、ワタシは変われそうです——
「あれ?
コンコ、唯の(ライブ)Tシャツにくっついてるバッジ……あんたが欲しがってたやつじゃない?」
この一言で。ワタシに降りかかった希望は一瞬で絶たれた。
「あ?
マジで?」
翔子の笑顔が凍りつく。その表情は……ワタシがよく知っているヤツだ。
「よこせ」
キレたときの顔。翔子はワタシのTシャツからバッジを剥ぎ取ろうとしてくる。
「や……」
いつもワタシはやられても無抵抗だった。
だから、いじめは収まらずにエスカレートしていった。
——でも。
〈相変わらずお前は喋らねぇんだからよ!〉
〈これからは唯のことを仲間にしよう〉
……でも、さっきの言葉を信じるのなら。
信じても……いいよね……?
「い……嫌です!!」
ワタシは翔子の手を振り払った。
「………………」
翔子が沈黙する。取り巻きは気まずい顔をしている。
「お前、殺す」
束の間の幸福だった。
* * *
「おらっ!」
「……んぐっ!」
近くにあったトイレに連れ込まれたワタシは、腹部を思いっきり蹴られて壁に背中を強打した。
痛い……。
息が乱れる……。
「アハハハハ!」
取り巻きの一人が手を叩いて笑う。他の取り巻きは誰かがトイレに近づいてこないか見張っている。
「お前みてぇなカスが、メイリー様のファンでいられると思うなよ。
似合わねぇんだよ」
翔子がワタシの胸ぐらを掴む。バッジは結局取り上げられてしまった。
「この後のファンクラブイベントにも出るな。
ウチらだけで出る。
お前と一緒の空間だなんて吐き気がするし、メイリー様が穢れる」
なんで……。
なんで……ワタシは……こんな目に……。
メイリー様が唯一の希望だったのに、それも奪われてしまうの……?
「……なんだテメェ、その目つきは。
生意気だな、おしおきしてやるよ」
翔子はワタシを便器の方まで引っ張っていく。
今までのいじめでされたことのないことをやる気だ。
それがなんなのかは、この空気ですぐにわかった。
…………信じたワタシが、馬鹿だった。
ワタシはこの瞬間、覚悟を決めた。
堕ちる覚悟を——
その時。
「あっ!」
「ぎゃっ!」
見張りの取り巻き二人が、悲鳴を上げながらぶっ飛んできた。
「何!?」
翔子が驚いたと同時に。残った取り巻きが倒れた。
…………!
ワタシは目を見張る。
「百夏さん……に、八宵さん……」
乗り込んできた二人は顔中に青筋を浮かべて、鬼の形相で翔子を睨みつけている。
「遠くから(唯っぽい格好の女の子がトイレに連行されていくのが)見えたから追っかけてみたら……何してるんだアンタらは!!」
息を荒くした百夏さんが、物凄い剣幕で怒鳴る。
その一言で。ワタシは涙をこぼした。
今まで……怒ってくれる人なんていなかった。
ワタシは感動しかけた。
……何故、しかけたなのかって……?
もう、遅いから……。
「アンタら、中学か……。
ガキが調子に乗ってるんじゃねぇよ!
低次元なことしやがって……!」
「……ええ。
あなたたちは、いずれ社会に出た時に思い知ります!
今の自分の行いの愚かさを!
社会はあなたたちのような人間を必要としない場所です。
いじめなんて低次元なことをする場所ではないからです。
それどころか、あなたたちのような人間は逆に社会に出てすぐに、社会の厳しさを突きつけられていじめられる!」
百夏さんと八宵さんがすごくブチギレて、何かを熱く語っている。
「う、うるせぇよ。
ウチら、まだ中学生だぞ……。
アンタら、高校生だろ?
年上が、中学生をボコんのかよ……。
ちょっとしたいじりじゃねぇかよ」
翔子の見苦しいその言葉で、百夏さんの表情が更に険しくなる。
「ああ!?
ふざけるんじゃないよ!」
ありがとうございます。百夏さん。
「百夏さん、やりすぎはよくないです。
一発で」
「……わかってるよ」
ありがとうございます。八宵さん。
……けど、その一発はワタシがやる。
いや、三発やる。
ワタシは髪を掻き上げて、右目を隠した。
ワタシの左目が真っ赤に変質。激情の総和がワタシの人格を塗りつぶしていく……。
「——もういい君たち、気持ちだけ受け取っておくよ」
シュン、シュン、シュン……!
素早い三連続の手刀を放つ。
「……あがっ!」
翔子は瞬く間に切り裂かれ、気を失った。
そのまま便器の中の汚い水へと倒れ込む。
放置していたかったが、そうもいかないのですぐに引っ張り上げる。
彼女の身体には、物理的に消えない傷が刻まれただろう。
??
百夏さんと八宵さんがポカーンとしている。
無理もない。
霊能力を見慣れていないのだから。
「あ、あの……唯さん……。
大丈夫ですか……?」
八宵さんがびくびくと聞いてきた。百夏さんも怒りがすっかり収まったようだ。驚きを隠せていない。
「問題ないよ。
君たちの心遣いを裏切ることになってしまうが、
これからの『私』は、別行動させてもらうことにする」
私——『志玖磨』は、倒れている翔子と取り巻きの首筋を掴む。両手で抱えきれない分は、【念力】で浮かせる。
そして——【瞬間移動】を発動。
翔子と取り巻き三人諸共に、その場を後にした。
* * *
※八宵視点。
「……………………」
「……………………」
感情のジェットコースター。
私たちは今見た光景がとても信じられず、何度も目をぱちくりとさせていた。
「八宵……夢じゃないよね?」
百夏さんが自分の頬をつねりながら尋ねてくる。
「……はい……たぶん……」
唯さんへのいじめ。到底許されざる行為。
だが、その後の出来事がそれを忘れさせた。
唯さんの変貌。初対面の時の、男装の麗人のような口調。
その上、アレはなんだ。超能力か。
連続手刀の時点で次元がもう違うが、瞬間移動までできるとなると、もう彼女は【人間】という括りで見ていいのだろうか?
…………もしかして彼女は——【私と同類】なのか……?
トイレの外に出て周囲を探し回ったが、唯さんはいない。
しかし、これ以上探している時間がない。
唯さんのことは諦めてファンクラブイベントに向かった方がよさそうだと百夏さんに伝えると、彼女もおずおずと同意した。
「あの子……もしかして、タル……」
百夏さんはよく聞こえない声で何かを呟いていた。
……単 唯。
嫌な予感がする。
なんとなくだが、彼女はこの後のメイリーのファンクラブイベントで、何かをするのではないか……?
私にはそう思えてならなかった。
* * *
※六空視点。
メイリー・ミュージアムはライブ会場から、ファンクラブイベントの会場へと様変わりしていた。
といっても、殆どキャパが狭まっただけだが……。
二万人から一万人のキャパになっている。当然満席。
ファンクラブイベントを一万人のキャパで行うのは凄いことなのだろうか……?
わたしはステルスからの飛行で周辺を見回りしていた。
……やはり、いる。
見つけるのに苦労したが、一万人の中にわたしの友達がいる。
遂にここまで来てしまったか。何が起こるか予測不可能な領域まで。
……だが、あの超霊能力少女の姿が見当たらない。彼女がいることが、友達の安全の担保になっていたのに。
わたしは、最前列で時が来るのを待っている赤魔くんにそっと告げる。
「いたのか、六空?」
コク……と頷く。そして、例の少女の不在を伝えた。
「……申し訳ないが、これ以上はおれから離れないでくれ。
戦いが始まったら対天使を優先して欲しい」
赤魔くんは言いにくそうに言ってきた。
「……え、だけど……八宵たちは?」
「…………あの二人は、昨日の祭りの時に恐怖を味わっているはずだ。
それを踏まえてアイツらはここに来ているんだ。
この後何が起こるかははっきりとはわからんが、ある程度の危険な目に遭うことは、アイツらだって承知のはず」
「……確かに、そうかもしれないけど……。
だからって、放置しておくの?
赤魔くんはここにいる誰かの安全よりも、天使を倒すことが大事なの?」
嫌な言い方をしてしまったとは思った。だけど、どうしても言わずにはいられなかった。
「おれだって、仲間の安全がかかっている。
仲間か誰かなら、仲間を取る……!」
赤魔くんの語気が強くなる。同時に、わたしの感情が昂る。
「わたしだって、仲間の安全がかかっているんだよ!」
「だから、アイツらは承知だって——」
「——言ったじゃん!
これ以上わたしを不幸な目に遭わせないって。
ハッピーエンドにするって!
赤魔くんはわたしの天啓に助けてもらったくせに!」
それを言った時、わたしは自分が醜いと思った。
わたしが赤魔くんに守って助けてもらってばかりの立場なのは、十分にわかっている。
……確かに、赤魔くんと出会った最初の日とジェノ戦で、天啓を使って彼のサポートはした。
……だがそれくらいで、赤魔くんのわたしへの心遣いに釣り合うとはまるで思っていない。思っちゃいけない。
…………あの時も、彼は八宵と百夏を優先して助けてくれた……。
なのに、今のわたしは自分勝手なことを口にしてしまった。
赤魔くんの方が大変だって、わかっているのに……!
……なんでわたしは……。
「…………ごめん、こんなこと言える立場じゃなかったね……」
咄嗟に謝ったが、場の空気は変わらない。
赤魔くんはそっぽを向いて答えない。
……ああ……。
なんでわたしは、あんなことを……。
わたしの黒く沈んだ気持ちに呼びかけられたように、会場内が闇に染まる。
——始まった。ペンライトのピンクの波が会場内を輝かせる。
ライブの時よりも簡素な演出。ムービーはなく、バックバンドの序曲のみ。
「ファンクラブイベントvol.5……開幕!
みんな〜いっくよー!」
やがて、照明の点灯とともにメイリーが現れて、オープニングともいうべき歌唱が始まった。
ライブの時とは違うが、またピンクの衣装。うさぎの耳と尻尾をつけている。
「メイリー様!!」
「メイリー様!!」
「きゃ〜!
メイリー様がこっち向いた〜!」
「メイリー様は今日も可愛い美しい!!」
オーディエンスの熱狂ぶりはライブの時以上。
当然だ、ここには本当のファンしかいないのだから。
……歌が終わり、メイリーのMCに切り替わる。
「みんな〜、改めまして。
メイリー・ミーラです!」
日本語が堪能な国籍不詳の外国人女性アーティスト。
表向きはそうなっている。
いよいよ、そんな彼女の本性がわかるのか……。
メイリーがMCで自己紹介と軽い挨拶をする。そしてさっきのライブの感想を言い、それから楽屋での面白トークでみんなの笑いを取る。
他のアーティストでよくある流れをこなした彼女が、遂に本題に入った。
「さぁ、ここまではアーティスト、メイリー・ミーラでしたが……。
ここからは——天使のメイリー・ミーラに変身!
みんなに災いを呼び起こす忌まわしき悪魔を、天使にしちゃいます♪」
ステージが一瞬暗転。
次の瞬間には、ステージの端に大きな鳥籠が出現していた。
鳥籠の格子には、ビリビリと高圧の電流が走っているのがはっきりとわかる。触ったら感電するってお馴染みのやつだ。
その鳥籠の中に、セミロングの青髪の男性が拘束されて閉じ込められている。
男性は気を失っているらしい。ひどく痛めつけられているようで、全身が傷だらけだ。
上半身は裸。下半身は囚人服のような物を着させられている。
彼が噂の悪魔か——
オーディエンスは、現れた無様な悪魔の姿に拍手喝采。
なんだか、先程までのライブを楽しんでいた時の様子とは違う。
……メイリーへの盲信と狂気を感じる。宗教の信者のような。
〈彼女は自分のファンクラブに入会した人々をファンクラブイベントに招待し……彼らに催眠術をかけて虜にした後……本人たちに気づかせずに天使に改造しているんです……〉
〈メイリーのやってることは恐ろしいわ。
数十万人いるファンの人たち全員に、メイリーの思想を肯定的に植え付けているの〉
リアストさんとビフォンが言っていたことを思い出す。
もしかして、もうここにいる人たちは知らないうちに天使に……?
——!
八宵、百夏……っ!
わたしが遥か後方を振り返ろうとしたその時、
「——『ソリネス』!!」
あれからずっと黙っていた赤魔くんが、ステルスを解除して叫んだ。
読んでいただき、ありがとうございました!
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